Eternal Snow

99/メールの答え

 

 

 

 「…………言い辛いんだけどさ、実は―――――」

 

 

 「ストップ」

 

 

 「は?」

 

 

 「言い辛いことを僕に切り出そうと。最初から交渉の意味ないんじゃない? 

  交渉っていうのはメリットがあってこそ成立するものでしょう?」

 

 

 「ぐあ……話くらい聞いてくれてもいいだろ? 判断はその後でも」

 

 

 「絶対聞くだけ無駄だと思うけど、聞くよ。何?」

 

 

 

こほん、と改めて佇まいを直し、純一は言った。

 

 

 

 「頼む一弥っ! さやかさんを引き取ってくれっ! あ、あと蒼司さんも」

 

 

 「嫌」

 

 

 

単刀直入に要件を言った純一は、一弥の一単語に切り捨てられた。

 

 

 

 「即答かよっ!? 少しくらい検討しろよっ!」

 

 

 「嫌」

 

 

 「お前絶対祐一さんに似てきてるぞっ! 

  特に浩平さんとか舞人さんとかの意見を一蹴するときのっ!」

 

 

 「僕にとっては褒め言葉だよ。兄さんは僕が唯一絶対的に尊敬する人だからね。

  良い所も悪い所も、兄さんに似ているなら本望」

 

 

 

むしろ歓迎とまで言いそうな雰囲気で一弥は開き直った。

 

 

 

 「第一、引き取るにしたってなんでわざわざ僕らの所になるの? 

  冬実はただでさえ神器が三人も居て、【賢者】に【氷帝】まで揃ってるんだよ。

  【零牙】だって戻ってくるって言ったじゃないか。

  合わせてもう一人の【氷帝】だって来る予定……これ以上増えても人員過多」

 

 

 「それは判ってる。それでも頼むって言ってるんだよ!」

 

 

 「無理だって。そもそもG.Aの異動なんて僕らじゃどうしようもない。

  正式な転属命令なんて司令部からしか出るわけないでしょう」

 

 

 「抜け穴なんていくらでもあるだろ? 

  でなかったらさやかさん達が俺んとこ居る理由だって」

 

 

 「何言ってるの? 【戦乙女】の転属願いは司令部から正式受理されてるよ? 

  神器『玄武』の補佐及び風見学園の特別講師兼任って扱いで。

  はぁ……全く、普段から僕と兄さんに事務仕事任せきりにするから

  そんな簡単な話も知らないんだよ……ていうか今の今まで気にしない方がおかしい」

 

 

 「う……いや、だって! あの人なら何があってもおかしくないかな〜、と。

  そりゃさやかさんだけだと色々心配もあるけど、蒼司さんもいるし……なぁ?」

 

 

 「気持ちは判らなくもないけど、それは問題のすり替えだよ。

  今ここで叱った所で意味ないからしないけど……。

  とにかくさやかさん達を引き取るだなんて無理、却下、了承出来ないっ!」

 

 

 「な、何も三タテ食らわせなくてもいいだろうが。

  しっかし、だからって『はいそうですか』なんて言う訳にはいかないんだよ! 

  主に、俺の平穏のためにっ!」

 

 

 「蒼司さんが居れば食事のレベルが格段に上がったでしょう? 

  そんな一概に悲観するほどのことでもないような気がするんだけど」

 

 

 「アホッ! 俺だってそれだけなら耐えられなくもねぇよっ! 

  俺は蒼司さんの弟子だぞ? あの人の料理の美味さはさやかさんの次に詳しいっ! 

  でもな、音夢があの人の飯食う度に対抗意識燃やすんだよ。

  音夢の飯は不味いんだよっ! 家事全般大得意のはずの妹の癖に、

  料理の腕だけが壊滅的に悲惨なんだよっ! 

  その料理を喰うのが誰だと思ってやがるっ! 俺が食わされるんだぞ!」

 

 

 「そんな白熱しなくても通じるよ……だったら純一が作ればいいじゃない。

  料理は苦手じゃないでしょう? 何せ蒼司さん直伝じゃないか」

 

 

 「嫌だ、かったるい」

 

 

 「……っ〜〜! だったら文句言うのやめなよ、折角作ってくれてるなら」

 

 

 「お前は甘い。音夢の料理を判りやすく言うなら、ランクダウンした謎ジャムだぞ。

  流石にアレに匹敵されたら俺は今此処にいないだろ」

 

 

 「ば、馬鹿っ! ジャムの単語を出しちゃ駄目だって! 

  ジャムはジャムの話をしたら向こうから寄ってくるものだってあゆさんがっ!」

 

 

 

ジャムは何処からともなく現れ、ジャムの脅威を残して去っていく。

その破壊力は今更説明するまでもないが……つくづく疑問なのは、

対外的には一介の主婦でしかないあの二人が、何故あのような代物を作り出せたのかだ。

その製作背景を知る二人のG.Aは、勿論口を開こうとはしない。

材料は不明、故に【謎邪夢】。

 

 

 

 「わ、わりぃ。何かマジで申し訳ないことした気分だ」

 

 

 「当たり前だよ……運良く送られてこないみたいだけど」

 

 

 「ていうか冷静に考えて、どうやったら冬実から初音島まで届くんだ?」

 

 

 「物理現象なんて考えるだけ無駄。だってあの人達だよ?」

 

 

 「非科学的で説得力に満ち溢れた解答ありがとよ。じゃ、話は戻すが」

 

 

 「却下。その答えは変わらないよ?」

 

 

 

またもや即答。

断固譲らぬ態度が清々しい。

 

 

 

 「だったら力尽くでも言うこと聞いて貰わねぇとな」

 

 

 「やれるものならどうぞ。僕も力尽くで抵抗するからね?」

 

 

 「上等。表に出るか」

 

 

 「こんな室内で僕らが暴れたら何が残るかわかったもんじゃないしね。

  ところで、どうしたの純一? 顔青いよ?」

 

 

 「いや、何か嫌な予感が……。気のせい、だとは思うけどな」

 

 

 「気をつけてよ。僕らの予感ってのは大抵シャレにならないことが多いから」

 

 

 「判ってるって。これでも気は使ってるんだぜ?」

 

 

 

ゴキゴキと手や腕を鳴らし、軽く体を温める一弥と純一。

己の平穏のためならば、例え相手が親友であろうとも撃破するのが定め。

 

 

 

 「―――ついて来い」

 

 

 「ってもう行ってるし。ちょっと待って! 人目を気にしてよっ!」

 

 

 

流石に色々と派手な戦いになるのは予想できるので(既に戦わないという選択肢がない)

朝倉家の庭で打ち合っては目立つのが目に見える。

なので場所を変えようと飛び立つ純一。

彼の能力は水であるから、光の屈折率を変えると姿を隠すことも容易。

慌てた様子で身を隠し、空へと舞い上がる一弥。

 

 

姿を消したまま空を飛ぶ一弥と純一。

本人達にも見えてはいないが、ビシビシ感じられるお互いの気配で把握する。

 

 

 

 「どこまで行くの?……支部?」

 

 

 「いや。あそこだと入るのが逆にかったるぃからな……このまま島を出るぞ」

 

 

 「ってもしかして海の上でやる気? 明らかに純一が有利だと思うけど」

 

 

 「そうでもねぇだろうが。お前の属性考えろ。周りは塩水だぞ」

 

 

 「確かにそうだけどね……その気になったら周辺の水全部凍らせられるでしょう」

 

 

 「まな。それが俺の特権だ」

 

 

 「うわ、不公平だ」

 

 

 

その会話は気楽に聞こえるが、実際にやるとなれば大仕事である。

普通の能力者ならばどれほどの意志力を注ぎ込むことになるやら。

ちなみに現在姿が見えていないので、かなりの勢いで空を飛んでいる。

 

言葉としては簡潔だが、正しく『あっという間』に島を脱出する一弥と純一。

 

 

 

 「これだけ離れれば誰かに見つかることもないだろ」

 

 

 「そうだね……こうして見ると、案外いい決闘場かもしれないな」

 

 

 

初音島から5kmほど離れた海上に辿り着き、

自分達しか姿がないことを確認して自身の迷彩を解く純一。

雰囲気で頷いたらしい一弥も同様に姿を現す。

 

 

 

 「私闘で武器使うのもね……徒手空拳で、行くよ!」

 

 

 

宙に浮きながらでは、腰の位置が安定しないため本来の実力よりも威力は落ちる。

が、帰還者相手でもないただの私闘で武器を取り出すのも憚られる。

一弥は宣言とともに正拳突きを純一に放つ。

 

 

 

 「やってみろ、よ!」

 

 

 

宙に浮いたままであることに変わりない純一も

彼の意見に異論を挟むつもりはなく、繰り出された弾丸のような一撃を冷静に捌く。

 

 

 

 「セイ……ハッ!!」

 

 

 

その拳はまるで鋼のように強度を増す

骨という物質がその領域を越える威圧感。

拳と拳が激突し、二人の中心で火花が散る。

すかさず純一は身を翻し、研ぎ澄まされた蹴りを放つ。

その一撃は正に雷光。

 

神衣を纏わずこれだけの威力を宿すことが出来る時点で、その才は計り知れない。

それが……血が吹き荒ぶ様な苦しみの果て、磨耗した心が会得したものだとしても。

 

だが、雷光であるならば一弥が劣ることはない。

純一と全く同一の動きで、蹴りを放つ。

結果、二人の足が『×』の字を描く。

交差した足と足は、二人の体に余韻を残した。

 

 

 

 「氷魔―――爪ぉっ!」

 

 

 

動きは停まるものの、其は一瞬。

実戦ならば一度の迷いが死に繋がる……そんな世界に生きている。

だからこそ、彼らは迷いなく次の一撃を繰り出す。

例え私闘であっても、戦う理由は阿呆らしくとも、戦いは戦い。

 

 

氷河を宿した牙が、疾る。

冷気を纏った純一の鋭い手刀が、一弥の腹部を狙う。

 

 

 

 「っ!」

 

 

 

ジグッ……肉を貫く鈍い音が、一弥から聞こえる。

同時に純一の右手の指先には赤い液体が纏わり付く。

凍てついた掌は生半可な刃物を遥かに凌駕するのだ。

氷は鋭い先端を以ってすれば、容易に肉体を傷つける凶器となる。

 

一弥は咄嗟に手をかざし、腹を傷つけられるのを防いだ。

鈍い音は彼の手を貫く純一の手刀音。

純一の指先に付いた赤い色の液体は、手の肉から零れた血。

 

 

 

 「この程度で休ませるつもりはないぜ! 精々歯食いしばれよっ!」

 

 

 

怪我の度合いで致命傷か否か、なんてすぐ判る。

本来の死線なんて何度も潜ってきたのだから。

 

言葉通り一弥に休ませる暇を与えず、両手に氷魔爪を発生させる。

その鋭い刃を連続して繰り出す様は、さながら祐一の剣戟に近い。

冷気を纏うため、下手に攻撃を喰らうと細胞ごと綺麗に両断されかねない。

この場に純一がいるので生死の心配はいらないが、痛みで鈍るのは厄介である。

 

ヒュン、ヒュン、ヒュン……闇雲に振っているようで、

その実、絶妙に精神的な余裕を奪おうとしているのが理解出来る。

判っていても冷静で居られないのが人間であり、鈍る心を御するのは難しい。

徒手空拳と宣言しただけで、能力を使わないとは言っていないので卑怯でもない。

能力には能力、一弥も冷静な瞳を崩さず雷を宿す。

 

 

 

 「たぁっ!」

 

 

 

一弥の声に従い、ジッ、と微かな電流音を響く。

今はそれでも充分……音の基点が純一にあるならば!

 

 

 

 「―――!? っ!」

 

 

 

突如感じた雷の痛みに、純一の動きが鈍った。

その間があれば、充分手の痛みを雷で麻痺させられる。

 

 

 

神器が会得した元素能力は、元々本人達のものではない。

とはいえ既に元素能力は本人達の血脈の中に煌々と眠る。

一弥の能力は雷。水であるならば、その伝導率は高い。

血を媒体とすることが出来る以上、直接水に触れていなくても

今の状態ならば純一は確実に雷を浴びる。

何故なら純一は、一弥の血を右手の指につけたままなのだ。

血を基軸として電流を流すのは容易である。

血の量が多かったのなら更に威力の高い技を繰り出せたかもしれないが

そうしたら自分の危険でもあった訳で、あれ以上の期待は出来ないだろう。

 

 

 

 「水媒体なら、自分の制御下に置いておくべきだった。純一の判断ミスだよ」

 

 

 「ったく、全くその通りだ。返す言葉もねぇ……マジでやり返してやるよ」

 

 

 「ふ、ん……どうぞ? 何が来ても、僕は負けない」

 

 

 

あえて余裕を見せ付けるように、一弥は言う。

純一はその言葉に遠慮を捨てた。

 

 

 

 「かったりぃからな。詫びいれるのは、もう許さねぇぜ?」

 

 

 

にやりと笑い、自らの内面に眠る玄武を呼び起こす。

玄武が宿す水の力を行使する代行者として、力を受け入れる。

神衣を纏っているならば更に威力を上昇させられるのだが、

今は無いので維持だけでも精神力を多大に消費させるだろう。

それでも、状況を有利に運べるのは間違い無い。

 

 

 

 「――――流水が如く

 

 

 

唱える一節に、一弥の瞳が細くなる。

同時に、揺れ動いていた海面が突如停まる。

 

 

 

 「武器無しでやり合うにはちょっと厄介……ですね」

 

 

 

一弥も戦いを楽しんでいるので、彼の動きを止めようとは思わない。

迫り来るその瞬間に興奮しているのか、自然と口調を変えていた。

純一の制御下に落ちた周囲の海は、これから先、中立ではなくなる。

 

 

 

 「――――静寂が如く

 

 

 

周囲の海面から沸きあがる霧。

空気が覆い、水が姿を変えていく。

 

 

 

 「――――冷厳が如く

 

 

 

霧が純一と一弥に纏わりつき、その温度が低下していく。

水を司る純一は表情一つ変えず、周囲を御する。

閉じた瞳は、精神を落ち着かせる証。

 

 

 

 「――――氷河を超えよ!

 

 

 

解き放たれた最後の一節。

閉じた瞳を見開き、水の力を完全に己のものとする。

周囲を覆い尽くした霧を凍て付かせ、足元を基点に氷を喚び込む。

 

 

 

 「――――――――氷河期(アイス・エイジ)ッッ!!!

 

 

 

声と共に、純白に染まった氷原が海に広がる。

神衣を纏えば周囲一帯を完全に凍て付かせることが出来る技。

今は小規模のアイススケートリンク程度の広さしかないが、この氷原は純一の制御下。

 

 

 

 「俺の世界へようこそ。冬眠する前に――――――決着つけようぜ?

 

 

 

おそらく神衣無しで制御し続けられるのは僅かな間。

だが、その僅かな時間は完全に純一有利で進む。

水の力がフィールドを覆う今なら、力の供給を考える必要がなくなる。

私闘でここまでやれば充分だろう? そう言いたげに純一は微笑んだ。

 

 

 

 「上等ですよ……雷の裁き、味わって貰いますっ!」

 

 

 

お互い使えるのは徒手空拳と己の能力のみ。

ふう……と心を鎮め、一弥は力を抑え込んだ。

氷が張ったので、飛ぶ分の意思力を捨て能力に回し、自ら純一の領域に足を置く。

一瞬で纏め上げた考えが正しいなら、無駄に力を分散させる訳にはいかない。

確かに不利と云えば不利だ。しかし一弥ならば話は変わる。

水と雷の相性は、雷に有利……これは誰でも知っている常識だから。

 

 

 

 「アースボルト!」

 

 

 

掌を凍て付いた氷原に当て、雷を広範囲に解き放つ。

バチバチと黄色の波紋を宿した牙が、氷原を駆ける。

 

 

 

 「……ちっ! このぉっ!」

 

 

 

純一は自分に向かってくる雷を、無理やり氷原の上に水の膜を張ることで弾く。

その様子に却って微笑みを深くしたのは一弥である。

純一の反応は完全に一弥の予想通りだったから。

 

 

 

 「やはり雷を通しましたか。これなら完全不利という訳でもない!」

 

 

 

安定しないスニーカーを履きながらも、氷上を滑るように駆け抜ける一弥。

遠距離ならばおそらく自分に分があるが、それでは決着がつけられないだろう。

一瞬で気付かれるなんてな……流石、と肩を竦め、迎え撃つ為に氷を踏みしめる純一。

 

二人の考えた『気付く』の意味とは、まさしくこの【氷河期】のこと。

本来の【氷河期】は純一が己自身で水を発生させ、それを凍て付かせる技。

今回は神衣を纏っていないため巨大な質量を発生させることが出来なかった。

それでいながら周りは海だったので、海を利用することで純一は【氷河期】を発動させた。

其処に一弥の狙うべき隙がある。

 

繰り返すが、水は雷……電気をよく通す物質である。

水は水素分子と酸素分子の結合によって成り立つが、

通常の水の中には他の物質が自然と含まれている。

酸素の中にある僅かな窒素がその一例である。

水が電気をよく通すのは、水分子の中にある雑多な物質が引き金になるから。

その点、化学反応式から導き出される理論上の『完全な水』――【純水】は例外だ。

あらゆる異物が混入していない完全な純水は、電気を全く通さない。

 

生半可な水関連の能力ならば純水の境地まで扱うことは不可能であるが

全ての水を御する元素能力の使い手である純一には【純水】を扱うことが出来る。

完全完璧な【氷河期】は純水を使用して生成することが可能だが、

今回は海水を媒体に使った。

考えるまでもなく海水にはあらゆる他の物質が混入している。

これでは雷を弾くどころか、逆に雷の伝導率を上げるだけ。

純一が水で雷を弾いたが、その水は当然小規模に発生させた【純水】である。

 

 

 

――――お互いの特性を完全に熟慮しているからこそ、見極められる隙が存在する。

 

 

 

 「冬眠なんてする前に……気絶させてみせますっ!」

 

 

 

拳に纏った雷は収束されたレーザー砲と同じ。

前代神器『白虎』――【閃光】の使い手である賢悟に勝るとも劣らない。

元素能力【雷】は、現神器中最強クラスの威力を誇る能力でもある。

この一撃を凌ぎきれる者は……皆無!

 

氷の大地を踏みしめた純一とて、神器最強のパワーファイターを自負する。

真っ向から受け止めずして親友を、戦友を名乗る資格はないと両手に水を纏う。

 

 

 

 『鳴呼アアアアァァァァァァァァッッッッッッッ!!!!!!!

 

 

 

同じ雄叫びが共鳴し、雷の螺旋と水の曲線が混じる。

伸びきった一弥の右拳は、純一の両手が受け止める。

拮抗したお互いの力が行き場を失い、二人の手の中で荒れ狂う。

最強の破壊力を誇る雷と、最強の防御力を誇る水は、紛れもなく『矛盾』の定義。

万物を貫く矛と、万物を防ぐ盾……その結末は考えるまでもなく。

千日手を続ける義理も体力も無いと判断し、二人の力は同時に消失した。

 

しかし、決着が付いた訳ではない。

 

 

 

 「――――いい加減くたばれっ!!」

 

 

 

再び凝縮されるのは氷の力。

氷の弾丸は鉛の弾丸を超える凶器として一弥を襲い、

 

 

 

 「それは! こっちの! セリフですよっ!」

 

 

 

全力状態は封印されているにも関わらず、後の事を全く考えずに

精神力の限界まで引き出して巨大に展開された雷は、雷雲を招き牙を剥く。

 

 

 

 「荒れ狂えっ! 雷鳴よっ!!!

 

 

 「大海よ! 全てを飲みこめぇっっっっ!!!!

 

 

 

二人の戦い(理由そのものから完全な私闘)は際限なく加速していく。

……本人達が完璧に本来の目的を忘れるほどに。

 

決着は付かぬままに戦いは継続される。

数時間もの間、初音島近海は雷鳴轟き海上は荒れ、誰も近寄れぬ危険地帯と化した。

 

 

 

 

 

 

 

尚、二人の戦いを不幸にも遠目に偶然目撃『してしまった』

初音島の老人猟師権蔵さん(75)は周囲の人々に

 

 

 

 『ら、雷神さまと海神さまが海の上で大喧嘩してただぁ〜〜〜〜!!!!!

 

 

 

と語ったという。

『枯れない桜』の咲く島、初音島に新たな伝説が誕生した記念日となった。

 

 

 


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