Eternal Snow

100/乙女と乙女の争い 〜前編〜

 

 

 

海上で二人の神器が争っていたことなぞ知らぬ朝倉家のリビング。

もういい加減帰宅していてもおかしくない時間だというのに

一向に戻ってくる雰囲気のない純一に苛立つ音夢と、一弥に苛立つ真琴。

栞と美汐は特に何も云わず、折角だからと注がれた緑茶を飲む。

先ほどの少女達の対立を作った張本人でありながら、実に性質が悪い。

音夢に限っては怒りの矛先がもう一つあったのだ。

同じく美味しそうにお茶を飲むもう一人が視線に入っているためである。

少なくとも美少女といって差し支えの無い音夢からでさえ、

学園のアイドルと認められる少女が其処にいるのだ。

 

 

 

 「なんで何事も無いかのように私の家でお茶飲んでるんですか!?」

 

 

 「お友達の家に遊びに来るのに、“何か問題ある”かな?」

 

 

 「眞子と美春は帰ってるじゃないですかっ!」

 

 

 「それはそれ、これはこれだよ」

 

 

 「……いい度胸ですね、感服します」

 

 

 「えへ、ありがとっす」

 

 

 「〜〜〜〜〜っ!」

 

 

 

ビシバシビシバシ火花を散らす二人の美少女。

かたや怒りを隠さず、かたや笑顔を隠さず。

純一が今この場にいなくて本当に良かったと思う。

居たら多分居たたまれずに逃げ出して余計に株を下げただろうし。

但し、居ない分その所為で初音島近海は派手に荒れ狂っていたが。

 

 

 

 「さやかちゃんがお世話になってるから、いとことしてお礼に、ね」

 

 

 「本音は?」

 

 

 「兄妹じゃないって判った以上、放って置くわけにはいかないからね」

 

 

 

ずずっ……お茶を啜る音と、バリボリ……と煎餅を齧る音だけが響く。

あえてクッキーとかではなく、日本的な煎餅な所がミソ。

完全に観客に回った三人は、態度がでかい。

真琴は一弥を待って怒るよりも、音夢とことりを見ていた方が面白いと判断した。

 

 

 

 「放っておいてくれてもいいじゃないですか、家族の話なんですから」

 

 

 「勿論、妹と兄としての話なら放っておくよ? 

  だけどそれだけで済まないかもしれないし。

  私が知らない所で何かあったら困るし……それに、ね?」

 

 

 「何ですか、その目」

 

 

 

愉快そうに微笑むことりの瞳が、音夢の癪に触る。

ことりはつくづく積極的に行動したいらしい。

 

 

 

 「家族の話、ってことなら無関係じゃないっすから♪」

 

 

 

との言葉に含まれた意味……将来の『義妹』になるんだから、無関係じゃない

それが判らない訳がないから、音夢の怒りは更に増進する。

 

 

 

 「ことりっ!」

 

 

 「音夢。将来の練習のために『お義姉さん』って呼んでもいいよ♪」

 

 

 

プチ。

音夢が、キレた。

 

 

 

 「いい度胸です! 此処で桜の塵にしてあげますっ!」

 

 

 

家の中で二挺拳銃を出すのは流石に咎めるのか、己の内面から力を引き出し右手をかざす。

能力――【桜霧】は確かに攻撃能力ではないが、応用によっては充分可能性がある。

神器である純一や、G.Aであるさやかも認めていること。

 

ぶわ、と音夢の手から広がる桜の花びらは、指向性を持ってことりに向かう。

力を持て余し溢れるしかなかったはずの花びらが、怒りを起因として見事に操作される。

 

 

 

 「綺麗ですね〜」

 

 

 「ええ、日本の華ですね」

 

 

 「あう……部屋の中で見るものじゃないと思う」

 

 

 

三者三様の感想も、当事者は無視。

 

 

 

 「そのまま窒息しなさいっ!」

 

 

 

音夢から放たれた花びらは、一直線にことりの顔を狙う。

纏わり付いた花びらが密集することで呼吸を困難にさせ、気絶させるのが目的らしい。

完璧なまでに、非攻撃系で補助能力である己の力を攻撃に転化させていた。

何故これが以前は出来なかったのか。

ことりは咄嗟に顔をガードし、窒息する前に呼吸路を確保する。

それだけ出来れば充分、所詮花びらでしかないので、纏わりつくのを耐え切ればいい。

質量を上げて押し切ることも可能だろうが、それを維持するだけの意思力はないはず。

 

 

 

―――――― 一分後。予想は的中し、音夢は自ら疲れきって自滅した。

 

 

 

丁度ほぼ同時のタイミングで、……がちゃがちゃ、バタン!

と、玄関の扉が開く音がリビングに届く。

 

 

 

 「……ただいま」

 

 

 「お邪魔、します」

 

 

 

その声を聞きつけた計5人の美少女達は、揃って玄関先に顔を出す。

能力使用直後で憔悴しているはずの音夢も動くのだから流石である。

 

 

 

 「う〜、あー……。マジで疲れた……かったりぃ。

  音夢、バスタオル持って来て――――――って、ことり?」

 

 

 

全身ずぶ濡れで動く訳にもいかなかった

(注:後先考えず能力全開使用後、状態を維持出来ず海に落下)

純一は、何故か顔を出したことりにハテナ顔。

当の本人は、今の今までの争いなぞ微塵も見せず、イイ笑顔を浮かべて言った。

 

 

 

 「お邪魔してるね、朝倉君。それとも、来ちゃ駄目だったかな?」

 

 

 「いや、別にいいけど。友達の家に遊びに来るのなんて当たり前のことだろ?」

 

 

 「そうだよね〜♪」

 

 

 

純一の応答に満足して頷き、にこりと音夢に微笑んだ。

その行動を見ていた一弥は(彼も同じ理由でずぶ濡れ)

 

 

 

 「…………。(何故だろう、ことりさんの笑顔に姉さん達と同じ色を感じる)」

 

 

 「…………。(何事もなかったかのように振舞えるとは、見事ですね)」

 

 

 「…………。(これくらいしたたかさがないと一弥さんは落とせないかも)」

 

 

 「…………。(あぅ〜、なんか怖い)」

 

 

 

と、勘の良さを発揮していた。

別の意味で、一弥LOVERSも感心していた。

 

 

 

 「つーかそんなことより、悪いが、音夢でもことりでも

  どっちでもいいからバスタオル二人分……ついでに、俺のは着替えも頼む。

  風呂まで行くにしても、このまんまじゃ歩くに歩けねぇ」

 

 

 「って、兄さん……それに倉田君も、今更ですけど、何でそんなに濡れてるんですか?」

 

 

 「あ〜……えっと……青春の汗? ですか」

 

 

 「ちょっとしたいざこざで海岸で喧嘩して、波かぶっちまったんだよ……かったりぃ」

 

 

 

じろりと一弥を見る純一は、確かに憔悴しているようだった。

一弥もそれ以上喋るのが億劫なのか、軽く純一を小突いて終わる。

『元々仕掛けてきたのはそっちじゃないか』と言いたい。

 

 

 「何はともあれ、このままでは風邪を引いてしまいます。

  今着ている服は洗濯させて貰うとして、一弥さんの替えの服を出さないと。

  真琴、持ってきて貰えますか?」

 

 

 「うん、判った。あ、一弥」

 

 

 「はい?」

 

 

 「……下着も?」

 

 

 

真琴の疑問は極々当たり前だったが、一弥は一瞬で真っ赤に染まる。

しかし事実として全身濡れてしまっているし、必要であることに変わりは無い。

 

 

 

 「……お願い、します」

 

 

 

恥を偲んで頼む一弥の姿に、純一は自分にも同じことが言えると気付く。

 

 

 

 「あ〜……すまん、同じく、俺のも……お願いします」

 

 

 

ずぶ濡れで玄関に佇む男二人が情けなく頭を下げる仕草は、実に笑えるものだった。

彼らが日本に名を轟かせる神器の一角だと知られていたなら尚のことだろう。

そして、このことが、本日最大の事件の呼び水となる。

 

 

 

 


 

 

 

 

軽く動ける程度まで水を拭い、風呂場へと直行する一弥と純一。

同性であるから一緒に入ろうが全く気にすることはない。

とは云っても、先ほどまで激戦を交わしていた相手なので、会話は少ない。

 

 

 

 「くそ……潮水で髪パサパサじゃねぇか」

 

 

 「愚痴っても仕方ないでしょう。あ〜……抜けてたなぁ。

  こうなるのは予想してしかるべきだったのに」

 

 

 

片やシャワー、片や湯船に浸かりつつ、全身の海水を落としていく。

一弥の方が先に落とし終わり、後は着替え待ちとなり、口を開く。

 

 

 

 「結局引き分け。交渉は無かったことにするのが無難だと思うよ?」

 

 

 「ちっ。せめて俺が優勢だったら無理やり押し付けたんだけどなぁ」

 

 

 「あれは流石に誰が見ても互角だったよ。我ながら不本意だったけど」

 

 

 

最終的には海に落下して終わったのだ、勝敗を付けるのも情けない。

と、そこでパタパタ、と脱衣所に誰かが近付く音がしたので会話は終わる。

 

 

 

 「一弥さん?」

 

 

 「栞さん?」

 

 

 

仕切り戸越しに声を掛け合う一弥と栞。

 

 

 

 「着替えはこちらに置いておきますね。

  真琴さんが適当に選びましたけど、いいですよね」

 

 

 「ありがとうございます、助かりました」

 

 

 「いえいえ。おかげでいいものを見させてもらいました」

 

 

 「し、栞さんっ!」

 

 

 

いいもの、というのが自分の下着のことだと判ってしまった一弥は

顔を赤くして抗議するが、既に彼女は其処にいない。

 

 

 

 「……なんでああなのかな……ったく、もう」

 

 

 「なあ、一弥」

 

 

 「ん? 何?」

 

 

 「ずっと気になってたんだけどさ、あの子達ってお前の幼馴染なんだよな?」

 

 

 「うん、そうだよ」

 

 

 「お前、幼馴染相手にまで敬語混じるのか?」

 

 

 「あはは……知っての通り、地がその傾向強いから。

  仕方ないって言えばそれ以上言い様が無いんだけど」

 

 

 「その割には、水瀬……だったよな? あの子だけ違くねぇ?」

 

 

 「うん、そうだね。小さい頃、初めて兄さんと知り合って。

  最初に仲良くなった子が真琴だったから、かな? 

  他の二人とはそれからしばらくして知り合ったから。

  その時には地に敬語が混じるようになってて、その差だと思う。

  というか、真琴だけは最初からああいう感じだったし、

  こっちが肩肘張るのも意味なくて、ね」

 

 

 「ふ〜ん。幼馴染でも年季が違う、ってか?」

 

 

 「ははっ。そんなに違いはないんだけどね。どうにも小さい頃からの癖は抜けないよ」

 

 

 

そう言いながら、風呂場を後にする一弥。

手早く体を拭き、用意して貰った着替えを纏う。

 

 

 

 「じゃ、お先に」

 

 

 

脱衣所を出た瞬間、純一の着替えを持ってきたことりと目が合う。

 

 

 

 「あ、倉田君。朝倉君は、まだ?」

 

 

 「ええ。必死になって潮水落としてますよ。では、僕は失礼して」

 

 

 

すれ違う瞬間、一弥はことりの瞳が光っていることに気付かなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 「あ、一弥さん。もういいんですか?」

 

 

 

タオルで頭を拭きつつ歩いてきた一弥に、美汐が声を掛ける。

他の面々は台所の方できゃいきゃい言っている。

どうやら真琴が主体となってお菓子作りをしているようだ。

美汐が参加していないのは、お菓子作りの相性の問題だろう。

真琴が得意とするのは洋菓子だが、美汐は和菓子を得意とする。

どちらも作るのは上手いのだが、同時に作ったとしても

【船頭多くして船山に上る】状態になるので美汐が自ら引いたのだろう。

 

純一がその図を見ていたら、音夢は手を出さないように厳命したと思う。

それはともかく、一弥はリビングからその様子を眺めつつ、美汐に答える。

 

 

 

 「ええ。純一は湯船に浸かってますが、僕はシャワーで済ませたので」

 

 

 「ということは朝倉さんが今一人で入浴中……と」

 

 

 

ふむ、と小首を傾げる美汐。

 

 

 

 「考える間でもなくそれしかありえませんけど、何か含みのある言い方ですね。

  美汐さん、純一が一人で入ってると何か拙いんですか?」

 

 

 「いえ。大したことではないんです。いくら真実に驚愕したといったって

  そこまで積極的に動ける人なんて私達以外にそうはいないはずですし……」

 

 

 

言外に、自分達ならやるけど……と、何かについて考察していく。

受け取る側になっている一弥には何が何だか判らない。

 

 

 

 「? どういう――――――」

 

 

 

意味、と訊ねた瞬間。

 

 

 

 ぬをわああぁぁぁぁっっ――――――――――っ!?!?

 

 

 

浴室の方から聞こえた純一のけたたましい叫びが朝倉家を包み込んだ。

 

 

 


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