Eternal Snow

101/乙女と乙女の争い 〜後編〜

 

 

 

 「ぬをわああぁぁぁぁっっ――――――――――っ!?!?

 

 

 

浴室の方から聞こえた純一のけたたましい叫びが朝倉家を包み込んだ。

びく、っと反応した真琴がボウルを落としたが、運良く中身は空である。

 

 

 

 「……予想外の行動力でしたね。正直侮ってました」

 

 

 

ふぅ、と溜息を吐いた美汐は、絶叫の理由を知っているらしい。

他の面々は例外なく驚く。

特に一弥にしてみれば、あの純一が絶叫を上げるという事態が想像出来ない。

 

 

 

 「じゅ、純一!?」

 

 

 「一弥さん。今すぐ音夢さんを止めて下さい。

  でないと血の雨が「――――兄さん!? どうしたのっ!」……遅かったですね」

 

 

 

美汐が最後まで言い切る前に音夢はリビングを飛び出していた。

一弥や栞、真琴は全く状況が理解出来ず混乱中。

 

 

 

 「皆さん、耳を塞いで下さい」

 

 

 

美汐は冷静な自分を維持し、落ち着いて素早く耳を抑えた。

自分達の中で最も理知的な彼女が率先して動いているので、他の三人は盲目的に従った。

 

 

 

 『$#&*‘¥^”%&$#@――――!?!?!?』

 

 

 

耳を抑えていたのにそれでも響いてくる謎の声。

何者かが絶叫したものと思われるが、誰かは全く判らない。

 

 

 

 「(な、何なのよ? 今の?)」

 

 

 「(とてもこの世のものとは思えませんでした)」

 

 

 「(ふぅ……もう少し指示が遅かったら揃って鼓膜がやられてましたね)」

 

 

 「(状況、理解してるんですか?)」

 

 

 

四人は口の動きだけで会話を交わす。

耳を外していつまた同じ絶叫が聞こえてくるか判らない。

加えるなら耳が今の振動に負けて音を聴き取れそうにないのだ。

 

 

 

 「(ここにいない人を考えれば答えなんてすぐですよ)」

 

 

 「(いない人?)」

 

 

 「(ああ! もしかして、そういうことですか!?)」

 

 

 「(なるほど。うわぁ、ちゃれんじゃー)」

 

 

 「(……あの、すみません。僕にはさっぱりなんですが)」

 

 

 「(一弥さんはそれでいいんです。でないと私達が大変なんですからっ)」

 

 

 「(え、え、え?)」

 

 

 

真琴と栞は意味を理解したらしい。

乙女のことは乙女に聞け、ということだろうか。

 

 

 

 「(やはり。私達のように共有、というのは難しいんでしょうね)」

 

 

 

――――――――事態は、一弥達が最初の悲鳴を聞きつける前まで遡る。

 

 

 

一弥が脱衣所を出て行った直後、入れ違いになって純一の着替えを持ってきたことり。

 

 

 

 「朝倉くーん、着替え持って来たっすよ〜」

 

 

 「お? ことりか? 悪いけどその辺においといてくれるか〜?」

 

 

 

ぽんぽん、と着衣入れに純一の服を置き、仕切り戸越しに声をかける。

学園のアイドルと呼ばれる彼女とこうもお気楽なノリで会話出来るのは純一くらいだ。

 

 

 

 「了解っす。倉田君はもう出ちゃったみたいだけど、朝倉君はまだ?」

 

 

 「ああ。大して気にするような季節でもないけど、ちょっと体冷えちまったし

  まだ体に潮がついてる感じがしてざらざらするんだよ」

 

 

 「そっか。喧嘩するのがそもそも悪いとは思うけど……。

  やっぱり潮水浴びた後って気持ち悪いよね。判る判る」

 

 

 「それを言うなよ。結構馬鹿なことしたなぁ、って反省してるつもりなんだから。

  ま、それは置いといて。ずっとシャワーで流してた一弥の方が落とすのは

  早かったみたいだし。ついでを言うと、俺は不精者だから

  一弥みたいに手早く出来ねぇんだよなぁ……かったるぃことに」

 

 

 「くす。自分で言うことじゃないよ。でも……そうだなぁ……う〜ん」

 

 

 

純一はくもり扉越しにしか声が聞こえず、様子を見るような真似もしていないので

ことりが今どんな様子なのか全く想像がついていない。

実はさっきから妙に含みのある微笑みを崩していないのだ。

誰がどう見ても何かを狙っている……そう判断出来る顔と云えば判るだろうか。

 

 

 

 「むむ。朝倉君、ちょいと名案があるんだけど……聞きたい?」

 

 

 「名案? 何の話だ?」

 

 

 「YESかNO、それ以外は認めないよ」

 

 

 「はぁ?…………んじゃまぁ、YES」

 

 

 

その言葉を待ってました! と言いたげにことりの目が輝いた。

人はそれを(暴走の)スイッチが入ったと喩える。

いそいそと手早く、衣擦れの音がしないように慎重に服を脱ぐ。

バレたら目論見が全て潰れてしまう……少女は狡猾だった。

 

 

 

 「ほら。体洗うのって、自分だと意外にやりにくい所ってあるよね?

  だから、私が、洗ってあげるよ」

 

 

 「あ〜なるほど。確かに一理あるなぁ――――――って、ええ!?」

 

 

 「それじゃ、失礼しま〜す☆」

 

 

 「ちょ……ぬをわああぁぁぁぁっっ―――――――っ!?!?」

 

 

 

というわけで、バスタオル一枚で入室してきたことりに驚愕したのである。

 

 

 

 「朝倉君! シーッ! でないと音夢が来ちゃうっすよ!」

 

 

 「な、なななななな何してるんだよ!? こ、こ、ことりっ!」

 

 

 「だから、シーッ! 音夢が「――――兄さん!? どうしたのっ!」……あう」

 

 

 「ね、ねねね音夢! い、いや違う何でもないぞ! 何もないから気にするな!」

 

 

 

脱衣所に現れた新たな気配――音夢が来たことで、

純一は己がいかに危機的状況下にあるか理解した。

 

 

 

『どんな言い訳をしても殺される謝っても殺される何をしても殺される』

 

 

 

脳内でドナドナが聴こえてきて、純一は半分気絶しそうになった。

美咲が嬉しそうに手招きしている図が浮かび、

『ああ、自分は死ぬんだな……』と思ったそうな。

美咲が迎えに来てくれるのなら、いっそ死ぬのも悪くねぇと割り切り始めた。

 

 

 

 「何でもないって声じゃなかったじゃない……何があった――――の?」

 

 

 

扉の向こうに、もう一人の気配を感じる音夢。

ギギギ……と脱衣籠を覗くと、明らかに純一の着替えとは別の、女の子の着衣。

女装でもするのか? と云う1mmにもならない希望を抱くまでもなく

その服は明らかにさきほどまでことりが身に纏っていたそれである。

ついでに、朝倉家には存在しないはずのサイズを誇るブラジャーも。

哀しいことに、自分はそんなの着けても見栄を張って終わる。

ギギギ……と、顔を元の位置に戻し、我に返った。

 

 

 

 『$#&*‘¥^”%&$#@――――!?!?!?』

 

 

 

音夢の脳内で現状を判断し、遂に処理しきれなくなった感情が声として漏れた。

漏れた、なんてレベルの声ではなかったが。

 

バーン! と勢いよく扉を開き、浴槽に浸かって震える純一と

露骨なまでに残念そうな顔をして床に座るバスタオル姿のことりを睨む。

 

 

 

 「なに、やって、る……ん、です……か?」

 

 

 「いや、だからその! 俺が頼んだんじゃなくてことりが勝手に!」

 

 

 「朝倉君の背中を流してあげたいな〜って思ったから、それだけだよ」

 

 

 「こ、と、り?」

 

 

 「な、あ、に?」

 

 

 

借りてきた猫状態で純一は動くに動けず硬直するのみ。

 

 

 

 「貴方は、いいお友達でしたよ」

 

 

 「過去形――――――――――!?」

 

 

 

純一の突っ込みが入ると同時にチャキ、と『チェリー&ロンドベル』を構える音夢。

多分中身は実弾だ。

 

 

 

 「さようなら」

 

 

 「わーーー!?!?」

 

 

 

ダンダンダン!!! ダンダンダンッ!!!

 

 

左右一丁ずつ、三連射。

音夢がことりに照準を当てた瞬間、咄嗟に湯船から飛び出しことりを抱きかかえる。

同時に彼女を自分に引き寄せ、湯船に引っぱり込む。

純一の反応速度があったからこそ可能な技としかいえない。

弾痕が、風呂場の壁面に6つ。カランカラン、と薬莢が落ちる。

 

 

 

 「何してんだ馬鹿!」

 

 

 「兄さん! なんでことりをかばうんですか!?」

 

 

 「当たり前のこと言うんじゃねぇ! お前それ実弾だろうが! 殺す気か!?」

 

 

 「当然でしょう! 兄さんと私の邪魔するんですからっ」

 

 

 「何トチ狂ってんだよ!」

 

 

 

うん、確かに音夢は目が逝ってる気がしなくもない。

良識とか常識とかそういうしがらみを全て忘れているのかもしれない。

 

 

 

 「兄さんっ、怪我したくなかったら今すぐことりを放しなさいっ!」

 

 

 「ふざけんなっ! ことりのこと撃つ気だろ、放してたまるか!」

 

 

 

ぎゅー、とことりを腕に抱え込み、音夢から隠すように浴槽に浸かっている純一。

今更だが、二人はほとんど衣服をつけていない。

純一は一弥がいたからか、腰にタオルを巻いて風呂に入っていたので、それだけ。

ことりは語るまでも無く、バスタオル一枚。

ちなみに言うと、今の騒ぎで程よく? はだけている。

純一はパニくっているので気付いていないが、他人が見たら120%勘違いされる。

 

 

 

 「そんな……『一生離さない』だなんて……朝倉君、嬉しい」

 

 

 

純一の『放す』と、ことりの『離す』とでは意味が異なる。

ついでに捏造された単語が付随している。

 

 

 

 「お前も何煽るようなこと言ってんだことりぃ―――!?」

 

 

 

よりにもよって一番見たくない、最愛の人と最大の恋敵の抱擁(注・ほぼ全裸)。

状況が状況だけにがっちりと密着しているので、益々目に毒。

音夢からすれば地獄絵図にも勝る光景だろう。

 

 

 

――――――暴走回路、起動。スイッチ・オン

 

 

 

 「こんな……こんな残酷な世界なんて……」

 

 

 

音夢は現実逃避の挙句、頭を抱えだし思考が狂った。

(色々と)危険なセリフを呟きだす。

 

 

 

 「ちょっと待てその台詞はヤバ……のうわぁぁぁぁーーー!?!?」

 

 

 

 

 

―――――― 一方、リビング。

 

 

 

 「のうわぁぁぁぁーーー!?!?」

 

 

 

三度の銃声と、純一の悲鳴。

部屋の向こうはかなり悲惨なことになっているのが予想できる。

が、怖いから確認しない。

 

 

 

 「……えーと、どうしましょう? 凄いことになってるみたいなんですが」

 

 

 

四人で顔を突っつき合わせつつ、ひそひそ声で問う一弥。

別に普通に声に出してもいいのだが、雰囲気がそうさせている。

 

 

 

 「放って置きましょう」

 

 

 

と美汐。

 

 

 

 「放って置いた方がいいと思います」

 

 

 

と栞。

 

 

 

 「放っといた方がいいわよ」

 

 

 

と真琴。

誰もが唱和し、反対意見は皆無。

勿論、一弥も同意見だ。

 

 

 

 「純一なら多分、死ぬことはないと、思いますし。

  というか……正直、関わりあいにはなりたくないですよねぇ」

 

 

 『うんうん』

 

 

 

揃って頷く皆さん。

この世はすべて諸行無常、哀れ純一。

 

 

 


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