Eternal Snow

102/言えないコト

 

 

 

結論から言うと、純一は生きていた。

彼が死んではこの物語が進まない(注:それを言ったらおしまいだ)。

暴発&乱発された弾丸が腕やらこめかみを掠め、出血はしたものの命に別状はない。

というより素人の弾丸で昇天しては神器としての立つ瀬が無いではないか。

その分、朝倉家風呂場は見るも無惨な状況に陥った。

(おそらくこの後リフォーム費用を出すのは純一だろう)

勿論、必死になってことりは守ったので、彼女には傷一つない。

音夢も純一の血を見て現実に戻り、暴走は収まった。

血を流しながら助けを呼び、一弥達に音夢とことりの対応を任せ

純一自身は包帯を巻き、治癒を行なった。そうすれば外には見えずに済む。

 

で、騒ぎも収まったリビングにて。

 

 

 

 「結局、何が原因でこんな大騒ぎになったんだ?

  あー違うぞ? なんでことりが……その、風呂に入ってくるような

  真似をすることになったのか、ってそもそもの理由のことだ。

  勿論そっちの理由も知りたいけど……俺が知る限り

  少なくとも、今までのことりがこんなことする訳ないからな」

 

 

 

しゅんと項垂れてソファーに座る音夢とことりを見ながら、純一は言う。

キッチンのテーブルチェアに腰掛けながら問う様は、どことなく偉そうだった。

怪我をしたのは彼だけであり、本人からすれば被害者だから致し方ない。

 

 

 

 「僭越ながら、私が説明します。お二人ではまた揉めそうですし。

  結論を先に言ってしまいますと、朝倉さんと音夢さんが『血の繋がった兄妹ではない』

  と判りまして。まぁ、朝倉さん達風に言わせれば、バレてしまったわけです」

 

 

 「………………………………は?」

 

 

 

美汐の言葉に、純一がフリーズした。

微妙に回答にはなってないが、それどころではないだろう。

同じく、『バレてしまった』という単語を聞き、一弥も硬直する。

結果としてこの反応が良かった。

何せ一弥は純一と音夢の関係が兄妹でないことを知っている一人、

つまり本当のことを知っているので驚かないのだ。

が、『バレた』という事実は流石に知らなかったので、周りはそれと勘違いしてくれた。

 

 

 

 「な、何で?」

 

 

 「紆余曲折はあるのですが、一言で纏めてしまえば

  音夢さんがどさくさ紛れに言ってしまいました」

 

 

 

物凄くゆっくりとした動きで、音夢を見る。

 

 

 

 「……………………」

 

 

 

暴露してしまった手前、申し訳なさが先行するのか

彼女は俯いたまま純一を見ようとしない。

 

 

 

 「音夢! お前何やってんだよっ」

 

 

 

声を掛けられて初めて純一を見る音夢。

その顔は狼狽している。

 

 

 

 「あのですね、その……ごめんなさい」

 

 

 

彼女の言葉で、嘘であるという最後の望みはあっさり断たれた。

まさかどっきりというワケがない。もしもそうならこれほど性質の悪いものはない。

 

 

 

 「てことは冗談じゃねぇんだな? かったりぃ……勘弁してくれよ。

  で? 誰にバレたんだ。まさか杉並とかには」

 

 

 「えっと……ここにいる皆と、眞子と、美春です」

 

 

 「ちっ、ことりはともかく、眞子と美春はやべぇな。

  特に美春の場合、無茶に飛び火させるよなぁ……あ〜」

 

 

 「待って兄さん。何でことりならいいんですか?」

 

 

 

急に不機嫌な顔になり、隣のことりを睨む音夢。

純一は極々自然な様子で答える。

 

 

 

 「だってことりなら家庭の事情だって判ってくれるだろ?

  その意味では眞子も心配ないけど、美春はなぁ」

 

 

 

純一の目から見ても、美春が音夢を心の底から慕っているということは判る。

ついでにその兄として純一を評価しているのも知っているが、

まさか兄妹ではなく義兄妹だったとなれば、彼女は混乱するだろう。

元々風紀委員会に所属する美春だ、音夢に仕込まれた管理体制の下

音夢はともかくとして純一には厳しい対処する可能性がある。

最悪混乱しきった状態で、言いふらす可能性は十二分にある。

 

 

 

 「口止めしに行くべきか? いやそれとも無理やり押し倒して俺に……」

 

 

 「純一純一、混乱のあまり物凄いこと呟いてる。ていうかそれ犯罪」

 

 

 「はっ!?」

 

 

 「思想犯は罰せられないから正確に言うとまだ犯罪じゃないけどね。

  でも、だからって女の子がいる空間で呟いて良いことじゃない」

 

 

 「……すまん」

 

 

 

場が静かだった所為で、きっちり全員に聞こえていた。

真琴や栞、美汐はともかく、音夢とことりは顔を染める。

染めないという時点で一弥ラバーズの胆力は相当だ。

ついでと言ってはなんだが、物欲しそうな顔をしているように見えるのも気のせいだ。

気のせいったら気のせいだそうに決まっているでなきゃ貞操がヤバイ。

 

 

 

 「私個人の見解ではありますが、朝倉さんの心配は無用です。

  今回の件について眞子さんと美春さんが漏らすということはないでしょう」

 

 

 「その理由は?」

 

 

 「女の子の秘密です」

 

 

 

くすりと笑う美汐の顔は、どこか妖艶に映った。

一弥はその仕草から、彼女はこれ以上答えに近い発言はしないと勘付く。

純一に目線で『後は無駄』と合図を打ち、自ら口を開く。

 

 

 

 「その点は美汐さんを信用していいと思うよ。

  僕と純一はその場に居なかったわけだから、どう言ったって水掛け論にしかならない」

 

 

 「む。そりゃ、まぁな。俺も同意するけど……判った、それは了解する。

  でも、どうしてことりがああいう行動に出たかってのはまだだよな?」

 

 

 

何せ銃弾の雨を掻い潜る羽目になった。

もう日の目を見ることはないとまでは思わなかったが、

ことりを巻き込んでしまったのは自分の手落ちである。

しかし彼女が来なければああはならなかったはずなので、答えて貰おうではないか。

 

 

 

 「え、えと……それは、そのぉ」

 

 

 

素面に戻ってしまえば、ことりとて自分がどれだけ恥ずかしい真似をしたか気付く。

あの瞬間は『音夢には負けない!』……ただそれだけを思っていたから

音夢に張り合うためにまさしく文字通り体を張れたが、今はひたすら恥ずかしい。

一応『告白する』という覚悟はあるのだが、どうせなら純一に言って欲しい。

それが叶わないとしても、流石に今の状況下でしたいとは思わない。

傍らの音夢は、『知りませんっ!』と言いたげにつーんとした態度を取る。

撃たれた被害者だが、ことりは言い返せる立場ではない。

 

 

 

 「あの、その、いや、あのぉ……ね?」

 

 

 「うん」

 

 

 

真摯に返事してくる純一が、妙に憎たらしい。

何故こんな鈍感朴念仁に惚れてしまったのだろう……と今更ながらに思った。

心の機微は、女の子同士にはよく伝わり、男の子には全く通じない。

純一も一弥も場が理解出来ない様子でほえほえとしている。

栞はそんな一弥の様子に僅かに眉を顰め、真琴と美汐に手助けの合図を送る。

コク、と頷いた真琴はふらり、とリビングを出て行く。

 

 

 

 「どうしたの?」

 

 

 

と一弥が訊ねるが、真琴は無言で去っていく。

ふむ?と考えた所で答えが出ないし、

とりあえず純一が変な事を言い出さないように現状維持。

 

 

 

 「…………」

 

 

 「…………」

 

 

 「…………」

 

 

 「…………」

 

 

 

口を開こうにも開けないことり。

これ以上催促するのも気が引けるので、話してくれるまで待つ純一。

普段ならその気遣いが有難いが、今は恨めしい。

 

 

 

 「…………「持ってきたわよ〜」……は?」

 

 

 

皆がじっと黙っている最中に、戻ってきた真琴が言った。

真琴は何やら小さな箱包みを抱え、栞に渡す。

栞は「ありがとうございます」と頷き、立ち上がった。

 

 

 

 「朝倉さん」

 

 

 「はい?」

 

 

 「疑問は尽きないと思います。

  でも、女の子には誰にでも隠しておきたい秘密があるんですよ?」

 

 

 「……はぁ」

 

 

 

間抜け声で反応する純一。

一弥は額に手を当て「何言ってるのさ……」と溜息をつく。

 

 

 

 「だから、ですね」

 

 

 「??」

 

 

 

栞はそこで包みを開ける。

中から取り出した小ビンを顔の横に持っていき、微笑んだ。

一瞬にして、一弥と純一の顔が強張る。

言葉で表すならまさしくピシッ、と。

 

 

 

 「女の子の複雑な心境、ということで納得して下さいね?」

 

 

 

軽くビンを振るその様は、二人にとってみればただの脅迫。

それもそのはず、小ビンの中身はオレンジ色をしていた。

しかも揺られたその動きは、流動体独特の重みを持っていた。

 

 

 

 「し!? ししししししっ……!

 

 

 「何ですか?」

 

 

 

 

一弥が混乱しつつ、栞を指差す。

突きつけた指がガクガク震えているのが誰の目から見ても判った。

音夢やことりは意味が判らず、真琴と美汐はうむうむと頷く。

 

 

 

 「栞さんっ! 何で持って来てるんですか!?

 

 

 「はい。秋子さんにおみやげと言われて預かってきました」

 

 

 「預からないでくださいよそんなモノっ!

 

 

 「と言われても……。私達を送り出す時の唯一の条件が

  『コレを持っていく』ことですから断れませんよ」

 

 

 「うわ……やられた……」

 

 

 

両手で頭を抱えて、天井を見上げる一弥。

純一は思いきり青くなっていた。

同時に『そのブツの存在は知らないはず』だということに

気付いて必死に慌てた様子を押し隠し、訊ねる。

運の良いことに、持っている当人の栞も実はその物体を恐れているから

その変化には気付かない。真琴や美汐も同様である。音夢やことりは初めから知らない。

 

 

 

 「な、なんなんだ、それ。妙に、その……嫌な……予感が」

 

 

 「あ、ああえっと、そう。いい勘してるね、純一。

  その……うん、知らない方が幸せだと思う。だから逆らっちゃ駄目だよ。

  栞さんが秘密だ、って言うならそれでいいじゃないか!

  いやそうに決まってるよ! その方が絶対安全だって!」

 

 

 

必死に『合わせろ合わせろ有無を言わず合わせろ!』とアイコンタクトを送り

『判ってる判ってる嫌って言うまでもなく判ってる!』と返す一弥と純一。

どれだけ苦痛を味わったのだろう……考えたくも無いことだが。

 

 

 

 「賢明な判断だと思います。一弥さんの言う通り、『知らない方が幸せ』です。

  出来るなら『一生知りたくない』ことというのは案外身近にあるものなんですよ?」

 

 

 

と美汐。

純一は心の中で『その通りだ!』と激しく大きく頷いて同意するが、外見には出さない。

ちなみに、知らない方が幸せということの一つに、現神器の過去があったりもする。

 

 

 

 「言わない方がいいことと、言えないこと、ってのは絶対あるものよ。

  女の子の秘密を知ろうとするのは、帰還者なんかよりも怖いわよ?」

 

 

 

締めくくった真琴の言葉が純一の戦意(知りたいという欲求)を削ぐのだった。

 

判る人にはそれで終わることだが、この場には判らない人がいるのも忘れてはいけない。

一弥達は別としても、純一は知らない振りをしているだけで本当は知っている。

何を? オレンジ色の流動物―――【邪夢】を。

 

 

 

事が片付いたので、栞がコト、とリビングのテーブルにソレを置いたのが運の尽き。

人間、誰しも“自分が知らぬモノ”に興味を持ちやすい。

怖いもの見たさとはよく言ったものだ。

それは人であるが故の心理であるから責めるのは酷だ。

 

好奇心に負けた音夢とことりは、何を血迷ったか小ビンに手を伸ばした。

いや、もしかしたらその小ビンには呪いが掛かっていたのかもしれない。

製作者はあの人だ……あながちありえないとは言えない所が怖い。

不運にも、他の皆が恐怖のあまり邪夢から目を離したのも一因といえる。

 

音夢とことりは好奇心に負け――――――食べた。

世に名立たる稀少存在、【神器】ですら恐れおののく【邪夢】を。

ここに二人もいるじゃないか、というツッコミは勘弁だ。

 

 

 

 「な!?―――しまったっ!」

 

 

 

と一弥が言うが……もう遅い。

 

 

 

 『!?!?!?!?!?―――――――っっ!?!?』

 

 

 

この日一番の絶叫が朝倉家を覆った。

もう言葉にすらなっていない、合掌。

 

 

 

 

――――――追記。

 

 

 

 『あらあら……まだまだ改良が必要ね♪』

 

 

 

と、娘はまるで母が言ったかのような、謎の幻聴を聴いたという。

 





inserted by FC2 system