Eternal Snow

97/再会は強烈な右拳で

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

どこの学園でも聞こえる鐘の音。

一弥はどこか遠くでそれを聞いているような気がしていた。

 

 

 

 「一弥、電話しないの?」

 

 

 「へぅ? ああ……そうですね、はい」

 

 

 

憔悴以外に言葉がない。

のろのろと電話を取り出し、純一を呼び出す。

 

 

 

 「宿直室にいるから何処に行けばいいのか教えて今すぐ喋れでないと後で殴るよ?」

 

 

 『はぁ? 何バカ言ってんだお前』

 

 

 「いいから早く答えて根本的に純一の所為なんだよいきなり呼び出すからこんな目に」

 

 

 『言ってる意味がわかんねぇよアホ。とりあえず上に上がって来い』

 

 

 「……了解」

 

 

 

確かに自分の言っていることは八つ当たりでしかない。

アホと言われても文句を言えないと気付く。

 

 

 

 「…………じゃ、行きましょうか」

 

 

 

溜息をすると幸せが逃げると言うが、溜息をしても幸せが逃げて行ってくれない場合は

どうすればいいのだろう? 誰か教えて欲しい……と意味の無いことを思考する。

自然に腕を絡めてくる栞に何も言う気になれなかった。

諦めの境地を理解しつつある自分に気付きつつ。

 

 

 

 (拙いのはよぉ〜く判ってるんだけど――――――何? 覚悟決めろって?)

 

 

 

電波を受信し、慌てて首を振る。

一弥とて男の子だ、女の子に興味がないとは口が裂けても言わない。

“ブラコン=同性愛者”な訳もない。

これで栞達が『可愛くない』というのなら幸いなのだが、

有難いことに揃いも揃って美少女なのだ。

感情では宜しくないと判っているのに、男としての性が嫌がってないから厄介だ。

 

 

 

 (はあぁぁぁ…………僕って不幸…………)

 

 

 

彼は、幸せな不幸を体験するに至るのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

純一からの指示通り、彼のクラスへと到着。

そこに至るまでどれだけ好奇の視線に晒されたか。

考えてみれば何でこっちから行かなければならなかったのか? 

構造を全く知らないこちらが動くより、純一を寄越した方が遥かに楽だった。

と気付くも後の祭り。

仕方ないと肩を竦め、ガヤガヤ言っている手頃な人に訊ねる。

 

 

 

 「えっと、すみません。朝倉純一君はいらっしゃいますか?」

 

 

 「え? 朝倉君ですか? えっと……朝倉く〜んっ! お客さんだよ〜」

 

 

 

一弥からしても見栄えが良いと思うくらいの美少女が応じた。

映えるピンク系統の髪の色が、少女の印象をより強くさせる。

 

以前浩平と舞人が友人に正体をばらしてしまったという経験から、

それぞれの交友関係を知っておき不測の事態に備える……ということになっているので、

一弥には応じた少女が如何なる人物か判っていた。

 

純一から聞いた記憶を辿ると、彼女が白河さやかのいとこ……名前はことり、だったか。

ことりの視線を辿りつつ、かったるそうに机にへばりつく純一を発見する。

ぬぼーっとした様子で顔を上げた純一と目が合う。

 

 

 

 「ん? 一弥?……ああ、着いたのか」

 

 

 「やあ、純一。ご招待に預かり恐悦至極」

 

 

 

気さくに声を出したつもりだったが、内心のわだかまりが消えていなかったらしく

その違和感に気付いた純一の表情はどことなく懐疑的だった。

周りにいる他の人は何の反応も見せていないから、とりあえず安心なのだが。

 

めんどくさそうにこちらへ近付いてくる純一。

と、そこで一弥は思わず拳を握っていた。

トコトコ、とリーチ内に入ってくる彼に向かって――――――

 

 

 

 「っ!」

 

 

 

ガチッ!!

 

 

 

繰り出した右ストレートは、受け止めた純一の掌に吸い込まれる。

別段早い動きではなかったから、見切れないということはない。

周囲の皆が不思議がる程ではなかったということだ。

 

 

 

 「再会の挨拶でいきなり何してるんだ? お前」

 

 

 「ごめん、自分でも判ってるんだけど……タダの八つ当たりだと思う」

 

 

 「はぁ? ワケわかんね〜。まともに入ってたら責任とる気あったのかよ? 

  ……ま、どうでもいいけど。しっかしまぁ、元気そうじゃん」

 

 

 「そうでもないよ。日頃の疲れはなかなか取れないから」

 

 

 「かったるぃってか? そいつは俺の特権だ」

 

 

 

と言われても、実際かったるぃのだ。

さっきまで精神的にその原因と闘っていたから。

流石に三人がかりじゃ容易にはいかない。

我に返り切り替えを済ませて、傍らの少女達に紹介をする。

 

 

 

 「彼が今回僕を呼び出した張本人の、朝倉純一。見ての通りの人だよ。

  純一、この子達が僕の幼馴染で、こっちから美坂栞、水瀬真琴、天野美汐」

 

 

 

お互いに会釈をして挨拶を済ませる純一達。

促されるようにして教室に入ったのはいいのだが、さて困った。

 

 

 

 「あのさ。僕らこの後どうなるの?」

 

 

 「ん? どうもこうも、普通に見学してけばいいだろ?」

 

 

 「見学許可は貰ったけど、いくらなんでも急すぎるじゃないか」

 

 

 「心配ねぇよ。どうせ次の講師はさくらだからな、絶対文句言われない」

 

 

 「……いや、僕らはその“さくら”さんがどういう人か知らないし。

  でもま、君に対してそのくらいの信頼はしてるからね。心配しないことにするよ」

 

 

 

本当は純一の幼馴染のことであると知っているが、一応知らない振りをする。

そんなことより早く余計な縛りを終わらせて本題に入りたいのだが。

 

 

――――あのメールの目的が気になって仕方ない。

 

 

会話の中にアイコンタクトでその旨を告げるが、逆に返された。

 

 

 

 「(後にしようぜ、目じゃ説明できないし)」

 

 

 「(面倒そうな予感。セリフ借りるよ?……かったるぃ)」

 

 

 「(真似んな)」

 

 

 「(……はいはい、了解)」

 

 

 

何だかんだで同い年の二人。

祐一との兄弟関係を抜きにすれば一番結び付きが強かったりする。

勿論他の三人にも言えることで、祐一&浩平&舞人のそれも似たようなもの。

 

 

 

 「…………俺は今凄い光景を目にしているらしい」

 

 

 

そんな二人の様子を間近で見ていた杉並が言った。

 

 

 

 「まさか俺以外に朝倉と会話の波長が合う男がいたとは」

 

 

 「えっと、杉並……さん、ですよね? どういう意味です?」

 

 

 「倉田、と呼ばせて貰うがよいかな? どうもこうもない。

  この朝倉に男友達がいた、ということが信じられんのだよ」

 

 

 

横目で純一を見る一弥。

 

 

 

 「友達もいない寂しい青春送ってるの? 純一」

 

 

 「哀れみの目で見るな! 信じるな!」

 

 

 「いやだって。杉並さんの言葉だけなら嘘かもしれないけど、

  こうして他の人達ももっともそうに頷いているじゃないか」

 

 

 「な……お、お前ら裏切る気かよっ!?」

 

 

 

口々に朝倉だしな、などと言い合うクラスメート。

どうやら純一は友人に恵まれているらしい。

 

 

 

 「僕、友達止めた方が無難?」

 

 

 「マジで言ってんなら、殴るぞ」

 

 

 「あはは、冗談冗談。大会控えたチームメイトに向かってそこまで酷いこと言わないよ」

 

 

 「チームメイトじゃなかったら言うと解釈していいのか?」

 

 

 「ご想像にお任せします♪」

 

 

 「やっぱ殴る」

 

 

 「遠慮しとく」

 

 

 

実に息のあった掛け合いで、会話内容はともかく、周りに友人であると証明している。

 

 

 

 「兄さん、随分仲良しのご友人がいらっしゃることはよく判りました。

  ですがそろそろ止めた方がいいですよ。さくら……芳乃先生来てますし」

 

 

 「なぬ?」

 

 

 「ほらほらそこ〜、座った座った〜!」

 

 

 

音夢の言う通り、教卓にあがったさくらが出席簿を叩いて指示を出す。

騒いでいた一団の中心人物が純一であったことに気付き、

彼の額にチョークをクリーンヒットさせる。

 

 

 

 「あ痛っ!」

 

 

 「はじめて見たよ。チョーク投げ」

 

 

 「感心すんなアホっ!」

 

 

 

掛け合いのタイミングがあまりにも見事で、

クラスの全員が目を丸くしたことを付け加える。

 

 

 

 「えっと、君達が七星学園からの見学者ってことでいいのかな?」

 

 

 「あ、はい。公式なものではありませんが。いきなりで申し訳ありません」

 

 

 

たまたま彼女の方を向いていた美汐が応じる。

若いながらに最もおば……こほん、物腰の低い彼女ならばそうそう失礼はしない。

 

 

 

 「ううん、大丈夫だよ。ちゃんと本人確認はされてるみたいだし。

  大会も近いからね、いい勉強になるだろうからどんどん見てってよ」

 

 

 

その気安い様子に、真琴がきょとんとしていた。

 

 

 

 「あぅ?……先生、なんですか?」

 

 

 「あはは、うん、そうだよ。ボクの年は皆と一緒なんだけど

  アメリカで修士課程修めてきたから、こっちに戻ってきて講師やってるんだよ」

 

 

 

その内容は既にクラスどころか学園中の皆が知っていることなのだが

流石に初見である真琴が判るはずもなく「はぁ〜」と感嘆の溜息が漏れた。

つまり目の前の幼女……もとい少女が天才であるということにも気付いたからだ。

 

 

 

 「うにゃ〜、椅子が足りないかぁ。お兄ちゃん!」

 

 

 「あ? 何だよさくら」

 

 

 「授業中だから、芳乃、せ・ん・せ・い! お兄ちゃんのお友達なんでしょ? 

  責任持って1、2、3……4人分椅子持ってきてよ」

 

 

 「微妙に言い分が正しくて言い返せねぇ、かったりぃ。

  一弥、一緒に来い。まさか俺一人に働かせたりしないよな?」

 

 

 「勿論。見学者としての流儀は守るよ。―――では、少々失礼しますね」

 

 

 「その顔やめい」

 

 

 

一弥が放った無意識下のアルカイックスマイル、純一は充分その威力を知っていたので

状況が無駄に悪化する前にぺしり、と彼の頭をはたいた。

 

 

 

 「ぁう」

 

 

 「自覚しろ、馬鹿虎」

 

 

 

彼は反省という言葉を知らないらしい。

つい先ほど自分がどんな目にあったか覚えていないのか? と問いたいくらいに。

異常な鈍感は、誰が見ても罪である。

 

一連の流れを見ていた真琴・栞・美汐は、純一の行動に感謝した。

あの笑顔の威力は彼女達が一番良く知っている。

わざわざ無駄に敵が増えてもらっては困る。

ついでに誰もが思った。

 

 

 

 『―――――何故“虎”?』

 

 

 

と。

椅子を取りに行った一弥も言った。

 

 

 

 「虎とか言うのは止めようよ……正体ばれたらどうするのさ」

 

 

 「虎から白虎に繋げるのは結構無茶があるだろ、心配し過ぎだと思うけどな」

 

 

 「よく言うよ。浩平さんと舞人さんの例を忘れた訳じゃないでしょ。

  確かに緊急時だったらしいけど……結果的に6人もバレたんだから」

 

 

 「そりゃ、まぁな。俺らも他人事じゃねぇか」

 

 

 「残念ながら。未来なんて何があるか判らないんだから、

  不穏な発言しないように気をつけてね。面倒くさがりの亀さん?」

 

 

 「強くなったのはいいけど、こういうのはかったるぃだけだぜ……ったく」

 

 

 

がりがりと頭を掻いて、少年は愚痴るのだった。

 

 

 

――――――嵐の前の静けさは、『将来の嵐』を呼び起こす証。

 

 

 


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