Eternal Snow

95/己が名

 

 

 

――――――翌々日。

 

 

 

 「ですけど、まさか本当に行くなんて」

 

 

 「あはは……僕が一番驚いてます」

 

 

 「一昨日の夜に決まったんでしょ? 

  で、昨日準備して今日だもん。いきなり過ぎるわよぅ」

 

 

 「そうですよ。あんまりお洋服選べませんでした、折角の観光なのに」

 

 

 

両親に許可、及び秋子のお墨付きを貰って出立。

初音島に向かう定期船の中で四人は椅子に座り歓談していた。

正確に言うならば歓談ではなく、一弥に対しての一方的な問い詰め及び軽い非難だが。

 

 

 

 「それにしても一弥さん? 初音島にご友人が居たなんて初耳ですよ?」

 

 

 

美汐の一言はどこか刺々しい。

連なる形で栞と真琴も冷たい視線を一弥に送る。

一弥の友人関係は全て把握している、とまで自負出来るからこそ

予想外の友人の出現に動揺しているのだ。

 

 

 

 「え、えと……何でそんな怖い顔を向けられるのかはよく判らないんですが。

  ほら、僕ってしばらく留学してたでしょう? その時に知り合った友達なんですよ」

 

 

 

丸ごと嘘ではない。

留学先ではなく、留学を終えて就職?してからの知り合いなだけだ。

 

 

 

 「ああ、その頃の繋がりなんですか。そういえば一弥さん、

  その頃のお話って全然してくれませんよね。少し気になります」

 

 

 

との栞の疑問に、一弥は苦笑する。

言って言えないということでもないが、やはり言わぬが華だろう。

 

 

 

 「う〜ん。留学してただけで、結局勉強しかしてませんからね。

  特にこれといって面白い話なんて全然ないですよ? 

  多分冬実に居て皆と一緒に居た方が良かったかも〜、なんて」

 

 

 

本当はそれこそ虚言。

面白い話がないなんて嘘、その頃の記憶が最も輝いている。

無意識の中で生きている喜びを味わっていた。

同時に、最も暗く彩られているけれど。

冬実に居ればそんな暗い思い出は知らずに済んだだろう。

だが、後悔だけはしない。

みちるという少女と自分が紡いだ過去が、今の己のアイデンティティだから。

 

 

 

 「誘ってくれた友達の名前は朝倉純一。

  うちの学園の姉妹校になる風見学園の生徒なんです。と言っても、

  彼は相当のめんどくさがりですから、それ程優秀じゃないかも、ですけど」

 

 

 「あぅ? 『朝倉』? 確かその人って、一弥のチームに居たよね?」

 

 

 「あ、覚えてた? まさか彼と同じチームになるなんて、って気分かな、全く」

 

 

 

チーム表を脳裏に描き思い出すのは、一弥以外全く以ってパっとしないランク。

記憶を辿りつつ、一弥の発言は間違っていないのだろうとアタリをつける三人であった。

 

 

 

 「あの時一弥さんが驚いていたのって、お友達の名前が入っていたからですか?」

 

 

 「そういうこと。なまじ知っている人でしたから、まさかと思って」

 

 

 「納得です。確かにそういうことならあの時の驚き方もしょうがないですね」

 

 

 

クスクスと笑われるが、これまた全部が正しいという訳ではない。

何度も繰り返すが、いくら対外的な理由付け……『登録サボリ』があったとはいえ、

まさか神器五人全員を同じチームにするなんて無謀を通すなんて! というのが本音。

それこそ何処の誰と戦ったとしても、敗北などありえない。

彼らが敗北を喫するとすれば、強力な帰還者くらいのものだ。

 

 

 

 「そういえば、初音島って初めて行くかも」

 

 

 「言われてみればそうですね。普段あまり旅行にも行きませんし」

 

 

 「……一弥さんが居なきゃ面白くないです」

 

 

 

真っ直ぐ向けられる好意に喜んでいいのか恥ずかしがればいいのかイマイチ不明瞭。

嫌な訳ではないのだが……う〜む、と悩んでしまうお年頃。

彼女達を大切に想う感情はあれど、決断に踏み切る覚悟はまだ無い。

と、そこで三人の表情を眺め、なんとなく理解した。

 

 

 

 「よく親の許可が出たなぁ、なんて思いましたけど。脅しましたね?」

 

 

 「「「……………………」」」

 

 

 

無言は肯定の証。

彼女達の親は一弥のことを信頼してくれている。

が、いくらなんでも可愛い娘を(保護者もなしに)そう簡単に旅行に送り出す訳がない。

確かに下手な人物が付き添うよりも一弥が居た方が遥かに役に立つ。

しかしその事実を知るのは真琴の両親である秋子と賢悟だけ。

(秋子が異様ににこにことして真琴を送り出していた事実はこの際置いておく)

となると反対意見が出ているはずで……それを承認させるのは容易ではない。

栞と美汐が説得にあたって『許してもらえないならお父さんと口利きませんっ!』

とでも言ったのだろうと予測した。別に責めるつもりもない。言った所でもう遅いし。

 

 

 

 「くす。それだけ楽しみにして貰っていたのなら誘った甲斐があります。

  僕も、皆の苦労に見合った旅行に出来るように努力しますよ。

  初音島の“枯れない桜”を見るだけでも充分満足出来るでしょうけど」

 

 

 「えぅ? 一弥さんは行ったことがあるんですか?」

 

 

 「留学中に何回か。と言っても、まともに観光した記憶もありませんから

  案内出来るほど地理には詳しくないですが」

 

 

 「……まさかとは思いますが。

  誰か“女性の方と行った”なんてことはないですよね、一弥さん?」

 

 

 

美汐の言葉がぶっちゃけ怖い。

そう、言うなれば『事と次第によってはただじゃおきませんよ?』と言外に語っている。

 

 

 

――――――ふるふるふるっ!

 

 

 

得体の知れない寒気を伴い、彼は首を振った。

実際誰か女の子と来たことなんてなく、同伴という意味では今回が初。

第一あの島に向かう理由の100%がDDに関係するもの。

個人の娯楽及び観光目的がメインなんて今まで無かった。

女性……と言われても、みちる以外の誰かで親しいのは目の前の三人だけ。

そもそも初音島に行くようになったのはDDに所属してからで、

みちるが存命時に来たことはない、要するに一弥側に不謹慎な名目はない。

 

 

 

 「あぅ……よかったぁ〜」

 

 

 

何がどう良かったのかは判らないが。

とりあえず機嫌を損ねずに済んだらしいことだけは確かだった。

 

 

 

 「ねぇ一弥さん?」

 

 

 「ん? 何ですか栞さん」

 

 

 

一難去ってまた一難。

考えてみたら暴走したときのストッパー役がいない。

兄単独では無理だが……多分姉達が揃っていればどうにかなっただろう。

残念なことに兄達も義務としての七星学園の自主練習やら、

娯楽としての遊びの予定を立てたらしく、初音島には絶対に来ない。

助けてくれる人がいないことに今更気付く。

 

 

 

 「そんな身構えないで下さい。大したことじゃないですから。

  お泊り道具を持ってきてますけど、何日か泊まるんですよね? 

  で、気になったんですが。ホテルでも予約しているんですか?」

 

 

 「ああ、そのことですか。純一が部屋を用意する、とか言っていた気が。

  その点はあんまり心配しなくてもいいですよ、もし無理でもどうにかしますから」

 

 

 「どうにかって?」

 

 

 「初音島は観光地ですし、旅館なりホテルなりはちゃんとあるんですよ。

  予約がなくてもどうにかなります。それに、僕達はDDの養成校の生徒ですからね。

  学園の関係者ってことなら最悪現地の寮に泊めてもらえますよ。

  その場合は……僕達四人で一部屋借りることになるでしょうけど

  僕は適当に玄関先とかで寝ますからご心配なく」

 

 

 

一弥には同じ部屋に泊まることになったとしても、彼女達を押し倒す度胸はない。

あったら大問題だ、何せまだキスの経験があるだけ。

みちるとは間違いなく相思相愛の関係だったが、そういう関係に至る年齢でもなかった。

 

 

 

 「えぅ〜! それじゃ意味がないですぅっ!」

 

 

 「(……無視無視)少し眠りますから、着く頃になっても寝ていたら起こして下さい」

 

 

 

逃げと言うなかれ。

いくらなんでも其処までの覚悟はない。

言っては何だが、三人の内の誰か一人に限定すれば残りの二人に殺される。

かといって三人全員なんて真似をして人生の終わりを見る気も無い。

……逃げたところで近い将来取り込まれるかもしれない。

 

 

 

 (僕そんなに悪いことしましたっけ? 泣きますよ?)

 

 

 

そんな泣き言は通じない。

過去の後悔を無かったことにすることは不可能。

それこそ、時を戻すしかないのだから。

 

時が戻るなら、何よりもあの日に還りたい

 

 

 

 


 

 

 

 

――――――夢を見る。

 

 

 

うつろい逝く時を、眺める自分。

変わらぬ過去は、悔恨の証。

流した涙は、血の味。

刻んだ傷は己を侵食し、侵し尽くす。

犯された心は、闇に染まる。

壊れた自分は、狂った己を生んだ。

 

 

 

 「後悔なら飽きる程した」

 

 

 「弱くてもいいから、強くなりたかった」

 

 

 「その願いが悲しくて……無性に泣きたかった」

 

 

 

過去が変わらぬなら、未来が欲しい。

護る者を失ったのなら、護れる者が欲しい。

願う事が罪ならば、償いの手段を求めたい。

 

 

 

――――――夢を見る。

 

 

 

夜空に浮かぶ月の色。

空を霞ませる涙雨。

雲が太陽を覆い尽くし、月の光さえ届きはしない。

 

 

 

 「満月を見るのは辛くて」

 

 

 「あの笑顔が大好きで」

 

 

 「何も出来なかった自分が憎くて」

 

 

 「もう逢えないのは嫌と言うほどに判ってる」

 

 

 「求めても、欲しくても、願っても、手に入らない」

 

 

 「だけど、護りたい笑顔は、きっと……」

 

 

 

雷は希望。

 

大鎌は誓い。

 

弱さは強さ。

 

称号は証。

 

名は生命。

 

 

 

 『バイバイ……大好きだったよ……一弥』

 

 

 

一弥。

僕の名前。

名前は大切なものだけれど、僕にとっては残酷なもの。

弱くなければ、失わなかったから。

弱さは罪だと知った。

強さこそが力だと、魂に刻まれた。

 

 

過去は醜く未来は暗く己が名は憎く

 

 

 

――――――夢を見る。

 

 

 

自分が望む何かを、足掻く先にあるものを。

姿は見えず音も聞こえずとも。

 

 

 

 

……かずや。

 

……かずや。

 

 

 

――――――呼ばないで。

 

 

――――――弱い僕のことなんて、放っておいて。

 

 

――――――呼ばれる価値すら、僕には無いんだ。

 

 

 

 「一弥っ……一弥ぁっ!」

 

 

 「……え? 真琴?」

 

 

 

頭上から響く少女の声に反応する。

聞き慣れた声なので、すぐに誰か判った。

 

 

 

 「もう着くわよ、起きて」

 

 

 「……了解。夢見最悪だけどね」

 

 

 「あぅ?」

 

 

 「いや、こっちの話。大したことじゃないから……栞さんと美汐さんは?」

 

 

 「カバン取りに行ってるわ。ほら! 一弥も仕度しなさいよぉ」

 

 

 

彼女の物言いに勝てるはずもない。

一弥は苦笑いで応じつつ、夢を反芻する。

「弱いな、僕は」と嗤う。

自虐的になり過ぎてはいけないから、明るく振舞えるだけ。

 

 

 

 「真琴」

 

 

 「あぅ?」

 

 

 

何かを言いたいのに、言葉が視えない。

謝罪の言葉が、感謝の言葉か、それすら判らぬ自分が歯がゆい。

 

 

 

 「……ううん、ごめん。何でもない。じゃ、二人の所に行こうか」

 

 

 

踏み出す一歩が辛くなくなったのはいつだったろう。

流れ続ける血の痛みを気にしなくなったのはいつだったろう。

乗り越えられるようになるのは、いつだろう?

 

 

 

 


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