Eternal Snow

94/Invite

 

 

 

 「ほら、やっぱりこうなるんだから……」

 

 

 

一弥は溜息をついた。

お酒が入らなかっただけまだマシかもしれない。

水瀬家に遊びに来て泊まるのは一向に構わないのだが

そうなってくるとほぼ必ずと言っていいほど彼の幼馴染は自分に甘えてくる。

普段はキリっとしている美汐も、知り合いしかいない水瀬家では

他人の目を気にする必要がないから、顕著に甘えてくる。

 

甘えられるのは頼られているということだから、

『失って』『オカシクなって』『哭きつづけた』挙句、

兄に頼り続けている自分を振り返れば、そうされるのは決して嫌なことではない。

彼女達にとって頼られる存在で居たい、そう思うのは罪ではないだろう?

 

 

 

 「一弥君、だいじょうぶ〜?」

 

 

 「これが問題無いように見えますか?」

 

 

 

あゆに訊ねられて一弥は憮然と返した。

お泊り会になったため、幼馴染全員が来ている訳で。

 

 

 

 「あはは。ちょっと無理かも、ね」

 

 

 「判っているなら訊かないで下さい。

  ところで……三人とも、離れそうにないですよね?」

 

 

 「かんっぺきに熟睡してるから、起こすのは可哀想だよ」

 

 

 「…………僕の安眠は無視ですか?」

 

 

 

さて、今更ながらに説明すると。

いつぞやの歓迎会よろしく、リビングにて真琴と栞と美汐に抱きつかれている。

お酒が回ったわけではなく、単に甘えの極地に至っただけなのだが。

三人とも幸せそうに熟睡中。

 

 

 

 「兎に角、あゆさんじゃ無理ですから。

  兄さんとか賢悟さんとかに助けて欲しいんですけど、呼んできて貰えます?」

 

 

 「うん、ボクもそうするのが一番いいと思うんだけど」

 

 

 「……ど?」

 

 

 「賢悟さんがね、『放っておいた方が面白いから』って。

  勿論祐一君は一弥君を助けようとしてたんだけど佐祐理さんに捕まって

  舞さんがそこに入っていって、名雪ちゃんが甘えモードで抱きついて

  香里ちゃんが止めようとしてミイラ取りがミイラになって、ボクは水飲みに来たの」

 

 

 

色々ツッコむことにした(心の中で)。

 

 

 

 (賢悟さん、貴方父親でしょう!? 

  娘の身を案じるのが普通じゃないですかっ! 

  真琴に限らず、栞さんや美汐さんだって

  他所様からの預かりものでしょう!? 

  面白いってなんですが面白いってぇっ! 

  当の本人はちっとも面白くないですよっ! 

  それに、兄さんもっ! 神器『青龍』ともあろう兄さんが

  姉さん達にやり込められてどうするんですかっ!?

 

 

 

……と、声に出せれば相当なストレスが解消出来ただろう。

哀しいことに話題として口に出来ないことを思っていたので、表情にすら出せないが。

 

 

 

 「風邪ひくといけないから、後で毛布持って来るね」

 

 

 「…………ヨロシクオネガイシマス」

 

 

 

もう泣きそう。

誰を恨もうかな、と悩むのも無理はない。

 

 

 

 


 

 

 

 

神器。

 

―――蒼き龍神。

 

―――白き獣神。

 

 

神の器。

 

―――紅の鳳凰。

 

―――灰燼の甲竜。

 

 

神なる鬼。

 

―――破壊の蛇王。

 

 

 

倉田一弥は、神器である。

この世界において、その名を冠する者は強大にして崇高にして偉大。

雷を宿し、己が力を以って永遠を打ち砕く者。

彼は間違いなく、強い存在。

しかしながら、決して己を驕りはしない。

 

常に自身に戒めるのは「僕は未熟者だ」という言葉。

 

その心があるからこそ、彼は神器に足る。

戦う技に優れているから強い訳ではない。

戦う知恵に秀でているから強い訳でもない。

『闘う』ことへの覚悟を持つから、信念を捨てないから、強いのだ。

何より【失った】という事実が、その想いを一層強固にする。

 

 

 

 「両手に花、か。そんな資格無いのにね……」

 

 

 

彼は少女達のぬくもりを感じながら、呟いた。

一弥の言葉は本心からのものであり、過去を想う限り決して拭い去れない。

神器として、間違った道を歩まない様に心掛けてきた。

あらゆる形で自分の全てを高めてきたつもりだった。

兄と同じ道を選び、親友を得て、幼馴染と再会し、『今』がある。

その『今』を守ることが、彼の望むこと。

 

きっと彼女達は、そんな願いの結晶。

自覚があるにせよ無いにせよ、『今』の一弥にとって掛け替えない存在。

 

 

 

 「…………ありがとう、皆」

 

 

 

そう言って、一弥は栞の頭を撫でた。

慈しむように、愛おしむように。

 

 

 

――――『彼女』を守れなかったお前が、何を言う。

 

 

 

負い目を感じ続けるもう一人の自分が、告げる。

あの笑顔を失った『僕』が……何を生意気なことを!

 

 

 

――――『力』を持たなかったから、守れなかったんだろう?

 

 

 

強くなったと思っていたのは錯覚だった。

力が無くて、恐くて、怖くて……。

 

 

 

――――『恐怖した』から、逃げたんだろう?

 

 

 

僕は、弱かったから。

驕っていたから、錯覚していたから。

 

 

 

――――なら、一人で死を選べ。何も守らないで、消えてしまえ。

 

 

 

一理ある。

少女を失ったあの日、そうしようとした。

あの豊かな表情を二度と見られないと気付いた時、生きている価値を見失った。

まだ経験の浅い子供だったから、余計にそう思った。

 

 

 

――――でも、そうだとしても。

 

 

 

想いが、願いが、もう一人の自分を打倒しようと立ち上がる。

 

 

 

――――『今』は……違う!

 

 

 

弱いから、壊れた。

弱いから、頼った。

弱いから、甘えた。

弱いから、泣いた。

弱いから、狂った。

弱いから、耐えた。

 

弱いから、強くなろうとした。

 

兄を得た。

友を得た。

力を得た。

 

弱い過去を乗り越えた、とまでは言えないけれど。

 

 

 

――――『守れなかった』のは事実だろう?

 

 

 

知っている。嫌というほど、自嘲してきたから。

僕らは、そうやって今まで生きてきた。

 

 

 

――――お前も、兄も、友も、皆同じではないのか?

 

 

 

そうさ。皆が同じだから、傷を舐め合った。

醜い絆と罵倒されても、絶対に離れたりしない。

 

 

 

――――下らないな。ただの自慰行為と気付かないのか?

 

 

 

その下らなさに縋らなきゃ『今』を手に入れられない。

無様だと嗤うか? 未熟と罵るか?

 

 

 

 「……『今』を護りたいんだ。力があるから、もう絶対に譲れない」

 

 

 

何度も同じ問いを受けて、何度も同じ答えを返す。

自分を戒め、自分を解放し、自分よりも誰かを救いたいから。

 

 

 

――――そうだ、それでいい……それでこそ――――。

 

 

 

 「……んむぅ? かず……やぁ?」

 

 

 

一弥の声に反応したのか、真琴が寝ぼけて問い掛ける。

彼は、微笑んで、彼女の頭を撫でた。

 

 

 

 「ごめんね? 何でもないから、おやすみ」

 

 

 「うん……一弥も、ね?」

 

 

 

すぅすぅ、と再び夢の住人となる彼女は、年相応に魅力的だった。

と、そこでポケットに入れていた彼の携帯電話にメールが入る。

 

 

 

 (……ん? メール? 誰からだろ)

 

 

 

眠っている少女達に気を遣い、声に出さず携帯電話を取り出す。

自分の携帯及びメール番号を知っている者はそう多くないことを彼は知っていた。

特に、『ただの学校の友人』なんて、誰も知らないのではなかろうか? 

教えた記憶もないし……何より『許可』が出ない。

 

幼馴染の少女達が周りに対して情報をブロックするのだ。

一弥自身はDDに関わることでなければ隠す必要なんてないと判っているし

現代に於いて携帯電話の番号を教えあうというのは友人を作る一つのコツである。

だから本当は男友達でも女友達でも問わずに教えるつもりがあるというのに、

 

 

 

 (……何故か、この子達が許さないんですよね)

 

 

 

彼は、乙女心を知らない。

好きな相手に余計な虫がつかない様に、自分達の所で全部抑えているのだ。

電話番号を簡単に教えることが無いように、常に監督し、管理する。

少女三人(真琴・栞・美汐)のたゆまぬ努力の結果、クラスメートで

一弥の番号を知っているのは浩平繋がりでみさお、みさお繋がりで澪と繭だけである。

実は男友達は一人も知らないのだが、一弥的には祐一と彼に連なる関係の人だけ

連絡が取れれば充分過ぎるほど充分なので、全く気にしていなかった。

 

いくら過去の体験が酷かったとはいえ、感情が死んだ訳でもないというのに。

おそらくこれは生来のものであり、鈍感スキルは兄譲りだろう(血の繋がりは皆無だが)。

ウィンドウを確かめ、珍しい相手に目を丸くする。

 

電子文字で表示された名前は『朝倉 純一』。

ちなみに純一の分類は【神器・親友】フォルダである。

普通に考えれば他人に見られるおそれを考慮して露骨な分類はしないものだが

何せ彼の持つ携帯電話はDDの開発部の特別製である。

本人の指紋、声紋承認プロテクトなんて余裕で搭載している。

つまり情報漏洩のおそれがないので何の心配もない。

 

 

 

 「純一から?……何々」

 

 

 『題名:来い! 本文:なし』

 

 

 

あまりにも簡潔なメール。

たった一言で要件を済ませるのは結構だが、これでは意味が判らない。

 

 

 

 「は?」

 

 

 

思わず理解不能の?マークを頭に浮かべ、本当にこれしか無いのかと

他のメールの有無をセンターに問い合わせるが、やはり届いていなかった。

と、そこで声を出してしまったことに慌てるものの

とりあえず三人は熟睡しているから、一応大丈夫そうだ。

直後、携帯電話から軽快なメロディが流れ出す。

咄嗟に相手を確かめず電話に出る一弥。

 

 

 

 「はい、もしもし?」

 

 

 『もしもし一弥? メール見たか?』

 

 

 「って、純一? 何なのこのメール……ていうか

  電話寄越すならわざわざメール送らなくてもいいじゃないか」

 

 

 『メールのが金掛からないだろ』

 

 

 「携帯料金の支払いなんて僕達無いようなものでしょ? まぁいいけど。で、何の用? 

  あんまり長い時間話していられないから、簡潔にね」

 

 

 『ちょっと相談したいことあって、悪いんだけど初音島に来てくれないか?』

 

 

 「……何で僕がわざわざそっち行かなきゃいけないのさ、電話で済むでしょ。

  君のセリフを借りるなら“かったるぃ”んだけど?」

 

 

 『そう言うなって! 頼むから来てくれよ。ちょっとどうしても直接話したいんだ。

  あんまり長電話だと音夢に気付かれかねないしな。観光だと思って、気楽にさ』

 

 

 「僕の予定は無視ですか」

 

 

 『あ、何かあったのか?』

 

 

 「何か、って程じゃないけど。幼馴染と過ごす予定が……」

 

 

 

決定している訳ではないのだが、一弥のフリーな時間の過ごし方というのは

大抵が祐一、もしくは他の幼馴染と過ごすというのがパターン化しているので

この際初音島に出かけるのはいいとしても、唐突に出かけるなんて言ったら怒られる。

 

 

 

 『なら、連れて来いよ。俺との話は二人っきりの時に済ませればいいし。

  折角だから島の桜でも堪能してけば幼馴染さんも満足するだろ?』

 

 

 

一弥は溜息をつき、応じた。

 

 

 

 「要するに、僕が真琴達……幼馴染を連れて行くって条件を付けてでも

  僕をそっちに呼びたい用事ってことだね?」

 

 

 

具体的に内容を問い質してもよいのだが、おそらく口を割るまい。

変な所で頑固なので、電話では埒があかない。

 

 

 

 『ああ。流石一弥だ、大正解』

 

 

 「褒められてる気がしないよ……了解、明後日から学校は大会前休みか。

  準備して、早ければその日にでも出られるようにすればいいんだね?」

 

 

 『そゆことだ。悪いな? 部屋は用意しとくから』

 

 

 「悪いと思うならこういう提案して欲しくないんだけど」

 

 

 『じゃな〜! 待ってるぞ〜』

 

 

 

ぷつ、と電話がきれる。

 

 

 

 (……都合の悪い所だけ聞き流して切るなんて、確信犯め)

 

 

 

ぶつけどころの無い敗北感を指に込め、こちらも電話をきる。

携帯電話を仕舞いつつ、少女達に目をやる。

やはり幸せそうに熟睡していた。

 

 

 

 (服を買いに行くとは言っていたけど……ま、休みも長いし。

  旅行気分で連れ出してあげるのも悪くは無い、かな? 幼馴染サービスってことで)

 

 

 

学校に遅刻するといけないから、とりあえずもう寝なければ。

明日も帰宅先は水瀬家になるだろうなぁ、と思いつつ、彼も夢の住人となった。

 

 

 

降って湧いた突然の来訪願い。

純一との友情を優先した一弥の優しさに、合掌。

 

 

 

 


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