Eternal Snow

92/頭の痛い問題

 

 

 

一弥は頭を抱えていた。

間近に迫った合同武術会、どれだけの苦労が待ち構えているのだろう? 

……と考えるだけでやってられない。

出来ることなら、いっそ出たくないとまで思った。

一弥がどれほどに大変なのかを推し量れるために、友人達も声を掛けようがなかった。

 

彼は己の思考に没頭する。

 

 

 

 (正直……何がどうなってどういう思考に至った挙句、

  一体どんな手段があればこんな申請が通る?)

 

 

 

くどいようだが、真実を知る者からすれば我が目を疑うだろう。

知らない者にしてみれば、雑魚揃いのカモなのだが、この際無視。

 

 

 

 (いや違う、そもそも誰がこんな申請をしたんだろう?)

 

 

 (僕じゃない。そして絶対に兄さんでもない。

  兄さんが一番このチームの危険性を熟知してるんだから)

 

 

 

そのことだけは確実だと断言できる。

ハナっからそんなことをした記憶は無いし、何より兄がそんなことをするわけがない。

もし仮に万が一していれば確実に自分に連絡が来ていて然るべき。

 

 

 

例えば――――

 

 

 

 『あいつらを放っておいたら却って危ない。揃ったら揃ったで危ないけどな。

  ここは俺達が犠牲になろうぜ? その代わり、大会終わったら休暇貰って温泉行くか』

 

 

 

――――とか何とかそういう一言があってもおかしくない。

 

 

 

一弥も祐一も見通しが出来ないわけではない。

何が哀しくて自分から面倒を享受しなければならないのか。

純一のセリフを借りるなら“物凄くかったるぃっ!”という感じだろう。

 

 

 

 (浩平さんや純一、舞人さんがやったとも考えられなくも無いけど……)

 

 

 (でも、それもないはず)

 

 

 

自ら仮定したことを即否定する。

勿論理由あってのことだ。

わざわざ考えなくてもいいのだが、整理するには必要だ。

 

まず候補その1、純一は即座に却下。

あの筋金入りの面倒くさがりがわざわざ五人分の申請をするわけがない。

 

 

 

 (残りは二人……だけど)

 

 

 

ウケを取るために浩平か舞人が申請することは充分予想出来るが、正直低い。

そもそもあの二人が大会エントリーのことを覚えているという可能性が微妙。

 

 

 

 (放っておいてもどうにかなりそうなことを自主的に

  あの二人がやってくれてれば……やってくれる人だったらっ! 

  ………………それよりももっと重要な書類仕事がスムーズに行くはずだし)

 

 

 

申請なんて運が良ければ友人の誰かが厚意を示してくれる。

自主的に動くのが一番良いことだが、浩平と舞人に限っては可能性が低い。

自分が楽しいことでなかったらそうそう動かない。

その所為で自分と兄が苦労しているのだから説得力はある。

 

 

 

 (いやでも、確かに愉しいかもしれない。

  僕達全員揃ったら……特にあの二人にとっては喜ばしいことかもしれない)

 

 

 (でも余所の学園にまで介入して動かなきゃならないわけだから。

  幾ら何でも浩平さん達が其処までするわけがない)

 

 

 

と、なると。

 

 

 

 (誰だ? どう考えても意図的なチーム編成。

  神器である以外に僕達に共通項なんてないはず。

  確かにランクは揃って低いけど、僕はBだからイマイチ説得力に欠ける。

  後は精々……この前の申請日に……“揃って休んだ”……覚えが)

 

 

 

永遠の使徒の来襲による緊急会議。

その場で色々と新たなことが明かされたわけだが……。

 

 

 

―――――そういう結論に至り、答えが見えた。

 

 

 

つまり大会参加チーム申請日に揃って休んだ神器各員。

そのままでは参加すら危ぶまれるのだが、DD上層部からすれば

(特に秋子や賢悟等)上手い事五人が揃っていれば色々と都合が良い。

多少裏から手を回しても文句を言う者はいないだろう……という判断と見た。

 

 

 

 (そうか…………そういう対外的な理由をつけて

  僕達を揃えたんですね……秋子さんに賢悟さんっ!

 

 

 

はい正解。

 

 

 

 (絶対楽しんでる、絶対そうに決まってる)

 

 

 (確かに揃っていた方が何かあった時に対応はし易いですけど、

  でもだからってこういう形なんてあんまりですよお二人ともっ!!)

 

 

 

う〜あ〜、と頭を抱え一弥は拗ねた。

もう授業を受ける気にもならず、彼は学園に入って初めて授業を居眠りした。

 

 

 

 


 

 

 

 

昼休みになり、一弥は一人教室を出て行った。

いつもなら真琴達と姉の弁当を味わうはずだというのに。

彼の向かった先は、兄である相沢祐一の教室。

今回の一件について、おそらく浩平は何も考えていないだろう。

ワリを食うのは自分達なのだから、少しでも気休めをしたいと願うのも無理はない。

 

 

 

 「あ……兄さん」

 

 

 「おぅ……来たか」

 

 

 

二人して顔を合わせたのだが、その表情は全く晴れていない。

で、当然といえば当然だが、祐一のクラスということは

おのずと浩平のクラスでもある、ということだ。

 

 

 

 「おぉ、一弥じゃねーか。どした?」

 

 

 

脳天気なその態度、それこそが折原浩平の所以である。

 

 

 

 「黙れ元凶」

 

 

 

そのたった一言で切って捨てる祐一。

込められた思いが如何ほどのものか……それは本人達にしか判るまい。

 

 

 

 「何だよ祐一。意味なく絡むなって」

 

 

 「あのな。俺の気苦労を考えて……いや、俺と一弥の苦労をお前が、お前らが! 

  今までに一度でも考えたことがあるのか?」

 

 

 「全くです。いつもいつもいつもいーっつも僕と兄さんだけが損をして……。

  絡んだって絶対にバチ当たりませんよ!」

 

 

 

内輪の話になるのが判っている祐一は浩平を連れて教室を出て行く。

目的地はいつもの如く軽音部の部室。

この会話は昼休みの喧騒に紛れて他の生徒達には聞こえていなかった。

本来なら諌めるべき瑞佳や香里、茜や名雪といった面々は既に学食へと消えている。

浩平は先ほどまでぐっすり寝ていたし(瑞佳達が声を掛けたが微動だにせず)

祐一は一弥と同様に頭を抱えていたから教室に残っていた訳である。

結果としてその方が都合良かったわけだが。

 

なお、祐一も一弥と同じ結論に至ったことを書いておく。

 

 

 

 「んあ? もしかしてチームの話か?」

 

 

 「それ以外に何があると思ってんだお前は」

 

 

 

祐一の視線は冷たい。

他の二人まで同じ学園だったら更に激昂していたことだろう。

リーダーという存在は常にそんな役目にあるのは言うまでもない。

部室前に到着し、鍵を開けたところで三人の歩みが止まる。

室内の壁に背中を預け、一番初めに口を開いたのは一弥だった。

 

 

 

 「間違いなくこの話には秋子さん達が一枚噛んでいます。でなきゃこんな無茶な話」

 

 

 「通るはずがないよな。ったく……公式の理由は俺らが登録日をさぼったってトコか? 

  あー、こんなことになるんなら何で俺は最初からチーム決めとかなかったんだーっ!

 

 

 「どっちにしろお前と俺は同じチームだって。

  俺達は最弱コンビってことになってんだぞ? 他に組める相手なんていないっての」

 

 

 「ったく! 浩平の正論が正論過ぎて阿呆らしくなる」

 

 

 

祐一の態度は失礼にも程があるが、普段諌める役目は祐一にあり、

彼がそれをしない時は一弥が行うという不文律が彼らの間にある。

けれども今回は祐一も一弥も全く同じ見解でいるために、

祐一の発言が戒められることはなかった。

 

 

 

 「自分で言うのもなんですけど、僕達が揃って“何もない”なんてことは

  ありえませんよ。言いたくはないですけど、神器になる前の僕達の通称は―――――」

 

 

 「“トラブルメイカーズ”だったもんな〜。いや〜、懐かしいよなぁ」

 

 

 「筆頭のお前がそれを言うなぁっ!」

 

 

 「正確には舞人さんと二人で二大巨頭でしたけどね……」

 

 

 

それなりに便乗した純一もタチは悪い。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

“トラブルメイカーズ”――任務を行うたびに何かしらの問題を起こし続けてきた

彼ら五人につけられた二つ名である。

ちなみに、当時若手ナンバー1のコンビと謳われた祐一達の先輩にあたる

『単色の十字軍(モノトーン・クルセイダーズ)』と同じくらいの知名度があった。

祐一と一弥にとってかなり不名誉な称号なのは言うまでもないだろう。

 

 

当時の会話にこのようなものがある。

 

 

 

 『なぁ皆』

 

 

 『ん?』

 

 

 『この任務って、確かCクラスDDEが受け持つレベルだったよな?』

 

 

 『朋也さんと勝平さんから命令を受け取った段階ではそうだったと思います。

  ……勿論、僕の記憶が正しければ、の話ですが』

 

 

 『つーかさぁ』

 

 

 『何だよ?』

 

 

 『なんで俺ら、無人島にいるんだっけ?』

 

 

 『さあ? 最初はただの安全調査だったけどな』

 

 

 『それがいきなり帰還者に出くわして』

 

 

 『戦ってる内に波に呑まれたのは覚えてるが』

 

 

 『救援信号送りたくても、機材が壊れちゃいましたしねぇ』

 

 

 『直る見込みはナッシングってか? かったりぃ』

 

 

 『俺に期待するなよ? しばらくアルティネイションは打ち止めだ』

 

 

 『舞人が回復すれば帰れるからそっちは気にしてない。

  あと何日かここでサバイバル生活は覚悟の上だ。それはそれとして」

 

 

 『どうした?』

 

 

 『さっきから聴こえてる獣の雄叫び、あれ幻聴だよな?』

 

 

 『ふむ。俺様の比類なき聴覚によると、現実らしいぞ?』

 

 

 『肉に飢えた熊とか狼とか出そうっすよねぇ』

 

 

 『純一、それ笑えないよ』

 

 

 『修行たんねぇぞ? 俺を見習え』

 

 

 『立派なお言葉痛み入るが……浩平、後ろ』

 

 

 『ん? 後ろがどうかしたの……っ! ってお前ら! 俺を見捨てる気かよっ!?』

 

 

 『『『『―――後は宜しくっ!』』』』

 

 

 『てめぇら後で覚えとけよ――――――っ!!!!!!!!!

 

 

 

ということで抜粋終了。

 

 

 

――――ちなみに、彼らは単体での任務でも問題を起こすのだが、

五人揃うとトラブルが五倍どころか五乗になったりすることからつけられた名前でもある。

無論、進んでトラブルを起こすタイプといつもトラブルに巻き込まれるタイプがいるが。

トラブルメイカーであっても【神器】という最高位の称号を受け取る辺りに、

一癖ある連中が多いDDEの性質が見て取れる気がしないでもない。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 「はあ……今度は一体どんなことになるんでしょうか……?」

 

 

 

もう既に何か起こるだろうことは判っているので、その前提で発言する。

何と哀しや。

 

 

 

 「うむ。とりあえずは滅多にない晴れ舞台を祝して

  【KOUHEI&MAITOによる大サイン大会】を」

 

 

 「するんじゃねぇっ!」

 

 

 「駄目か? ならば『七星学園軽音部+ゲスト二名によるサイン会』にしてやろ……」

 

 

 「余計に嫌ですっ! むしろ悪化してるじゃないですかっ!?」

 

 

 「割と良い線行くのは間違いないぜ? 何だかんだで俺ら顔それなりだし? 

  そこそこよさげに着飾って殴り込めば、その場の雰囲気で一発大騒ぎ間違いなし! 

  ついでに一枚100円とかで売り払えば結構小遣い稼げるって」

 

 

 「やりたきゃお前ら三人でやれ! 俺と一弥を巻き込むな!」

 

 

 

いや、稼ぐつもりなのか?

 

 

 

 「余計な恥の上塗りだけは絶対にしませんからねっ」

 

 

 

とりあえず、こんなやり取りを本気でやっている辺り、

“トラブルメイカーズ”の名は健在のようである。

 

 

 

 「頼む。飯でも何でも奢ってやるから、問題だけは起こさないでくれ浩平」

 

 

 「トラブルってヤツは放っておいても向こうからやってくるもんだろ?」

 

 

 「要するに自粛とか、反省って言葉は浩平さんの中には無いんですね……」

 

 

 

浩平にそんな言葉が備わっていたのならこんな苦労をすることもないだろう。

それが判っているからこそ、二人は同時に頭を抱えるのだった。

 

 

 

 「妙に頭を抱える回数が多くなったような気がするのは、気のせいじゃないですよね」

 

 

 「まだまだお前らも精神修行が足りねぇんじゃねぇの?」

 

 

 「だからお前が言うな、お前が。ったく何度目よこの台詞」

 

 

 

神器の中でも、常識派にして良識派の祐一と一弥を口先でヒラリとかわす浩平は

流石というか無駄なところで才能を浪費していると思う。

 

 

 

 「んなこと知るか。つーか大体気にし過ぎなんだよ。

  例えば、もし俺らが全員揃って神器だってバレたなら大事だけどさ。

  いくら俺達だってそんなヘマはしないだろ? 

  だったらどっしり構えて、なるようになった方が気楽でいいじゃねぇか」

 

 

 

人はそれを“開き直った”と評す。

一旦開き直った人間というのは埒があかないことが多いので

手綱役は常々苦労が絶えないのだ。

 

 

 

 「確かに正論ですね」

 

 

 「待て一弥、素直に納得するな」

 

 

 「信用ないな。少しは同意してくれよ親友」

 

 

 「長森さん達に神器だってバレたのはどこの誰だよ」

 

 

 「うっ」

 

 

 「あ、そういえばそうでした」

 

 

 

先日の一件を思い出す一弥。

ポンと手を打ち、祐一の台詞に共感する。

祐一は更に続ける。

 

 

 

 「まぁ今のところ浩平からの繋がりで俺達のことがバレた訳じゃないから

  いいけどさ。最悪のことは常に想定しておかないと足元掬われるぜ? これ教訓」

 

 

 「ちっ、判ったよ。その件に関しては俺の全面降伏。

  でもな、必要だったってのは理解してくれてるよな?」

 

 

 「……言葉にする必要があるか? 親友」

 

 

 

諸手を上げて降参を示す浩平に、微かな笑みを浮かべて返答する祐一。

 

 

 

 「ええ、僕達は大切なものを守るために。

  ……もう失わないために、この力を使うと決めたんですからね」

 

 

 

静かに……けれど確かな信念を持って、一弥はそう口にする。

二度と過ちを繰り返さないために。

消せない傷を抱えたまま、それでも道を違えることのないように。

 

 

 

 「……ああ。そうだな」

 

 

 「もうこれ以上、何かを奪われるわけにはいかないからな」

 

 

 

其は……彼ら五人が決めた、譲れない信念。

何よりも大切な願いだった。

 

 

 

 「でもそれとこれとは別です。浩平さん達が問題を運んでくるのは事実なんですからね」

 

 

 「あ、てめ! 人が折角綺麗に纏めようとしてるってのに!」

 

 

 「騙されるわけがないだろう、何回俺達が尻拭いやってると思ってる」

 

 

 「ですがこれ以上言ったところで効果もないでしょうしね……どうします兄さん?」

 

 

 

祐一はチラリと自分の腕時計で時間を確かめる。

 

 

 

 「まだ昼休みは残ってるし……このままだと飯食いっぱぐれるな。

  とりあえず浩平の奢りってことで」

 

 

 「なるほど、賛成です」

 

 

 「おいこら! 訳判んねぇし! てか勝手なことぬかすな」

 

 

 「俺と一弥の寛大な処分に感謝こそすれ、非難する謂れはないよなぁ?」

 

 

 

珍しく狡賢そうな笑みを浮かべる祐一と一弥。

この兄弟のリンクっぷりは本当の兄弟のソレを遥かに凌駕している。

 

 

 

 「そうですよねぇ」

 

 

 「……つくづく思うんだけどよ。俺ら三人のこととやかく言う割には、

  お前らが一番俺達五人の中でタチ悪いよな」

 

 

浩平の言葉に、祐一と一弥は一泊おいてから異口同音に紡ぐ。

 

 

 

 『あの(な・ですね)』

 

 

 『そうでもしないと(お前ら・皆さん)は言うこと聞いてくれない(だろ・でしょう)?』

 

 

 

祐一&一弥、彼らこそ常識人が最も恐ろしいことを身をもって証明していた。

だからこそこの二人が神器のリーダー&サブリーダーなわけである。

二人の苦労に、前もって合掌。

 

 

 

 


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