Eternal Snow

90/閑話・招待状

 

 

 

ゾリオン大会から数日経ったある日のこと。

することもなく屋上に居た朋也は智代からある誘いを受けていた。

 

 

 

 「俺が、か?」

 

 

 「ああ。他に何人誘っても構わないらしいが……いくら学業の一環とはいえ、

  進路で忙しい三年生を誘うのは忍びないからな」

 

 

 「あのな、俺だって三年だぞ。何で俺を誘うんだよ」

 

 

 「朋也は別だ。どうせ学校に居ても暇なだけだろう? 

  寝ることしかしないのだから、たまには有意義な時間を提供してやろうと思ってな」

 

 

 

智代が今話しているのは、開催日が近づいているDDE養成校合同武術大会に関すること。

言うまでもないことだが、日本に三つしかないDDEの養成校、

七星・風見・桜坂の三校が合同で開催するイベントである。

 

この大会で活躍し、名を残した多くの生徒がのちにDDにて出世すると言われ、

確かに『お祭り』なのだが、参加者は皆真剣に戦いを繰り広げる。

 

日本には似たようなイベントとして『甲子園』という全国高校野球選手権大会というのも

存在するが、それ以上にこの合同武術大会が最も有名な大会といえるだろう。

何せ、将来の世界の平和を守るであろう有能な少年少女達が一同に会すのだから。

しかし勿論参加資格があるのは七星・風見・桜坂学園の生徒だけである。

基本ルールとして、この三校以外の生徒は試合参加出来ない。

 

 

 

 

――――ならば何故、智代が誘いの言葉を掛けているのか?

 

 

 

理由は実に単純である、智代はかつて風見学園の生徒だった。

そのため以前の友人も数多く風見に在籍しているわけだが、

そのうちの一人から「見学に来ないか?」という申し出があったらしい。

 

無論武術会の観戦は自由、公式の招待があれば学業の一環として欠席扱いになることもない。

智代は生徒会の一員でもあるため(二学期初めに行われた選挙において会長に就任)

自身が誘いを受けたこともあるが、生徒会権限で学校から誰を連れて行こうが自由なのだ。

そんな訳で彼女は朋也を同行させようとしている、なんと健気な。

 

 

 

 「……公然とさぼれるのは魅力的だが……どうも、な」

 

 

 「私と行くのは嫌なのか?」

 

 

 「別にそういうことを言ってる訳じゃなくて。

  単に武術会に行くってことに抵抗があってさ」

 

 

 

朋也の心には過去におけるしこりがある、それが引っ掛かっていて乗り気になれない。

見に行くこと自体は嫌ではない。血が騒ぐというか似たような感情があるのも事実。

 

 

 

 「付いて来てはくれないのか」

 

 

 「だーかーらー」

 

 

 「朋也には以前話しただろう、私は、その」

 

 

 

言い辛そうに俯く智代。

朋也はその様子に面倒くさそうに言葉を返す。

 

 

 

 「風見の連中に会うのが嫌なのかよ?」

 

 

 「違う! そういうつもりじゃない、だけど」

 

 

 「自分一人で行ったら無理やり生徒会かなんかに拉致られそうってか?」

 

 

 

風見学園で生徒会の役割を担うのは中央委員会なため、

厳密に言えば表現上異なるが意味合いは全く同じである。

 

 

 

 「……うん」

 

 

 「ったく、こないだ吹っ切ったんじゃなかったのか? 光坂高校の坂上智代だ、ってよ」

 

 

 

少なくとも自分の前で、晴れ晴れとした笑顔を浮かべていたことを朋也はよく覚えていた。

この高校に来て初めて、自分の昔の名前に触れたことが印象に残っている。

確かに渚は知ることになったが、彼女の場合は父から直接だったから……余計に。

風見の一件で、このようにしおらしくされるのは気に食わない。

 

 

 

 「勿論だ、あまり私をバカにするな。そんなことで今更私が迷うはずないだろう」

 

 

 「ならいいじゃねぇか」

 

 

 

朋也のぶっきらぼうな言葉に智代は頬を赤く染めて応じた。

 

 

 

 「朋也を頼ってはいけないのか?」

 

 

 「はぁ?」

 

 

 「私が自分を見失うわけにはいかない。憧れたあの人に対する侮辱だからな。

  だけど私とて人間だ、当然迷う。自分でこう在りたいと願ったって、

  周りがそれを容認してくれるわけじゃないんだ。

  でも、朋也はあの日、私に道標を示してくれたじゃないか。

  黒十字は私にとって目標で、お前は……支えてくれる存在なんだ」

 

 

 

朋也という男を信頼した瞳、穢れの無い、瞳。

その視線に恋慕の情が混じっていることに彼は気づいているのだろうか。

 

 

 

 「当然、必ず正しい答えをくれる訳じゃない、朋也はバカだしな。

  だけど、間違ったことも言わない。私はそんなお前が好きだ。

  私は、過去の自分と決別しなきゃいけないんだ。

  『風見学園の坂上智代』という過去の幻想を乗り越えないと、

  私は自分の願いを叶えられないと思う。私は女だ、女は男に頼ってもいいと聞く。

  私が頼るのは朋也だけなんだ……私が間違うことのないように、付いて来てくれ」

 

 

 

彼女の願い、それはDDとは違った形で人々を守ること。

叶うかどうかも判らない夢を叶えるために、智代はエリートの道を蹴った。

道半ばにして歩みを停めた朋也と彼女は決定的に違う。

だけど、智代はそんな彼を信頼してくれていた。

 

しかも告白紛いの言葉まで混じっている。

下手な男子なら確実に勘違いしただろう。

智代からすれば、朋也に対してのその単語は勘違いではないのだが。

 

 

 

 「褒めてんのかけなしてんのかよく判らんが……期待し過ぎだぞ、お前」

 

 

 

たくっ、と言いながら朋也はそっぽを向いた。

 

 

 

 「朋也っ! でも……私は」

 

 

 

お前に居て欲しい……と口に出そうとして、朋也の言葉に遮られた。

 

 

 

 「俺をそこまで褒めるヤツなんか、この高校にお前くらいしかいねぇよ。

  賀津紀先生だって絶対言わねぇ。でも、ま……悪い気はしないな。

  言っとくが、俺は何も出来ないからな。つーかしねぇ。

  結局断るのだって全部お前の役目だ。俺は手伝わないし、手伝う責任も義理もない。

  お前一人が責任取って……それでいいなら付いて行ってやるよ」

 

 

 「朋也っ!」

 

 

 

ギュッ!

 

 

 

何というか、非常に弾力のある擬音を聞いたような気がした。

どういう状態なのかはご想像にお任せする。

 

朋也は本気で行く気がなかった。

そんな彼をたった一瞬で180度変えたのは、

『過去の自分と決別しなきゃいけない』――その言葉。

彼は、自分が辿るかもしれなかった光景を、智代という人物を通して見てみたかった。

 

 

 

 「は、離れろっての! 恥ずいだろうがっ!」

 

 

 「別に私は恥ずかしくない」

 

 

 

にべもなく答えた智代。

女は度胸とはよく言ったものだ。

絶対的にこういった経験がない朋也は、案外ウブだったりする。

これならば一人残らずキスを済ませている神器達の方が幾分もマシであろう。

(紆余曲折はあれど、全員が過去に経験有)

 

 

 

 「だ、だけどな! 条件があるっ」

 

 

 「条件? 何もしないと言ったくせにまだあるのか?」

 

 

 

顔を真っ赤にして智代を引き剥がし、ゼイゼイと息を吐いてから朋也は言った。

 

 

 

 「俺一人ってのは絶対駄目だ! 春原でも杏でも古河でもことみでもいい。

  てか俺の知り合い全員連れてけっ、それが俺の条件だ! 

  守られないなら俺は行かないからなっ」

 

 

 「はぁ?」

 

 

 

二人きりでなど行けるはずがない。

ただでさえ朋也は教師陣から白い目……とは言わずとも心証が良くないのだ、

生徒会長と校内でも有名な不良が二人だけで見学など。

 

自分はともかく、智代の印象が悪くなるのは間違いない。

その点、春原は別としても、他の知り合いはかなり優秀な連中が多い。

不良と呼ばれている自分が何でそういう人間と知り合いなのかは甚だ不可解だが。

 

彼女のためにも連れて行くべきだ、と朋也は思った。

 

 

 

―――彼はそういう気遣いの出来る男なのである。

 

 

 

智代はその言葉に若干不満げではあったが前言を撤回するのもプライドが許さず、

結局YESと答えるのだった。

 

 

二日後、教師陣に提出された武術大会見学者の名簿には

坂上智代、岡崎朋也、藤林杏、藤林椋、古河渚、一ノ瀬ことみ、宮沢有紀寧。

ついで”に春原陽平の名前が書かれていた。

 

 

 

 「僕は“ついで”なんですかねぇ!? しかもわざわざ強調することありませんよねぇ!」

 

 

 

何を今更。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台に立つのはイレギュラー足る存在――――

 

予定調和から逸脱した者――――

 

存在し得ない世界を内包し、虚ろに磨耗した刃を宿す者――――

 

挫折によって迷い続けて困惑し、答えの見つからない方程式に戸惑う彼――――

 

誰もそれに気付くことは無く、答えを知るのは小さなてのひらの持ち主だけ――――

 

 

幻想と化した世界を観測するモノはおらず、

 

たったひとりで魂の牢獄に眠り続ける少女の存在を、誰も知らない――

 

 

 

 

 

 

 

龍神、獣神、鳳凰、甲竜、大蛇。

四方を司りし獣と、本来居るはずのない蛇という異端。

中央を守護すべき最強の神獣、『麒麟』はいない。

それは決して間違いではない、蛇とは意図的な存在。

在り得ざる存在は、在り得るべき存在へと置き換えられた。

表裏を宿して、異端を与えた。

其が持つ役目は唯一つ。

永遠を破滅へと導くための――――破壊の神。

 

世界は永遠を打ち滅ぼすために、仕掛けを用意した。

五つの獣と、永遠に近しい世界と、永遠に在るべき者を。

全ては世界の願うがままに、逸脱したことも、予定調和にあらぬ出来事も。

全ては調和の中に存在する現象。

闘争の輪に縛られた者達は決して知るコトノナイ、知ることのデキナイコト。

 

 

序幕は山場を迎えた。

当然の理として大きな傷を抱え、兄と慕う男と共に戦場にあろうとする少年。

それは願いであり、償いであり、一つの手段。

白き虎は雷を携えて全てを断罪する……己の存在を犠牲にする覚悟すら持って。

その救い手を得るがための詩を歌おう。

六度目となる題目は『鳥の詩いし追想曲』

 

 

 

 


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