Eternal Snow

88/二人の掛け合い

 

 

 

昼。

朋也が学校を抜け出そうと校門に顔を出し

 

 

 

 「岡崎君、またさぼりかな?」

 

 

 

唐突に、声が掛けられた。

 

 

 

 「げっ、か、賀津記先生っ」

 

 

 「全く、君も受験生……いや、関係ないか。ごめんごめん。

  最上級生なんだからいい加減さぼり癖どうにかしようね?」

 

 

 

校門近くに一人の男性が立っていた。

名前は志麻賀津記、職業は光坂高校の教師。

柔和な顔立ちで、朋也よりも頭一つ分は背が低い。

そんな“なり”だから実年齢は結婚適齢期なのだが、学生に見られることも珍しくない。

光坂高校のOBで、学生寮寮母、相良美佐枝の恋人でもある。

 

朋也が一年生のときの担任で、何かと面倒をみてくれた人であり、

当時から迷惑をかけていたことを自覚しているのでどうにも頭が上がらない。

 

 

 

 「う、今日は見逃してほしいんっすけど」

 

 

 

バツが悪そうに呟く朋也。

校内では不良と名高い彼だが、実のところ根が素直で優しいことを知っている

賀津記にはその姿が微笑ましく映る。

何故抜け出すか、という理由は知っているのだが、わざと訊ねてみた。

 

 

 

 「ふむ? 理由は?」

 

 

 「あのですね、町の危機なんです。俺が行かないと商店街が機能しなくなるんです」

 

 

 

ゾリオン参加者は秋生の友人達……つまり商店街の店主らが多数を占める。

出来るだけ早く秋生を撃退する予定ではあるが、万が一虹色邪夢小麦焼

(レインボージャムブレッド)を彼らに食させてしまえば、確実にそうなる。

 

そんなことになれば奥様方は困り果て、子供達も文句を言い、

仕事帰りの父親の労をねぎらう食事も用意出来ない。

となると帰還者の手を借りずして叶街は大きな打撃を受けるだろう。

 

多少大げさに聞こえるかもしれないが、朋也の言葉には一片の嘘もない。

そう、嘘がないのが非常に問題なのだ。笑える冗談ならどれだけマシか。

 

 

 

 「あはは、随分大きくでたね。『町の危機』だなんて僕以外の先生が聞いたら

  嘘を吐くな! ってまた君の評価が下がっちゃうよ?」

 

 

 「俺の評価なんてたかが知れてますよ……てか信じたんすか今の話!?」

 

 

 

賀津記の言い分を逆算するなら、『自分以外の教師だったら許さない』ということになる。

朋也自身、説得力のない話だと解っているので賀津記の反応は予想外であった。

 

 

 

 「うん? もしかして嘘なのかい?」

 

 

 

柔和な顔立ちを崩すことなく、笑みを浮かべたまま訊ねる賀津記。

 

 

 

 「いや、嘘じゃないっすけど……」

 

 

 「だろうね。君の目を見れば解るよ。

  というより、朝学校に居るのを見かけたからね。多分昼になったら

  岡崎君が学校を抜け出すだろうと思って、僕は此処に来てるんだから」

 

 

 「……もしかして、俺が何しに行くかばれてます?」

 

 

 「勿論。先生は何でも知っているのです。

  これからゾリオン大会に参加するんでしょう?」

 

 

 

あはは、と笑いながら冗談交じりに種を明かす。

 

 

 

 「なんてね♪ 美佐枝さんが参加するって聞いたから知ってるだけだよ。

  何で『町の危機』なのかは判らないけど、

  岡崎君が真顔でそういう嘘を吐かないことくらい承知してる。

  怪我しないように、頑張ってきてね」

 

 

 

トントン、と自分の胸ポケットを叩く仕草をする。

朋也がゾリオン参加の証である赤バッジを付けている箇所である。

朋也は目の前の教師に向かって苦笑した。

 

 

 

 「……こりゃ敵わないな」

 

 

 「これでもこの学校のOB、岡崎君の先輩だよ? 

  それにこれくらいじゃないと美佐枝さんとは付き合えないよ」

 

 

 「そりゃそうだ。あ、と。心中お察しします」

 

 

 「はは、ありがとう。さて、行っておいで。

  君の友達の坂上さんや、藤林さんもさっき出て行ったからね?」

 

 

 「そっか、あいつらやっぱもう出てたか。

  うっす! 岡崎朋也、町の危機を救いに出発します」

 

 

 

朋也は道化っぽく敬礼をして、校門を走り去っていく。

賀津記は後ろ姿に向かって小さく手を振っていた。

賀津記が一番気に入っている生徒が彼だから、どうしても応援してしまう。

そんな朋也も、やがて姿も見えなくなる。

 

 

 

 「さて、これで三人か……他に何人抜け出すことやら」

 

 

 

少しだけ困ったように、それでいて楽しそうに賀津記は呟いた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 「どうにもあの人には勝てねぇな」

 

 

 

自分を送り出してくれた賀津記に対しての感謝を込めて呟く朋也。

彼にとって唯一と言っても良い程に、賀津記という人物は尊敬に値する教師であった。

明確に“此処が素晴らしい”というわけじゃない、むしろ平凡ともいえる。

だけど賀津記は信念を持っている、“生徒のために何かをしたい”という気持ち。

朋也は彼のそんなところが好きだった。

 

誰かのために何かを求めることは簡単な様で難しい。

過去の自分が追い求めて……得られないままに挫折した思い。

特に意識せずに、何よりも大切なモノを願い続ける賀津記という男の器を

朋也は素直に尊敬し、憧れていた。

 

 

 

 「んじゃま、頑張るとしますかね」

 

 

 

言った後に少しだけ良い意味とも取れる後悔をする。

我ながら『頑張る』などと、激烈に似合わないなと自覚しつつ苦笑した。

油断なく辺りを見回し、いつでも抜き撃ちできるように備える。

 

 

 

 (ん?)

 

 

 

集合地点である我が家まで残り半分くらいの所に差し掛かり

挙動不審の男性を発見する。

辺りを警戒するそぶりをみせつつ、物陰に隠れて移動している。

 

 

 

 (おいおい、それじゃ誰が見ても不審人物だっての)

 

 

 

サングラスを掛け、ニット帽で頭を隠している男性。

戦闘中の動きには差し支えるが、不意に転んだりしても

ダメージを吸収し、緩和させるのが狙いなのかコートを羽織っている。

挙動不審のその動きも、他の参加者を警戒するものとしては可笑しいことじゃない。

朋也も息を潜め、銃を構える。

 

要するに朋也は、男が参加者と完璧に勘違いしていた。

 

 

 

 (よし……ここだ!)

 

 

 

どう頑張って撃っても、自分に光線が当たらない位置に移動した朋也は

背後をとった男に対して躊躇いなく照準を合わせ、トリガーを引く。

 

 

 

 (俺に倒される方が、幸せなんだぜっ!)

 

 

 

――――――ピシュウウウウゥゥゥゥゥッッッッッツ!

 

 

 

射軸、角度、距離、その他諸々を含めて完璧な一発。

光線は、男のコートに吸い込まれ、甲高い音をあげ――――――なかった。

 

 

 

 「あれ?」

 

 

 

思わず声を漏らすが、偶々位置が良かったのか男は朋也に気付かない。

それどころか光線が当たったことにも気付かない。

当然だ、実際参加者ですらないのだから。

 

 

 

 (な、何者だ? あいつ)

 

 

 

男はコートの中からジッポライターを取り出し、確認のつもりかカチリと火を点け、消す。

今度はビニール袋を取り出す、袋の中には液体とハンカチらしき布。

男はキョロキョロと辺りを見回し、口元を歪ませる。

サングラスで目は見えないが、間違いなく笑っていた。

朋也は一連を見守って、ようやく気付いた。

 

 

 

 (ほ、放火魔!? マジで!?)

 

 

 

ビニール袋にハンカチ、多分アレは簡易的な火炎瓶代わり。

ビニール袋は柔らかい物質だが、意外に耐久性があるので

コートに仕舞っていてもそう簡単に中身が漏れることはない。

おそらくあの液体はガソリンか灯油。どちらにせよ可燃性の高い液体と見て良いだろう。

液体の染み込んだハンカチは導火線代わり。

袋の口から僅かに出してやるだけで簡単に着火出来る。

通学路、周りは民家だ……この程度の代物でも木材の家は燃えてしまう。

目撃者がいないことを確認したらしい男はカチリ、とライターを点火する。

 

 

 

 (――――やばいっ!)

 

 

 

朋也は吐き捨てつつ、思い切り走った。

生憎消火能力なんて持ってない、出遅れたら大惨事だ。

 

 

 

 「巫山戯たことすんじゃねぇよこの野郎っ!」

 

 

 「!?―――――」

 

 

 

迷い無く放たれたのは側頭部から意識を刈り取る蹴撃。

剃刀の刃のように研ぎ澄まされ、純水で構成された氷の様。

 

その一撃は、何よりも雄弁に語っていた。

どれだけ実戦から、血生臭い闘いから離れていても、

体に染み付いた技は衰えないということを。

哀れにも……自業自得とも云うが、あまりにも、あっさりと終わった。

放火魔男は突然ホワイトアウトし、叫びすら発する間もなく、気絶した。

 

賞賛すべきは朋也である。

放火を止めたことではない、迷い無くその力を振るったことこそが誉れ。

例え自分を嫌っていても、例え過去を後悔していても、

人に危険が及ぶなら躊躇うことなく力を使う。

その意志こそ、朋也の強さ。

 

ビニール袋に入ったハンカチを抜き取り、男を後ろ手に縛る。

道端に転がしておくわけにもいかないので携帯で110番を掛ける。

 

 

 

 「放火魔が道で気絶してます、今すぐ来て下さい。場所は」

 

 

 

連絡だけ取って放火魔(バカ)をその場に放置し、彼は道を急ぐ。

思わずアクシデントはあったが、ある意味どうでもいいことだ。

最大の難関は、この後に待ち構えている。

 

 

 


 

 

 

 「おっ、勝平」

 

 

 「ああ、やっと来たんだね朋也クン」

 

 

 「悪ぃ、遅くなったかもな」

 

 

 

何故遅くなったのかという理由はおくびにも出さない。

 

 

 

 「相手が朋也クンじゃ、こんなもんだよ」

 

 

 「遅くなったのは悪いと思ってるから言い返さないぞ。

  とにかく、そう言ってくれると助かる」

 

 

 

家へと向かう途中で勝平の姿を発見して、声を掛けた。

誰よりも信頼できる相棒、それが彼である。

 

 

 

 (相棒だ、なんて呼ぶ資格が俺にはない、か)

 

 

 

自嘲的に心の中で呟く。

その心の機微を見逃す勝平ではなかった。

 

 

 

 「また下らないこと考えているね?」

 

 

 「……さぁな」

 

 

 

相棒とまで呼んでいる(いや、呼んで“いた”か?)彼を誤魔化すのは難しい。

当たり障りの無い言葉で……それでいて明らかに的中させられたことを

自ら認めているかのようにそっぽを向く朋也。

 

 

 

 「朋也クン。僕は君を親友だと、相棒だと思ってる。

  祐一君達よりも僕らの方が付き合いは長いはずだよ。

  かれこれ7年、それとも8年? 子供の頃からだもんね。

  お互い随分図体大きくなったけど、本質は何も変わってないでしょう? 

  だからよ〜く解るんだけどさ。

  君はバツが悪くなると絶対そっぽ向くんだよ……気付いてた?」

 

 

 

勝平の言葉が妙に心に響く。

昔からそうだった、朋也が気付かない何かを勝平が気付き、勝平が気付かない何かを

朋也が気付く。互いを支え、共に戦場にあるがために。

 

だからこそ朋也と勝平は『最強の一角』足りえた。

その意味で二人は本物の相棒である……身体と精神に宿った絆は磨耗するわけがない。

 

 

 

 「賀津記先生の時もそうだけどさ、俺ってもしかして凄くヘタレ?」

 

 

 

誰も騙せない程に素直で、誰をも護ろうとするが故に優しく、誰も救えないと

絶望したからこそ挫折し、誰よりも強く在りたい。

 

 

そんな彼だからこそ、その本質は『ヘタレ』に近い。

 

 

 

 「さぁ? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

  自覚がないってのも大変だよね〜〜」

 

 

 「てめぇ、発言がどっかの誰かに似てるぞ」

 

 

 「さて? それは誰のことかな〜? 祐一クンかな? 一弥クンかな? 

  それとも浩平クン、純一クン、舞人クンのことかな? 

  他に朋也クンの男友達っていないよね、うん」

 

 

 「何で男限定だよ」

 

 

 「だって、女の子にまで範囲を広げたらキリがないじゃないか。

  君や祐一クン達は物凄いモテるみたいだしね〜」

 

 

 

嫌な含み笑いで朋也の脇腹に肘を入れる勝平。

 

 

 

 「やめろ、うざい」

 

 

 「好きな女の子の一人や二人いないの? 不健全だなぁ」

 

 

 「何で戦闘前にこんな話をせにゃならんのだ……。

  お前は藤林と宜しくやってりゃいいだろうが」

 

 

 「だからその幸せを朋也クンにも分けてあげようと思ってカマ掛けてるんじゃないか〜」

 

 

 「確信犯かよ!」

 

 

 

果たして昔の勝平はこういう奴だったろうか、と自問自答する朋也。

そうだった気もするが、違うような気もする……とにかく、気持ちはよく解る。

だが、人間、恋をすると人が変わるというから致し方ないのかもしれない。

 

 

 

 「さて、冗談はこのくらいにして」

 

 

 「嘘つけ!」

 

 

 「もう、朋也クン。そんなんじゃ血圧上がるよ? 

  これから秋生さんと戦うんだから倒れたりしないでね」

 

 

 「誰の所為だ。だ・れ・の!」

 

 

 「……むむ、ボク?」

 

 

 

いかにも、『ボクは純粋に心配してるんで〜す』といった類の瞳で首を傾げる勝平。

その態度は露骨に人を小馬鹿にしているように朋也には受け取れた。

殺意が沸くのもしょうがないと思う。

同時に、今勝平がしている行為は何処から見ても女性のソレであることから

同じ男として、ここまで可愛い容姿をした彼に幾許かの同情をした。

しかし、それとこれとは全くの別問題。

 

 

 

 「さて。街を歩いてると美形二人でなく

  美少女二人に見えそうなバカップルの片割れは置いといて」

 

 

 「うわ自分から話振っといて途中で切ったよこの人っ! 

  しかも微妙な婉曲表現の悪口付きでっ! 

  あ、でも椋さんのことを美少女って評価してくれるのは嬉しいな〜」

 

 

 

文句を言いながら、惚気る高等技術。

朋也もこれ以上同じ轍を踏みたくは無い。

 

 

 

 「……この色ボケ女男」

 

 

 

そんなことを愚痴りながら朋也は再び思う。

恋とはこんなにも人を変えるものなのか? と。

しかし彼は、不幸にも思い出した。

普段は温厚なのに恋人が関わると魔人の如く怒る某機工術士のことや

昔聞いた某青い双子姉妹とその夫の馴れ初めのことを……。

結果、

 

 

 (変えるものだな。間違いなく)

 

 

 

と、確信した……するしかなかった。

同時に、もはや完全にそっち側に行ってしまったと思われる

元(?)親友(?)に先刻よりも更に濃い憐れみを含んだ視線を投げかける。

そして、彼は思った。

例え! もし万が一! 仮に! 自分がこれから先、恋をしたとしてもっ!

 

 

 

 (絶対、勝平みたいにはならないからなっ!)

 

 

 


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