Eternal Snow

86/本格始動

 

 

 

朝一番の奇襲を逃げ切った朋也は、クラス内に留まることを止めた。

クラスの中に春原以外で参加している暇人がいるとも思えないが、

万が一がないとも限らないし、加えて休み時間と同時に再び奇襲される恐れもある。

一箇所にいるのはあまり上手い作戦ではないからだ。

今は授業中ではあるが、サボるしか手段はないと判断した。

 

 

 

 「しかし……アレは間違いなく杏の仕業だろうな」

 

 

 

朝の出来事を回想する。

三年の階に普通に来るとすれば三年生が一番可能性は高い。

奇襲という定石をきっちり守ってくる辺り、杏ならではだと思う。

仮にアレが智代だとすれば、真っ向勝負を挑んできたはず。

まぁどちらにしても厄介な相手に違いはない。

 

 

 

 「……どうする? 智代と杏の撃退を諦めて勝平と合流するか? 

  いや、しかし校外であいつらを敵に回すのはデメリットだらけとも言えるし……」

 

 

 

うーむ、と考え込む朋也。

考えをぶつぶつ呟いていることに気づいていない。

 

 

 

 「あ、朋也くん」

 

 

 

ほわっとした空気が流れる……妙に兎っぽいイメージのある女の子が朋也の前にいた。

『かまってかまってオ〜ラ』? とにかくそんな雰囲気。

思考に没頭していた彼は、完全に気配を読むのを忘れていたらしい。

朝の春原以来、ここまで近づいたのは彼女が初めてだった。

現在授業中であることも考えると、該当するのは一ノ瀬ことみ以外にはありえない。

 

 

 

 「んあ? ことみ?」

 

 

 「うん」

 

 

 

ふと現実に帰った朋也の視界にはことみの姿。

その襟元に付けられた赤色のバッジ――ゾリオン参加証。

 

 

 

 「な!?」

 

 

 

チャキッ、グッ……! 

頭が事実を認識するよりも前に朋也は抜き撃ちを済ませていた。

体が危険に際すると無意識に動く、そんな技術を体得しているのだろう。

 

 

 

ピシュゥゥゥゥゥッ……ぴーーーーー!

 

 

正に本能で、ことみに光線を撃ちこむ。

ことみは素人だ。

例え気付いても、この一撃を避ける方法はあるまい。

 

 

 

 「……やられちゃったの」

 

 

 

うるっと瞳を濡らし、『いじめる? いじめる?』とばかりに朋也を見ることみ。

撃った朋也の方は『自分が撃った』という行為に目をパチクリさせる。

銃を撃ち放った格好のまま、体が固まってしまった。

 

音が鳴ったということは、ことみは参加者だったということになる。

今更ながらにもう一度確認し……襟元のバッジが目に入る。

 

 

 

 (だが、何故だ?)

 

 

 

意識して射撃体勢を崩し、銃を下ろす朋也。

ことみのようなタイプがこういったゲームに参加することはない、と彼は思っていた。

彼女と自分は幼馴染であり、全部が全部正しいとは思わないが、

それでも他の人よりは彼女に詳しいはずだ……だからこそ参加が不可解で仕方ない。

 

 

 

 「お、おいことみ……」

 

 

 「朋也くん、いじめる? いじめる?」

 

 

『いじめられる?モード』に入ってしまっていることみ。

まずはそれをどうにかしないと会話もままならない。

朋也は何となく手を伸ばし、ビクッと反応する彼女に構わず頭を撫でる。

 

 

 

 「あ……」

 

 

 「落ち着けことみ。いじめないいじめない。俺がことみをいじめたことあるか?」

 

 

 

優しい声色で頭を撫でられ、嬉しそうに微笑むが

その質問に一瞬過去を振り返ることみ。

 

 

 

 「あるの」

 

 

 

と答えた。

 

 

 

 「い、いつだよ!? 俺は覚えないぞっ」

 

 

 

焦る朋也。この返答は寝耳に水。

最近自分がいじめる相手は春原以外にはいない。

心当たりはさっぱり無かった。

ついでに、春原をいじめることに対して良心が咎めたりはしない。

 

 

 

 「小さい頃、遊んでる時何度も私のケーキ食べちゃったの」

 

 

 「んな!? ガキの頃の話だろ……そんなもん時効だ時効」

 

 

 

だいたいそれはいじわるであっていじめではない、と思う……多分。

くどいようだが、春原をいじめていることは認める。

が、決して謝るつもりはない。

 

 

 

 「って、そんなことはどうでもいい。ことみ、何でゾリオンになんか参加したんだ? 

  わざわざお前が参加するほどのゲームでもなんでもないぞ……。

  罰ゲームはアレだし、お前運動神経ないんだし」

 

 

 

何気に酷いことを言う朋也だったが、事実なので反論はない。

更にしつこいが春原は参加した所でヘタレに終わる。

実際、彼は朋也に瞬殺され、今ごろは泣いている……ヘタレだ。

 

 

 

 「温泉行きたかったの」

 

 

 「温泉? ああ……賞品の話か」

 

 

 

なるほど、普通の人はそこから興味を持つよな、と納得する。

自分のように賞品なんて興味が無い、という者の方が稀だろう。

 

 

 

 「だけど一人で行く気だったのか? アレってペアチケットなんだぞ。

  そりゃまぁ、一人で行っちゃいけないとは言わないが」

 

 

 「朋也くんを誘うつもりだったの」

 

 

 「お、俺?」

 

 

 「うん……だから負けちゃって残念なの」

 

 

 

その姿に色々な意味でジーンと感動する朋也。

これといって恋愛に興味はまだないが、異性に興味がないとは口が裂けても言わない。

自惚れかもしれないが素直にことみの言葉が嬉しかった。

なので勇気を出してみた。

 

 

 

 「そ、そっか。で、でもなぁことみ」

 

 

 「?」

 

 

 「温泉は無理だが……どっか遊び行くぐらいならいつでも誘ってやるぞ」

 

 

 

直接的にデートに誘うネタになるだろうというある種の確信を持って言う。

僅かばかりにも顔が赤いのは照れているからだろう。

 

 

 

 「なんでやねん」

 

 

 

そんな朋也にすかさずツッコミをいれることみ。

タイミング的にバッチリだった。

 

 

 

 「!」

 

 

 

言葉を失う朋也。

あまりに短すぎる彼女の否定発言。

おかげでショックが大きい、直前に感動していたからその衝撃は何倍にも増す。

 

 

 

 「冗談なの」

 

 

 

照れながら返すことみ。

その微笑は実に嬉しそうである。

が。

 

 

 

 「朋也くん?」

 

 

 「…………あはは」

 

 

 

朋也はダメージが深いので、その言葉すら聞こえていなかった。

辛うじて意識を保っているような、

そんな表情を浮かべたままふらふらとその場を去っていく。

その目には既に彼女など映っていなかった。

まぁ同情には値するかもしれない。

照れながらもデートなるものの誘いをした。

返事が『嫌なの』ならまだ諦めもつく、が、返ってきたのは『なんでやねん』の一言。

あまりといえばあまりに酷ではないだろうか? 

少なくとも今の朋也にとっては酷な発言だった。

 

ぽつんと取り残されることみ。

 

 

 

 「あれあれ?……なの」

 

 

 

予想と違う朋也の反応に戸惑うことみ。

しかし彼はもう彼女の視界からは消えていた。

変なところで実力を発揮し、無自覚なまま気配を絶ったのだが

それをことみが知るはずもない。

 

 

 

 「……なんでやねん」

 

 

 

ことみは残念そうに意味も無くツッコミの素振りをした。

ちなみに彼女がこの誤解を解くのに三日掛かったことを追記する。

ことみのために更に追記、めでたくデートには行けることにはなったらしい。

 

 

 

 

 

呆然自失となった朋也が復活を果たしたのはちょうど昼頃。

真っ直ぐ教室へ向かったのなら確実に杏や智代にやられていただろうが、

彼は屋上の貯水タンクの上に寝転がっていたので誰にも気づかれずに済んだ。

ふと携帯を見ると、不在着信が3分ほど前に届いていた。

相手は勝平、そろそろ合流の予定時間である。

 

彼はリダイヤルボタンを押す。

数回のコール後、ほどなくして勝平の声が聞こえる。

 

 

 

 『朋也クンっ、何かあったの?』

 

 

 「あ? ああ、いや……ちと気を失ってた」

 

 

 『え!? 怪我したとかっ!?』

 

 

 「違う違う、少し寝てただけだ」

 

 

 『…………人が苦労しているときに君は寝ていたんだね?』

 

 

 「うっ……いやぁ、その……まぁ気にするなよ親友」

 

 

 

電話の向こうで、ジトーと睨んでいるであろう勝平の表情を想像し、冷や汗を掻く。

一応非は自分にあるので、強く出るにも出られないのが辛い。

 

 

 

 『まぁいいや……で、朋也クン? そろそろ合流したいんだけど』

 

 

 「ああ。俺もそろそろ学校を出る。どこで待ち合わせる?」

 

 

 『そうだな……とりあえず朋也クンの家にしよう。あそこなら安全だろうしね』

 

 

 「おし、わかった。合流するまでやられるんじゃねぇぞ」

 

 

 『お互いにね』

 

 

 

軽く笑うと朋也は携帯を切った。

 

う〜ん、と伸びを一回すると彼は軽やかにタンクから地面に降り立つ。

自身の体重と、飛び降りたことによって加重された負荷は

完全に筋肉のバネによって相殺され、辛そうな様子も見せない。

 

 

 

 「心残りといえば、あいつらをここで倒せなかったってことか。

  しょうがないって言えばそれまでだし、案外同士討ちで終わってたりしてな」

 

 

 

光線銃を手元でくるくるっと回転させ、懐にしまう。

学校で彼が倒したのはことみ一人、そういう意味では大した仕事は果たしていないが

これからいくらでも挽回できる……ようやく彼の活動機関が本格始動を始めていた。

 

 

 

 


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