Eternal Snow

85/町の平和のために

 

 

 

いよいよゾリオン当日。

参加者は賞品を求めて銃を打ち合う。

合言葉はKill Them All(皆殺し)。

参加者が残り二人に絞られるまでこの戦いは終わらない。

 

ルールは単純、参加者はゾリオンのセンサーと銃を携帯し、自分以外の敵を殲滅すること。

また、参加者は衣服のどこかにゾリオン参加を示す赤色のバッジをつけること。

どういうシステムか知らないが、参加者が10人減るごとに放送が入るらしい。

主催者兼選手の古河秋生によると、どうやら100人は超えているそうだ。

実に暇人の多い町である。

 

朋也もそれに参加するので、暇人と言えば暇人なのだが、彼には学校がある。

秋生はわざわざ休日に開催するなどという親切はしない。

何故なら休日は遊ぶためにあるからだ。

ゾリオンは遊びじゃないのか? という質問もあるだろう。

しかし、古河パンにとってみれば早苗の作ったパンを『処理』するという宣伝?の一環。

そのために貴重な祝日を浪費するわけにはいかないのだ。

幸い、秋生の用意した賞品に釣られて参加する人は多い。

秋生からすればとりあえず第一の関門突破といえるだろう。

 

 

――午前8:00、ゾリオンスタート。

 

 

 

ぴーーーーーーー!

 

 

 

8:00になって僅か3秒、まず一人目が撃退された。

 

 

 

 「こんなんありですかねぇっ!」

 

 

 

記念すべき一人目の犠牲者は春原陽平。

 

勿論撃退したのは朋也。

彼はいつもよりも早く登校し、現時点で確実に参加を表明している

学校の連中を撃退することにしたのだ……と言っても

彼が把握しているのは春原・杏・智代の三人だけだが。

 

で、参加したにも関わらず一切の警戒をしていなかった春原は、

学生寮に入ってきた朋也にいきなり狙撃された。

彼にとって運が悪かったのは、丁度服に着替えていたときだったということだろう。

命綱であるバッジはテーブルの上に無造作に置かれ、光線銃も傍に置かれていた。

哀れ春原、一度も銃を構えることなく参加資格を失うのだった。

 

ちなみにわざわざ部屋に侵入してまで襲ったのは、

春原の存在が恐ろしい……ということは断じて無い。

単に目の前をチョロチョロされるのがうざったかっただけである。

 

 

 

 「油断大敵だ、じゃあな」

 

 

 

朋也は未だ滂沱の涙を流す春原を尻目に学生寮を後にするのだった。

目指すはとりあえず学校。

朋也は学校に潜伏する参加者を撃退し、勝平は町の参加者を撃退する。

比重としては勝平の方が大きいが、朋也も適度な頃合になったら学校を抜け出す予定である。

二人の目的はあくまでも秋生を倒すこと。

 

しかし相手はG.Aの一人、一筋縄ではいかないだろう。

それまでに自分達がやられては元も子もない、自己防衛のために戦うのだ。

それに、二人に倒されればその分危険は無い。

だが、それでも相手はあのアーザーディー、何人かが犠牲になるのも致し方ない。

 

 

 

 「こちら朋也、早速一人撃破」

 

 

 『もう? 幸先が良いね、了解。ボクもこれから動くよ』

 

 

 

手早く携帯を操作し、相棒に連絡を取る。

会話は一瞬、無駄口を叩くわけにはいかないのだ。

 

昔取ったきねづかよろしく、全神経を辺りに張り巡らせる朋也。

左手にカバンを持ち、右手はいつでも銃を取り出せるようにしている。

バッジも胸ポケットに装着済みだ。

 

 

 

 (何人手練れがいるか知らないが、ひとまず厄介なのは杏と智代か)

 

 

 

二人の運動神経は侮れない。

二人とも前回の雪辱に燃えている。

特に智代は前回の戦いで校則に縛られて負けるという愚を冒したため、

今回ばかりは同様の手も通じないだろう。

むしろ秋生が学生参加を認めた点から考えて校則違反も許可されている可能性が高い。

今の朋也にとって、学校の校門は獣が大きく口を開けているようにしか見えなかった。

 

 

 

 (……タイムリミットは昼飯まで。それまでにあの二人を倒しておかないと後々拙い)

 

 

 

朋也は自分に喝を入れると、堂々とした足取りで校内へと入ったのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 『こちら朋也、早速一人撃破』

 

 

 「もう? 幸先が良いね、了解。ボクもこれから動くよ」

 

 

 

必要最小限の報告を交わし、勝平は電話を切った。

学校のことは彼に任せてある、昔から自分の責任だけはきっちりこなして来た朋也だ、

今更心配する必要もない。

 

 

 

 「本当ならいきなり秋生さんを狙うべきなんだろうけど……始まっていきなりじゃ

  警戒しているだろうから――朋也クンと合流してからの方が良さそうだね」

 

 

 

切り捨てるのもまた勇気、万人を救うのは神様でなければ無理なのだから。

それまでに彼に狙われる人々を哀れみ、白十字の名前に相応しく

十字を切って静かに祈りを捧げる勝平、そんな彼に声が掛けられる。

 

 

 

 「柊君、出かけるのかい?」

 

 

 「あ、はい。ちょっと町の平和を守りに」

 

 

 「はは。朋也を宜しく頼むよ」

 

 

 「お任せください」

 

 

 

直幸の言葉を背に、彼は岡崎家を出発した。

 

 

 

 「確かに虹色邪夢小麦焼(注“レインボージャムブレッド”とお読みください)の

  犠牲者を出すわけにはいかないけれど……。この大会、絶対に優勝してみせる。

  温泉旅行に椋さんを誘うためにも!」

 

 

 

勝平、目的は一応朋也と同じなわけだが、実はわりと利己的であった。

やはり好きな人が出来ると人間変わるものなのかもしれない。

無論、朋也だってその気になれば確実にYESという女性が片手の指を

超えるような気もするが本人にその気はない。

一応彼の名誉のために言っておけば、決して鈍感というわけでもないのだが。

単に恋愛に興味がないだけだったりする。

 

 

 

何だかんだで意気揚々としている勝平とは対照的に、朋也の神経は張り詰めたままであった。

他者を寄せ付けない威圧感というものは無いのだが、何かに気を張っているのだと

他から見ても判るほどだった。

 

朋也は珍しくいつもよりもかなり早く登校した。

クラスに入ってきた生徒達は朋也が既に来ていることに必ず驚いていく。

朋也はそんなこと知ったことじゃないので、適当に挨拶を交わした後、

身じろぎすることなく教室の後ろのロッカーに背中を預ける。

背中を預けているのは、背後からの奇襲を警戒してのこと。

周りがいぶかしむ中、朋也は額から次々浮かんでくる汗に気を取られている。

 

 

 

 (ちっ、二年間分のブランクがうぜぇ。昔はこんなに焦った覚えないっての)

 

 

 

そう、彼は確かに焦っていた。

それは明らかにブランクが生んだものである。

命のやり取りをしていたという意味では過去の方が遥かに危険であるし

それに比べれば、相手が素人しかいない今は段違いに安全だ。

しかし“あの代物”が待ち受けていると思うと焦りが出てしまう。

 

懐に入れた光線銃がやけに重い。

まるで本物のような気さえする……いや、実際本物を扱っていたけれど。

 

 

 

 「岡崎っ!」

 

 

 

考え事をしている朋也を現実に引き戻す男の声。

ふと見ると教室には露骨に金髪に染めました、ばりの生徒がやってきていた。

それは紛れも無く――

 

 

 

 「誰だっけ?」

 

 

 「あんたわざとでしょ! てかそれ前もやったじゃん……」

 

 

 

あえて誰か説明する必要もないが一応、春原陽平だ。

るるるる〜と何かの曲さながらに涙を流す。

 

 

 

 「だって飽きねぇし」

 

 

 「マンネリって最低ですよねぇっ!」

 

 

 

全くである。

 

 

 

 「で、何の用だよ春原。俺はゾリオンで忙しいんだ、阿呆の世話をしている暇はない」

 

 

 「阿呆って僕のことですかねぇっ!?」

 

 

 「………………」

 

 

 「無言ですかっ!」

 

 

 「………………」

 

 

 

わざと&不穏な気配を察知し、彼は無言となった。

 

 

 

 「反応くらいしてくれよ……僕たち親友だろ?」

 

 

 

朋也は全神経を索敵に回していたが、唯一、春原のその発言にだけは思いっきり

首を横に振った。ここのキモは、一切春原の顔を見ないでNOを示したところにあるだろう。

哀れ春原――合掌。

 

 

 

 (来る……っ!)

 

 

 

長年の経験から自分を狙う気配を瞬時に補足する。

焦りは緊張を生むものだが、朋也とて一流の戦士であることに変わりは無い。

例え心が鈍っていても、体は自然と昔の呼吸を取り戻していた。

戦闘反射と考慮するならば、これほど頼れるものもないはずだ。

 

 

 

 「ゾリオンと言えば……岡崎! さっきのアレは酷――」

 

 

 「どけっ!」

 

 

 

目の前に立ち、朋也の視界を邪魔する春原を蹴り飛ばす、と同時に体を伏せその場を転がる。

 

 

どげしっ

 

 

 

 「――いよごんぎゃ!」

 

 

 

ピシュゥゥゥッッッ

 

 

 

訳の解らない春原の悲鳴は放っておいて。

光だけあって実際に音は聞こえないが、今の今まで朋也が立っていた場所を

ゾリオンの光線銃の赤い光が貫いた。

戦闘反射が無ければ、確実に彼はここで撃ち抜かれていただろう。

朋也もこの時ばかりはかつての自分に感謝した。

町の平和のためにもこんなところで負けるわけにはいかないのだから。

起き上がる動作もなく、光の向いた方向に自分の銃を構え、即座に撃つ。

 

 

 

ピシュゥゥゥッッッ

 

 

 

……センサー反応音は無い。

即ち仕留め損なったということだ。

撃たれた位置を考慮して狙っただけで、

相手が居たかどうかの確認もしていないのだから無理もない。

だが、それほど早く移動するのも不可能だと判断した朋也は、鏡のような反射する物体が

辺りに……特に自分の背後に来ない様に警戒して教室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

その頃の勝平はというと――。

 

 

 

 「そこっ!」

 

 

 

ぴーーーーー

 

 

 

 「な!? や、やられたーーーっ!」

 

 

 

電柱の影に身をやつし、勝平の背後を取ろうとしていた

八百屋のおじさん(52歳、来月初孫誕生予定)を倒したところだった。

がっくりと項垂れる八百屋のおじさん(52歳以下略)に一言すみませんと詫び、

その場を後にする。

 

 

 

 「始まってまだ30分経ってないのにこれで3人目か。負けはしないだろうけど

  どこから敵が出てくるかちっとも解らないのが厄介だよなぁ」

 

 

 

周辺に人の気配――特に殺気の類がないことを確認し、勝平は銃をホルスターに収めた。

このホルスターは単なる朋也の私物である。

いくら朋也とはいえ、DDの支給品を捨ててはいなかったようだ。

 

 

それにしても、と勝平はひとりごちる。

 

 

町にいる多くの人々がこの大会に参加していると朋也から聞いている。

まぁ古河秋生という男には不思議と人望があるので納得してしまう自分もいる。

だがそれはそれであって、その張本人が人々を苦しめようとしているのもまた事実である。

 

どう考えてもそれだけは許容出来ない。いくら家計に響くからといっても

あんな代物(注・謎ジャムだけでも恐怖の度合いは測れる)を無理やり代金まで取って

食べさせるのは残酷過ぎるし、巻き込まれる人々が危険過ぎる。

 

……とか何とか思うのだが、一つ腑に落ちないことがある。

朋也に聞いた話によると、このゾリオン大会とやらは今回が初めてではない。

規模はそれほど大きくは無いが割と定期的に行っているという話だ。

しかもどの大会でも早苗の作ったパンが罰ゲームだという。

相手は一流のエージェント……普通の一般人が勝てるはずもない、

即ち大会の度に被害者は続出しているはずなのだ。

 

 

今回は賞品が出るとはいえ、危険度は変わり無く……。

いやむしろ何倍も増幅しているが(←そのことは関係者しか知らない)、

それでも参加を辞退した者はいないらしい。

解ってやっているのなら馬鹿であり、同時にチャレンジャーでもある。

それを尊敬すべきか否かは勝平には解らないが、どっちにしろ言えることが一つある。

 

 

 

 「この町の人達って暇なんだな〜」

 

 

 

勝平の言葉は的確に真理を突いている。

 

……尤も、いくら理由があるとはいえ、勝平や朋也も『同じ穴のムジナ』であるという

事実に勝平は辿り付いていないのだった。

 

普通に考えれば解ったことなのだろうが、やはり思考の根底に

 

 

 

 (椋さんと温泉旅行に行く!)

 

 

 

という自分本位な意識があるからなのだろう。

所詮彼も人の子。

 

朋也に言わせれば不謹慎なのだろうが、結果的に役立つなら仕方無いのかもしれない。

勝平は紛れもなく一流の戦士であるのだから。

 

 

 

 


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