Eternal Snow

84/勝平の目的

 

 

 

空が西日を受けて茜色に染まりだした頃、解散となった。

椋とは近所の曲がり角で別れ、朋也と勝平は視線を交し合う。

昔からの癖なのか、不思議と人気のない場所を選んでいた。

起こり得る会話が他人の耳に入ると拙い可能性がある、と判っているから。

 

 

 

 「で、何しに来た?」

 

 

 「冷たいなぁ。それが二年ぶりに会う親友への言葉?」

 

 

 

先ほどまで椋が居たからか、幾分話し掛けやすい雰囲気だった朋也は

その状態を一変させていた。

目筋は鋭く、腕は組まれたままで、彼が醸し出す雰囲気は敵と相対するように見える。

 

 

 

 「そう、二年だ。俺は二年も前にお前らの前から消えた。そんな俺に今更何の用だ」

 

 

 「君を連れ戻しに」

 

 

 

勝平の簡潔な言葉は、最後まで続かない。

 

 

――――――朋也の発した無言の圧力が、空気を変えたから。

 

 

濃縮された殺気。

友に向けてぶつけられた冷たい感情。

並みの人間が直接浴びたなら、たとえ一瞬だとしても確実に失神する代物。

 

 

 

 「正気かよ……誰の命令だ」

 

 

 

あくまでも事務的に。

己が逃げ出した負け犬であっても、譲る気はない。

G.Aである勝平に命令を下せる者は、数えられる程度だ。

 

 

 

 「俺を連れ戻すなんてセリフを言えるのは『白虎』……賢悟さんとかか?」

 

 

 「ボクは正気だよ。それに、勘違いしないで欲しいな。

  今回の件は誰の命令でもない、ボク一人の独断さ。

  ついでに、一つ訂正。風の噂に聞いてるだろうけど、今の神器は祐一クン達。

  賢悟さんはG.A【賢者】として活動中。現『白虎』は一弥クンだよ。

  それにさ、もし誰かの命令だったら、君はとっくにアーザーディーに捕まってるでしょ?」

 

 

 

ちょっと考えれば判るだろう? と皮肉を込める。

殺気をぶつけられてヘラヘラしている義理もないからね、と勝平は続けた。

 

 

 

 「……オッサンに会ったのか?」

 

 

 「昨日偶然ね。正直会った時はびっくりしたけど、あの人も人が悪いよ。

  ボクが此処に来ている理由を話したのに、一言も朋也クンのことは教えてくれなかった」

 

 

 

まったく、と呟いて憮然といった表情を浮かべる。

 

 

 

 「オッサンらしい――俺達の中でも特に食わせモンだったしな」

 

 

 「違いないね」

 

 

 

『アーザーディー』――古河秋生を思い出して笑う二人。

少しだけ、朋也の刺が和らいだように勝平には感じられた。

 

 

 

 「ところで朋也クン、一弥クン達が神器になったってことに対しての感想はないの?」

 

 

 「予想してたからな。驚きは薄い」

 

 

 「……なんで人事みたいに言うかなキミは」

 

 

 「実際人事じゃねぇか。いくら俺でも五神器が揃ったって話は知ってるさ。

  あいつらは丁度五人いたしな。他に該当するような連中が居たか? 

  居る訳ない。なるべくしてなった、それだけのことだろ」

 

 

 「参るよなぁ。五神器が世の中に発表されて、誰もがその正体を

  知りたがってるってのに、先輩である君は随分気楽に正解しちゃうんだから」

 

 

 「……俺は、あいつらに『先輩』って呼ばれる資格なんて無いだろ?」

 

 

 

己を嘲け笑い、自分の心に唾を吐き捨てる。

勝平は知っていた、それが優しさの裏返しであることを。

 

 

 

 「君が二年前、ボク達の前から居なくなった理由は解ってる。

  あの時、あの子を救えなかったから。だから君は責任を感じて―――――」

 

 

 

言葉が朋也の癪に触った。

一番えぐられたくない、一番忘れた『振り』をしている過去。

怒るのは筋違いかもしれないけれど。

 

 

 「うる……せえよ」

 

 

 「……朋也クン」

 

 

 「うるさい! だからどうしたってんだっ! そうだよ、俺の責任だ。

  俺が不甲斐無かったから、俺に力が無かったから、だから女の子一人

  助けてやれなかった!……死んでないから問題じゃない? んなわけあるかよっ。

  そんな俺に今更『DDに戻れ』? これ以上恥を掻けってか、冗談じゃない!」

 

 

 

悔恨と憤怒が交じり合った、彼の慟哭。

祐一達が辛い過去を背負っているなら、朋也とて同じだった。

同じになってしまったのだ……己の眼前で誰がが失われるという苦痛を、知ってしまった。

恋人か否かなんて、関係が無い。人命であることに、変わりは無い。

 

 

 

 「なぁ、勝平。教えてくれよ? そりゃ今更、掻ける恥なんて持っちゃいない。

  だけど、そんな俺に……何が出来るってんだ? 

  俺が【黒十字】だったのは過去の話だ、此処にいる俺はただの岡崎朋也。

  光坂高校っていう普通の学校に通って、そこで『不良』って呼ばれて

  周りに敬遠されてる男……昔お前の――【白十字】の相棒だった男じゃない」

 

 

 

彼は激昂しながら唇を噛み締める。

やりきれない思い、情けなさ、悔しさの入り混じった負の表情。

その瞳が泣いているように勝平には映った。

 

 

 

 「朋也クンは、優しいね」

 

 

 「莫迦にしてるのか」

 

 

 「とんでもない。ボクがそういうこと言うタイプじゃないのは

  君が一番よく知ってるでしょ? 君は優しいから今そうして泣いてる。

  それにね朋也クン、もしあの時の責任云々を問うなら、

  アレに参加した全員が朋也クンと同じようにしなきゃ嘘だろう? 勿論ボクを含めて」

 

 

 「それこそ間抜けな話だ。俺一人の責任でしかない」

 

 

 

強情な彼にやれやれと首を振る勝平。

 

 

 

 「確かに無茶なことを言っているのは解っているよ。

  だから、とりあえずはこれ以上無理強いはしない。ただ、これだけは知っていて欲しい。

  ボク達は君が『逃げた』なんて思っていない、君が優しすぎただけだって解ってる。

  それにね、朋也クン。ボクの相棒は君だけだよ? 【白十字】のパートナー、

  【黒十字】としても、何より――【柊勝平の心友、岡崎朋也】としても、ね」

 

 

 

その言葉は、勝平にとって嘘偽りない真実だった。

彼以外の誰かを相棒なんて呼べやしない。

どれだけ他のメンバーに言われてきても、無視してきた。

 

 

 

 「勝平……」

 

 

 

勝平は、知ってくれていた。

甘えているのは判っている。

自分が背負うべき枷を軽くしようしてくれているのだ。

素直に感謝の念が沸く。有り難かった、嬉しいと思えた。

 

 

 

 「というわけでこれから君の家に行こう♪」

 

 

 「はぁ?」

 

 

 

感動していた空気があっけなく瓦解する音がした。

空気を重くしたきっかけは朋也にあるが、

それにしたって綺麗に纏めてくれてもバチは当たらないだろう。

勝平は聞く耳を持たずひとりごちる。

 

 

 

 「朋也クンを探して幾月年(正確には半年)、アテも無い旅に出て宿無し草。

  給料も出なくて財布は落とすし、携帯の電池も切れるし……。

  そんな気の毒過ぎる親友を朋也クンは放って置くのかい!? 

  ボクの知っている君はそんなんじゃなかった。

  ボクの知っている朋也クンはいつもぶっきらぼうで怠け者で努力が大嫌いで」

 

 

 「喧嘩売ってんのかてめぇ」

 

 

 「あ、ごめん。わざとじゃないんだ、ただ本音と建前を間違えただけだよ」

 

 

 

根本的に旅に出たのは勝平の独断であって命令ではないから、宿無しなのは当然。

上記の理由から給料は出るはずもない、財布を落としたのは彼のドジ。

携帯の電池――DD支給の特別製携帯電話をデスクの上に忘れていき、

新しいのを買うハメになって、普通の携帯であるが故にDD謹製のそれとは違い

早く電池が切れてしまう事実を忘れていたというのも彼個人のミス。

気の毒といえば気の毒だが、そんなこと朋也に言われても困る。

 

それはともかく、心友というわりにはなかなか失礼なことを言う。

朋也はバキボキと拳を鳴らした。遠慮するつもりは更々ない。

全殺しとはいかなくても、半殺しもしくは三分の一殺しくらいは軽くいける。

相手が白十字とはいえ、朋也も一応黒十字なわけだから。

 

 

 

 「余計タチが悪いって自覚してるよな?」

 

 

 「やだな〜、ほんのおちゃめじゃないか〜。そんなことで怒ったら駄目だよ?」

 

 

 

反省の色はない。

別にする必要も無いけれど。

朋也は急に馬鹿らしくなって、拳をだらんと下ろす。

 

 

 

 「……なんか気が抜けた。どっちにしろお前、しばらく此処に居座る気なんだろ? 

  俺はさっきの話にYESと言うつもりは欠片もないが、お前が納得するまでは

  家に置いてやるよ。どうせ親父と二人暮らしだしな」

 

 

 

彼の言い分は聞かなくてもわかる、要はそういうことだ。

 

 

 

 「さっすがだね朋也クン、伊達にボクの心友やってないね〜。

  ボクが言いたいこと全部解ってるところがまた憎らしい。

  遠慮なくそうさせてもらうよ♪……って、二人? お父さんと仲、直り……したの?」

 

 

 

勝平は遠慮がちにおずおずと訊ねる。

二年前まで朋也が彼の父、直幸を嫌っていたのは周知の話だ。

その名前を出されることすら、あの頃の彼は嫌がっていた。

自分の口から、『親父』という単語を使うことすら嫌悪していたのを覚えている。

朋也がすんなりと違和感無く、『親父と二人暮らし』という言葉を発するということ。

 

 

 

――――変な言い方かもしれないが耳を疑った。

 

 

 

そんな勝平の戸惑いが来ることを予期していたのか、彼の様子から

それを読み取ったのかどうかは判らないが、朋也は嬉しそうに苦笑した。

 

 

 

 「ああ。お前にも変に心配かけてたな。今は問題なく二人で仲良くやってる。

  こんなこと……正直皮肉な話だが、【アレ】のおかげなんだ。

  あのことがあったおかげで俺は親父と……父さんと仲直りできた。

  だから、不謹慎な話だけど、俺にとって【アレ】はそれなりに意味があったよ」

 

 

 「そっか……ボク達みたいな立場の人間が言っちゃいけないことかもしれないけど、

  よかったね朋也クン。お父さんと仲直りできて」

 

 

 

本当に嬉しそうに勝平は朋也に微笑んでくれた。

彼もそのことに心を痛めてくれていたから。

立場からすれば、お互い喜んではいけないことかもしれないけれど、

今はただの友人として素直に喜びを分かち合ってくれたのだ。

 

朋也にとって、父との確執を相談できた相手は彼しかいなかった。

あとの仲間達はほとんどが年上だったし、可愛がっていた後輩五人はそれぞれに

重い傷を抱えていたので、あらゆる意味で愚痴も言い合えたのは勝平だけだったのだ。

そして今この時ほど親友のありがたみを痛感したことはなかった。

 

 

 

 「サンキュ」

 

 

 

彼の翳が取れていることを見て取り、DDという空間から離れたことは結果的に

朋也自身のためになっていたのだと悟る勝平であった。

 

 

 

 「そういえば、昨日秋生さんに会ったって言ったよね?」

 

 

 「ほんのついさっきな。それがどうかしたか?」

 

 

 「なんでも大会があるんだって? え〜っと、ぞりおん、だったかな?」

 

 

 「ああ。光線銃を使ったサバゲーもどきのゲームだよ。あのオッサンが大好きでさ。

  割としょっちゅう大会とかなんとか言ってるんだ」

 

 

 「朋也クンも参加するって聞いたけど? 賞品は温泉だってね」

 

 

 「俺がそんなもんに興味あると思ってるのか? 

  第一、相手もいないし……それに何よりオッサンを倒さないと

  この町に平和が訪れないからな、俺は町の皆の幸せのために参加するのさ」

 

 

 「どういうこと?」

 

 

 「何だ? 聞いてないのか? 今回の大会では確かに賞品が出るが、

  オッサンに倒された連中には罰ゲームが待ってる」

 

 

 「……たかが町主体の大会で、罰ゲーム? 一体何?」

 

 

 

そこで、朋也は言うのも恐ろしいとかぶりを振った。

だが言わないわけにもいくまい、色々協力させるのだから(決定済)。

 

 

 

 「お前も早苗さんのことは知ってるだろ?」

 

 

 「そりゃ勿論。あの人はDDの関係者じゃないけど、

  立場としては蒼司さんみたいなものだし」

 

 

 「そう、その早苗さんだ。確かに若いし、気立てもいいし、異常なまでに優しい。

  とてもとてもオッサンの奥さんにしとくには勿体無いくらいだ。

  だがなぁ、そんなあの人にも一つだけ欠点がある」

 

 

 

指をピンと一本立てる。

 

 

 

 「欠点?」

 

 

 「早苗さんは料理が上手いってのはお前も知ってるよな? 

  俺も久々にここで再会して一度食わしてもらったことがあるが

  やっぱ美味かった。多分夏子さんや秋子さんにも負けないだろうな」

 

 

 「有名だし、謎だもんね。

  なんで秋生さんがあんないい人と結婚できたんだろう、ってさ。

  ……でも、それと罰ゲームと何の関係があるの?」

 

 

 「大ありだ。オッサンの家はパン屋だが、

  早苗さんもパンを焼いてるんだ。それが問題なんだよ」

 

 

 「? 要領を得ないなぁ?…………あ! 判った。

  どうせそのパンが美味しくないって言うんでしょう。

  さしずめ夏子さん達のジャムみたいに。……嘘々、冗談だよ。

  あんなモノが他にあったら見てみたいくらいだもん」

 

 

 

と、100%冗談で笑う勝平。

朋也の顔色は冴えなかった。

 

 

 

 「……正解だ……実在する」

 

 

 「は?」

 

 

 「早苗さんの作る創作パンは物凄く不味い。

  特にレインボーパンっていう七色のパンは筆舌に尽くし難い。

  いいか? そいつはな、パンなのに虹色をしてるんだ。

  俺も一度だけ食ったことがあるが……もう二度と食いたくない」

 

 

 

パンは通常、こんがりときつね色に焼けているはずだ。

七色なんてのは常識的に考えてありえない。

勝平の理解の範疇を超えていた。

 

 

 

 「まさか……それを食べさせられる、って?」

 

 

 

あえて言葉を発せず、無言で頷く朋也。

彼の本気を感じ取った勝平は、自分の迂闊さを呪う。

しかし朋也の話は終わったわけではない。

 

 

 

 「しかも、だ。オッサンの話を聞いたところによると……

  今回の新作パンは夏子さんか秋子さん、

  どっちに貰ったかは知らないが、もしかすると両方かもな。

  その【オレンジ色の悪夢】を材料に使ったらしい。

  【レインボージャムブレッド】ってオッサンは名付けてた。

  ちなみにオッサンが喰ったらしいんだが、気絶したってよ」

 

 

 

秋生の名誉のため、食べなければならなかった理由は伏せておく。

 

 

 

 「―――殺戮兵器?」

 

 

 「あながち嘘じゃないかもな」

 

 

 

二人の呟きはシャレになっていなかった。

元々の材料は立派な食物であろうに、何であんな品物を生み出せるのか。

 

 

 

 「とにかく、俺は町の平和のためにオッサンを倒す。勝平、お前も手伝え」

 

 

 

相手が秋生となると、一対一では確実に勝てる保証が無い。

単なる訓練なり試合ならば勝利なんて必要ないが、今回は違う。

云わば、朋也が勇者の資格を持つ者なら、秋生はそれを待ち構える魔王である。

しかも朋也が失敗すれば、人々が悲惨な目に遭う。

 

そう考えてしまうと、恐ろしい話だ。

故に、勇者に力を貸す仲間――――勝平の協力は必要不可欠。

 

 

 

 「……勿論だよ、そんなものを放っておけるはずがないもの」

 

 

 「頼む」

 

 

 

朋也と勝平はがっちりと握手を交わす。

期せずして、かつてDDE最強のツートップと呼ばれた

【単色の十字軍】がここに再結成されるのであった。

…………理由はどうであれ。

 

 

 

全ては叶町の平和のために―――――。

 

 

 

 


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