Eternal Snow

83/心友との再会

 

 

 

放課後。

朋也は椋と共に、町の商店街の一角――ファーストフード店にやって来ていた。

下校途中に寄り道しているのだが、別に気が咎める訳でもない。

 

 

 

 「なんで此処に来たんだ?」

 

 

 「わかりやすいじゃないですか。目印には」

 

 

 「……そうなのか?」

 

 

 

その呟きには何の返事もなかった。

手持ち無沙汰で腕を組み、オープンテラスのチェアに腰掛ける朋也。

一応杏への報告義務もあるからか、適当に切り上げるわけにもいかなかったりする。

不良と言われながらも、彼は優しいという証だった。

 

椋の方は適当にドリンクを購入し、朋也と相対する形でストローを啜っている。

外目から見る限り恋人に見えるのは致し方ないだろう。

そんな感覚を自覚していた朋也は、なんとなく居心地が悪い。

もし同級生に見つかったら、何か冷やかされるのは間違いなかったからだ。

 

 

 

 「ところで藤林、その会う相手ってどんな奴なんだ?」

 

 

 「あ、すいません。言っておかないと困りますよね。

  えっと、私の一歳上で地元の人じゃないんです。

  何か『探しもの』があるとかで半年程日本中を回っているとかなんとか」

 

 

 「………………」

 

 

 

朋也は椋の頭がおかしくなったのか、と思った。

だってそうだろう、今時、旅人? そんな男に好意を持つ? 

もうこの時点で杏が素直に認めるとは思えなかった。

 

 

 

 (しかも、探し物のために半年も日本を旅している? そいつも奇特な奴だ)

 

 

 

いや、正しくはそいつが一番奇特な奴、なのだろう。

気分を変えて、訊ねてみた。

 

 

 

 「そいつと知り合ってどれくらいになるんだ?」

 

 

 「え? そうですね、たぶん一週間くらいになるかと」

 

 

 「短っ!」

 

 

 

本気で椋の頭を心配し始めた。会って一週間? いくらなんでも短過ぎる。

だが、椋はその言葉にムスっとして朋也の瞳をじっと見る。

 

 

 

 「岡崎君の言いたいことも解ります……だけど、人を好きになるのに

  時間なんて関係ないです。多分、私、一目惚れしちゃったから」

 

 

 

真っ赤になって、俯きながらも最後の言葉をしっかり述べた。

自分の中にあるその気持ちは本物なのだろう、それが伝わってきた。

 

朋也は苦笑して、僅かに声を漏らす。

 

 

 

 「は、ははっ」

 

 

 「あ……。や、やっぱり……へ、変ですよね、あはは……」

 

 

 

寂しそうに、笑顔の仮面を被る椋。

その様子に更に朋也の苦笑の度合いが増す。

 

 

 

 「違う違う、感心してんだよ。やっぱお前、杏の妹だ。

  頑固な所がアイツとそっくり……いや、藤林の方がよっぽど凄いかもな」

 

 

 

込み上げてくる感情を抑えられず、朋也は口を大きく開けて笑い出した。

 

 

 

 「え、あ……あぅ」

 

 

 

その様子を見て、椋の顔色は熟した林檎に近づいていく。

ひとしきり笑った後、朋也は軽く頭を垂れた。

軽く、謝罪の意を込めて。

 

 

 

 「悪い。変な意味で笑ったわけじゃないから安心してくれ。

  杏の説得、手伝ってやるよ。お前がそこまで入れ込む男が俺も見てみたい」

 

 

 

正直、面倒なことになったなぁと後悔していたが、本気で気が変わった。

朋也の中では椋という少女は、引っ込み思案でいつもおどおどしているという

印象が強かった、多分その認識だけで彼女を計っていたのが間違いだったのだろうが。

そんな彼女がここまで真剣になれる相手というのに興味を持った。

 

 

 

 「で、そいつはいつ頃来るんだ?」

 

 

 「えっとですね、午前中は探しものをするそうなので、

  放課後になったくらいに此処に来ることになっているんです」

 

 

 「ふーん、てことはもうそろそろ来るんだな」

 

 

 

と、そこで椋は微笑んで、視線を店の外に向け手を振る。

どうやらその目的の人物が来たらしい。

椋の表情は嬉しそうだった。

自然と朋也の頬が緩む。

 

 

 

 「勝平さ〜ん♪」

 

 

 

しかし、その名を聞いた瞬間―――硬直した。

 

 

 

 (……は?)

 

 

 

朋也はその名前に実に覚えがあった。

知り合いに同名の男がいる……年頃も自分と同じ、一つ上だ。

 

 

 

 「椋さん♪」

 

 

 

腕をテーブルに立て、そこに首を載せていた朋也は

『椋さん♪』という声に聞き覚えがあるなぁと、その予感を一層濃いものにする。

彼は丁度道から背を向ける形で座っていたため、その『勝平』とやらの顔は見えない。

 

 

 

 「ごめんね、待ったかな?……あれ、この人は?」

 

 

 

真後ろからその声がする――やっぱり聞き覚えがある。

朋也はじとり、と背中を伝う冷や汗を実感する。

椋はその場に立ち上がり、朋也を紹介するように手を差し向ける。

 

 

 

 「お姉ちゃんを説得するのを手伝ってもらおうと思って、

  先に勝平さんを紹介したかったんです。あ、紹介遅れちゃいましたね。

  クラスメートの岡崎朋也君です、岡崎君、こちらは柊勝平さんです」

 

 

 

椋の紹介の手を無視するように背中を勝平に向けたままの朋也。

対する勝平は目をぱちくりさせて呆然としている。

明らかに変な雰囲気に戸惑うのは椋。

 

 

 

 「あ、あの。ど、どうしたんですか?」

 

 

 「と」

 

 

 「と?」

 

 

 「と、とととと朋也クン!?」

 

 

 

がばっ、と朋也の前に立つ勝平。

彼の顔を見て、思わず記憶の中にある二年前のそれと比較する。

当然だが記憶との相違は無く、間違いなく朋也の知る勝平その人。

 

 

 

 (マジか? おいおい、勘弁してくれ)

 

 

 

本当は杞憂で済んで欲しかった。

だからこそ自分から声を掛けるなんて真似はしなかったのに。

 

 

 

 (オッサンに続いて二人目かよ……欝だ)

 

 

 

溜息を吐いて、仕方なくとばかりに手を上げた。

諦めの境地を自覚した気さえする。

 

 

 

 「よぉ、勝平……久し振り、だな」

 

 

 「岡崎君、勝平さん……お知り合いなんですか?」

 

 

 

椋の呟いた疑問に答えが返って来ない。

朋也を凝視しながら、ガクガクと硬直する勝平。

嫌な予感を受け、両手で耳を抑える朋也。

自分が可愛いから、椋のことなんて知らない。

 

 

 

 「…………………………ど、もや゛グ〜ン!

 

 

 

キーンと響き渡る大声に、店内の視線さえも彼ら三人に集まる。

勝平は涙を滝のように流して、朋也に抱きついた。

それ以外に今の己の感動を伝えようがない、とでも勝平が思ったのだろう。

朋也にとっては迷惑だらけなのだが、そんなこと知らない。

今の今まで心配掛けたのは彼であり、自分には何の落ち度も無い……と勝平は思っていた。

 

なお、外見だけ見れば美男美女?カップル。

切ないことに、意外に見栄えが良いのだから椋にとっては面白くなかったりする。

ぱちくりと驚愕しながらも、心の中の嫉妬心は押さえきれていなかった。

 

 

 

 「くっつくな!」

 

 

 「うわ〜んっ! やっと、やっと見つけたよ〜っ」

 

 

 「ざけんな女男! 暑苦しい! 気色悪い! 離れろぉっ!」

 

 

 

ぐぐっと一生懸命になって勝平を押しのける。

しつこいようだが勝平は実に中性的な顔つきなので、知らない人間から見れば

男女の痴情のもつれにも見えるのは致し方ないことか。

 

 

 

 「朋也ク〜ンっ!

 

 

 「――――いい加減うぜぇっ!」

 

 

 

ごすっ!

 

 

握りこぶしを勝平の頭に叩きつけた。

 

 

 

 「うう〜……痛い」

 

 

 「たりめーだ、ボケ!」

 

 

 

うう、と涙目で朋也をじっと見る勝平。

対する朋也は面白くなさそうにそっぽを向く。

 

 

 

 「お、岡崎君」

 

 

 「……わりぃ、いきなり訳解らんよな。解りやすく言うと、俺とコイツはダチだ」

 

 

 「そ、そうなんですか!?」

 

 

 

もし気心の知れている友達でなかったら今までの行動は犯罪だ。

 

 

 

 「うん、そうなんだよ〜。僕と朋也クンは親友だからね」

 

 

 

いきなりの判明した事実に頭がパンクしかけている椋であった。

というか、そんなあっさり明かさないで欲しかった。

 

 

 

 「……で、藤林が好きな男って勝平のことだったんだな」

 

 

 「あぅ」

 

 

 「て、照れちゃうな〜。朋也クン、少し直球すぎるよ〜」

 

 

 

気を取り直したように、朋也は二人の話題に触れる。

椋は一目惚れと言ったわけだし、勝平の反応は聞くまでも無い。

勝平は単純だからすぐに顔に出ると朋也は認識していた。

本来ならばやめておけ、とか杏の味方をするのが筋なのだろうが

相手が勝平となると、その人となりを誰より理解しているために無碍に出来ない。

 

 

 

 (結局こいつら相思相愛か)

 

 

 

何より、結論はそこに行き着く。

自分達の年頃になれば珍しいものでもないし、言う事を聞く相手ではない。

杏の味方になっても良いのだが、仕方ないと溜息をつく。

 

 

 

 「ま、杏の説得は俺も手伝ってやるよ……けど」

 

 

 「けど?」

 

 

 「お前は何で此処に居るんだ? 藤林の話を聞く限り何か探してるらしいな」

 

 

 「そんなの決まってるじゃないか、朋也クンを探してたんだよ〜。

  半年もかかったよぉ〜。当ても無くて日本中回っちゃったよ〜。

  ここで会えたのは運が良かったよ〜」

 

 

 「え!? そうなんですか!?」

 

 

 

椋の驚愕の声をバックに、泣きながら朋也の服の袖で顔を拭く勝平。

朋也は酷く迷惑そうだ。あえて椋の疑問には答えない。

 

 

 

 「離れろっつーの! で、勝平よ。俺も一応義理は果たさなきゃならないから

  訊ねておくが、お前と藤林はどうやって知り合った?」

 

 

 

正確にいえば義理は無いが、杏への報告義務はある、それを守らないと色々拙い。

あえて勝平や椋の反応には気にしない。

勝平は濡れた顔を拭い、気を取り直して席に荷物を置く。

 

 

 

 「その話は長くなるからね、飲み物買ってくるよ」

 

 

 

そう言って勝平は店内へと入って行った。

取り残された形の朋也と椋。

朋也はふぅ、と溜息を吐いて椋を見やる。

 

 

 

 「藤林。お前らの出会い話ってくだらねぇつーか、大したことないんだな……。

  大方、勝平の奴がなにか間抜けなことしたってとこなんだろ?」

 

 

 「え?……な、なんで解るんですか」

 

 

 「あいつとは付き合い長いからな。勝平と付き合うなら覚えとくといいぞ? 

  勝平が『話が長くなる』って言って話題を振ったら、大抵ろくでもなかったり、

  内容があんまりにも短かったりするんだ。だからあいつがそう切り出したら

  絶対に身構えるなよ、するだけアホらしくなるからな」

 

 

 

自分がそれで損をしてきたクチなので、少なくともこれから付き合うことになるであろう

椋に、処世術くらいは指南しておくべきだという親切心から言う朋也。

その言葉に苦笑が混じっているのは愛嬌だろうか。

 

 

 

 「岡崎君、勝平さんのことよく知ってるんですね」

 

 

 「まぁな。今のところは藤林よりもあいつのことは詳しいさ。

  一つだけ助言だ、お前の見立ては正しいよ。

  将来のことなんてまだ解らないけど、勝平はいい男だ。

  仮に二人が結婚するとすれば、絶対あいつは藤林を幸せにしてやれる」

 

 

 

確信もった瞳で断言する朋也。

結婚、なんて想像もつかない単語を言われて真っ赤になる椋。

けれど、判る。勝平のことをよほど信頼していなければこんな表情は出来やしない。

そんな彼に微かに嫉妬してしまったのは椋だけの秘密。

 

 

 

 

 

少しして勝平が戻ってきた。

ここからの会話は割愛するが、朋也の見立て通り二人の出会いはろくでもなかった。

 

叶町にやって来たのはいいが、朋也を探すアテなど皆無で彷徨い歩いていた

勝平は路銀が底をついていたのに気が付かなかった。

仕方なく公園で水を飲んで飢えを凌いでいたのだが、それも長くは続かず、

道のど真ん中で彼は倒れたそうだ。

偶然そこに通りかかった椋が勝平を介抱し二人は知り合うことになったという。

 

根本的にDDEともあろう彼が―――これでも現役のDDE、しかもG.A―――

公園で飢えを凌ぐなどとまるでホームレスのような話ではあるが、

割と無計画で行き当たりばったりの性格であるが故に、

それもあり得ると納得する朋也であった。

 

 

 

 「二人とも、悪いことは言わない。それだけは杏に喋るな。

  いくらなんでも第一印象最悪だ……いいな勝平、墓穴掘るなよ」

 

 

 「わかってるよ、いくら僕でも」

 

 

 「大丈夫です、お姉ちゃんには絶対言いません。私達の大切な思い出ですし」

 

 

 

感極まったのか、勝平が声を漏らす。

 

 

 

 「椋さん……」

 

 

 「勝平さん……」

 

 

 

二人で顔を見合わせる勝平と椋。

どうやら彼らに羞恥心というものはないらしい。

朋也は、自分だったら真似なんて出来ないと呆れる。

 

 

 

 (杏だったらこう言うんだろうな、『あ〜もう! やってらんないわ!』とか)

 

 

 

勘だが、多分間違いない。むしろ同意見。

やはり厄介なことになったなぁと後悔していた。

勝平という人間のことを、おそらく一番知っているからこそ気が重い。

 

朋也は己の過去の行為も忘れて、心の中でかつての後輩達に文句を言うことにした。

聞こえるはずもなく、仮に声にしたところで意味もなく、その価値もない。

が、思うだけならタダだろ?……等と勝手な思考に至り、絶叫する。

 

 

 

 (祐一、浩平、舞人、一弥に純一! なんでこの馬鹿を放置してんだよ!? 

  お前ら以外に勝平押さえ込める奴らなんていねぇのは知ってるだろうがっ!)

 

 

 

いくら先輩とはいえ(“だった”が正しいかもしれないが)本当に勝手である。

確かに、朋也が自身のことを責めて離れていったことはよく判っている。

彼の優しさを、勝平が諭してくれたから。

けれど、仮にこんな形で抗議されれば話は別。

もし、この絶叫が彼らの耳に入っていたら、こう言っただろう。

 

 

 

 『そもそもアンタが出てった所為だろうがぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!』

 

 

 

絶叫なんて生ぬるい……まるで魂の慟哭のように。

 

 

 

 


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