Eternal Snow

82/偶然の再会のお膳立て

 

 

 

ここ、叶町に一人の『青年』が訪れていた。

 

 

肩に掛けるバッグと、軽装ともいえる私服。

武器のかけらも持ち歩かず、風景に埋没してもおかしくなさそうな雰囲気。

けれどその顔は人目を引いた。

明らかに女性顔であり、なおかつ美人。

年頃の男性が此処に居たならば、確実にナンパされる対象になっただろう。

 

緑色を基調とした薄手のロングシャツ、白いチノパンらしきズボンを着ていて

なよなよとした風情から、一見すると女の子に見える。

が、最初に『青年』と評した以上、彼は間違いなく男である。

亜麻色に近い無造作ヘアーとでも言おうか、とにかく中世的な美形であった。

 

『彼』の名前は『柊 勝平』。

ある目的によってこの度、偶然にも叶町を立ち寄った青年。

 

 

 

 「う〜ん……もう半年になるなぁ……。ほんと、何処にいるんだろうなぁ……」

 

 

 

バッグを抱えたまま、どこか憂鬱そうにトボトボと歩きだす勝平。

彼が此処を訪れたのは半月程前になる。

ある探しもののために日本全国津々浦々を彷徨い歩いているのだが、

旅立って半年……成果は全くあがっていない。

本来なら諜報部の皆さんに頼むべきだったのだろうが、

自己満足のために勝手に飛び出した以上、そんなことを頼むわけにもいかなかった。

 

諜報部、という単語でピンときた方も多いだろう。

そう、彼『柊 勝平』はれっきとしたDDのエスペランサである。

そんな彼の探しものとは……今は置いておこう。

彼の当てもない放浪はまだしばらく続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校にて――――。

 

 

 

 

 

 

 「んあ? 藤林が?」

 

 

 「そうなのよ、最近ね……」

 

 

 

朋也はふらっと教室にやって来た杏の相談とやらにのっていた。

既に授業は始まっている時間なのだが、この二人堂々とサボることにした。

人の来ない学食に陣取り、水を飲みながら二人きりとなっている。

学食のおばちゃんも、相手が朋也だからなのか注意もなく笑っていた。

 

で、二人の話題は、朋也のクラスの学級委員長にして

杏の双子の妹『藤林 椋』についてである。

杏とは一卵性双生児で、顔つきはまるっきり杏そのもの。

少々引っ込み思案で、髪型はショートカット、杏とお揃いのリボンを右に結わえている。

そんな彼女は杏にとって大事な妹なわけで、心配ごとがあると姉心を吹かせるらしい。

 

 

 

 「雰囲気からすると……なんか気になる男の子がいるみたいなのよね」

 

 

 「藤林に?……まぁ高校生なわけだし、不思議でもねぇだろ?」

 

 

 

じろり、と朋也を睨む杏。

どこかその視線は刺を帯びている。

 

 

 

 「そりゃあたしだって妹にそういう人がいるなら応援してあげるわよっ。

  相手が誰か、ってのが気になるの!」

 

 

 「そんなもんかね……俺は兄弟いないから解らないけどさ。

  杏には心当たりないのか? 藤林が好きになりそうな奴」

 

 

 

杏は顎に手をやって、うーん、と呟く。

 

 

 

 「心当たりねぇ……」

 

 

 

体勢を維持したまま、視線だけをちらり、と朋也に向ける。

 

 

 

 「ん、何だよ?」

 

 

 「まさか……ねぇ」

 

 

 

首を傾げ、再び黙考する杏。

僅かな時間ではあるが、一応真剣に考えている朋也に一つアイディアが浮かんだ。

 

 

 

 「なあ杏。心当たりないんだったら、お前の好みのタイプってどんな奴なんだ? 

  全部が全部似てなくても、双子の姉妹なんだし、少しくらい参考になるだろ?」

 

 

 「ちょっ……あ、その……っ〜……あんた馬鹿!? 

  あたしと椋は別人なんだから参考になるわけないでしょうがっ!」

 

 

 

顔を真っ赤にして朋也に食って掛かる杏。

ここが食堂で良かった、教室なら目立つこと請け合いだったろうに。

 

 

 

 「いや……まぁそりゃそうだけどよ。

  参考にってことなんだから怒らなくてもいいだろう? 

  気に障ったってなら謝るけどさ」

 

 

 「っ〜〜!! と、とにかく! なんか気づいたことがあったら

  絶対にあたしに言いなさいよ! 言わなかったら酷いんだからねっ!」

 

 

 「……へいへい」

 

 

 

逆らうと怖い、と認識しているため、特に荒れている杏に逆らう気は毛頭無い。

そもそも、たかがクラスメートである自分が女の子の機微など解るはずもないのだが。

口にしないのが賢明であると理解している。

 

 

 

 「あ、そういや話は変わるんだけどさ」

 

 

 「何よ」

 

 

 「お前もゾリオン出るんだってな、春原が言ってたぞ」

 

 

 「ああ、その話? ええ、勿論出るわよ。前の時は見事にしてやられたからね。

  ここでお返ししてやらないとあたしの沽券に関わるもの」

 

 

 

あんたも出るんでしょ? と視線が言っている。

 

 

 

 「なるほどな……つくづく杏らしい。あ、怒るなよ。

  これでも褒めてんだから。まぁお互い負けないように頑張ろうぜ」

 

 

 「そうね。ところであんた、優勝賞品どうするのよ? 

  どうせペア相手なんていないんでしょ? 仮に朋也が優勝したとして、

  流石に陽平と二人きりってのは悲惨すぎよね〜」

 

 

 

途中でからかいモードに転じてにんまりと笑う杏。

確かに彼女の言う通り、男二人で温泉旅行は嫌過ぎる。

杏はさり気無く自分が一緒に行ってあげようか……くらいの発言をするつもりだった。

女性は計算高い生き物である。

 

 

 

 「俺は賞品に興味はないぞ。俺の目的は別だ」

 

 

 

そう、『虹色邪夢小麦焼(レインボージャムブレッド)』の脅威から

参加者を護るという崇高な使命こそ朋也の目的。

真っ直ぐな瞳に良い意味で一瞬どもる杏。

そんな彼に、無論のこと邪な気持ちは一切無い。

元G.A【黒十字】としても、岡崎朋也一個人としても、

アレだけは世に出してはならないと痛感しているだけ……何よりも人々の平穏のために。

 

 

 

 「そうなの?」

 

 

 「ああ……深くは聞くな。少なくとも参加者の皆のために動くことは間違い無いさ」

 

 

 

軽く笑って席を立ち上がる。

 

 

 

 「朋也?」

 

 

 「そろそろチャイムも鳴るだろ? 流石に二時間サボるのはよくない」

 

 

 「あ、うん」

 

 

 

そう言いながら二人で食堂を去って行くのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

朋也はクラスに戻り、さり気無く椋の様子を観察することにした。

一応姉の気持ちを汲み取っているのだが……確かにどこかおかしい。

 

 

 

 「はぁ…………」

 

 

 

他人には決して聞こえない程度の溜息をついたり、遠目で空を見ていたり。

授業中ぼさっとしていて、教師に注意されたのも一度や二度ではなかった。

 

 

 

 (話に聞いたことはあるが……恋する乙女ってヤツ……なんだろうな)

 

 

 

自分が男であること、ついでに初恋は小学校の頃の担任の先生であった朋也には

いまいちピンと来ないが、噂等で聞くかぎり、あの雰囲気は間違いなくその類だろう。

それが解ったところで解決策はないし、第一その程度のことはさっき杏に聞いている。

問題はその相手……ということになるわけだ。

 

 

 

 (しかし……俺が聞くのもおかしい話だし)

 

 

 

クラスメートにして姉の友人という以外大した接点のない自分が

 

 

 

 『どうした、恋の悩みか?』

 

 

 

などと阿呆らしいことを訊いては更に不信がられること請け合いだ。

ただでさえ彼は『不良』という評価を受けているのに……。

何が哀しくてこれ以上己の評価を落とさねばならないのか。

 

 

 

 「あの……岡崎君」

 

 

 「ん? なんだ? って藤林〜!? な、なんだ一体どうしたっ?」

 

 

 

その本人から声がかかった。

これはあまりにも予想外の事態、少なくとも彼の中では一番ありえない事柄のはずだった。

まさか考えていたことが漏れたのか!? と本気で焦る。

この学校にはDDEの養成生はいないはずだが、潜在的な能力持ちの人間ならざらにいる。

椋がその一人でない、とは言い切れない。

 

椋は真っ赤になりながら朋也の前に立つ……何かを言おうとして躊躇っているかのようだ。

尤も、その躊躇いが何なのかは皆目検討もつかない。

強いて言えば、心が読まれたのか? と危惧するくらいである。

 

 

 

 「あ、えっと……その……男の子って、やっぱ、り……お弁当……とかって……

  女の子に……つくって、も、貰える、と……あ、その……う」

 

 

 「う?」

 

 

 「う、う〜〜〜嬉しいものですかっ!?」

 

 

 

ぱちくりぱちくり、かちんこちん。

そんな擬音が朋也の瞳から聞こえた気がした。

 

――――顔を真っ赤にして、訊ねることがお弁当?

 

とにかく自分の考えが漏れていたわけではなさそうだ。

一言も弁当なんてことを考えてはいな.かったのだから。

 

 

 

 「へっ?……ああ、うん……弁当か、そうだな……確かに嬉しいんじゃないか。

  女が弁当を男に作ってやるってことはさ、その子がそいつのことを大事に思うからだろ? 

  例えばの話、その中身がどんなにみてくれ悪かったり、不味かったりしたとしても

  一生懸命に作ってくれた弁当なら、嬉しくない男なんていないんじゃないのか?」

 

 

 

幾分かの問いかけを持って返事となす朋也。

一瞬で洞察した限りでは、確かに椋はそれなりに気になる異性がいるらしい。

今の質問がそれを証明していた。

 

 

 

 「……と、俺は思うけど。しかし藤林、そういうことは女子とか……

  他の男子とかに訊く事だろ? なんでわざわざ俺に訊いてきたんだ?」

 

 

 

大した接点の無い自分に声を掛けてくるのが理解に苦しむ点。

何より彼女には、双子の姉という一番の味方がいるのだから。

 

 

 

 「……あ、その……ご迷惑かけてすみません……」

 

 

 「いや、謝ることじゃないけどよ。そういうことは杏とかに相談した方が

  絶対俺よりも良いこと言ってくれるだろうに」

 

 

 

けれど、椋は首をぶんぶんと横に振った。

 

 

 

 「お姉ちゃんじゃ駄目なんです。その……やっぱりこういうことは

  男の子の感想を聞くべきだと思ったから……」

 

 

 「で、俺を選んだと」

 

 

 

自分を指差す。

姉繋がりで相談相手に選んだ、ということなのだろう。

 

 

 

 「はい」

 

 

 「そっか。気持ちは解らんでもないが、あんまり姉貴に心配かけない方がいいぞ? 

  杏の奴、『椋の様子が最近変なのっ』って言いながら俺に相談しに来たんだから」

 

 

 「お姉ちゃんが……ですか?」

 

 

 「おう、なんか気づいたことあったら教えろって命令されたよ。

  アイツの見立てだと、藤林に好きなヤツがいるんじゃないか? 

  ってことだったが、どうやら正解みたいだな。伊達に姉貴やってないってことか」

 

 

 「え……あ――。う〜……」

 

 

 

また顔を赤く染めて黙り込む椋。

反応があまりにも初々しい。

 

 

 

 「ま、俺からは何も言わないよ。但し、それとなく杏の奴には言ってやれな? 

  アイツ、黙ったまんまだとそのうち、その男を闇討ちしかねないしな」

 

 

 

くっくっく、と笑いを噛み殺す。

 

 

 

 「そ、それは困りますっ! せっかく知り合いになれたのに……」

 

 

 

椋は朋也の冗談を本気に受け取った……この場合、嘘を吐いた朋也に責任があるのか、

それともあながち嘘とも思えない杏の普段の行動が悪いのか、是が否を取りにくい。

『知り合いになれた』という単語から推測するに、

椋がその某とやらと知り合って間もないということになる。

何よりもその行動力の高さは、朋也の知る『藤林 椋』像からはかけ離れている。

それほど多くを知っているわけじゃないが、杏の逆と仮定すればおのずと理解出来るのだが。

 

 

 

 「お、岡崎君っ! これからその人と会ってくれませんか!」

 

 

 

やはり何かが違う。

積極的で行動精神に溢れている。

 

 

 

 「……はぁっ?」

 

 

 

あまりに前後の脈絡がないため、朋也の口からはそんな声が出る。

だが、椋の瞳は大真面目だ。

 

 

 

 「お姉ちゃんに会わせる前に、その人の良さを岡崎君にも知って欲しいんです。

  それで……出来れば私と一緒にお姉ちゃんを説得して欲しくて……」

 

 

 「ず、随分な熱の入れようだな……。

  まぁどうせ暇だし……俺でいいなら付き合っても構わないが」

 

 

 

忙しくなるのは明日の話だ、それまでは別にやることもない。

むしろ明日の内容だって無視出来るならしたい……出来ないから泣きたい。

 

 

 

 「ありがとうございます! それじゃあ放課後宜しくお願いしますっ」

 

 

 

うって変わった明るい笑みと、やけに機嫌よく紡いだ言葉が印象的に映る。

朋也はあっけに取られながらも苦笑を絶やすことは無かった。

少女の嬉しそうな表情に、毒気を抜かれたからとも言うが。

 

 

 

 (さ〜て、妙なことになっちまったなぁ)

 

 

 

本心を苦笑の仮面で覆い、杏を説得する手段を既に熟慮しなければならなくなった。

色々な意味で頭が重い。

 

 

 

 (……せめて、会う奴がマトモな奴であってくれますように)

 

 

 

もしもの時、自分の安全のために、心の中で居もしない神に十字架を掲げる。

それが二年ぶりの邂逅となることを知らずに――。

 

 

 

 


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