Eternal Snow

80/嫌な予感だらけの企画

 

 

 

秋生に呼び出されるという気の重さから、今日の朋也はイマイチ覇気が無かった。

普段なら春原をかまって(別名いじめ)憂さを晴らすのだが、それすらもする気が起きない。

やることなすことが空回りしそうな予感がしたため、何もしなかった。

結果、珍しく一日中授業を受けるハメになり、授業担当になった教師全員に驚かれた。

 

 

 

 「俺がいるのがそんなに珍しいのかよ……」

 

 

 

言うまでもない。

加えて、クラスメートも意外そうに彼を見ていた。

 

 

始終気まずい雰囲気(朋也的に)を抱えたまま、時間は放課後を迎える。

彼のテンションダウンの原因が、迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「―――で? 何か色々端折った気がするんだが。結局何の用だオッサン」

 

 

 「言うな、小僧。作者が面倒くさがったんだ。俺様の所為じゃねぇ」

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

朋也が居るのは『古河パン』という渚の実家。

その店の店主こそが、朋也が苦手とするかつての同僚……名前を『古河 秋生』という。

見た目はとても年頃の娘がいると思えないほど若く、その精神構造も若い。

パン屋の店主ではあるが、実はご立派にもエスペランサにして

Aクラストップエージェントの一人……つまりG.Aである。

 

 

 

――――【自由人(アーザーディー)】古河秋生、それが彼のもう一つの名前。

 

 

 

朋也とは同僚であり、年の離れた先輩後輩という間柄であった。

 

 

 

 「まあいい。でだ、今日お前を呼んだ理由は……」

 

 

 

タバコを口に咥えたまま、芝居がかった動きで秋生はポケットに手を伸ばす。

あえて何もつっこまない朋也。

 

 

 

 「これだあっ!」

 

 

 

“何か”を朋也に突きつける、それは……。

 

 

 

 「……ゾリオン?」

 

 

 

そう、巷で話題の光線銃を使った擬似サバイバルゲームキット『ゾリオン』の光線銃だった。

 

 

 

 「って……またやる気かよオッサン」

 

 

 

呆れ声を隠そうともせず、肩を竦める朋也。

朋也は以前にもこのゲームに参加した(正しくは巻き込まれた)ことがあった。

参加者を募り、一日中サバゲーに興じるというもの。

参加者の多くは叶街の商店街に店を構える店主なので、確実に商店街が機能しなくなる。

だがそんなことを気にしない秋生は

「勝者が敗者に一つだけ言うことを聞かせる」というルールで度々このゲームを行っている。

 

 

 

 「……ふふふ、甘ぇな小僧。今回はちょいと違うんだよ」

 

 

 

呆れる朋也に秋生は不敵に笑う。

朋也は「またロクでもないことを……」と思ったが、顔に出して口には出さなかった。

要するに顔にはまざまざと出ているのだが、秋生は意図的にその表情をスルーした。

 

 

 

 「今回のゾリオンはな……まず『大きい』! 変なこと考えんじゃねぇぞ! 

  てめぇの下半身にあるような粗末な代物じゃねぇ! 『規模』がだっ! 

  なんたって町内全域から参加者を募るからなっ!」

 

 

 

 「勝手に下ネタを振るなよ……イチイチ突っ込む気も失せるぜ、ったく。

  で? そんなんで本当に人集まるのかよ?」

 

 

 

この町内に住む人々はそれだけ暇なのだろうか? 朋也は頭を抱えた。

同じ町内に住む者として、少なからずげんなりした。

最大の問題は、現役G.Aという肩書きを持ちながら

昼行灯のような生活をしている秋生自身なのだが……あえて無視しよう。

 

 

秋生の芝居じみた動きはまだまだ続く。

 

 

 

 「更に! 今回は豪華特典が付くんだぜっ!? 聞いて驚きやがれ! 

  何と温泉旅行の無料ペアチケット、それも上位二人にだ。

  どうだ凄げぇだろう! てめぇなんかにゃ渡さねぇぞっ!」

 

 

 

ビッ! と効果音をつけて、懐からペアチケットらしき封筒を取り出す。

確かに封筒は二つある……最大四人が恩恵にあやかれるのだろう。

 

 

 

 「……どっから入手したんだよ。第一、そんなんあるなら早苗さん連れてってやれよ」

 

 

 「更に! 今回は俺にやられた奴らには罰ゲームが待っている!」

 

 

 「横暴だな!……つーかやっぱ人の話を聞かないのな」

 

 

 

会話が噛み合わないが、これも結構いつものことである。

この二人にとっては。

喧嘩をするほど仲が良いとも言う。(喧嘩している訳でもないのだが)

相性が良い証拠だろう。

 

 

 

 「どうだ! 参ったか小僧! さぁ『参った』と言え」

 

 

 「……いや、いいけど。で、罰ゲームってやっぱアレか?」

 

 

 

会話に脈絡がないことがだるくて仕方ないが、放っておくことにした。

考える間でもなく、彼が先導する罰ゲームなぞ一つしかない。

 

 

 

 「ああ……アレなんだけどよ……」

 

 

 

と、何故か秋生のテンションが下がる。

右手に光線銃をだらりと下げ、咥えタバコを無意味に吹かす。

 

 

 

 「どうした? いつも通り早苗さんのパンなんだろ?」

 

 

 

『早苗』というのは秋生の妻の名前。

このゾリオンの目的、それは……参加者達に早苗のパンを買わせること。

正確に言えば、『パンを食べさせる』ことなのだが。

無論、罰ゲームになるだけあってそのパンはまともなものであるはずがない。

 

 

 

 「ああ……そうなんだが、今回はさらに変わっててな」

 

 

 

秋生は先ほどから店の前に置かれているダンボールを開ける。

普段そんなものはないので、丁度朋也も不思議がっていたところだった。

 

 

 

 「今回のパンは、これだ」

 

 

 

ダンボールの中にて眠りについていた『七色に光るパン』を朋也に見せるように出す。

あまりにも色鮮やかなパンであった。

パンは普通、きつね色等の色合いであるはずが、

ダンボールに詰められたそれらのパンは、見事なまでに七色に輝いていた。

物理的に製作は不可能である……が、現にこうして存在している。

異様なまでに黄色の部分がオレンジ色に近いが。

 

 

 

 「これが、今回の新作、『レインボーパンミステリアスジャム入り』だ。

  長げぇからな、さしずめレインボージャムブレッドってとこか」

 

 

 

どちらにしても長ったらしい名称に変わりは無いのだが。

……はい、明らかに不吉そうな感じがした方々、正解。

 

 

 

 「いつものレインボーパンとどう違うんだ?」

 

 

 

レインボーパン……それは古河パン、いや、古河早苗が作り出した地上最恐のパン。

その威力は、一口食べた瞬間に「お前に、レインボー」という幻聴が聞こえて

そのまま意識が遠のくほどである。何せG.Aの一人である秋生が実体験済みだ。

あえて語らずとも、ジャムの一言で危険性には気付くと思われるが。

 

 

 

 「ああ……今回のパンには、早苗が入手してきたっつージャムが入ってるんだが……」

 

 

 「それが?」

 

 

 

彼も鈍い。

本来ならその名称で気づいて然るべきことだ。

 

 

 

 「小僧……お前は忘れたのか? オレンジ色の悪夢を、よ……」

 

 

 

秋生はどこか目線をそらしながら、タバコを咥えてハテナ顔の朋也を諭す。

 

 

『オレンジ色の悪夢』……それはDDEの中でも極一部の面々、

超一流と謳われたG.A達を恐れさせる『甘くないジャム』の総称。

これをひとたび食べると、美味いとも不味いとも言い切れない、

えもいわれぬ食感と味が口内中を満たし……最悪悶え苦しんで気を失う。

 

屈強と言われたエスペランサが、そこまで言う恐怖のジャム。

誰もが食べる事を望まない……この世の毒。

製作者はG.Aが一角『氷帝の双魔』の二つ名を冠する姉妹。

当然、朋也もこの被害にあったクチだ。G.Aで食べたことの無い者なんていない。

 

 

 

 「ま……まさか」

 

 

 

冷や汗が朋也の額を濡らす。

秋生は「ああ」と言いたいのだろう、軽く頷いた。

 

 

 

 「こいつを咥えて早苗を追いかけようとしたら、ぶっ倒れちまった」

 

 

 「マジかよッ!?」

 

 

 

遠い目でタバコをふかす秋生……さりげなく指先が震えている。

きっとそのときの記憶を遡っているのだろう。

 

 

 

 「喰ったのか……? オッサン」

 

 

 「早苗との……愛のために」

 

 

 

朋也はこの時、確かに『漢』を見た。

感動のあまりジーンときた朋也。

 

 

 

が、現実に気付く。

 

 

 

 「つかちょっと待て! 早苗さんがいつアレをあの人達から譲ってもらったんだ!? 

  とか色々思わなくもないが、ただでさえ早苗さんのパンは凄いのに、

  アレを混ぜたんだろっ! 俺らならともかく、

  普通の人じゃ冗談なく死にかねないぞっ!?」

 

 

 

その事実に気がついて、秋生がいかにとんでもないことを言っているのかに戦慄する。

 

危険な代物と危険な代物を混ぜれば、その方程式の答えは『死』しかない。

巻き込まれた人々は不幸過ぎる。

 

 

 

 「バッキャローッ! 俺だって解ってんだよっ。

  だけどなぁ、売れないと早苗が泣いちまうだろうがっ! いくら不味くてもな! 

  しかも何故か腐りもしねぇんだ……この中身だって一昨日焼いたんだぜ? 

  ほっといて減る代物じゃねぇのはお前にも判るな? 

  ついでに……減らなかったら『あいつら』がここに来る! 

  小僧、てめぇそうなった時責任取れんのかよっ!?」

 

 

 「う……」

 

 

 

一番痛い所を突かれてしまった……朋也は思った。

基本的な問題として、朋也はもう長い間DDに連絡を取っていない。

つまりその時点でバツが悪い……悪過ぎる。

 

更に加えるなら、相手が悪い。

件の人物……つまり『あいつら』は現G.Aの中でも、極端に性質が悪い。

特に【氷帝の双魔】と【将軍(ジェネラル)】は『最恐』であり、『最凶』である。

 

例えば【将軍】の場合、G.Aが一人【暴君】以上に暴君であると

彼女の息子、神器『大蛇』が語っている。

 

つまり、例え【黒十字】と【自由人(アーザーディー)】がタッグを組んだとしても、

ジャムに関する事柄で【氷帝の双魔】の姉妹に勝つのは不可能だった。

 

無論、それが神器だとしても変わりはない。

特に神器のリーダーである青龍にとっては、【氷帝の双魔】は母であり叔母である。

 

 

 

彼は、朋也にかつて語ったことがある。

 

 

 

 『ジャム作りを止めるように説得しろ? 俺を殺す気ですか朋也さんっ!?』

 

 

 

と、涙ながらに土下座して『勘弁して下さい』と許しを請われたことがある。

 

 

 

 

 

 

――――その記憶が、彼を恐怖で震え上がらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 「だ、だからってあんたは他人を犠牲にするってのかっ!? 罪もない人達をっ」

 

 

 「それしか生き残る手段がないなら、俺様はこの手を罪に汚す」

 

 

 

ノリノリな二人。

別にノリたい訳でもないのだが。

そうでもしないと恐怖心で押し潰されそうになるからだった。

哀しい処世術である。

 

 

 

シュパッ

 

 

 

朋也は秋生の手に握られた光線銃を奪い取り、その銃口を秋生の眉間に定める。

その図は、魔王を打ち倒す勇者の如く。

 

 

 

 「オッサン……俺はあんたを止めてみせる。この町の平和のために」

 

 

 「言うじゃねぇか小僧……勝負は三日後、期限は朝8時から、決着が着くまでだ。

  せいぜい俺に撃たれて『逝く』んだな」

 

 

 

言葉に間違いはない。

実際、撃たれたなら『逝く』だろう。

 

と、そこで朋也の瞳が秋生の後ろに立つ何かに気付く。

その変化を秋生は見逃した。

 

 

 

 「早苗さんのパンでか?」

 

 

 「たりめーだろっ、なんつったってアレは化学兵器並だからな」

 

 

 

 

否定はしない。

何せあのジャムが混入されているのだから。

 

 

 

――――ジャリ。

 

 

 

アスファルトを踏みしめる音が、朋也の耳に入った。

 

同時に、秋生にとってはその一言が余計だった。

自ら己の首を締めた、とでも言おうか。

 

 

 

 

――――――その一言を朋也は狙っていた。

 

 

 

 「ひっく……」

 

 

 

しゃくりあげる女性の涙声。

秋生は嫌な予感と共に、後ろを振り向いた。

今の今まで気がつかなかったのは、朋也の覇気に周辺の空気が呑まれていたから。

 

 

 

――――この小僧だって、G.Aだもんな……。

 

 

 

秋生が思ったときには既に遅かった。

 

 

 

 「げ……」

 

 

 

秋生の後ろに立つのはこれまた(見た目が)若い女性。

せいぜい高くても20代後半といった雰囲気。

エプロンをつけ、少し伸びた髪をリボンで結わえている。

渚によく似た……彼女の姉、ではなく、母親こと古河早苗だ。

 

目元に涙を溜め、必死で零れそうになるのを堪えているように見える。

しかし、彼女のダムは脆い。

まぁ、そんな表情が可愛いらしいが。

 

 

 

 「わたしのパンは………………………………」

 

 

 

しつこいようだが涙を目に溜めて……言葉も溜める早苗。

 

 

 

 「毒なんですねーーーーーーーっっ!!!

 

 

 

泣きながらダッシュ。

周りに響き渡るほどの大声を伴って。

なお、彼女の発言はちっとも間違っていない。

百人に聞けば百人が毒と断じるだろう。

 

 

例外は本人と……主婦兼G.A【氷帝の双魔】の二人くらいか。

あの【将軍】でさえジャムは苦手であるからレインボーパンもまた同様。

 

 

咄嗟に秋生はそのパンを口に含もうとして……動きを止める。

葛藤があるのだろう、間違いなく。

 

 

 

 (オ、オッサン……)

 

 

 

躊躇して、店内にある早苗が作った他のパンを咥えると

 

 

 

 「俺には最高の薬だぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!」

 

 

 

彼女の後を追いかけるのだった。

ダンボールに詰め込まれた秋生命名【レインボージャムブレッド】を放置したまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「良薬口に苦しって言うけど、あのパンは毒以外の何物でもねぇよ……」

 

 

 

朋也はその様子を溜息と共に見送ると、放置されたダンボールに目をやる。

 

 

 

 「オッサンが咥えるのを躊躇うなんて……こりゃ絶対に負けられないな」

 

 

 

決意を新たにする朋也であった。

町の平和は、彼の双肩に掛かっていた(比喩ではなく)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、お話終わったんですか?」

 

 

 

つい一瞬前までそんな緊迫感が辺りを漂っていたことなぞ知らず、

朋也と一緒に帰宅した渚が、服を着替えて店頭にひょっこり顔を出す。

ぴょこんぴょこんと揺れる彼女のアンテナが空気を和ませていた。

 

 

 

 「あ……まぁな」

 

 

 

朋也は、感心したかのように応じた。

あんな破天荒な親を持ちながら、清く正しく暮らしている彼女に尊敬したから。

 

 

 

 「お父さんどこか行っちゃったんですか? お母さんもいませんし。

  ……あの、朋也くん。お店手伝ってくれませんか?」

 

 

 

一人平和な少女の存在が、日常の証。

朋也はそんな彼女に微笑み、先ほどまでの緊迫感を忘れた振りをする。

 

 

 

 「ああ、任せとけ。あの分じゃいつオッサン達が戻ってくるか判らないし、な。

  とりあえず、このダンボールから片付けるとするか」

 

 

 「ありがとうございます、朋也くん。

  えっと、お父さん達が帰ってきたらおやつ作りますから、しばらく待ってて下さいね」

 

 

 「あんまり気を使わなくていいって、俺とお前の仲だろ?」

 

 

 

快活そうに笑って、彼はダンボールを持ち上げた。

 

 

 

 「え?……と、朋也くん……あ、あのあのっ!」

 

 

 

朋也は自分の言葉がどれだけ影響するのか自覚症状がないらしい。

意味深に受け取ってしまった渚が顔を赤くするのに気付きながらも、

原因が自分の発言にあるとは夢にも思わない朋也であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追記。

秋生と早苗は30分後に帰宅。

二人きりで店番をしていた渚にとって、その貴重な時間を壊された瞬間

不満そうにしていたことは……渚と彼女の様子に気付いた早苗だけの秘密である。

 

 

 

 


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