Eternal Snow

79/Cogwheel of Destiny

 

 

 

それは全くの偶然だったと記憶している。

朋也にとって自分がDDEであったことは何よりの秘密だった。

繰り返すが偶然と呼ぶほかあるまい、過去の名前が――正体が露見したのは。

いや、偶然は必然とも喩えられるのだが。

 

 

 

 

半年ほど前の話だ。

光坂高校の三年生となった朋也だったが、不良と呼ばれる存在であることに

何も変わりはなく、一部の生徒を除いて彼を敬遠する者が今よりも多かった頃。

彼は一人の少女と出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

その日、朋也は遅刻寸前になりつつも慌てることなく、

高校の入り口である坂に差し掛かっていた。

別に遅刻しようがしまいがどうでもいい、そんな心情でいたから急ぐ理由がどこにもない。

 

 

 

 

――――――当の本人達は自覚していないが、それは紛れも無い『運命』。

 

 

 

 

少年はその少女に出会い、少女はその少年に出会う。

町の願いと一人の少女の想い、在り得た過去の改竄と、起こり得る未来の可能性。

 

幾多も分岐する未来の枝の根源にあたる全なる一。

互いが比翼の翼となりうるであろう少年と少女。

閉ざされた世界に眠り続ける光が導くかのように二人の邂逅は果たされる。

 

 

 

 『あなたは、この学校が好きですか?』

 

 

 

突然の少女の呟き、横を通り過ぎようとした朋也の耳に入った言葉。

朋也へ答えを求めた訳ではない、ただの独り言、少女は自分に訴えているような瞳だった。

自分への叱咤なのか、それとも恐怖なのか……。

学校へ行くことを躊躇している、そんな雰囲気。

何故返答しようと思ったのかは判らない、ほんの気まぐれだったかもしれない。

 

 

 

 『好きか嫌いかは自分でもよく判らない。

  だけど……学校に通いたくても通えなかった子がいる。

  そんな当たり前の、小さな幸せを求めていた子がいる。

  守れなかったのは俺の所為だから、俺の、責任だから。

  逃げた俺に、そんなことをする資格はないけど……。

  その子の願いをせめて俺が見届けたい……だから俺はここにいる』

 

 

 

だけど……不思議と自分が此処にいる理由、それを言葉にしていた。

意味が判るとも思えないし、何故口にしたのか自分でも理解できない。

 

 

 

 『え……?』

 

 

 

意外そうな少女の声、やはり答えが返ってくること、

それどころか人がいたことさえ気づいていなかったのだろう。

朋也の方を見て、どこか呆としていた。

 

 

 

 『永遠との争いの中で、そんな願いすら叶えられなかった子がいる。

  あんたは、『今、此処』に、いるんだろ? だったら、頑張れ。

  嫌なことがあっても挫けるな、此処は……平和な場所だから』

 

 

 

自嘲を込めて朋也は言う。

自分にそんな偉そうなことを言う資格がないというのに。

 

彼と彼女の初めての会話。

少女の髪を風が揺らし、舞い落ちる桜の花びらが白の世界に色彩を生む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――岡崎朋也と古河渚の、運命の歯車が廻り始めた瞬間―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ある出来事によって朋也は彼女に正体がばれるのだった。

 

が、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 「朋也くん、おはようございます」

 

 

 「ん? 古河か、おはよう」

 

 

 

普通に登校してきた朋也は、出会った時と同じ、坂の下で彼女と挨拶を交わした。

彼女の名前は古河渚、朋也と同じ三年生。

とは言っても病気で長期入院していたため留年となり、実際には朋也よりも一歳上。

割と小柄で、髪は触覚のようにアンテナ状となり、二本立っている。

彼女のチャームポイントを挙げるならこんなところだろう。

朋也とは半年前に知り合い、以来親しい友人関係にある。

但し、一方的に名前で呼ばれているのには首を傾げたが。

まぁそれでも朋也はそういったことに無頓着なのでさして気にはしていない。

 

 

 

 「はいっ、今日もいいお天気ですね」

 

 

 「だな。まぁ、帰還者も来なくていい日和ってか」

 

 

 「朋也くん、そういうのは不謹慎ですっ」

 

 

 「……悪い、言ったあとそう思った」

 

 

 

軽い冗句に過ぎない話ではあるが、今ここでこうしているこの時も世界のどこかで

永遠を求める人、永遠に襲われる人がいる……不謹慎であるのは間違いなかった。

それでも普段の彼は、誰であっても決してそんなことを口にはしない、

相手が渚であるからこそそんな軽口も出るのだ。

彼女は朋也がDDEだと……『黒十字』であると知っているのだから。

 

そこでふと、渚が手を叩いた。

 

 

 

 「ん? どした」

 

 

 「そういえば今朝お父さんに伝言を頼まれたんです」

 

 

 「げ、オッサンに……?」

 

 

 

『お父さん』――ただそれだけの単語に緊張する。

 

 

 

 「はい。今日の帰り家に来てくださいって朋也くんに伝えるように言われました」

 

 

 

朋也は非常に疲れた顔をした……別に渚が悪いわけではない。

絶対的に渚の父が苦手なだけ。

一応言っておくと、人間的に嫌いではない……むしろ好みの人物。

けれど相手が悪い、何せかつての同僚にして先輩……しかも人間としての器は

向こうの方が遥かに上、『逃げた』自分ではどうにも居心地が悪い。

いっそなじってくれれば気分も晴れるというのに……それが『優しさ』なのかもしれないが

彼はその件に関しては触れてこない、ますます人間の器の差を思い起こさせる。

 

 

 

 「……何の用だ? こないだは早苗さんのパンの試食会だったしな……」

 

 

 「そうでしたね……」

 

 

 

二人して朝からげんなりした表情……あえて今は『パン』のことには触れない。

どうしても気になるのなら……オレンジ色の悪夢でもご想像して頂きたい。

それでなんとなくニュアンスは伝わると思う。

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「断りたいが……無理だろうなぁ」

 

 

 

何せ渚の父がどんな性格なのかは、

朋也自身渚と出会う前からよく知っているから。

 

 

 

 「はい、たぶん……」

 

 

 

渚本人からしても、あえて説明する必要もなく、意味が通じる。

 

 

 

 「仕方ない、帰りは一緒するぞ。わざわざ別々に行くのもなんか変だ」

 

 

 「はい。私、授業が終わったら迎えに行きます」

 

 

 

嬉しそうに微笑む渚に苦笑を浮かべる朋也。

 

 

 

 「おいおい、お前がんなことしなくてもいい……適当に俺がそっち行く」

 

 

 「そうですか? わかりました」

 

 

 

素直に頷く渚。

それを見た朋也は、自然と頬が緩んでいるのに気づいていない。

どこか懐かしい空気に包まれながら、二人は学校へと続く長い坂を登るのだった。

 

 

 

 「それじゃあ失礼します」

 

 

 「おう、後でな」

 

 

 「はいっ」

 

 

 

朋也のクラスの前で渚と別れる、クラスが違うのだから仕方が無い。

渚の父からの伝言さえなければ今朝は良い一日となっただろう、

それだけ今の彼は機嫌が良かった。

 

 

 

ガラッ

 

 

 

扉を開けて教室へと入る朋也。

時間は丁度大勢が集まりだす頃合。

そこかしこで生徒達がグループを形成し雑談を交わしている。

で、朋也には固定のグループはない。

人付き合いがあまりに適当なので、他人と関わることをしないからだ。

 

軽く室内を一瞥すると、特に誰とも挨拶しないで自分の席に座る。

授業をサボったり、熟睡したり、遅刻する以外はマトモといえる彼ではあるが、

それでも周りから見れば逸脱した行為であり、『不良』と思われるのも致し方ないのではあるが。

 

故に、彼はクラスで一番『変わった』存在だった。

唯一の例外は朋也と同じく学校側から『不良』と認定される春原陽平だけである。

その意味合いだけを考えるなら、クラスで朋也が話をするのは彼だけだ。

まだ春原は来ていない。

最近遅刻ぐせは直りつつあるようだが、彼がいないのなら朋也としても特にやることはなかった。

 

 

 

 (ち、春原『で』遊ぼうと思ったんだが……あの野郎)

 

 

 

ちなみに間違ったことは言っていない、言葉通りだ。

 

 

 

 (んじゃ寝るか……)

 

 

 

彼の辞書には授業を真面目に受けるという項目が欠けている。

学校は単に惰性で来ているようなものだ、元々自身に課したあの誓い……いや贖罪か。

それさえなければ来る必要性なぞなかったのだから。

 

彼が学校へと通って得たものはあまりにもない。

心から信頼できる友人はいない、少なくとも心友であった

かつての相棒ほど、心許せる者は此処にはいない。

悪ノリ出来る悪友と、ある程度親しくなった友人達だけだ。

 

 

我ながらよく三年ももった、と思っているのが正直な感想。

逃げた上で意味もなく怠惰な時間を過ごし、仮初の言い訳で取り繕い、

今を享受するだけの『岡崎朋也』という人形……昔の自分はこんなじゃなかった。

 

いい意味でも悪い意味でも自由奔放で、

どこかあの【自由人(アーザーディー)】にも似かよる部分のあったあの頃。

目的もあって、仲間も居たあの時の自分が一番充実していた気がする。

背中を預けられる相棒と、自分を慕ってくれた後輩達が居てくれたから。

 

 

 

 

 

 

―――だけど、忘れてはいけない……忘れることは出来ない。

 

 

 

 

 

 

『父』という存在を『意味の上』で『失い』、それを払拭するためだけにDDEとなり、

黒十字などともて囃され、いい気になった覚えはないが結局少女を救えずに終わった自分を。

 

……DDから逃げ、得たものは仮初の安心という虚像と、失ったはずの『父』。

それを喜んでいる自分はいる、だけどそれを許せない自分も確かにいるような気がする。

 

何かを成さなければならないのに、その何かを忘れた自分。

その答えも解らないから、自分はひたすら逃げているのかもしれない。

 

 

 

 (……逃げることしか俺にはないのかよ)

 

 

 

眩しいものを見るかのように、生徒達の『今を生きる』表情を遠くから眺める。

羨ましかった。例え受験という壁が傍で手ぐすねを引いているとしても、

そこから逃げる者は誰一人いない……例外がこのクラスに約一名いるのだが置いておく。

 

 

 

幸せそうなその瞳の輝きに胸が痛む。

上に持ち上げ辛くなった、自分の右肩が切なく軋みをあげる。

 

 

 

二つの澄んだ痛みは、泣き声に近い気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――遠い遠い、何処か『未来』と『過去』と『根源』の狭間に閉じ込められた声。

 

 

 

 

 

――――『誰か』を求め、『孤独』を舞い踊り、世界の嘆きを知らぬ『誰か』。

 

 

 

 

 

――――救いの意味も知らぬ幼子の如く、星の煌きを探し。

 

 

 

 

 

――――世界の生んだ、牢獄に囚われたまま。

 

 

 

 

 

――――幻想の檻を、本人はそれと気付かず。

 

 

 

 

 

――――寂しさの概念すら、失って。

 

 

 

 

 

――――だけど、哀しくて。

 

 

 

 

 

――――『永遠』に哭いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声に気付いているのか、それとも意図的に無視しているのか? 

朋也は惰性の中で日々を過ごす。

 

 

 

 

 

 (まぁ、いいか。今はとりあえず寝て……帰りに備えるとするか……。

  あの人に何言われるか解ったもんじゃねぇし……なぁ)

 

 

 

ふわ、と小さな欠伸と共に、朋也はHR前から夢の世界へと飛び立つ。

澄み切った痛みを、心の奥底に宿して。

 

 

 

 

 

 


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