斬!

 

斬!

 

斬!

 

斬斬斬斬斬!!!!

 

 

 

 

彼は刀を振るう。

 

 

異形を屠る古の技。

 

 

 

蒼銀の刃が紅く染まり。

 

 

紅。

 

 

紅。

 

 

紅。

 

 

紅。

 

 

紅。

 

 

アカ、アカ、アカアカアカアカアカアカアカ!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

狂ったように、壊れたように、堕落するように。

 

 

修羅は、穢れた血にマミレタ―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

Eternal Snow

8/朝の恒例行事

 

 

 

 

 「ふわぁあああっっっ」

 

 

 

祐一はベッドから身体を起こした。

昨日買って来た壁時計が6時を示していた。

 

 

 

 「よし、完璧」

 

 

 

彼は目覚ましを必要としないタイプだった。

勿論用意程度はするが、時間が来れば勝手に目が覚めてしまう。

だいたい、まだ持っていないし。

だから今朝も普段と同じように起き上がった。

“今日あたり名雪か誰かに借りるとするか”

そんなことを考えてから。

 

鍛錬でもしようかと思ったが、ここは水瀬家。

賢悟や秋子は知っているから構わないが、ここには名雪も真琴も香里も栞もいる。

実力がバレるような真似は控えなければならない。

 

祐一はベッドから降り、軽くストレッチして部屋を出た。

 

 

 

 「顔洗ってこよ……」

 

 

 

ふわぁ、ともう一度欠伸をして、彼は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

洗面所にやって来た祐一。

そこで早速少女を発見する。

 

 

 

 「おはよう、香里」

 

 

 

支度を終えたらしい香里は、祐一の声に気付くと鏡越しに言った。

 

 

 

 「あら、おはよう祐。早いのね?」

 

 

 「そりゃお互い様だろ、香里なんてもう支度終わってるし」

 

 

 「まぁね、あたしの場合習慣になってるから」

 

 

 「健康的でよろしいですな」

 

 

 「何それ、嫌味?」

 

 

 「いえいえ滅相もない」

 

 

 

香里は嘆息すると、鏡の前から離れる。

 

 

 

 「さっさと顔洗ったら? 目ヤニついてるわよ」

 

 

 「うーす」

 

 

 

祐一と入れ替わるように香里は去る。

やはり鍛錬しようとしなくて良かった、そう思いながら祐一はゆっくり支度を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一が真新しい制服に身を包み、リビングへ顔を出すと水瀬家の面々が皆揃って……いた。

 

 

 

 「おはよう、祐一君」

 

 

 

動きやすそうな服を着こなし、新聞を読んでいた賢悟。

 

 

 

 「おはようございます、賢悟さん」

 

 

 

彼に習うようにしてソファーに腰掛ける祐一。

 

 

 

 「おはようございますっ、祐一さん」

 

 

 「おはよ〜、祐一」

 

 

 

二人仲良くTVを見ている栞と真琴。

 

 

 

 「おっす」

 

 

 

台所からは秋子と香里の声が聞こえる。

香里は多分朝ごはんの手伝いをしているのだろう。

と、なると……。

 

 

 

 「あれ? 名雪は?」

 

 

 

祐一の疑問に返ってきたのは

 

 

 

 『…………………………』

 

 

 

痛いほどの沈黙だった。

その意味が全く判らず、祐一は慌てる。

 

 

 

 「え……? お、俺、なんかマズイこと……言った?」

 

 

 

そんなにおかしなことを言っただろうか? 

答えは否。

彼が言った言葉はたった一言。

 

 

 

 『あれ? 名雪は?』

 

 

 

それだけのはず、なのに。

 

 

 

 「ゆ、祐一君。と、とりあえずその話題は、タブーだよ」

 

 

 「はあ?」

 

 

 「あぅ〜、せめて少しくらい忘れさせてよぉ」

 

 

 「責任とって今日は祐一さんがやってください!」

 

 

 

ますます訳がわからない。

 

 

 

 「せ、責任って……何?」

 

 

まさか彼女を娶れ、とかそういう意味でないことは判っているつもりだが。

……もし本当にそうだとしたら他の少女が暴動を起こすだろう。

いつの間にか、祐一の後ろには秋子と香里が立っていた。

 

 

 

 「おはようございます祐一さん、責任というのは」

 

 

 「名雪を起こすってことよ」

 

 

 

秋子の後を続ける様に香里が言った。

秋子の顔色は変わっていないが、香里は露骨にげんなりしていた。

 

 

 

 「おはようございます秋子さん……名雪を起こすことがタブー? 何でですか?」

 

 

 

律儀に挨拶を返してから再び問う祐一。

香里が時計を眺める。

 

 

 

 「そろそろ時間ね……。『百聞は一見にしかず』とも言うし。

  祐、名雪を起こしてきなさい。そしたらあたし達の反応の意味が判るわ」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半ば追い立てられるように名雪の部屋の前へとやって来た祐一。

賢悟に言われた言葉が頭をよぎる。

 

 

 

 『そう簡単には名雪は起きない。頑張ってきてね』

 

 

 

あの前代神器『白虎』、賢悟をしてそこまで言わしめる名雪。

確かに彼の娘ではあるのだが…………ある意味恐ろしい。

 

 

 

 「名雪〜、時間だぞ。起き」

 

 

 

ピピピピピピピピッ!!!!

 

ガガガガガガガガガッッ!!

 

ピーポーピーポーピーポーピーポーピーポー

 

ケロケロケロケロケロケロケロケロ

 

あさ〜、あさだよ〜。朝ごはん食べて、学校行くよ〜

 

ありがとう〜言わないよ〜ずっとしまっておく〜

 

 

 

部屋のドアを叩き、声をかけたその瞬間、彼女の部屋から騒音が聞こえる。

あまりにも激しく聞こえてくるものだから、普通ならば何が流れているのかすら判らない。

祐一の研ぎ澄まされた聴覚があってこそなんとか、といった具合だ。

 

 

 

 「な、何だ!? つーか “らすとりぐれっつ”!?」

 

 

 

祐一は血相を変えて『なゆきのへや』というプレートが掛けられた扉を開ける。

そこで祐一が見たのは――

 

 

 

 「すぴー、すぴー」

 

 

 

人型カエルのぬいぐるみを抱き、平和そうな寝息を立てて

ぐっすり眠りにつく従兄妹の少女――名雪の姿だった。

 

そして彼は騒音の意味を知る。

 

 

 

 「め、目覚ま、し……?」

 

 

 

名雪の部屋に置かれた数々の目覚し時計。

未だ鳴り続ける目覚ましという名の騒音。

家が広いので近所迷惑にはならないとは思うのだが……。

 

 

 

 「な、何でこんな中で寝ていられるんだ?」

 

 

 『百聞は一見にしかずとも言うし』

 

 

 『そう簡単には名雪は起きない』

 

 

 

脳裏にリフレインする二人の言葉、そして皆の反応。

 

 

 

 「そう、いう、ことか」

 

 

 

祐一は思考を切り替えると神器の名前に相応しい動きで

鳴り続ける目覚まし時計を止めた。

こんなことで神器の力の片鱗は見たくないものだ。

 

 

 

 「起きろ、名雪」

 

 

 

目覚ましを止め終わった祐一が未だ寝続ける名雪に声をかける。

 

 

 

 「くー」

 

 

 

びくともしない。

 

 

 

 「厄介なやつ……」

 

 

 「く〜……く〜……うにゅ〜……ゆう、いち……だお〜」

 

 

 

幸せそうな顔で眠る名雪。

 

 

 

 

 

 

――――――その夢には彼が登場しているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

等と祐一が微笑ましく思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訳もなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一は彼女の両肩を掴み揺さぶった。

ガックンガックン動く名雪の頭。

 

 

 

 「うにゅ〜、地震だお〜」

 

 

 「だお〜ってなんだ、だお〜ってのは」

 

 

 

おそらく『だよー』とかそういう風に言っているつもりなのだろう。

ただ、寝ぼけているが故に『だお〜』となっているだけで。

 

 

 

 「ったく……しょうがないな」

 

 

 

祐一は一計を案じる。

このまま続けても効果は薄いと判断した。

起こすという意味合いではなかなか良いアイディアだ。

仮に自分がされたら喜ぶかもしれないが、驚いて確実に目が覚めるだろう。

唯一の欠点は、気恥ずかしいことか。

 

 

 

 「名雪」

 

 

 「うにゅ?」

 

 

 

起きてるのか? と一瞬思ったが、完全に寝ぼけているのは間違いがなかった。

さて、と簡単な覚悟を決める。

 

 

 

 「起きないとキスするぞ」

 

 

 

言った自分の頬が赤くなった。

 

 

 

 「おーけー……、だお」

 

 

 「アホぬかせ」

 

 

 

なかなかに上等なことを寝言(?)で言い返す名雪にピシャリと反撃する。

それは結果として有効打になったわけだが。

 

 

 

パチッ

 

 

 

彼女の目が開く。

 

 

 

 「あれ……祐一?」

 

 

 「起きたか」

 

 

 「うりゅ、朝?」

 

 

 「ああ。もう皆起きてるから着替えて降りて来い」

 

 

 「わかったよ〜」

 

 

 

名雪はそう言いながらベッドから降りた。

祐一はそれを確認すると部屋を出て行った。

 

 

 

 「なんつーか、あれで起きられるってのもプライドが傷つくな」

 

 

 

そんなことを言いながら。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 「判ったかい、僕達の言った意味が」

 

 

 

賢悟が二階から降りてきた祐一に言った。

 

 

 

 「ご苦労様……、それじゃ栞、真琴ちゃん、行くわよ……」

 

 

 「えぅ……はぁ、はい」

 

 

 「あぅ〜、毎朝毎朝もう嫌〜」

 

 

 

香里は妹と親友の妹を連れ立って祐一の横を通り過ぎようとする。

 

 

 

 「どこ行くんだ?」

 

 

 「どこって決まってるじゃないですか。名雪さんを起こしに行くんです」

 

 

 「何で?」

 

 

 「祐一さんに名雪さんを起こせるわけがありません」

 

 

 

栞は断言した。

横で香里、真琴、目の前で賢悟と秋子がうんうんと頷いた。

それだけ名雪という少女は家族を苦しめていたのだろう。

 

 

 

 「いや、起こしたが」

 

 

 『……………………………………………………』

 

 

 

祐一の言葉に長い沈黙がおりた。

あの賢悟と秋子ですらフリーズしていた。

時間にしてどれほどだったかは判らない。

彼らが再生したのは

 

 

 

 「おはようございます〜」

 

 

 

間延び口調で二階から降りてきた名雪の姿を見てから。

硬直が解けたその後の阿鼻驚嘆ぶりは凄ざまじいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あらあら、まだ夢を見てるんですね」

 

 

 

秋子は祐一がここに来て以来、初めて顔色を変え

 

 

 

 「仕事疲れかな? 幻覚が見えるよ」

 

 

 

賢悟は指で目元を抑え

 

 

 

 「あら? 今日ってエイプリルフールだったかしら」

 

 

 

香里は一人見当違いのことを言い

 

 

 

 「じ、持病の癪が……」

 

 

 

栞はありもしない病気にかかったような気分になり

 

 

 

 「あ、ちょうちょ」

 

 

 

真琴は完全に幻覚を見ていた。

 

 

 

 「あれ? 皆どうしたの〜?」

 

 

 

原因を作った当事者は一人ハテナ顔だった。

 

 

 

 「時間、大丈夫なのか?」

 

 

 

唯一正常を保っていた祐一だけがまともなことを言っていた。

彼らの再生には先ほどの何倍もの時間がかかったことを記す。

 

 

 

 

 

 

 

追記。

祐一は転入初日にして遅刻寸前という偉業を成し遂げることになるのだった。

合掌。

 

 

 


inserted by FC2 system