Eternal Snow

77/図書館の天然娘

 

 

 

なんとか無事に登校して午前中は真面目に授業を受ける朋也。

本当に珍しいことだが、ノートまで開いていた。

普段の彼なら寝ているか、ぼーっとしているかのどちらかしかない。

一応学力は過去が過去だけにそれなりに備わっているのだが、『不良』である以上

それっぽく振舞うことにしていたから、今日の彼は本当に珍しい。

 

時間は既に4時限目に突入している。

時計を見て、彼は静かに立ち上がった。

気配を絶ったからこそ出来る完全な無音、黒板に板書する教師では絶対に気がつかない。

隣に座る春原は流石に気づくはずなのだが、当の彼はぐーすか寝ていた。

教師が背中を見せている隙に教室を出る朋也、席が後ろの方にある他のクラスメートも

何人かは気がついたが、いつもの『不良』の行動に突っ込む者は誰もいない。

別に友人がいないわけではないが、春原ほど話をする友人がいるわけでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

――――彼は正直な所、学校に来ている目的を忘れていたから。

 

 

 

 

 

 

――――此処はきっと、贖罪の場。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいない廊下を一人歩く朋也、彼が向かうのは資料室ではない。

資料室に行けばおそらく今日も有紀寧はいるだろうが、あいにく行く予定は無い。

別に約束しているわけではないから問題はないだろう。

目的地に立ち寄る前に、戦争が起きる前の食堂を目指す。

 

 

 

 「おんや? 兄ちゃん、今日もかい?」

 

 

 「ん、あんまり眠くてさ。黙ってても文句言われそうだから逃げてきた。

  おばちゃん、パン売ってくんない?」

 

 

 

食堂の購買のおばちゃんとは既に顔見知りである。

よく授業を抜け出して買いに来る、と覚えられたようだ。

 

 

 

 「仕方ないね〜。ま、それも学生らしくていいやね、好きなの買ってきな」

 

 

 「あんがと」

 

 

 

敵が全くいないからこそ、欲しいのが問題なく買える。

朋也はカツサンドと焼きそばパン、そして苺ロールという売れ筋商品を手に

一路図書館へと向かった。

 

 

 

 

昨日行った資料室の代わりに、現役で使用されているのが図書館である。

蔵書数も高校としてはなかなかのもので、洋書もかなりの数を揃えている。

朋也は別に勉強をしに行くわけではない、知り合いに会いに行くのだ。

 

 

 

ガラッ

 

 

 

図書館の引き戸を開ける。

 

 

 

 「ことみ〜、ことみ〜」

 

 

 

小さな子供を捜すように、部屋の中に呼びかけた。

 

 

 

 「……………………」

 

 

 

反応が返ってくることはない、初めから判っている。

苦笑していつもの所へ歩いていく。

 

 

 

 「……………………」

 

 

 

『いつもの所』には女の子がいた。

自前のクッションを床に敷き、靴下を脱いで裸足になってじっと本を読む少女。

黒曜石の様な黒い髪、二連の玉の形をした髪留めで纏め、どこか犬っぽい雰囲気を見せる。

 

少女は朋也が傍にいることにも気づかず、一心不乱に本を読み進める。

 

 

 

 「ことみ、ことみ」

 

 

 

声をかけても反応がない。

はぁ……と溜息を吐いた。

 

 

 

 「……ことみ、ちゃん」

 

 

 「? 朋也君……?」

 

 

 「おう、飯にしようぜ」

 

 

 「うん」

 

 

 

朋也がそう呼ぶと、即座に反応を示した。

そしてほにゃっとした笑顔を浮かべる。

少女の名前は一ノ瀬ことみ、光坂高校一の才女で、

常に全国模試トップ10に名を連ねるほどの天才でもある。

学内唯一……といっても間違いではないほど

珍しい『不良』である朋也と『天才』であることみ、あまりに対照的であった。

 

 

 

そんな対照的な二人ではあるが、ちゃんと理由がある。

実はことみと朋也は幼馴染で、「ことみちゃん」というのは

彼が幼い頃に少女を呼ぶときに使っていた愛称だったりする。

小さい頃ならともかく、高校三年生にもなって“ちゃん”付けは勘弁して欲しい。

だから普段は絶対に呼ばない。

 

てきぱきと弁当箱を広げていくことみ。

朋也も買ってきたパンを取り出す。

差し出された朋也用の黒い箸を受け取り、二人で手を合わせる。

 

 

 

 「いただきましょう」

 

 

 「いただきます」

 

 

 

ことみと共に食べる彼女の手作りお弁当。

味付けに全く問題はなく、実に美味しい。

女の子と二人きりというのが更に味を良くしている気がする。

 

 

 

 「はんぶんこ」

 

 

 「ああ」

 

 

 

数々のおかずを均等に半分にすることみ。

既に朋也の買ってきたパンも半分にし始めている。

 

 

 

 「おいおい、苺ロールはやめとけ。甘いのは後でいいだろ?」

 

 

 

クリームがめちょめちょになっては目も当てられない、勿体無いし。

 

 

 

 「……うん」

 

 

 

そんな子供っぽい会話をしながら弁当に舌鼓を打つ。

朋也が何か話題を振り、ことみが静かな相槌を打っているだけの静かな食卓ではあるが

それでも二人とも満足そうに箸を動かす。

朋也は単純に美味しい弁当に喜んで。

ことみは朋也と一緒に食事できることに喜んで。

 

前者はともかく、後者の感情は……年頃の女性なら無理も無いだろう。

唯一の欠点としては、両者ともにそれを口にするタイプではないことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくそんな雰囲気でいたのだが、朋也がふと思いついたことを口にした。

 

 

 

 「にしても、ほんとことみは料理上手だよな。きっといいお嫁さんになれるぞ」

 

 

 

何気ない言葉にことみの頬が赤くなる。

少しばかり珍しい反応に首を傾げた朋也。

 

 

 

 「どうかしたか? 俺、そんなに変なこと言ったのか?」

 

 

 

ふるふる、首を横に振ったことみが俯く。

 

 

 

 「私……朋也君の……お嫁さん……?」

 

 

 

だけどしっかり自己主張することみであった。

嬉しそうに呟く犬チックな少女。

ことごとく人間磁石……まったく、神器もそうだが

DDEの経験者とはそこまで人を惹きつけるのか、一度研究したならば

興味深い結果が待っていそうな予感がひしひしとする。

 

 

 

 「げほっ! げほげほっ」

 

 

 

 

朋也は思わずむせた、盛大に自分のミスを認める。

文法が間違っているが、それくらい今の彼は焦っていた。

 

 

 

 「?……不束者ですが、よろしくお願いします?」

 

 

 

ハテナ顔で朋也を見つめることみ、何故疑問符なのかは彼女が純真だからだろう。

……確信犯ではない、と信じたい。うん。

 

 

 

 「……ことみ、そういうことは間違っても他の奴には絶対言うなよ。

  いらぬ誤解を受けて苦労するのはお前だからな」

 

 

 「大丈夫なの。朋也君以外には言わないの……私は朋也君の奥さんなの」

 

 

 

話が変な方向に傾いた。

天然キャラでありながら(朋也主観)、天才の肩書きを持つことみ。

自分が主張するべきところは決して外さない。

そんな彼女に対して弁解というか……説得したところで自分に不利なような気がして堪らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ならば最後の手段。

 

 

 

 

 

朋也はその場に突っ伏し、全てを忘れるかのように気絶しようとした。

 

が、

 

 

 

 「寝ちゃダメなの。もうすぐ皆が来るの……早く出て行かないと」

 

 

 「あ……そっか」

 

 

 

時計を眺めるとまもなく昼休みになろうとする時間。

図書館は無断で借りているようなもの、委員が入ってきて、

いきなり食事をしている二人組を見たら驚くだろう、立ち入り禁止ということもあり得る。

そそくさと後片付けを済ませ、図書館を出て行く朋也とことみ。

 

 

 

 「なあことみ、この後どうするんだ?」

 

 

 「渚ちゃんの所に行くの」

 

 

 「古河の?」

 

 

 「うん、前庭」

 

 

 

ふと窓から庭を見下ろす。

光坂高校には前庭と中庭の二つがある。

どちらも昼食を摂るには格好の場所で、特に女生徒に人気がある。

というかカップルの巣窟となっているのだが。

女の子ならともかく、男がどちらかで一人昼食を摂るのは色々な意味で辛い。

 

 

 

 「そっか。それなら俺は遠慮しとくわ」

 

 

 「朋也君、行かないの?」

 

 

 「女の子同士の方がいいだろ? それに美味い飯食って腹いっぱいになったしな。

  資料室で昼寝でもしてくるよ」

 

 

 「……わかったの」

 

 

 「おう、んじゃな」

 

 

 

ヒラヒラと手を振って、朋也はことみと別れた。

去り際にきちんとお弁当の礼を言いながら。

これもまた、彼が得た日常の一コマ。

 

 

 

 

 

 


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