Eternal Snow

76/確かな朝の訪れ

 

 

 

チュン、チュン……

 

 

小鳥の囀りが朋也の意識を覚醒させる。

カーテンを開けっ放しにした窓が陽の光を反射させる。

不良と呼ばれている朋也だが、寝坊による遅刻というやつはない。

いや、正しく言えば、『以前はあった』。

周りの尽力によって、それは改善したわけだ。

 

 

 「起きるか……」

 

 

ぼけーっとした頭を振って、朋也がベッドから降りた。

そのまま部屋を出て、洗面所に向かう。

バシャバシャと顔を洗い、居間へと歩いていく。

 

 

 「おはよう、父さん」

 

 「ああ、おはよう『朋也』。今日は早いね?」

 

 「はは、しょっちゅう寝坊しても仕方ないだろ」

 

 「いい心掛けだね」

 

 

居間でお茶を啜っていた彼の父――岡崎直幸と挨拶を交わす。

黒ふちの眼鏡をかけ、少しばかり生えた無精ひげが目立つ。

それでいて優しげな表情を浮かべる男性。

 

何気ない日常の会話……だけど数年前までは決して見られなかった光景。

当たり前が当たり前でなかった過去。

 

本人にとってそれ以上に嬉しいことはない。

下手に語るよりも、彼の心を聞いた方が相応しい。

 

 

 

 

 

以下に掲載させて頂く。

 

 

 

 

 

あの頃……そう、ほんの数年前まで俺たちは『家族』でありながら『他人』だった。

俺が幼い頃に母さんが死んで、その悲しみから家を……俺を省みず、

がむしゃらに働いては酒浸りになっていた『親父』を俺は嫌い、荒れていた。

だが、それはまだ同情できる余地はあったし、ある意味でまだ『嫌い』じゃなかった。

だからその頃はまだよかった。

たとえ仲が悪くても、俺たちは繋がっていたから。

でも、俺がDDEになってから……『親父』は変わった。

 

俺のことを……『朋也君』と呼ぶようになった。

 

言葉が意味を成すのなら、あまりに残酷だ。

裏切られたと思った。この人は俺のことを直視しなくなったのだ、嫌でも気がついた。

それからは最悪だった。

俺はDDEとして任務につくことで『親父』から目をそらし、俺たちは『他人』となった。

もう、お互いの繋がりなんてないまま生きていくのだと思っていた。

 

……でもあの日、皮肉な話だが、俺は『あの事件』のおかげで

この人はやっぱり俺の『父さん』なんだと思えた。

 

ただ自分の無力さが悔しくて閉じこもっていたとき、急に『親父』が部屋に入ってきた。

あの日……俺たちが『他人』になったときからずっと無かったことだった。

 

そんな『親父』に俺は罵声をぶつけた。

何をしに来た、と。

お前なんかが何をしに来たんだ、と。

今から思えばあまりにガキくさい言葉。

そんな俺に、あの人はこう言った。

 

 

 『私は何も出来ないだめな父親かもしれないが、それでも頑張るよ。

  ……私は朋也君の……朋也の父親だからね』

 

 

その言葉に、確かに助けられた。

そして、一緒にこの町に来て、『親父』は『父さん』に、『朋也君』は『朋也』に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一緒にこの町に来て』……それは逃げであったけれど。

それが、朋也にとって唯一得た安らぎ。

 

のんびりと二人で朝食を摂り、のんびりと時間に余裕を持って家を後にする。

 

 

 「んじゃ行ってくる」

 

 「うん、気をつけてね」

 

 「心配ないさ。俺を誰だと思ってる?」

 

 「……僕の息子、朋也だろう?」

 

 「違いない」

 

 

朋也は苦笑しながら父に見送られる。

父の言葉に隠しきれない嬉しさを覚えながら。

 

気分良く学校へ向かう朋也。

彼が通う高校――光坂高校――は高台にあるため、上り坂や山道が多い。

まあ、自然を残しているとも言えるが。

どれほど歩いただろうか、気づくと高校の学生寮近くまでやってきていた。

 

 

 「よお、岡崎じゃん」

 

 

声をかけてくる金髪の男。

服装は今の朋也と同じ――光坂高校の制服である。

 

 

 「……お前も最近早いよな―――ぎゃあっ!」

 

 

ヘラヘラ笑って近づいてきた男を、朋也は全力で殴った。

無論、男の台詞の後半は悲鳴である。

朋也の一撃によって思いっきり吹っ飛ぶ男。

 

 

 「いきなりなにしやがるっ!」

 

 

すぐに復活し詰め寄ってきた。

再生能力が高過ぎる……化け物か。

ちなみに彼はれっきとした人間だ、決して帰還者ではない。

 

 

 「……おかしいな。偽者なのに正体を現さない」

 

 「本物だよっ!」

 

 

本気で首を傾げる朋也。

間髪いれずに叫ぶ男。

くわっと見開いた目がなかなか怖い。

 

 

 「え? マジ?」

 

 「そうだよ……っていうかあんたは偽者だと思ったらそいつを殴るのかよ……」

 

 

今度はるー、と擬音がつきそうな感じに涙を流しながら男が言う。

だが、それに朋也は

 

 

 「いや、偽者の変装は思いっきりぶん殴ると解けるもんだろ?」

 

 「ネタ古いっすね!」

 

 

閑話休題。

 

 

金髪男の名は『春原 陽平』、朋也と同じく光坂高校の三年生。

染め上げた金髪がトレードマークで、朋也よりも背は低い。

よく彼には笑える顔だと言われるけれど、別にそれほど変な顔だちではない。

 

彼と朋也は二年の頃からのクラスメートでもある。

 

数年前、光坂高校がDDE養成校になろうとしていた時に鳴り物入りの特待生として

入学したが、話が立ち消えになってしまったため、身の振り方を定められず

結局『不良』と呼ばれる部類の生徒となってしまった。

似たような境遇の朋也と知り合い、以来親友(?)という間柄である。

春原本人は、朋也を『親友』と呼ぶが、朋也はどうにも『悪友』と思っているらしい。

 

 

 「いや、だってお前がこんな時間に居たら間違いなく偽者だろ?」

 

 「断定するんすかっ!」

 

 「ていうか……本物?」

 

 「疑問符ついたままっすかっ!」

 

 

朋也の台詞にまた叫ぶ春原。

だが、朋也の台詞もある意味当然である。

なぜなら春原は、以前まで朋也以上の遅刻魔で、午後から学校に来るのはいつものこと。

出席日数が足りずに留年しかけたことすらあったのだから。

 

 

 「そりゃ今までから考えたら信じられないだろうし、僕自身も信じられないけどさ……」

 

 

春原ははあ、と溜息をつき

 

 

 「溜息つくの止めろ、男のそんなん見てもちっとも色っぽくない」

 

 「横槍入れるのやめてもらえるっ! げほん、ここ最近ずっと朝早くから―――ん?」

 

 

朋也の余計な一言にいちいち反応しながらも

春原が喋ろうとしたところ、どこからか

 

 

ぺっぺっぺっぺっぺ……。

 

 

と音が近づいてきた、なんとも気の抜ける音だ。

 

 

 「………………」

 

 

無言で朋也は、いつでも動けるように身構える。

何故ならその音が聞こえてくると何が起こるか熟知していたから。

どちらかと言えば熟知したくも無かったが。

 

そして、その音がますます大きくなってきたとき―――

 

 

 「ん? 岡崎、いったいどうし「ハッ!」―――へぶあっ!」

 

 

朋也は掛け声と共に勢い良く右に跳び、後ろから来た何かが春原に衝突した。

 

 

 「あ、ごっめーん。だいじょーぶ? 朋也……って」

 

 

衝突した何か―――原付に乗ったロングヘアーの少女―――が軽い調子で聞いてくる。

が、その途中で自分が轢いたのが朋也ではないのを見て青ざめる。

ちなみにさっきの気の抜ける音はこの原付のエンジン音らしい。

 

 

 「って……なんで轢いたのが朋也じゃないのよ!? 大変じゃない!」

 

 

朋也でも大変なはずなのだが、その辺を突っ込める人間はここには居なかった。

 

 

 「安心しろ、轢いたのは春原だ」

 

 「あ、そーなの? ならだいじょう―――ってんなわけないでしょ!?」

 

 

朋也の台詞に一時落ち着きを取り戻すも、また慌てる少女。

やはり人を轢いたことを大変だと―――

 

 

 「こんな時間に陽平がいたら、そいつは偽者に決まってるでしょ!」

 

 

思ってないらしい。

 

 

 「安心しろ、マジで本物らしいから」

 

 「あ、そーなの。なら安心ね」

 

 「んなわけないでしょ!」

 

 

笑いあう二人に春原が突っ込む。

 

 

 「だって春原だし」

 

 「そーそー、所詮陽平だし」

 

 「……あんたら鬼ですか……」

 

 

息の合った二人の台詞に撃沈された。

この春原を轢いた少女、名前を藤林 杏という。

紫のロングヘアーで左側にだけリボンを付けている。

快活そうな笑顔が印象的で、同性にも異性にも人気がありそうな雰囲気がある。

二年次の朋也のクラスメートで、朋也の本質を知っている数少ない一人。

一応春原とも元クラスメート、今は彼らの隣のクラスで委員長をしている。

 

 

 「ま、そんなことより」

 

 

置いといて、というジェスチャーをする杏。

 

 

 「……そんなことで片付けるんですか……」

 

 「当たり前でしょ」

 

 「当然だろ、春原だしな」

 

 

うんうん、と頷く朋也。

 

 

 「むしろそんなこと扱いされただけでも僥倖じゃない?」

 

 「確かにな」

 

 「あんたらほんと息合ってますねっ!」

 

 「ま、とにかく……こんなことやってると遅刻するわよ?」

 

 

確かに杏の言う通りである。

なんだかんだでかなり時間が経ってしまっていた。

 

 

 「ちっ……杏!」

 

 「なに?」

 

 「乗せていってくれ」

 

 「ヤダ」

 

 

某主婦ほどではないが一瞬の返事に呆気に取られる朋也。

その隙に杏は原付に乗って去ってしまった。

 

 

 「……………………行くか」

 

 

一瞬、その某主婦の笑顔を思い出し、意味の無い寒気を感じる朋也。

例えどれほどの人物であっても、あの人には恐怖を抱くのである。

……その後の顛末は、まあ、遅刻はしなかったとだけ言っておく。

 

 

 

 


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