歴史の表舞台に立ちかけた町がある。

その町が本来の予定通りに動いていたのなら、冬実や初音島、

そして桜坂のように、DDE養成校を担う主要都市の一角になるはずだった。

 

 

 

町の名前は叶街(かなえまち)。

“幸せな願いを叶える”と意味を込めた美しき町。

その町に存在していた学校……光坂高校は四校目の養成校となる予定だった。

少なくとも数年前にはそういう話があった。

 

 

 

 

しかしその件はあらゆる事情によって頓挫する。

今の光坂高校は、あくまでも普通の学校に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

その学校に一人の男子生徒が居る。

 

 

彼の名前は、『岡崎 朋也』。

 

 

かつて有数のDDEと呼ばれ、前代の神器『青龍』・『白虎』に並ぶ

最強ツートップの一角――【単色の十字軍】が一人、【黒十字】の二つ名を背負い、

次代において最も『神器』の座に近い男と呼ばれた存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二年前に突如失踪し、最強とまで謳われた――――――G.A。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Eternal Snow

75/新たな人物

 

 

 

一人の男子生徒がいる。

青みがかった黒い髪に同じ色の瞳。

175cmは確実に超えているであろう長身に、

スポーツ経験者とはっきり解る程度に鍛えられた身体。

甘いマスクとまではいかないけれど、顔立ちもさして悪くは無い。

クリーム色の制服に身を包んだ彼の名前は岡崎朋也。

ここ、光坂高校に通う三年生である。

 

彼は、この学校で有名だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――『不良』として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光坂高校はこの地域でも有名な進学校の一つだ。

そんな学校であるから、不良というのは至極珍しい。

レールの上を走ることを自ら止めた者、周りから見れば異質とも言われた。

 

別に暴れ回ったわけじゃない。

ただ授業をサボり、受けても眠り、教師の指図を受け入れない。

学校からすれば十分厄介で、馬鹿な生徒、ということだ。

 

 

だから彼は『不良』と呼ばれた。

 

 

しかし、彼の本質を知る者は少なからずいる。

そんな人々は、彼が不良と思われていることを良くは思っていない。

表面だけを見て判断する、その構図はランク至上主義に通じるものがあるかもしれない。

 

で、昼休み前の授業中、彼は資料室に来ていた。

以前は図書資料室として使われていた部屋で、現在は立ち寄る者すらいない静かな場所。

朋也にとって、そこはのんびり昼寝の出来る貴重な場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 「――――宮沢、唐突で悪いんだが……寝てもいいか?」

 

 

がらり、と扉を開けた直後の一声。

 

 

 「はい、構いませんよ。お昼が出来たら起こしますから」

 

 

朋也の失礼ともとれる不躾な問いかけ。

気分を害することもなく、柔らかく微笑んで

そんな朋也の顔を見つめる少女、『宮沢 有紀寧』

現在は使われていない、ここ資料室の主と化している二年生の女子生徒である。

 

 

年齢的には朋也の後輩にあたる。

朋也とは以前からの知り合いで、その時も朋也が昼寝に来たときに有紀寧が迎えたのだ。

以来朋也と有紀寧の遭遇率は高くなり、今に至る。

やっていることは昔も今もちっとも変化していない。

昔……とは言っても、知り合ってから一年にも満たないわけだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ところで……お前、さぼりか?」

 

 

椅子を並べて横になりながら、有紀寧に訪ねる朋也。

 

 

 「はい、今日は朋也さんがここに来ると思いましたので。お昼作ってあげませんと」

 

 

くすくすと笑う有紀寧、立ち上がって部屋に備え付けたガスコンロのスイッチを入れる。

クーラーボックスから冷凍のピラフを取り出した。

小さいフライパンも出して、早速調理に取り掛かる。

別にいきなりの行動ではない、ここにこれらの道具を持ち込んだのは彼女だ。

誰も来ないのだからさしたる問題はないし、朋也自身も何度もお世話になっている。

 

母が幼くして他界して以来、父と二人暮しをしている彼にとって、

料理は苦手ではないがわざわざ弁当というものを自作する気はないし、暇も無い。

故に、有紀寧の行為は素直に嬉しい。

けれど、その行動にぽりぽりと頬を掻く朋也。

苦笑して起き上がる。

 

 

 

 

 「あ、寝ててもいいですよ、朋也さん」

 

 「そういうわけにもいかないだろ。

  昼飯作らせといて寝ちまってたらただの亭主関白じゃないか」

 

 「あはは、朋也さんが亭主ってことは私達夫婦ですね♪」

 

 

 

 

クルっと朋也に振り向いて嬉しそうに微笑む有紀寧。

その笑顔は誰もが釣られて微笑んでしまうほど優しいもの。

落ち着いた物腰といい、その笑顔といい、明らかに人気がありそうな少女。

少なからず朋也に好意を持っている様な気がする。

そうでなければ彼が来るかもしれない、という勘だけで授業をさぼることはないだろう。

 

 

 

 

 「だな。俺みたいな男でよけりゃいつでも貰ってやるぞ」

 

 

 

朋也も冗談だと判っていて笑う。

知り合いの少女達の中で、一番冗談の通じる相手でもあるから。

それは、彼の錯覚なのかもしれないけれど。

有紀寧とて、年頃の少女であることに変わりは無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「本当ですか? 期待してしまいますよ?」

 

 「別に俺じゃなくたって宮沢なら引く手あまただろう」

 

 「朋也さんだからいいんですよ♪」

 

 「光栄です、お姫様」

 

 

 

 

 

困った様子も見せず、機嫌よく微笑む有紀寧に恭しく頭を下げた朋也。

その全てが冗談なのか、それとも幾分かは本気なのかは本人達にしか判らないけれど。

二人で仲良くピラフを食べる姿は本当に夫婦にも見えてしまった。

 

そんな姿を見ていると、決して朋也は不良ではない。

むしろ誰にでも好かれそうな優しい男性と言える。

有紀寧は、そんな朋也の本質を知る一人。

 

但し、彼には一つ大きな欠点がある。

不良と呼ばれる彼は、多くの生徒から敬遠されている。

本質を知っている者は確かに数少ない。

それでも知っていてくれる誰かがいるだけ幸せだ。

 

 

 

が! 幸せ過ぎる。

 

 

 

有紀寧を含めて、彼の本質を知り、少なからず彼を慕う人は

その全員が――お・ん・な・の・こ、なのだ。

しかもその誰もがかなりの美少女ときた、これに勝る幸せがあろうか! 

いや、ない! と断言しよう。

 

まぁ、某神器の連中も似たような状況ではあるので、

もしかしたら珍しい話ではないのかも知れない。

だが、羨ましいのは事実だ。

 

 

 

 

 

 

――――人間磁石、それが朋也の究極の欠点だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、そんな朋也にも抱えた影がある。

最強のG.Aと呼ばれ、栄光の道を歩み続けていた彼。

大きな挫折、後悔。

己の未熟、諦め。

 

 

 

 

 

 

神器達のように、愛しき人を失った経験は彼にはない。

 

だが、護れなかった命がある。

 

救えなかった人がいる。

 

 

 

 

結果だけを見つめるならば全てが朋也の責任では無かった。

誰が見ても、彼は全力を尽くしていたから。

『黒十字』として恥ずべき行為は無かったと、皆が認めていた。

 

 

 

あえて言うならば、運が悪かっただけ。

繰り返すが、誰一人彼を責めたりはしなかった。

周りの誰もが朋也の苦しみを知っていたから。

誰より責任感が強く、人の痛みすら自分のものと思える優しい人だから。

 

 

 

故に朋也はDDを逃げ出した。

自分が資格を失った、と思ったから。

無責任なのは判っていた、それでもそれ以外の道が判らなかった。

 

 

 

そんな影を抱えた男、それが『岡崎 朋也』という少年。

本当なら慕われる価値すらないだろう……心の奥底で理解している。

判っていて、彼は縋っている。

なんて酷い自己欺瞞。

 

 

 

 

予定された最初の調和からは逸脱する行為ではあろう。

けれどこれからしばらく、彼の物語に付き合って頂く。

彼も『永遠』に対する資格があるのだから。

 

 

――――――その資格が如何なるものかは、いずれ明らかとなろう。

 

 

 

 

 

全ての鍵は、螺旋を描く。

 

 

 

 

 

『矛盾』

 

『異界』

 

『幻想』

 

『少女』

 

 

 

 

其は如何なるものか、己が気付かぬだけで、全ては回路の一部と化し。

彼を取り巻く人々と、彼が抱えた大切な命。

全ては永遠と関わり、永遠を穿つ剣とならん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――パパ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな小さな声。

無意識下に眠る、その想いに応えるために。

 

 

 

 


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