Eternal Snow

74/閑話・願望

 

 

彼は夢を見ていた。

それは過去の現実、取り戻せない時間、かけがえ無きもの、愛しいヒト。

失われた笑顔は誰よりも美しく、永遠に開かない瞳は女神像のように。

その身は光の粒子となってこの世から消えた。

 

 

 

 

彼の、折原浩平の恋人――――霧島 佳乃、は。

 

 

 

 

無力を恨み、永遠を妬み、自分の命さえも敵だと思った。

今の自分が当時の自分を見たら、きっとこう例えただろう。

 

 

 

 

『狂犬』……いや、『狂人』でも構わないが。

 

とにかく、狂っていたのだけは間違いなくて。

 

 

 

 

他者を恐れ、何も信じるものがない自分。

壁を作り、何も受け入れない。

弱さを罪と考えながら過ごしていたあの頃。

少女を失ったことで彼は己が壊れた。

永遠に魅入られたこともまた事実、今思えばよく帰還者に成り果てなかったと言える。

どうやって自分が強くなったのか良く覚えていない。

 

師と呼べる人は居た。

きっとその人から学んだのだろうと思うが、何故かあまり覚えていない。

心が壊れていた、から。

 

 

 

 

 

あの頃の支えは――今もそうだが――彼女の形見となった黄色いバンダナ。

 

 

 

 

 

毎日それを見つめ、涙を流し、体を苛め、心を焦がし、あの笑顔を思い出しては

再び涙を浮かべ、時に彼女の温もりを思い出して赤くなり、唇に手を当ててはまた泣く。

 

その繰り返しで時が過ぎた。

何も得るものの無い、ただ意味も無く過ぎる日々。

心が壊れていたあの頃の自分は、それを苦痛と感じることさえなかった。

呼吸し、栄養を取り、排泄作業をこなすだけの死体。

そう表現するしかあの頃の自分を語る術はあるまい。

 

 

 

 

 

現実を知っているのは母親だけ。

妹や幼馴染は何も知らない。

海外に留学しているとかなんとか聞かされただけ。

 

それを聞くと嘲ってしまう。

あまりにおかしくて嘲ってしまう。

言われてみれば確かに留学していたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――己の心が、『永遠』を求めて。

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼が変わったのは、のちに親友となる彼らとの出会いだった。

そのほとんどが自分と同じように苦しみ、永遠を憎み、

その痛みを同情ではなく、理解してくれた。

一生かけて付き合える心友、彼はその時ようやくかつての様に笑っていた。

 

 

 

 

神器になった頃、彼はようやく生まれた町へと戻ってきた。

そこで久々に再会した幼馴染の笑顔に、『彼女』に通じるものを見た。

そして知り合った新たな友人。

 

 

 

 

出会った少女は、愛しいあの娘とは違うけれど。

それでも、救って貰えたから。

 

 

 

 

彼は、他者と関わり合いになることで自分の存在意義をもう一度見出した。

それは本当の意味で、彼が彼に戻った瞬間なのかもしれない。

 

 

 

 

 

同時に彼は誓った。

己の名の下に、神器の名の下に。

得られた炎……朱雀の力を、小さな願いの下に。

 

そう、それは小さな小さな……小さ過ぎるから抱えきれない願い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『誰かを――――――護る』

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりに漠然とした願望。

一方的過ぎる願い。

きっと邪険にされる、そう判っていて彼は誓った。

 

 

 

 

それは感謝から来た感情。

苦しみ抜いた挙句、永遠を求めた代償は重い。

一度は死すら願ったことさえあった。

きっと何か後押しがあれば自分はそうしていただろう予感を秘め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その誓いは懺悔。

 

その誓いは歓喜。

 

その誓いは贖罪。

 

その誓いは祝福。

 

その誓いは慟哭。

 

その誓いは感謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その誓いは――――――己への叱咤。

 

その誓いは――――――己への許与。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

故に彼は守護の道を選んだ。

影となり日向となり、自分を救ってくれた彼女達のために『すべてを護る』と。

 

 

恋愛感情に似て非なる想い。

未だ心に燻るのはあの日の光景、笑顔・泣き顔・温もり。

だが、それでも今の気持ちは間違いなく本物だから。

死人と化した自分にとって、希望をくれたのは間違いなく彼女達だから。

 

 

 

 

 

 

だからせめて自分が必要だと思えるなら、どうか見守らせて欲しい。

何も見返りは要らないから、何も高望みはしないから。

 

 

 

 

 

 

だから笑って欲しい。

作り物の笑顔じゃなくて、心からの笑顔を浮かべていて欲しい。

それが誰に向いていても構わないから。

自分だけを見ていて欲しいなんて傲慢なことは言わないから。

笑顔が見たいだけだから。

 

 

 

 

 

 

だから許して欲しい。

今ある幸せを壊さないで欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――そんな夢に、彼は涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わるべくも無き、輝く季節。

輝きは時間と共に薄れていく。

だけどそれは研磨の時を欲するから。

磨かれた心は輝きを取り戻していくだろう。

 

 

 

世界は英雄を求め、英雄は何も求めず。

護るものの幸せだけを望んで朽ちていく。

そんな悲しい運命を辿るのかどうかは何も判らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅の鳳凰は守護せし者――――

夢は切なく、移ろい逝きて散りゆく運命であろうと――――

慟哭の果ての希望に光を求めたのは果たして正しいのか――――

彼の行く手にはたったひとつの輝く季節が待ち受けるのか―――――

彼が守護を願うとき、その願いは光と変わるであろう―――――

待ち受ける未来に、せめて祝福あらんことを――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永劫の果てに希望を求める者、蒼き龍神。

迷い続け、答えの無い現実に苦しむのは、白き獣王。

小さな誓いを護るためだけに、そこに在るのは紅の鳳凰。

冷酷なる憎悪を抱え、その空しさを知りつつも他の道を模索出来ぬ灰燼の甲竜。

鍵はまだ手元にはなく、未完成のパズルに戸惑うのは紫紺の蛇王。

何よりも強き故に、何よりも弱いことを知る永遠の使徒。

 

 

 

 

 

 

人形は螺旋の回廊に迷い込む。

クリアにはまだまだ遠い、遊戯は未だ始まりから抜け出せず。

新たな登場人物がその荒れた道を歩みだす。

五度目となる上映作品は――『よろこびのしま』

 

 

 

 


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