Eternal Snow

73/一週間の時を経て

 

 

七星学園武術会から一週間が経った。

優勝したのは大方の予想通り、みさき&雪見ペアであった。

四天王同士が激突し、その勝者が優勝したというのだから至極不思議はあるまい。

ただ、学園全体にしこりが残ったのは事実である。

 

帰還者の襲撃と、生徒の誘拐。

氷上シュンという生徒は天涯孤独の身の上だった。

後見人とやらの援助のおかげで普通に生活していたようだが、

友人以外に心配してくれる存在は誰一人いなかったのだ。

 

だが、生徒達もいつまでもめげているわけにもいかない。

生徒会は久瀬を中心に活動を再開し、新たな副会長を据える。

彼の腹心とも噂される『斎藤』という男子生徒がその座に就いた。

 

斎藤について軽く触れておくと、彼も元々生徒会のメンバーで、総務担当の生徒。

久瀬の腹心と噂されるだけあって、実力はB2の上位。

更なる高みを目指さないのは、久瀬が未だA3よりも上にいないからだとも言われる。

 

ちなみに浩平のクラスメートだったりする。

あえて下の名前は出さないが(決めてないとも言ふ)。

 

なお、祐一と浩平の退学云々については、どさくさの果てに忘却に帰した。

流石の久瀬とて、相性は兎も角右腕であったシュンを失ったのは痛かったのだろう。

そちらにまで気が向かなかったらしい、彼とて人の子である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、最も苦しんだはずの浩平は、数日後には笑っていた。

「親友だと思ってたのに」「友達がいのない奴」「最低な男」。

 

そんな言葉が彼に投げ掛けられたのは厳然たる事実。

そう言われているのも当然彼は知っていた、それでも笑っていたが。

だがそれは見る人が見ればただの強がり。

悲しみを鉄面皮のような笑顔の仮面で覆い、挫けている心を矯正しているだけ。

 

――――そんな、切ない余談。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大会が終わったばかりなのだが、今度は近々行われることになった

七星・風見・桜坂学園のDDE養成校による合同大会の打ち合わせがある。

期間は一週間という長丁場となる、まぁ言ってみれば一種の旅行だろう。

 

各学園で、5名〜6名のチームを作り、学園対抗にして、

個人戦を同時にやってしまうという形だそうだ。

ついでに現役のDDEも見学に来るらしい。

 

 

 

 

早速なのだが、今日はその合同大会におけるチームを決定し、

学園に登録することになっている。

ちなみに期限は本日厳守、登録においては本人のものと判るサインが必須。

万が一欠席した場合は、他学園の同様の生徒とチームを作ることになっている。

一応三日前からエントリー受付はしているので、普通は滅多にそういうことにはならない。

 

しかし、予想外の事態というのは起こるものである。

付け加えるなら、七星・風見・桜坂の全てで同じ日に設定されている。

チーム決めのことなぞすっかり忘却の彼方へ追いやり、

今日この日を迎え学園を休んだ馬鹿が三校合わせてたった『五人』いた。

 

 

 

 

…………いや、馬鹿というのは失礼か。一応仕事の一環ではあったので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ!? 里村さんと柚木さんにもばれたぁっっ!?」

 

 「うい、むっしゅ」

 

 「里村と柚木って……誰?」

 

 「あ〜、兄さんと浩平さんのクラスメートさんです」

 

 「ミスったな、浩平。まったく、情けない」

 

 

 

その馬鹿五人は、DD桜坂支部に集結していた。

定期報告というやつで、本来なら通信で済むことなのだが、最近の帰還者の動きを

整理するという名目で全員が顔を合わせることになったのだ。

今日は司令部からも何名か来ることになっている。

 

会議室には今のところ彼ら五人だけ。

で、浩平が一週間前に茜と詩子に正体がバレた件を白状したと言う訳だ。

軽い雰囲気でおちゃらけて言う浩平に呆れてしまうのも無理はなく。

先日の瑞佳と留美のことといい、リーダーである祐一にとっては頭が痛い。

それが浩平のブラフであるとは、この場の誰もが気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――勿論、茜と詩子の一件は軽く済ませられるものではない。

だが、浩平は詩子に何があったのかを明かしはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屈辱と、痛みと、悲しみによって涙を流す詩子。

彼女の傷を跡形もなく癒したのは他ならぬ浩平。

決して得意ではない治癒の炎、神衣を纏っていたからこそ可能であった炎。

何があったかは、例え相手が親友達であっても言えない。

自分がいて、それでも負わせてしまった苦しみが、許せないから。

自戒を、許されざる戒めを、自ら負う。

 

 

 『浩平……私達のこと……護って下さい』

 

 

恐怖と、安堵と、信頼と、友愛と。

その思いで綴られた願いに、彼は答えた。

だからこそ、それだけは言えない。

 

 

 『朱雀の名に賭けても誓う……だから、大丈夫だ。もう、負けないから』

 

 

『誓い』という言葉。

簡単なようでいて、決して侮れない単語。

自身に誓約するのは、己が守護者であるということのみ。

 

 

 

 『バイバイ―――愚鈍な守護者さん』

 

 

 

あんな軽口は二度と言わせない。

絶対に二人を泣かせたりしない。

 

 

 

 

 

 

――――――それが、浩平の想い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………俺達のことは大丈夫だろうな?」

 

 

頭を抱えながら、いくらか沈んだ声持ちで訪ねた祐一。

浩平の行動は今更責めても仕方が無い。

神器の力が必要だったからバレてしまったのだろうし、

人を護るために起きた弊害ならば、それ以上の文句を言うつもりはない

と祐一は心底思っている。

 

何かを隠しているのは判っている、この場に居る誰もが。

だけど、言わないのならそれでもいい。

本当に言わなければならないことを、言わぬほど浩平は馬鹿ではないから。

……親友なのだからそれくらいの信頼はして当然だった。

 

 

 「それは心配ない。長森や七瀬にも俺以外のことは喋ってないからな」

 

 「誓えるな?」

 

 「……ああ、朱雀の名に賭けても」

 

 

それが浩平にも判っているからこそ、その気遣いに感謝した。

タイミング良く、会議室のドアが開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やぁ、皆揃っているみたいだね」

 

 

亜麻色の髪、隙を感じさせない物腰でありながら人に好かれそうな雰囲気の男性。

冬美地区担当司令部所属のG.A、前代の神器『白虎』こと【賢者】水瀬賢悟。

 

 

 「これで遅刻でもしてたら笑えるがな」

 

 「な!? お、親父っ!?」

 

 「おう息子。久しぶり」

 

 

ニカッと笑って賢悟の後ろから現れた男性。

賢悟に劣らぬほどの存在感、飄々とした雰囲気でありながら確固とした“何か”を感じる。

どこか祐一に似ている……そう、例えるなら彼をそのまま大きくした感じとでも言おうか。

それもそのはず、彼こそ祐一の父なのだから。

 

 

 

 

司令部所属のG.A、【零牙(れいが)】こと相沢零(れい)。

賢悟に並ぶ最強の実力者にして、前代の神器『青龍』その人。

 

“絶対無”の零牙と“絶対有”の賢者のツートップは、

単色の十字軍モノトーン=クルセイダーズ】と並んで未だDDにおいて最強の一角とされているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「れ、零さん? 今は海外に出向中だったんじゃ……?」

 

 

一弥が驚きつつも質問をする。

 

 

 「よ、一弥クン。それに関しては後で説明する。

  今はとりあえず本題について話し合おうじゃないか」

 

 「そういうことだ、神器諸君」

 

 

零の言葉を引き継ぐ様に桜坂支部長官が姿を現した。

他の支部長官は流石に任地を動くことが出来ないため、

今居る神器五人と賢者と零牙を含めた8人が今日の会議の参加者ということだ。

全員が(舞人も含めて)支部長官に敬礼をし、それぞれが席に座る。

 

 

 

 

 

 

 「皆揃っているようだが……早速本題に入って宜しいか?」

 

 

支部長官の発言にそれぞれが無言で頷く。

 

 

 「では。先日神器諸君らとは話をしたのだが、その時は君たち二人が居なかったからね。

  今回は改めて……新たに現れた敵『永遠の使徒』なる者のことを整理したく思う」

 

 

長官は立ち上がり、自ら各自に薄いレポートを渡してゆく。

 

 

 「見たところで大したことは載っておらんが、まぁ気休めだ。

  報告にあったことを整理したのだが、『永遠の使徒』とは、

  『人でありながら帰還者足り得るもの』ということらしい。

  現状においてはこの言い分を信用するしかないが……。事実は勿論不明だ。

  その言い分自体が我々を惑わせる虚言の可能性は否定出来ない。

  それでも彼奴らは“永遠を求めた人間”という定義からは外れないはずだ」

 

 

そこで一拍区切る。

喉を軽く鳴らし、長官が再び口を開く。

 

 

 「永遠に関係する以上、使徒であろうがなかろうが、我々DDは彼奴らを帰還者とみなす。

  DDの総意とみてくれて構わない。何か異論は?」

 

 

全員が無言、異論は無いということであろう。

 

 

 「宜しい。それでは後は実戦経験のある君達に任せよう」

 

 

長官は自分の席に座り、コーヒーを啜った。

 

 

 

 

 

 

 

 「と言っても……前にも言いましたが大したことはまだ何も判ってないのが現状っすね。

  俺が交戦したのは『禅』とか名乗ってましたっけ。

  そん時の奴の目的は、今舞人さんが所有している闇の宝珠の回収」

 

 

いつもの態度を崩さずに純一が言った。

これが彼のスタンスであるために誰も気分は害さない。

 

 

 「宝珠がかなりの鍵を握っているのは間違い無いよ。

  僕の管理していた月も一旦は奴らに奪われたからね」

 

 「その時の奴が……『空名』って名乗ってた、と」

 

 「ああ。『城島』と一緒に氷上を連れ去ったあの野郎だ」

 

 

賢悟の言葉に祐一が相槌をうち、浩平が最後を締めた。

 

 

 「で、あとは……俺が戦ったあの黒猫……『アルキメデス』か」

 

 「いや、『茨迎』ってやつもいる。

  戦ったのが夜で姿も名前も判らなかったし、すぐに居なくなっちまったけど

  後二人ほどいたのも確認している」

 

 

浩平が述べたその言葉に、一瞬眉を動かす舞人。

その帰還者らしき存在が、“よりこ”と名乗っていた相手であると理解して。

一弥と純一がこの場にいる以上、二人の名前を明かすわけにはいかない。

賢悟や支部長官達にはそれとなく伝えてあるので問題はない。

おそらく零も賢悟から聞いているのだろう、似たような素振りを見せた。

その僅かな機微に一弥と純一が反応することはなかった。

 

 

 「……となると7人か。明らかに自我持ちとは一線を画している連中ね。

  宝珠を狙い、何らかの計画に沿って動いていると見てよさそうだな」

 

 

零が口を開いた。

 

 

 「しかし零兄さん、判っているのはそれだけです。

  何故奴らが氷上君を連れ去ったのかも、奪った月の宝珠をわざわざ返してきたのも。

  あまりにも不可解過ぎます。僕の私見では、その行為全てが計算下にあるでしょう」

 

 

賢悟の私見だからと言って侮ってはいけない。

神器『青龍』・『白虎』が最強足りえる理由の一つに、それがあったのは事実だから。

 

 

 「……その悩みすら僕達が後手に回っている現状を理解させてしまいますね」

 

 

一弥の言葉はあまりに端的に事実を物語っていた。

故に笑える者は一人もいない。

 

 

 「ところで零さん、海外に居たのにわざわざなんで戻ってきたんです?」

 

 「そういやそうですね、今日の話し合いに関しては賢悟さんだけでも十分だったんじゃ?」

 

 

浩平と舞人が疑問をぶつける。

 

 

 「ん? その疑問も尤もだけどな。ちと重大なことが判った。その報告も兼ねて、だな」

 

 「親父、どういう意味だ?」

 

 「結論から先に言おう、海外にいる日本からの出向エージェントは全員日本に戻ってくる」

 

 

それはあまりに意外な発言。

言葉にこそしないものの、祐一も一弥も浩平も純一も舞人も揃って驚いていた。

賢悟が驚いていないところを見ると、既に聞かされていたのだろう。

 

帰還者との戦いは日本に限らず、世界各国で起きていることだ。

現在海外にも日本から出向、という形で配属されているエージェントは

少なく見積もっても二桁はいるはずだ。

 

その中には零や、彼の妻にして祐一の母、『相沢 夏子』などもいる。

激化する永遠との争いに於いて、戦力の均等配分は当然ということだ。

それなのに全員が戻ってくるというのは不可解でしかない。

 

 

 「俺や母さん……夏子達で調べたことなんだが、宝珠ってもんはこの日本にしかない。

  過去の文献や月の宝珠から作った探査機だのなんだの徹底的に使ってみたが、

  間違い無い。帰還者にとって最も重要なのはこの国という存在そのものだ」

 

 

零の発言は要領を得ない、説明が下手というよりは表現があまりに抽象的過ぎた。

それぞれが疑問顔を浮かべることを判っていたのか、零は澱みなく続ける。

 

 

 「元々『永遠』という概念を発見したのはこの国だ。

  ありとあらゆる文献を調べても日本に現れた害悪……【是怨】を超える

  化け物は世界中のどこを探しても存在しねぇ。

  記憶から消えていく帰還者って存在を認識し、人が帰還者に抗うようになって数百年。

  いや……陰陽寮の時代よりも前から、と考えると更に遡れるかもしんねぇけどな。

  まぁ、そこら辺は余談でしかないが。

  その数百年間と仮定して、最も帰還者と多く戦ったのは日本だ。

  そいつは文献が示してる……最も過酷で、最も地獄だとな。

  なら、それは何故か? この国の気脈そのものが原因さ」

 

 

 

零は幾分饒舌になりながら話を続けていく。

 

 

 

 「北海道・東北・関東・関西・四国・九州・沖縄。

  『地方』っー概念で、七つに分割された陸地からなる国、日本。

  実はそれそのものが【永遠】の礎らしい。七ってのは聖書における完全数だ。

  完全であるが故に、それそのものが鏡の役割をしちまったらしい」

 

 

 

 

 

 

数字の7とは、多数の意味がある。

本来の数学理論からすれば7は完全数足りえない。

しかし聖書に基づくと7とは完全、完璧な存在として成り立つ数字である。

 

 

 

 

 

高慢・嫉妬・暴食・色欲・怠惰・強欲・憤怒……からなる七つの大罪。

 

ルシフェル・リヴァイアサン・ベルゼブル・アスモデウス

ベルフェゴール・マモン・サタン……それぞれ大罪に呼応する七大悪魔。

 

希望・貞節・知恵・愛・勇気・忠実・慎重……からなる七つの美徳。

 

そして何より、人間の認識限界である7という数。

 

 

 

 

つまり、7という数字の特別性。

 

 

――――それを礎として永遠が何かを企んでいるとしてもおかしい話ではない。

 

 

 

 

 

 

 

零の独白は続く。

 

 

 「日本は気脈としては世界最上の純度を放つ陸地だ。

  宝珠ってのはその結晶だ、って説もあるらしいからな。

  悪いな、さっきから伝聞で。俺も夏子から又聞きしただけだから勘弁してくれ。

  ……とにかく、永遠との戦いはこの国が最も激しいものになる。

  他の国の連中はともかく、元々日本から出向している奴らは戻ってきてもらう。

  なんだかんだで日本のDDEは世界でもトップクラスだしな」

 

 

神器達が揃って大きく溜息を吐いた。

途中で異論を挟む暇も無かったからだ。

 

 

 「なんか……随分重要な話をさらりと聞かされた節がありますが……」

 

 「……多分突っ込まないほうがいいんだろうな」

 

 

一弥と純一がお互いを見て、勝手に何かを納得する。

 

 

 「結局の所……俺達はしばらくの間受身に為らざるを得ない、と」

 

 

舞人がどこか悔しげに呟く。

少年という年頃の彼らにとって、あまりにも歯痒過ぎる現実。

 

 

 「本意ではないが致し方あるまい。人々を護り、永遠を打ち破るには

  そういうことも必要なのだと自身を誤魔化してくれ。真に申し訳ない……」

 

 

渋面の長官が最後にそう述べ、皆に頭を下げることで、この会議は終わりを告げた。

 

 

 

 


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