Eternal Snow

71/七星学園武術会 〜侵入者〜

 

 

浩平と祐一は指抜きのパンチグローブを両手に嵌める。

互いに本来の獲物は出さない。

学園では無手として皆に思われているわけだから、いきなり武器を使うのも怪しまれる。

それに、実は神器が扱う武器は一般にも知られているのだ。

 

神器『青龍』は刀。

神器『白虎』は大鎌。

神器『朱雀』は銃。

神器『玄武』は長斧。

神器『大蛇』は槍。

 

流石に詳しい形状などは知られていないが(例えば青龍の刀は蒼銀の刃であるとか)

ここでそれに類似する武器を使うのもおかしい。

特に浩平が朱雀であることを知っている瑞佳と留美は、おそらく祐一のことも悟るだろう。

 

 

 「祐一〜! ふぁいと、だよっ」

 

 「祐一くんっ、が、頑張って!」

 

 「祐っ、よく相手の動き見なさい!」

 

 

クラスから聞こえる応援の声。

祐一の幼馴染はやはり祐一を応援するらしい。

 

 

 「浩平くん! 当たる前に砕けるっ、だよ!」

 

 「意味ねぇだろうが!」

 

 

詩子の応援?らしきものに律儀に返す浩平。

 

 

 

制限時間が同時に訪れた。

 

 

 「それじゃ……始めようか!」

 

 

抜き身の刀を掲げ、祐一に向かって走り出す久瀬。

 

 

 「いきなりかよ!」

 

 

祐一は毒吐いてその場に転がる。

意外と思われるかもしれないが、地面に沿って転がるというのは有効的な回避法である。

一定の場所にいないために補足しづらく、尚且つ打点も低い。

リングを転がり、時々立ち上がってはまた転がる。

阿呆らしいが、まぁよしとしよう。

どうせ長くは続かない。

 

 

 

 

 

 

 

 「いい加減に……しろ!」

 

 

久瀬の怒声が響く、影鬼門の刃が薄く空気を纏う。

それは久世の持つ能力、『鎌鼬』の証。

不可視の風は一点に集束し、薄い青色の輝きを宿す。

そのまま刀身を鞘に収め、構えを取る。

 

 

 「!」

 

 「せいやぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!」

 

 

裂帛の気合を持って振るわれる太刀。

それは鞘走りによって刃を加速させた紛れも無い居合抜き。

祐一の目から見ても、立派に技として完成していた。

 

 

 「つぁ!」

 

 

すんでのところで横を掠めていく。

 

 

 「! よく避けた……だが、次はないっ」

 

 

再び鞘に刀を収める久瀬。

その間は僅か一瞬。

居合、あるいは抜刀術を修める者にとって刀を鞘に収めるという行為は命綱。

その隙を無くすことが一番の基本であり、それが出来ぬ者は刀を持つ資格すらない。

そして鞘に眠った刀は、次撃の牙を研ぐも同じ。

 

 

 

 

 

 

 

 (拙いっ、今の俺じゃ次は……無理かっ)

 

 

祐一がそう思った直後、放たれる二撃目の太刀。

 

 

 

 

 

シュパァァァァッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

鋭く祐一を狙う風切り音。

 

 

本来なら此処で素直にダメージを受け負けるのが正しいのだろう。

始めから勝利する気なぞなく、その意味では戦いを舐めて掛かっているのだから。

無駄な時間を稼ぐのですら、本当なら意味が無いこと。

 

 

 

 

 

 

 

久瀬の思想を借りるなら、『弱者は強者の前に跪き、頭を垂れて許しを願え』

絶対的な力の前に敗北するのが必定、そう定められた自然の摂理が如く。

 

 

 

 

 

 

―――――だが、体は勝手に動いた。

 

 

 

 

―――――そう、己の身に訪れる危険を本能は許さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

久瀬の鎌鼬が体に触れる直前で僅かに横に転がり、すんでの所で避ける。

即座に足が動き、地面に接地するかの如く低い体勢から距離を詰めた。

 

『戦う者』ではなく、『闘う者』だけが持つ戦闘本能。

帰還者という異質な存在と戦い続けた者だけが得られるだろう気概。

この学園において、たった三人だけが会得した哀しき心の強さ。

 

 

 「何っ」

 

 

予想外の動きを見せる祐一に対しての言葉だった。

久瀬自身、今の二撃目の太刀で仕留めるはずだったのだ。

避けるならまだしも距離を詰めてくるとは全くの計算違い。

 

 

 

 

 

 「お、おい!」

 

 

まさか祐一がそう出るとは思わず、浩平が声をあげる。

だが祐一本人も自身が何をしているか気付いていない。

 

 

 

 

 

 「―――――覇っ!」

 

 

戦闘本能に束縛された祐一は、的確に攻撃を繰り出す。

右の掌底、久瀬の胸元を狙う一撃。

久瀬は鞘に収めた刀を抜く暇もなく、咄嗟に影鬼門を鞘ごと盾代わりにかざす。

 

 

 

 

――――――!!!!

 

 

 

 

 

弾けるような音が、祐一の掌を起点に広がった。

 

 

 「ぐっ!」

 

 

気も練りこまれていない只の一撃では刀を砕くには至らない。

我武者羅に打った所為で、逆に祐一の手が砕けてもおかしくなかった。

これが浩平ならば話は違ったかもしれないが、生憎祐一は剣士である。

所詮彼の武術は『浩平から見れば』護身術の域を超えない。

浩平と比較するというのは可笑しい話なのだが。

 

しかしそんな御託は『今の』祐一には関係がない。

祐一はすかさず一足で間合いを僅かに広げ、遠心力をかけた回し蹴りを放つ。

 

 

 

 

 「―――――――ふっ!」

 

 

 

 

決して未熟ではない、研ぎ澄まされた蹴刃。

祐一の一蹴は寸分違わず久瀬の右側頭部を狙っている。

 

 

 「雑魚が!」

 

 

思わず口をついて出た本音と共に、久瀬は己の腕で祐一の蹴りをガードする。

セリフに込めた感情から予測するに、祐一の足を押し返すつもりだったらしいが

予想以上に重いその一撃は、弾き返すに至らなかった。

 

 

 

 

―――――――!!!!

 

 

 

 

再び衝撃が二人の間を交叉した。

放たれた一撃が終わると同時に、祐一の気勢が落ち着く。

 

 

 

 

 

――――あれ?

 

 

 

 

 

伸びた足。

その足を受け止めている久瀬の腕。

ジンジン痺れる掌。

唖然としつつ、怒りが充満しているような眼前の久瀬。

 

ふと周囲に気を配れば、

 

 

 『この間抜け!』

 

 

と明らかに呆れ返った浩平の視線。

 

 

 

 

 

――――もしかして俺、何かした?

 

 

 

 

 

きょとん、としながら足を引っ込め、そーっと自分の手を見る。

で、もう一度久瀬を見る。

 

 

 

 

――――やべ!? もしかしなくてもやり過ぎちまった!?!?

 

 

 

――――てか俺何したんですか!? 教えてお願いギブミープリーズッ!

 

 

 

 

 

一種のバーサーク状態にあったわけだから、目が覚めてしまえば

戦う気勢なんて一瞬で霧散し、状況が明らかに悪化した位は一応判る。

 

 

 (…………阿呆)

 

 

浩平は何も云わず、心の中で悪態を吐いた。

で、同時に久瀬も怒るわけで。

 

 

まさか祐一に反撃を喰らうなんて夢にも思っていなかったのだから

まともに喰らった喰らわないは兎も角として、彼のプライドが許さなかった。

鞘を素早く左腰に運び、筋肉の収縮を生かすために上半身を捻る。

 

 

 「雄ぉぉっっっっっっっっっっ!!!!」

 

 

溜め込んだ力を解き放つために声を荒げ、その刃に風の力を上乗せする。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――振り抜いた牙が祐一を襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「がはっ!!」

 

 

居合によって生まれた鎌鼬を、更に『鎌鼬』によって強化し、威力と飛距離を増す。

それが久瀬の持つ居合における必殺技。

気勢が削がれ冷静になった祐一は両腕をクロスさせ、

少しでもダメージを軽減させようとする。

しかし、久瀬の居合はその壁を容易く貫いた……正に居合『抜き』。

祐一は服を鎌鼬によって服をズタズタされ、その場に倒れ伏した。

今の彼に抵抗出来る力は無かったから。

 

 

 「ふ、ふ……はぁ……はは、予想外の反撃だったけどね。

  残念ながら相沢君の腕では僕を倒すには至らなかったんだよ。

  それでも僕に二撃も見舞ったんだ。充分健闘したよ……自慢するがいいさ」

 

 

息を上げながらも笑みを浮かべる久瀬、それだけ彼の自尊心を満たしたのだろう。

 

 

 「祐一っ!」

 

 「相沢君!」

 

 

リングに居た二人のパートナー、浩平とシュンの動きが止まる。

正確に言えば、二人は試合が始まってからまともに動いてはいなかった。

戦うことに躊躇していた面も無いわけではなかったが、

久瀬と祐一がリング中を動き回っていたせいでほとんど戦闘どころではなかったのだ。

まぁ浩平は口出しをしていたわけだが。

だがまさかこうも見事に祐一がダメージを負うとも考えていなかったらしい。

いくら手加減しているとはいえ、祐一は浩平も認める彼らのリーダー。

たかが学生如きにやられるはずがない、と思ってしまうのも無理は無い。

 

 

 「な、にをやってるんだ、氷上君! 早くそいつを倒さないかっ!」

 

 「な……あ、相沢君は怪我をしてるじゃないか!」

 

 

シュンの言う通り、倒れ伏した祐一の服からは血が滲んでいた。

いや、滲むという表現だけでは生ぬるい、血がリングに流れている。

 

 

 「これは試合だ! 多少の怪我くらい当然だろう!」

 

 「久瀬っ、てめぇいい加減にしろよ!」

 

 

久瀬の言葉に頭に血を上らせた浩平が彼のもとに走る。

単純に親友を傷つけられた、そんな怒り。

胸倉を掴み上げ、右拳を握った。

 

次の瞬間、誰もが久瀬の倒れる姿を想像した。

 

 

 

 

 

 

 

 

が。

 

 

 

 

 

 「なかなか共感できる言い分じゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

ズドン!

 

 

 

 

 

 

 

――――――少年のように年若い声と、重い銃声が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 「っ!? がぁっ!?」

 

 

誰もが想像した久瀬の倒れる姿は、浩平のそれに取って代わった。

彼の左肩から流れる赤い液体……それは間違い無く血であった。

 

突然の痛みにその場に膝をつく浩平。

 

 

 「さて? とりあえず貴方方は邪魔ですね」

 

 

もう一つ、別の声が響いた。

それは空の上に立っていた。

例えるなら……水のように透明で、底が薄い故に何も映さず、空虚な存在。

それは人の姿をしていた。

その人――男が口を開く。

 

 

 「司さん、結界は私が張ります、一応手伝って頂きますが。貴方は彼を」

 

 「ああ。判ってるさ」

 

 

その男の近くに姿を現したのは、

右目に片眼鏡をかけた……年の頃は浩平達とさして変わらない少年だった。

その右手には大口径らしい拳銃を握り締めている。

おそらくそれがさっきの重い音の正体だろう。

 

その言葉の後、リングは黒い壁によって覆われてしまう。

同時に、観客達の動きまでもが固定される。

まるで巨大な力に翻弄されるが如く。

 

その様子を満足げに見つめ、微笑む異質なる者。

空の上に立つ男が会場に向かって言う。

 

 

 「皆様方に危害を加えるつもりはありませんのでご安心を。

  しばし私達の用事が済むまで、そこでそうしていただけますか?」

 

 

その言葉を示すかのように、皆の動きが停まってしまう。

強力な暗示である、と一弥は気がついたが、これだけの結界を維持し

同時に神器である自分まで束縛することはできないといぶかしむ。

確かに神衣を纏わぬ今、抵抗力が低下している事実は認めざるを得ないが。

 

 

 

 

 (っ!……そうか。さっきの声の持ち主と二人がかりで……)

 

 

 

 

間違い無く帰還者であるのは判っている。

手伝っていただきます、という言葉でその程度は洞察できたが、

それが判ったところで何の意味も持たないのもまた理解していた。

普段から実力を抑えている彼らは、突如のこういった事態には弱い傾向があるのだった。

 

黒い壁によって出来上がったドームの中に“司”と呼ばれた少年が入っていく。

声の出ない、身動きのとれない観客たちは誰も気がつかなかった。

少年を見た二人のある少女達が、その瞳を震わせていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――リング内部にて。

 

 

 「な、なんだ……これは」

 

 

目の前には浩平が膝をつき、祐一はその場に倒れ伏し、シュンはうろたえている。

 

 

 「どうもしないよ。少し用事を済ませるだけさ。ま、一人や二人撃ってもいいよね」

 

 

司は左手に銃を持ち替えると、右手で眼鏡のずれを直す。

そのまま、何気ない動きで銃のトリガーに力を込めた。

 

 

ズドン!

 

 

 「な……あ?」

 

 

あまりに拍子抜けした久瀬の声、彼の腹部に弾丸が突き刺さった。

 

 

 

 

がくり。

 

 

 

 

 

――――あっけない、音。

 

 

 

 

 

 

前のめりに倒れ、刀さえも腰から外れる。

浩平も、あまりの一連の出来事に動揺する。

肩の痛みで上手く集中できないが、それでも相手の顔――帰還者の顔だけは認識できた。

 

司はつまらなそうにその動きを見つめる。

 

 

 「ふ〜ん、いくら急所を外してるとはいえ、よく意識を保ってられるな。

  褒めてあげる。……あぁ、心配要らない。

  追い討ちはかけないよ、僕は道楽主義者じゃないんでね」

 

 

そして司はリングに降り立った。

視線をシュンへと合わせる。

 

 

 「迎えに来た……とでも言えばいいのか? 氷上シュン殿。僕と一緒に来てもらうよ」

 

 

おもむろに左手をシュンへと向け、何か陣を空に描き出す。

同時にボソボソと何かを呟いていた。

するとどうしたことか、シュンが何も出来ないままに動きを止める。

 

 

 「てめぇっ……氷上に何しやがるっ」

 

 

肩を抑えながらも、司を睨みつける浩平。

体が上手く動かない――――まるで何かに押さえ込まれているかのように。

 

 

 「うるさいな……彼を連れて行くだけさ。彼の本来あるべき場所へとね。

  邪魔しないでもらえるか? 僕はとっとと目的を果たして、

  茜と詩子を連れ出さないといけないんだから」

 

 

左手を下ろし、もう一度最後に何か呟いた後、シュンの姿は薄くなっていく。

 

 

 「空名さん、終わったよ」

 

 

天井の方を向いて、話し掛ける司。

同時にドームは一瞬で消えた。

 

 

 「ご苦労様でした。それでは退散するとしましょう」

 

 

空名がリングへと降り立ち、シュンの元へと歩いていく。

衆人が見ている中、二人はシュンの肩を掴み、続いて発生した

黒い塊――ブラックホールに酷似した球――の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

後に残ったのは、地面に倒れ伏している祐一と久瀬、そして

 

 

 「氷上ぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっ!!」

 

 

肩から血を流しながら、親友の名前を叫ぶ浩平の姿であった。

 

 


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