Eternal Snow

70/七星学園武術会 〜相容れぬ者〜

 

 

第一回戦もほぼ全ての試合を消化していた。

現在リングで行なわれている試合も後二つ、それが終わればいよいよ最終試合となる。

エントリーしている久瀬とシュンは、既に試合が行なわれるリングの近くに待機していた。

 

 

 

対する浩平と祐一は。

 

 

 「ちょっと! 折原のやつ何処行ったのよ!?」

 

 「ゆ、祐一もいないよ〜っ」

 

 

行方不明だった。

 

 

 

 

 

 

 

試合に熱中していたクラスの面々は、とっくの昔に

二人がいなくなっていたことに気付いてはいなかった。

今更になって慌てても……という感じだろうか。

 

 

 

 

 「もう始まるぜ、このまま不戦敗でもするか?」

 

 「それとも、白旗振って降参、とかな」

 

 

二人は屋上にいた。

校舎内は侵入不可ではあったのだが、祐一と浩平にとっては意味をなさない。

人気のないところから文字通り『飛んで』、ずっとここから校庭を見ていた。

 

 

 「別に俺はいいぞ? 久瀬に何言われようが関係ないし」

 

 「俺だって試合になんて興味はないさ。ただ単にアイツと馬が合わないだけで。

  てかマジな話……本気で戦う訳ねぇだろ?」

 

 「ま、そりゃそうだろうけどな。もし俺ら……いや、今回はお前だけどさ。

  本気でやったら確実にアイツ、死ぬもんなぁ」

 

 「当たり前だ。その気になったら指一本動かす必要も無い。

  酸素濃度を上げて過呼吸、逆に酸素無くして窒息。

  …………あいつが人間である以上、俺には勝てないさ」

 

 「随分とまぁ荒々しい発言だな。お前にしては珍しい……むかついてる証拠か。

  ところで訊くが、逆に久瀬と馬の合う奴なんているのか?」

 

 「転校して間もない俺が知るわけないだろ。それくらい判れよ親友」

 

 

そんな会話にも飽きてきた浩平は屈伸して体を伸ばす。

 

 

 「とりあえず顔出しくらいしないと、久瀬よりも長森とかが怖いんだが。

  このまま流したら後で何されるか判ったもんじゃねぇぞ」

 

 

その言葉に祐一のこめかみに汗が流れる。

 

 

 「……今すぐ戻るぞ、うん、今すぐだ」

 

 「……だな」

 

 

神器たる二人を怯えさせる彼女達こそが本当の脅威なのかもしれない。

いやまったく恐ろしい。

 

 

 「なぁ、ところであの二人の能力とか知らないんだが」

 

 

校舎を駆けながら祐一が並走する浩平に訊ねた。

そのスピード自体が並の学生からすれば充分全力疾走に近く、

息も乱さず走り抜けて行く様はまるで疾風。

 

 

 「あ、知らなかったか? んじゃ説明してやるよ。まず……」

 

 

氷上シュン、彼の能力は『具現化』と呼ばれる創造系の力である。

物体を創造する能力にして、己の精神を媒体に何らかの物体を生み出す。

但し、具現化した物体は使用者の精神力の強さに応じて具現時間が変わる

……というものである、故に彼は特定の武器を持たない。

 

 

 「で、久瀬に関しては……お前だな」

 

 「は?」

 

 「あいつの獲物は刀、で、所有能力は『鎌鼬(かまいたち)』。これで意味判るだろ?」

 

 

浩平は言葉をその場に残し、軽やかに階段から飛び降りる。

それを見ていた祐一の目が細くなる。

感情を捨てたような……鋭い視線。

 

 

 「あいつ……抜刀術でも修めてるのか?」

 

 「そういうこった。流派は知らんが、居合抜きって豪語してるぜ」

 

 「居合も抜刀術も基本的な意味は一緒だ。しかも風の亜種……鎌鼬とはな」

 

 

どこか愉しげに笑う祐一、そうそう刀を使う人間なぞいない。

まるで自分のコピー、しかも神器としての視点で見れば劣化された存在。

見縊りはしないが、自分もそうなれたかもしれないという複雑な感情。

 

 

 

 

――――そう、もしも久瀬と同じ環境にいれば……あの悲しみを味わうことも無かった。

 

――――【永遠】が蔓延するこの世界で、【永遠】に膝を屈する苦痛を。

 

 

 

 

 「なるほどね、俺とアイツの馬が合わないのはそれか」

 

 

何も識らずに力を得た者。

絶望の果てに得るべき力を求めた者。

永遠に傾かなかったのだけが救いで、ただ苦しいだけで。

幸せなのは前者に間違いなく、ある意味で祐一達は不幸で。

 

 

 「同属嫌悪ってか?」

 

 「……それだと俺が嫌な奴って言ってるように聞こえるんだが」

 

 「お、確かにそだな。んじゃそういうことで♪」

 

 「勝手に終わらすな!」

 

 

そんな抗議が通じるわけもない。

何せ相手は浩平なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

――――その頃。

 

 

 「……ふむ? どうやら逃げたみたいだね」

 

 

間もなく試合も始まるというのに、現れない二人を幾分呆れたように言う久瀬。

 

 

 「まだ始まったわけじゃない。時間切れには早いよ」

 

 「僕もこういう形は本意じゃないさ。だけど、選択としては間違ってない。

  無様に恥を晒すよりは諦めた方が賢いということもあるだろう?」

 

 

シュンは憐れみを込めたように静かに呟いた。

 

 

 「そんな考え方は寂しくないかい?」

 

 「ん? 何か言ったかな?」

 

 「……別に、なんでもないよ」

 

 

視線を逸らすシュン、そしてその瞳に映った二人の姿。

 

 

 「ふふっ、やっぱりね」

 

 「……ほう、意外に度胸があるな。

  少しだけ見直したよ……自分から恥を掻きに来るとはね」

 

 

久瀬達と反対側のリング近くに現れる浩平と祐一。

 

 

 「どっちにしろ俺達の負けだな」

 

 「ハナっから勝てるなんて思ってないさ。つーよりも戦う気すら起きねぇ」

 

 「同感」

 

 

祐一と久瀬の確執は露骨なものになっているが、

その憂さを晴らすように試合を行なっては本末転倒。

そんなことのために得た力でもなく、久瀬と己の実力を比較するのも馬鹿らしい話。

その意味では確かに彼を見縊っていることになるが……だからどうしたというのが本音。

 

 

――――俺の『苦しみ』の何が判る。

 

 

もう何も残っていないのだ。

あの日に全てを失った。

大切な人も、親友も、その恋人も……師匠までもが居なくなった。

 

絶望の中で開花した相沢祐一の力。

それは久瀬を倒すために手に入れた力ではない。

だからどんなに馬が合わないからといって、彼のために振るう刃は持っていない。

 

 

 

丁度その時、残っていた試合が終わりを告げた。

否応なく、観客の視線が浩平達に集まる。

開始まではまだしばし時間がある。

四人はリングへと上がった。

 

 

 「素直に褒めてあげるよ、相沢君、折原君。

  てっきり逃げると思っていたものだからね」

 

 「おう、俺も負けず嫌いだからさ。

  何もしないで負けるってのはいくらなんでも御免被りたい」

 

 

互いに棘だらけの会話を始める祐一と久瀬。

誰がどう見ても火花が散っている。

最悪放っておけば試合が始まる前に戦闘を始めそうで怖い。

 

 

 「お前も大変だな、氷上」

 

 「……僕は出来るなら戦いたくないんだけどな」

 

 「無理はしなくていいぜ? わざわざお前のプライドを傷つける真似はしたくない」

 

 「浩平君……ありがとう」

 

 

対照的ににこやかに会話するのは浩平とシュン。

正に祐一と久瀬は水と油と云うべきか。

 

 

 「やっぱお前ら、同属嫌悪じゃんか」

 

 「うっさいな」

 

 「……同属? 僕と相沢君が? どこをどう見たらそう思えるのかな?」

 

 「ま、こっちの話さ」

 

 

久瀬はどこか釈然としないような表情を浮かべる、が気を取り直したかのように

腰の長物――『影鬼門えいきもん』という銘の刀を鞘から抜く。

その刀は既に強化、いや、劣化によって刃を殺されている。

だが、きっと彼の腕はそれを意に介さないだろう。

 

 

 「まぁ気にしても仕方ない……どうせ君たちはすぐ居なくなるわけだしね。

  少しくらいは大目に見ないと、公平な会長ではいられないしね?」

 

 

その切っ先を祐一へと向ける。

薄黒く輝いた刃はまるで暗黒。

 

 

 「いい刀だな、それ。かなりの業物だろ?」

 

 

祐一は臆する様子も見せず、素直に彼の刀を賛辞した。

祐一は元々剣士――刀使い――であるから、少々そういったことに目ざとい。

浩平や舞人は「刀フェチ」等とからかうのだが、

その度に一弥のブラコンモードに打ちのめされているわけで。

 

 

 「む? 見直したよ相沢君。僕の刀を褒めてくれるなんてね。

  銘を『影鬼門』、僕の家にある名刀の中でも一、二を争う業物さ」

 

 「そっか。大事にしろよ? 刀は自分の心を映す鏡って言うからな」

 

 

久瀬は至極珍しそうな眼差しを祐一に向けた。

 

 

 「へぇ……意外に物を知ってるじゃないか。頭の回転はいいわけだ。

  それでランクさえ優秀なら、いい友人になれたかもね?」

 

 

愉しそうに笑う久瀬。

祐一も同様に笑う。

 

 

 「かもな。お前がランク至上主義とやらを捨てたら

  喜んで俺はお前の親友になるんだけどな……残念だ」

 

 「あり得ない話ならいくらでも言えるものさ」

 

 「同感」

 

 

互いに苦笑し、そして同じことを思った。

 

 

 (こいつは嫌いだ)

 

 

と。

 

 

『相容れぬ者』……それはこの二人にこそ相応しいのかもしれない。

未来の枝に記録されるであろう、二人にとっての最初の対立。

第一回戦・最終試合の幕が上がる。

 

 

 

 


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