Eternal Snow

68/七星学園武術会 〜前哨戦〜

 

 

 「ったく、っのバカ! 大恥かいちまったじゃねえか!」

 

 「あれくらいのアピールは当然だろう」

 

 

罵りあう祐一と浩平。

二人はクラスの喧騒から隔離されるの如く座席の隅で互いを小突く。

周りの生徒たちはそんな彼らを放っておいて試合観戦に熱中している。

会場には四つの試合場……リングが用意され、同時に四つの試合が行なわれている。

制限時間は五分、パートナー同士が戦闘不能、もしくはギブアップとなった場合に

決着・制限時間内に終わらない場合は判定。

即座にその空いたリングで次の試合が行なわれる。

第一回戦は人数の都合上、どうしてもそれだけのハイペースで進まなければならないのだ。

 

 

 「しっかし……明らかにアレは作為的だよなぁ」

 

 

祐一が掲示されている対戦表を眺めてげんなりした面持ちで言った。

 

 

 「どう考えてもそうだろう。つくづく俺らは嫌われてんな」

 

 

やれやれ、と首を振る浩平。

第一回戦、最終試合の中に二人の名前が入っているのをちらりと確認する。

相手は久瀬・氷上ペア、学年最強のツートップとさえ呼ばれるコンビである。

対するは祐一と浩平……実際にはこの二人のペアに勝てる学生なぞ存在しないが

あくまでも今の彼らはC2とC3の最弱コンビ。

噂によれば一年生どころか中学生にも負けるのでは、等とまで言われている。

……何時の世も噂というものの信憑性は怪しいものである。

 

 

 「おおかた俺達に恥をかかせて退学に追い込もうって算段か」

 

 「まったくヤになるな」

 

 

なお、第一回戦・最終試合に限っては他の全ての試合が終わった後、

たった一つのリングだけを使用する形で行なうことになっている。

 

武術会は今日から三日間。

第一回戦最終試合は、午前の部の目玉というわけだ。

しかも最弱ペアと校内有数ペアという鉄板番組。

笑い者にさせる意図があるのは明白だ。

 

 

 「どうするよ?」

 

 「どうしようもないだろ。正体ばらす気か?

 

 「それは勘弁……ったく、この宇宙一のナイスガイが笑い者にされるのは

  本意じゃないんだがなぁ」

 

 「阿呆、俺だって嫌だそんなもん」

 

 

 

 

 

 『うおーー!!』

 

 『そこだっ、いけーーー!!!』

 

 

盛り上がる生徒達を余所に、たった一箇所だけムードが違っていた。

まぁ無理も無いが……どこか辟易しながら突然立ち上がる祐一。

 

 

 「ん? どした」

 

 「ここにいたって仕方ない、とりあえず試合始まる前に戻ってくればいいんだろ? 

  どっか適当にぶらつこうぜ」

 

 「そだな。そうすっか」

 

 

そして二人はふらっと出歩くのであった。

ちなみに誰も彼らには気がつかなかった。

熱中しすぎということだろう。

尤も、もしも二人が本気で陰行の術を使ったのならば

学生であるうちは誰一人として気付くことはないのだが。

 

 

 

 

 

出歩いたところで二人はいきなり後悔するはめになる。

 

 

 「おや、二人とも。退学届は書き終えたのかな?」

 

 

厭味ったらしい声色の久瀬と出くわした。

いやもう悪役の素質満載というしかないだろう。

 

 

 「……久瀬、あんまり露骨なことはしない方がいいぞ?」

 

 

浩平がわざと内心をひた隠すように言葉を紡ぐ。

もっとも、全然堪えてないのだが。

彼の心情を推し量るなら、『この程度の器しかない奴に何されようと』といったところか。

しかし久瀬は満足そうに

 

 

 「何の話かな? 僕はふと思いついたことを言っただけなんだがね。

  あまり詮無きことは言って欲しくないな。いや、そうか、所詮君達のような

  劣等生は妬むことしか能がないからね。無理もないか、失敬」

 

 

はははっ、と笑う久瀬。

 

 

 (うわ……なんつーか……バカな奴)

 

 

本当は心底呆れているのを隠したまま、浩平は

 

 

 「悪いな、どうにも俺ら馬鹿だからさ」

 

 

己を道化となす。

道化でいることが楽であるし、何より堪えない。

 

 

 「う〜む、退学届なんて書いたことないからさ。どうにも書き方って判らないんだよな〜。

  生徒会長にこんなこと頼むのもマジで申し訳ないんだが、訊いていいか?」

 

 

祐一はヘラヘラ笑いながら、至極低姿勢で久瀬に訊ねる。

久瀬も面白そうに祐一を見た。

 

 

 「何かな? 例えどんな生徒であっても相談くらいにはのるよ」

 

 「悪いな、退学届ってやつの現物を見せて欲しいんだ。お前の名前が入った直筆の、さ」

 

 

 (くわばらくわばら、久瀬の野郎……本気で祐一を怒らせはじめた……し〜らね)

 

 

神器たちの中で最も恐ろしいのは祐一である。

普段から伊達にツッコミ役をしている訳ではないのだ。

誰もが祐一を本気で怒らせよう等とは思わない。

普段のツッコミと彼のキレている状態では訳が違うらしい。

確かに、『ブラコン全開モード』の一弥も危険なのだが。

 

ぴく、と久瀬の眉が動く。

 

 

 「なかなか面白いことを言うじゃないか」

 

 「だろう? 生徒会長サマの直筆退学届なんてそうそうお目にかかれないぜ。

  最高に面白い話だろ? なぁ、七星学園生徒会長さん?」

 

 「そうかな? 僕からしてみれば転入して僅かしか経っていないランクC2の生徒と

  その親友と呼ばれるこれまたランクC3の生徒が書いた退学届の方が

  何倍も面白いものになると思うけどね。どう思う? ランクC2の相沢くん?」

 

 

二人の視線が交錯する。

敵意と敵意の交じり合った目に見えない火花。

互いを睨みつけ、その瞳を僅かとて逸らそうとはしない。

 

 

 「なあ久瀬、『窮鼠猫を噛む』ってことわざ、知ってるか?」

 

 「なかなか博識だね、君がそんな言葉を知っているとは思っていなかった。

  いや、忘れてくれ……流石に失礼が過ぎるからね」

 

 

冷えた微笑で言葉を交わす祐一と久瀬。

しかしこうして見ると互いに異性を惹きつけそうだ。

 

 

 「気にすんな。別にそれくらい今更だしな。

  その言葉の意味……噛み締めていた方がいいんじゃないか?」

 

 「ご忠告痛み入るよ。しかし僕からも一つ助言をしておこうか。

  『獅子は兎を殺すにも全力を尽くす』と言う、驕ることは万に一つもない」

 

 

祐一は軽く苦笑した後、

 

 

 「そっか、変なこと言って悪かったな。ま、試合では宜しく頼むわ。

  あ、最後に歴史から引用させとくか……『おごる平家は久しからずや』ってな」

 

 

その言葉を彼に告げた。

“自分の地位などを頼みとして勝手な振る舞いをするものは、

遠からず衰え滅ぶ”ということを指した古語の一つである。

この場合、平家は久瀬を指すのは間違いあるまい。

 

 

 「それじゃ。行くぞ、浩平」

 

 「お、おう」

 

 

祐一は背中ごしにヒラヒラと手を振って彼のもとを辞した。

その表情は昼行灯といった表現が一番相応しい気がした。

 

 

 「……言ってくれるじゃないか。ますます試合が楽しみになってきたよ」

 

 

久瀬は一人、踵を返して祐一とは反対の方向へと歩いていく。

二人の前哨戦は……若干祐一の方に軍配が上がったようである。

 

 

 「祐一……お前、抑えろよ?」

 

 「心配ない、わざわざ気にするほどのもんでもないさ」

 

 「そう言ってるお前が一番やばいんだっての、ったく。

  あんなに喧嘩しなくてもいいだろうに」

 

 

珍しい……浩平が抑え役というのは実に珍しい構図である。

 

 

 「お前が自分で言ったんだぞ? ばれるわけにはいかないんだからな」

 

 「わかってる、わかってるさ」

 

 「……別に久瀬に負けたからって退学しなきゃいけないわけじゃないんだぜ。

  適当に流すぞ、判ってるな祐一」

 

 「あいよ。了解」

 

 

仕方ないなぁ、という祐一の表情に、どこか漠然とした不安を覚える浩平であった。

祐一も充分、タチが悪いのだから。

そうでなければ現神器のリーダーなぞ、務められるはずがない。

 

 

 

 

 「…………ま。浩平の顔に泥を塗るつもりはないから、安心しろって」

 

 「本当に頼むぜ? てかこういうセリフは普通お前が言うもんだろが」

 

 

間違いなく心労の一種である軽い頭痛を感じながら、浩平が諌める。

誰がどう見ても立場が逆転している。

 

 

 「舞人のセリフを借りるなら……俺は『クールでニヒルなチームリーダー』だぜ? 

  そうそう暴走してたまるかっての」

 

 

くっくっく、と笑う祐一。

普段なら絶対に似合わないはずの舞人のセリフが妙に適応している気がした。

 

 

 「…………何か今初めてチームリーダーの気苦労が判った気がするぜ」

 

 

はぁ、と溜息をつく浩平。

普段なら絶対に言わない言葉が、妙に適応していた。

いつもならその気苦労を生み出す張本人だというのに。

 

 

何にせよ浩平は思った。

 

 

――――絶対ただじゃ済まねぇだろうな……。

 

 

と。

それが杞憂で済んで欲しいと願うのも無理はない。

 

 

 

 


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