Eternal Snow

67/七星学園武術会、開催

 

 

今更ではあるので大会に関しては説明を省く。

イメージとしては風見学園のソレと同じと思っていただきたい。

但し、今回七星で行なわれるのは少し異なる。

それは、全ての試合がタッグマッチ制ということだ。

人数の都合であぶれた場合は、三人、または一人というのも有り得るが、基本は二人だ。

 

生徒たちが校庭にて陣取りをしている中、浩平と祐一は二人きりで教室にいた。

……変な想像はしないと思われるが、しないで欲しい。

 

ちなみに理由は「話がある」と浩平に言われたからである。

生徒は皆大会のことで頭がいっぱいで、校舎内には人っ子一人いない。

ちなみにこの二人は、今回の大会の相棒同士。

 

 

……真実を知っている者からすれば脅威以外の何物でもない。

どこの誰ならば日本最強コンビが学生試合に出ると思うだろうか。

 

 

 「おい、そろそろ俺達も行ってないと拙いぞ。多少の遅刻くらい平気だが……。

  名雪達が騒ぐ……それはお前もだろ?」

 

 「まぁ待て、騒ぎたい奴は騒がしておけよ。わざわざ人払いまでしたんだから」

 

 

窓に背中を預けながら問う祐一に、浩平は教卓に座り答える。

 

 

 「で? 本題は? 長森さんと七瀬さんに正体がばれたってのは聞いたが。

  他に何かあるのか?」

 

 

明かされた時、祐一と一弥が辟易したのは語るまでも無い。

片目を瞑って浩平に視線をやる祐一。

二人のそんな光景は意外に絵になっていた。

 

 

 「見事な洞察力ってか、流石はリーダー」

 

 「茶化すなよ――、一弥がいると拙い話なんだな?」

 

 

以前浩平が『瑞佳と留美に正体がばれた』件に関して告白したとき、

その場には祐一と一弥がいたのだ。

言うべきことがあるならそこで言うはず、なのに黙っていたということは、答えは一つ。

 

 

 「そういうこった。実はあの日、俺が出くわした帰還者は三人」

 

 

『あの日』とは、浩平が茨迎と戦った日のことである。

 

 

 「何?……『茨迎』とか言う『永遠の使徒』と戦ったんだろ?」

 

 

何かあるのは理解していても、帰還者との交戦事実を偽るというのは独断もいいところだ。

本来ならば何かの形で罰則を与えられてもおかしくない。

神器のリーダーである祐一にはその権利もある。

 

 

 「おう。確かに俺が戦ったのはソイツだけだ。だが……あと、二人いた」

 

 「……OK、続きを頼む」

 

 

下手なことを言って話の腰を折るわけにもいかない……異論を挟むのを自重する。

 

 

 「俺が奴の攻撃を喰らった後、突然そいつらが現れたのさ。

  幸い戦闘にはならなかったが……一人は仮面と鎧で武装した戦士。

  あん時は暗くてよく判らなかったが、兜の後ろから

  長い髪みたいのが伸びてた気がする……多分女だろ。

  で、もう一人は……メイドっぽい服を着た女の子だった」

 

 

緊張していた心を落ち着かせるように、祐一はどこか呆れた溜息を吐いた。

そうでもしないと精神の安定を図れる自信が無かったから。

憎む対象である帰還者、そして永遠という異質を垣間見ているからこそ。

 

 

 「今更だが……帰還者って訳が判らないな」

 

 「その女の子の方が“あの方が目覚めた”って言ったんだ」

 

 「それくらいなら一弥がいても問題ないだろ? 何が言いたいんだお前」

 

 

祐一の質問に顔を苦くして、一瞬だけ言い渋る浩平。

 

 

 「……メイド服の帰還者の名前が“よりこ”っていうらしい」

 

 

いぶかしんでいた祐一の瞳がキッ、と見開く。

 

 

 「おい、まさか!?」

 

 

その名前には心当たりがあり過ぎた。

純一が憎み続ける――――“頼子”とはその憎むべき相手の名前。

純一の口から頼子が帰還者だと告げられたことはない。

もっとも、もし帰還者だとすれば記憶からも消えるはずの存在。

だが、もしもということはありえる話。

可能性に過ぎない話であろうと……懸念をして損ということはないはずだ。

 

 

 「名前が一緒なだけかもしれない……だが、一弥には言わない方がいいだろ?」

 

 「だな……あいつの口から純一に伝わる可能性は高い。

  そういうの見過ごせないからな、一弥は」

 

 

その懸念は正しいだろう。

純一に事の顛末を説明するわけにはいかず、一弥に話しても結果が同じでは意味が無い。

 

 

 「舞人にはどうする?」

 

 「悪いが伝えといてくれ、俺が言うより実際に見たお前の方が適任だ」

 

 「了解」

 

 

二人はその会話を最後に、教室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

会場設営された校庭に出て、真っ先に瑞佳とあゆに掴まる浩平と祐一。

 

 

 「もう〜! 何処行ってたんだよ、勝手なことしたら駄目だって言ってるもん!」

 

 「やかましいわ、だよもん星人。男同士で連れション行って何が悪い」

 

 

瑞佳は浩平が神器であることを知っているが、祐一もそうであることは知らない。

 

 

 「……えっ? 祐一君、もしかして祐一君ってそういう趣味?」

 

 「待ぁて待ぁて! なんか盛大に勘違いしてるぞあゆ! 俺は至ってノーマルだ!」

 

 

そのままぎゃーぎゃー騒ぎながら席へと運ばれていく二人。

生徒会待機室から遠目でその様子を見ていたある少年がいた。

 

 

 「相変わらず見苦しい……まぁ、僕が直接手を出せば済む話か」

 

 

眼鏡を押し上げて、自分の腰に下げられた一振りの刀に手を当てる少年、久瀬。

まだ発表すらされていない本日のトーナメント第一回戦の用紙が彼の手元にはあった。

そこに書かれた最終戦、久瀬・氷上ペアの対戦ペアの欄には

『相沢祐一・折原浩平』の名前が載っていた。

 

 

 「……久瀬くん、手を回したのかい?」

 

 「やぁ氷上君。そうだが、それがどうかしたかな?」

 

 

彼の発言はそのまま“裏から手を回したことを肯定する”ということ。

久瀬はこともなげに冷めた目をする。

 

 

 「僕はそういうやり方は好きじゃない」

 

 「面白いことを言うね、君は。僕はこの学園の生徒会長だ。

  うちの学園にとって得にならない生徒を置いておく必要性はないだろう。

  とは言っても、僕にはあの二人を退学に追い込むほどの権力はない。

  だが、自主退学にすることくらいなら出来るからね? 

  この大会は絶好の機会だよ、放っておく方が莫迦らしい」

 

 

久瀬の一方的な言葉に歯噛みするシュン。

独善的なその言葉が彼の癪に障った。

 

 

 「あの二人が何をしたと言うんだい? 

  少なくとも僕の記憶では、彼らが君に何かした覚えはない」

 

 「別に何も? ただ、彼らはうちの学園に相応しいと思えないだけさ」

 

 「……………………」

 

 「氷上君、君がどう動こうと勝手だが、君も僕と同じ側の人間だ。

  同時に僕のパートナーでもある、なら……わかっているね?」

 

 

シュンと呼ばれる少年は、彼にしては非常に珍しく、

不機嫌な顔でチッ、と舌打ちをしてそのまま部屋を後にする。

 

 

ガラガラ……ピシャッ!!

 

 

ただそれだけの音に、シュンの怒りが凝縮していた。

 

 

 「彼も甘いよ。優秀なのは腕、だけということかな?」

 

 

シュンの消えた扉を見つめ、高みから見下ろし、嘲るように彼は呟く。

やれやれ、と首を振る。

まるで、自分がすべて正しいかのように…………。

 

 

 

 

 

 

 「……何をやってるんだ。こんなことなら生徒会なんて入るんじゃなかったっ」

 

 

シュンは部屋を出て行ったあと、誰もいない廊下で一人毒吐いた。

それは自問自答。マイナス方向に気持ちを向けて。

 

わざと負ければいい、そう思わなくもない。

だがそれは失礼に値する行為、ちゃちなプライドだが、自分の何かも傷つけてしまう。

だから手も抜けない、自己欺瞞と矛盾。

 

 

 (いっそ彼がいなくなれば……! っ!? な、何を考えてるんだ僕は!)

 

 

彼にとって初めての感覚。

『憎しみ』という言葉に大局される悪しき情感。

 

 

 

 

今まで、真っ直ぐ育ってきた彼。

一度たりとて道を違わず、ただひたすらに純粋に育った一人の人間。

まるで温室で育てられた穢れを知らない一輪の花。

 

 

“『恨む』ことを知らない”

 

 

それがどれだけ『異常』なのかを彼は知らない。

 

 

 (こんな、の、初めてだ……。誰かが憎らしいなんて……僕が、な、んで?)

 

 

まるで自分が『何か』に飲み込まれてしまう錯覚。

暗く、クラク、昏く暴れる『憎しみ』。

たった一度湧き出した感情が……どんどん成長してどす黒くなっていく。

自覚するとその感情は止まらない。

 

 

 (ぼ、僕は一体……どうして? や、やめろぉぉっっっっ!!!!!)

 

 

 

ドクン!

 

ドクン!

 

ドクン!

 

 

激しく打ち鳴らされる鼓動。

 

 

ドクン!

 

ドクン!

 

ドクン!

 

ドクン!

 

 

 

シュンの精神を蹂躙していく“何か”。

それは悪しき萌芽、恐るべき目覚め。

誰かが待ち望み、誰かが拒み続けた悪夢。

 

 

 (や、め、ろ……! 僕の中から……出て行けぇ!!)

 

 

必死に抗うシュン。

今此処に誰かがいたなら、そのあまりの形相に腰を抜かしていただろう。

届かぬ救い、何かが壊れていくような……たいせつななにかが……。

 

 

 (たす……け……て……くれ、だれ……か……)

 

 

心がへし折れる。

【氷上シュン】という己が何か別のものに犯され、喰い尽くされ、無くなる。

 

怖い、彼はひたすら怖かった。

 

 

 

 

 

――――――その時である。

 

 

 『ふはははははっっっっっっ!!!!! 生徒諸君! 俺の名は折原浩平! 

  美男子星のプリンス、宇宙一のいい男! ギガ・ナイスガイこと折原浩平だ! 

  今日はせいぜい頑張ってくれたまえ、はぁーはっはっはっはっは!』

 

 

校内中のスピーカーから流れる浩平の声。

そして

 

 

 『この阿呆!! クラスから逃げ出して電波ジャックする奴があるか! 

  いますぐ謝りやがれぇぇぇっっっっっっ!!!!!!!!!』

 

 『馬鹿め! 長森如きにこの俺が止められるはずがあるまい!』

 

 『いい加減にしろぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!!』

 

 

 

 

それを諌める祐一の怒鳴り声。

あまりに予想外の救いの手?

 

 

 (あ、あはは……相変わらず……無茶やるなぁ)

 

 

シュンを襲っていた“何か”は、シュンの浮かべた弱々しい笑みによって霧散した。

 

 

 

 

 

――――――そう、いつもの馬鹿が彼を救ったのだ。

 

 

再び流れるスピーカー音。

 

 

 『んん……こほん。それではこれより、七星学園武術会を開催いたします!』

 

 

放送部のアナウンス。

 

一瞬前まで自分を襲っていた恐怖が心の中から消えている。

もう忘れてしまったのかもしれない。

 

 

 「……さて、僕も行かなくちゃ」

 

 

立ち去るシュン、その顔色は先ほどのそれよりも遥かに明るい。

まるで、蝋燭が最も美しく燃える最後の一瞬のように………………。

 

 

 

 


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