Eternal Snow

66/訓練の日

 

 

さて、一週間後に武術会を控えた七星学園は、すっかりお祭りムードと化していた。

この雰囲気は仕方ない、武術会は文化祭や体育祭と同じ一種のお祭りなのだから。

風見学園や桜坂学園の生徒も盛り上がるのだ、七星が盛り上がらない理由はない。

 

そんな中、浩平のクラスの生徒たちは特訓に明け暮れていた。

体育館でそれぞれ汗を流している。

組み手をする者、シャドーボクシングに勤しむ者、能力の特訓をする者など

実に様々な方法で己を鍛えているのだが……。

 

 

 「全く、頑張るよな、お前らは」

 

 

浩平は特に何をするでもなく、その光景を見ている。

意識せずに一言呟く。

 

 

 「お・ま・えは、いいの……かよっ」

 

 

浩平の言葉に反応したのは腕立て伏せをしている住井。

僅かに滴りだした汗の輝きが、彼の努力を裏打ちする。

地力の基礎は自分自身の努力に他ならない。

流した汗は結果となって付いて来るだろう。

 

 

 「俺は今更やったって何も変わらないだろ?」

 

 「ふ、む……っ。そりゃ、あ……そう、だなっ」

 

 「そそっ、どうせ俺はC3の劣等生ってなっ」

 

 

どこか気楽そうに笑う浩平。

道化を演じ、最弱のレッテルを貼られているならそれでいい。

正直な所、鍛え上げたとさえ自負しているのだ。

 

嫌と言うほど体を苛め、泣き叫ぶほど苦しんで……。

酷な言い方をさせて貰えるなら、今この場に過去の自分ほど鍛えている人間はいない。

この学園で匹敵するのは相沢祐一と倉田一弥だけ。

 

スポーツを多少超えただけのトレーニング。

そう結論づけてしまいたくなるほど、彼らはまだ温い。

それは仕方の無いことで、出来るのなら同じ苦しみを味わう必要なんてない。

今ある強さなんてその副産物に過ぎない。

出来るのなら……と言ったが、出来ることならこんな強さは要らない。

ただ望んだのは、愛しい少女の笑顔だけ。

バンダナだけが見守っていることを浩平は自覚していた。

 

 

 

 

 

 

 「おいおい、それでいいのかぁ?」

 

 

浩平の声を聞いていた北川が幾分呆れた声持ちで二人の傍に来る。

彼も今までシャドーボクシングに汗を流していた。

首筋に滴る汗が男らしさを醸し出す。

 

 

 「いいに決まってんだろ、人には限界ってのがあるんだし」

 

 「折原の場合はやる気が無いだけじゃないか」

 

 「何を言うか。俺はやる気に満ち溢れているぞ」

 

 

無意味に力こぶを作る動作をする。

真似だけであり、住井達には彼の鍛えられた筋肉は見えない。

 

 

 「……皆とは違った方向に、だろ」

 

 

心外な! とでも言いたげな浩平に回答したのは、

彼専用のツッコミマシーン(人力)こと、祐一である。

既にこのクラスでの祐一の位置付けは決定していた。

やっていることは普段と何も変わらないのだが……リーダーは辛い。

 

 

 「相棒、言葉に棘がある気がするのは気のせいか?」

 

 「否定はしねぇよ。お前がそう思うのならそうなんだろ」

 

 「さっすが相沢! 良い事言うぜっ」

 

 「おぅ」

 

 

北川の賛辞に片手を上げて答える祐一、その顔は笑っている。

浩平は面白くなさそうだ。

 

 

 『祐一のヤロウ、いつもいつも俺をコケにしてくれていつか舞人と仕返ししてやる』

 

 

と口の中だけでブツブツと呟く。

だが相手が悪かった。

忘れられているかもしれないが、何せ祐一は神器『青龍』である。

しかも空間認識能力に長けた風の元素能力者。

例え極消音であったとしても、音にしてしまった以上彼に聴こえないはずがなく。

祐一は北川に対して笑いかけ、密かに呼霊法で浩平の耳元に囁く。

 

 

 『…………半年前の書類提出不足分、フォローしてやった恩を忘れた、と?』

 

 

二ヶ月減俸処分となる所を、上手いことやりくりして上層部に謝り

恩赦して貰えるよう取り計らったのは何を隠そう祐一である。

(Web拍手番外編第4話参照)

貸し借りどころか借りばかりが溜まっているのだ。

その借りを返していない以上、浩平は分が悪い(舞人も)。

 

 

 『……………………しぃません』

 

 

再び小さく呟き、自ら負けを認める浩平であった。

 

 

 

 

 

 「に、しても……いいよなぁ」

 

 「何が?」

 

 

話題を変えた北川の呟きに浩平が訊ねた。

その目が自分とは別の所を向いているのを浩平が見逃すことはない。

 

 

 「決まってるじゃないか。うちの女子だよ……飛び散る汗が堪んねぇ〜! 

  うお〜! 美坂萌え〜〜〜〜っ」

 

 

……何も言うまい。

よくよく見ると他の男子も北川と同じような目をしているようだ。

 

 

 (まったく、揃いも揃って……)

 

 

内心で溜息をつく祐一&浩平。

喧騒のおかげで女子の方には聞こえていないのが幸いといったところか。

もし聞かれていたら、彼らにセクハラの称号が与えられるのは間違い無い。

 

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 

浩平と祐一は二人静かに視線を合わせながら、彼らとの付き合い方を本気で考慮していた。

“枯れてるね〜”などとは思わないで欲しい。

いかに年頃の男子生徒とはいえ、彼ら二人の経験は同年代のソレを遥かに超えているのだから。

 

 

――――それが、『良いこと』なのか『悪いこと』なのかは……判らないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なんか、変な視線を感じるんだよもん」

 

 「気のせいじゃないわよ……あたしも感じるから」

 

 

組み手をしながら瑞佳と留美が会話していた。

それを聞きつけた茜と詩子も口を開く。

 

 

 「……気持ち悪いです」

 

 「あはは……男の子だからね。仕方ないよ」

 

 

空笑いしながら詩子が男子の方を見る。

 

 

 (見るんじゃなかった……)

 

 

と即座に後悔したのはまぁ置いといて。

 

 

 「でも、意外です」

 

 「何がかな? 里村さん」

 

 「いえ、浩平が騒いでないので。率先して騒いでいるだろうと思ったのですが」

 

 「ほんとだね、確かに意外かも」

 

 「…………気のせいじゃない?」

 

 「そうですか?」

 

 「そうだよ、うん」

 

 

茜の疑問に答えたのは留美であったが、どこか表情にひびがあったような気がした。

合いの手を打った瑞佳もどこか焦っているような……?

 

 

 「瑞佳ちゃん、どうかした?」

 

 「え!? べ、別になんでもないんだよもんっ」

 

 

声が裏返っていた。

というかだよもんは露骨に怪しいだろう、だよもんは。

 

 

 「……本当ですか? 何か悩みでもあるのでは?」

 

 「ううんっ。全然そんなことないよ! 大丈夫大丈夫っ! 七瀬さん、続きしよっ」

 

 「そ、そうねっ」

 

 

やっぱり怪しい……そう思った茜と詩子であった。

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

 「いくわよ瑞佳! 乙女流……一閃!」

 

 

留美は木刀を上段に構え、気合と共に一刀を振る。

ちなみに『乙女流』というのはまるっきり彼女のオリジナル……即ち我流である。

 

 

 「わわっ!」

 

 

咄嗟に横に動いてその一撃を躱す瑞佳。

避けた床に木刀の触れた跡が残っていた。

我流故に太刀筋は粗いが、威力は本物だった。

 

 

 「や、やりすぎなんじゃないかな……『硬く』するなんて」

 

 「何言ってんの、なめないでよっ! これは特訓なのよっ!」

 

 

留美は再び木刀を構えた。

その刀身は薄く光を反射させている。

 

能力『硬質化』――触れた物体の強度を硬くすることのできる能力。

その作用を受けた留美の木刀はその硬度を増していた。

重さは木刀でありながら、実際には鋼に負けないほどの存在感。

 

 

 「そういうことなら……私だって負けないよ!」

 

 

ウヮッン……。

 

 

言葉にならないような音が留美の耳に響く。

 

 

 「っ!」

 

 

その音に一瞬戸惑い、自身の平衡感覚が狂っているのに気付いた。

 

 

 「み、ずかぁっ!」

 

 「負けないもんっ!」

 

 

刃を落とした円状の剣、通称【円剣】。

……所謂中国武具の一つ、【乾坤圏(けんこんけん)】のような武器を振るう瑞佳。

 

 

ガキィッツ!!

 

 

激しく打ち鳴らされる金属音。

留美の木刀がそれだけ硬くなっている証だ。

ちなみに先ほど、留美の平衡感覚が狂ったのは偶然ではない。

瑞佳の能力『音』による作用である。

単純に言ってしまえば、その名前の通り音を操る力であり、今の場合は

留美の鼓膜に音をぶつけてその脳神経を揺さぶらせたというわけだ。

 

 

 「流石はお二人といった所ですね……では詩子、私たちも」

 

 「おっけ〜♪」

 

 

その様子を眺めていた茜と詩子もウォームアップを終える。

茜は自然体で詩子を見つめ……その金色のおさげ髪が淡く輝きだす。

 

能力『髪操作』、読んで字の如く『髪』を操る能力。

髪の毛を一定以上の硬さに強化したり、切れた髪を成長させたり、

髪自体を武器の代わりにすることができる。

自身の髪を武器に戦う、それが彼女の戦闘スタイルである。

 

詩子も笑みを打ち消し、左手に飛び出し式のナイフを持ち、右手を添える。

彼女に能力はない、同時にこのナイフになんら特殊な効果はない。

が。

 

 

 「シッ――!」

 

 「くっ」

 

 

彼女には鍛えられた反射神経があった。

普段は“おちゃらけしいこさん”と化し、女性版浩平とまで呼ばれる詩子だが、

その培われた戦闘技術は紛れも無く本物だ。

やり慣れている茜でさえ戸惑う、それは貴重な才能である。

まるで暗殺者の様――彼女はしばしばそう評されていた。

 

 

 「でも……対処できなくもありません」

 

 

どこか自信ありげに茜は髪を翻す。

その姿に慢心と油断はなく、瞳は煌々と詩子を見定めている。

茜にとって詩子とは幼馴染であり、一番の親友である。

彼女を一番良く知っているのは、自分であると自負すら出来る。

 

……何かを忘れている気がしなくもないが。

 

 

 「シッ――――」

 

 

キン!

 

 

詩子のナイフが弾かれる……茜を覆う金色の髪によって。

 

 

 「あ、茜〜。それって反則じゃない……?」

 

 

額に汗を一筋垂らし、詩子は呟いた。

今の茜の顔は見えない、膝上までの体全体がその髪に隠れているから。

髪操作によって髪を伸ばし、その強度を上げているのだろう。

でなければナイフを受け付けないはずがない。

 

 

 「そんなことはありません。七瀬さんの言う通り、なめてはいけませんよ、詩子」

 

 

くすくすと髪に隠れて見えないが、笑う茜。

どこか怖かった。

 

 

 

そんな様子を黙って見ていた浩平は

 

 

 (やっぱ才能あるよな、あいつら。何をそんなに頑張るかは知らないけど。

  ま、武術会なんて暇だろうと思ってたが、あいつら見るだけでも面白そうだな)

 

 

一人そんなことを考えているのであった。

折原浩平、神器であることをバラしてしまった割には……反省の色がない。

もしその事実を祐一が知ったら……苦労するのは目に見えている。

合掌(主に祐一に)。

 

 

 

 


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