Eternal Snow

65/静けさと不穏な影

 

 

七星学園武術会まで三週間を切ったある日。

浩平・祐一・一弥・シュンら軽音部の部員四名は街中を歩いていた。

 

発端は昼休みのこと――

 

 

 


 

 

 

ここは軽音部室。

部室棟の中でも割と静かな一角である。

機材が機材だけに、それなりに防音設備が整っているからだ。

この部屋にいるのは軽音部員の四人、彼らは週に一度、

ここで昼食を摂るのが決まりになっていた。

 

 

 「相変わらずうちの生徒諸君は頑張るね〜」

 

 

窓から校庭を見下ろし、差し迫った大会のトレーニングをする

生徒達へ形だけの拍手をする浩平。

誰が見てもやる気の有無を感じさせない、そんな表情。

見ている皆が幻滅し、苦笑するだろう彼の姿。

けれど、この場にいる彼らにはお馴染みの姿でもあるわけで。

 

 

 「そうだね、青臭い言い方をするなら……“青春”ってとこかな」

 

 

微笑むシュン。

 

 

 「根本的に……帰還者と戦うための技。

  そう、言ってみれば“殺しの技”を鍛えてるってことなんだけど、な。

  はたして何人気付いているのやら」

 

 

興味なさげにパンを齧る祐一。

その有様に苦笑する一弥。

 

 

 「……あながち否定できませんね、兄さんの言い分」

 

 「確かにね……そういう意味では僕達は合法的に人殺しの技を教わってる。

  しかも自分の意思でね」

 

 「俺みたいな劣等生はともかく、ってか」

 

 

三人の方を向いて、皮肉げに笑う浩平。

 

 

 「同じく」

 

 

祐一も全く同じ行動をとる。

あまりのシンクロっぷりに笑うしかない一弥とシュンであった。

 

 

 「ま、暗くなっててもしょうがねぇって! よし、帰りにどっか寄るか」

 

 

大したことじゃない、言外に告げる浩平。

 

 

 「随分急ですね」

 

 

彼が突拍子も無いということはよく判っていることだが、

それでも更に苦笑を深めたくなる一弥であった。

 

 

 「悪い案ではないと思うけど?」

 

 「あ〜、パス……は駄目なんだろうな、やっぱ」

 

 「当然だな」

 

 

その返事が来ると識っているからこそ、祐一は反論を諦めた。

 

 

 


 

 

 

――と、まぁそういうわけで。

 

さて、今更ではあるのだが、彼ら四人は意外にルックスは良い。

誰もがその笑顔を見ただけで惚れてしまうような美男子ではないにせよ、

平均よりは幾分か上程度の顔はしているだろう。

単体ならばともかく、複数でいるとそれなりに目を引くものがある。

 

年頃の男の子であるわけだから、無論のこと

そういった方面への興味がないわけでもないのだが……。

 

 

 「う〜ん、なんか注目されてる気がするね」

 

 「自慢だが俺は格好良いからな」

 

 「普通、“自慢じゃないけど”って言うものです。そもそも訳がわかりませんよ。

  ま、皆さんの中で一番平凡な僕が言うのも変ですが」

 

 

しれっとのたまった一弥。

自分を知らない男の発言は色々痛い。

確かに、真琴も栞も美汐も一弥の外見に惚れているわけではないのだが。

 

 

 「一弥……お前、鏡見てるか?」

 

 

祐一の言葉は皆の本意であろう。

だが、敵は何枚も上手である。

 

 

 「勿論です、毎朝見てますがそれが?」

 

 「いや、いい……」

 

 

迷いの無い言葉にげんなりする祐一、普段はかわいい弟なのだが。

微妙に天然が入っているのはやはり姉ゆずりの産物であろうか。

恐るべし……倉田家の血。

 

 

 「お兄さんも大変だね、相沢君」

 

 

シュンの言葉がなんとなく哀愁を秘めていた。

 

 

 「でも、僕みたいな第三者からしてみれば君達の会話は不毛だよ」

 

 

きょとん、とした顔で祐一が問い掛ける。

 

 

 「どういう意味だ?」

 

 「単純さ、君達全員もてているのは一緒ってこと」

 

 『は?』

 

 

単純明快なシュンの言葉に心底『何言ってんの?』と疑問符を浮かべる三人。

周りにあれだけ少女達が居るのにこの反応なのだから全く鈍感である。

まさにキングス・オブ・鈍感。

 

しかしそこは彼の氷上シュン、普通なら呆れるところを苦笑に留める。

伊達に『折原浩平の親友』に位置付けられていない。

 

 

 「たぶん自分達じゃ気がつかないんだろうね……だからこそかもしれないけど。

  ほら、君達揃っていつも女の子に囲まれてるでしょう? 

  はっきり言って、うちの学校の男子達から羨ましがられる立場なんだよ、君達は」

 

 

至極その通りである。

これに異論を挟む者は彼らと同じ環境下にいる者達だけだろう。

例えば玄武とか大蛇とか…………類は友を呼ぶ。

今の神器がそういう少年達で構成されていると思うと頭が痛い。

 

 

 「何言ってんだ? あいつら皆揃って、縁があっただけだぞ? 

  ま、物好きもいるなぁ……程度には思ってるが」

 

 

その物好きに正体をばらした男が何を言う。

しかも自覚が薄いだけで【護りたい】と日頃思っていた癖に。

素直じゃない男である、全く。

 

 

 「こっちも昔から一緒に居ただけだしなあ……」

 

 「僕は兄さんのおまけですしね」

 

 

多少なりとも自覚がないわけではないのだが、

過去の経験が尚更それを享受しようとしない。

この軽い会話に秘められたその想いを理解出来る者はいない。

そう、それが例え本人であったとしても。

 

 

閑話休題。

 

 

 「それに、氷上も結構もててるんじゃないのか?」

 

 「そうですよ。ルックス、性格、実力と三拍子揃ってて、

  しかも生徒会にまで入ってるんですから」

 

 「それに、生徒会長があれだしな」

 

 

三人が三人揃って上手く互いを補いながらシュンに話題を振る。

この辺りに中々のコンビネーションが光っている気がするのは勘違いか。

 

 

 「やれやれ、そうきたか……」

 

 

シュンは更に苦笑を深くし

 

 

 「そうだね、自惚れさせてもらうなら……人気があるのは認めるよ。

  ラブレターなんかも貰ったことはあるし、ね」

 

 

口を濡らし、でもと続ける。

 

 

 「今の所、そういうことは考えたことないよ。

  気にならない人がいない、とは言わないけど」

 

 「ほお……ま、相手が誰かは聞かないが。そりゃまた何でだ?」

 

 「ありがとう、そうだね……」

 

 

シュンは一息つき

 

 

 「『今』を変えたくないから、かな」

 

 

その言葉には何かが込められているようで。

 

 

 「僕はね、『今』がとても楽しいんだ。

  でも、『今』っていうものはちょっとしたきっかけで変わってしまう。

  僕はそれがすごく嫌なんだ。勿論、自分のエゴだって判ってるけどね? 

  ……だから、誰かと付き合うとかそういう自分を変えそうなことはしたくない」

 

 

けれど、どこか寂しそうに。

 

 

 「できるなら、この時間が永遠に続いて欲しい。……そんな風に願っているからね」

 

 

祐一も、一弥も、浩平も何も言えなかった。

聞き流すことが出来ないほど、シュンの言葉は切実に聞こえたから。

自分達も、かつて同じことを思っていたときがあったから。

 

 

だが……。

 

 

 「そんな心配、必要ないんじゃないか?」

 

 「え?」

 

 

それでも、これだけは言っておかなくてはならなかった。

同じ想いを、させるわけにはいかないから。

似た苦しみを、彼にも体験させたくないから。

 

 

 「確かに、これから色々あるかも知れねえし、未来なんて誰にもわからない。けどさ」

 

 

――『だけど』

 

 

 

浩平はどこまでも真摯に、ただ、一言。

 

 

 「――――――――俺達は、親友だろ?」

 

 

告げる。

 

 

 

 

 

一瞬の間。

 

 

 

 「え?」

 

 「そりゃそうだな」

 

 「なら、心配要りませんね」

 

 

祐一も一弥も続ける。

シュンは呆然とした。

彼らがあまりにも簡単に言うものだから。

その瞳に何の迷いもなく。

 

 

だから、たった一言。

 

 

 「そうだね、なら、心配いらないね」

 

 

そう言って、頷いた。

 

 

 「あー、なんか俺たちまで青春しちまったな!」

 

 

柄にも無いことを言ってしまった、と頭を掻くのは浩平である。

シリアスを自ら演じ、同時に道化を演じられるのは彼を除いて他に無い。

多彩な表情……それは哀しみによって彩られたもの。

誰にも語られぬ、誰にも識られぬ。

 

 

 「いいんじゃないですか? たまには」

 

 「普段こんなクサいこと言わないしな」

 

 「ふふ、そうだね」

 

 

例え哀しみが隠されていようと。

笑顔が四人から絶えることはなく。

 

 

 「よーし、んじゃ、今度こそ行くぞ! サタデーナイトフィーバーだ!」

 

 「おー!」

 

 「おー!」

 

 「……今日は土曜日じゃないけどな」

 

 

浩平がそうやって号令をかけ、そして答える。

今の彼らには、何も心配などないと言いたげに。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

――――どこか、此処ではない場所で。

 

 

 

 

 

 

 

 「ふむ。皆さん随分と楽しそうですねえ……」

 

 

そんな彼らを監視していた影が、呟いた。

『虚無』の空名、『賢者』から宝珠を奪い『永遠の使徒』を名乗った男。

 

 

 「そうだね。その待ち受ける未来に何があるのかも知らないでさ」

 

 

答えたのは右目に片眼鏡をかけた少年。

 

 

 「で、『あいつ』を捕らえればいいんだっけ? 僕の『能力』で」

 

 「ええ、お願いしますよ……『あの方』のためにも

  失敗するわけにはいかないのですから」

 

 

彼の言葉に、片眼鏡の少年は愉快そうに言った。

 

 

 「任せてもらうよ。そのくらい簡単さ……その代わり」

 

 「ええ、貴方の望みを叶える場所は、必ず与えますよ」

 

 「ああ、頼んだよ」

 

 

その言葉を最後に片眼鏡の少年は姿を消した。

後に残るのは空名のみ。

 

 

 「……今は、楽しんでください。いつか壊れ、失うその時までは……ね」

 

 

まるで労るように、まるで嘲るように、空名はそう呟いた。

その視線の先に映るのは―――――。

 

 

 

 


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