Eternal Snow

64/七星学園事件簿 〜そのあとのあと〜

 

 

 「ところで浩平、あなたもお風呂入ってきなさい。コンビニ行ってる間に

  みさおも入ってるから、入ってないのはあなただけよ」

 

 「へ〜い」

 

 「……瑞佳姉と留美先輩が入った後ってのが気に食わないぃ」

 

 「みさお、頼むから勘弁してくれよ」

 

 

みさおの言葉に苦笑しながらリビングをあとにする浩平。

女性陣の声を聞きながら着替えを取りに部屋へと戻る。

部屋に入るなり、壁にその身を預ける。

 

 

 「っぅ……あの槍、何か特殊な呪術でもかかってたのか? 内臓の治りが遅い……」

 

 

茨迎との戦いで傷ついた腹部を手で抑えて脂汗を流す浩平。

見事と言う他あるまい、つい先ほどまで自身の変調を由起子にさえ悟らせなかったのだ。

 

 

 「贅沢は言ってられないか……佳乃のバンダナが無かったらとっくに死んでるし」

 

 

彼の神衣はバンダナが擬態したもの……彼の宝物。

彼の支えとなり、彼の身を護る鎧。

 

 

 「うし! このあとは大一番が待ってんだ! へこたれてられないぜっ」

 

 

パァン!

 

 

両頬を叩き、その気合で痛みを打ち消す。

そうして彼は風呂へと向かった。

一日の疲れを癒し、これから来る大一番のために。

 

 

 

 

 

 

 

浩平が風呂にいるその頃、リビングにて――

 

 

 「さて、と」

 

 「はぅ」

 

 

トスッ

 

 

由起子がみさおの延髄に手刀を叩き込んでいた。

 

 

 「ちょ、おばさま!」

 

 「何やってるんですか!」

 

 

二人の言葉を聞き流すかのように由起子は手首を振った。

 

 

 「大丈夫よ、気絶させただけだから。この子は浩平のこと知らないし。

  ……あなた達の知りたいことを教えるには、邪魔なのよ」

 

 

冷淡な声。

自分の娘を邪魔者と定義できる確固たる意志。

由起子の言葉はどこか戦慄させるものがあった。

これが戦場に息子を送る母親の姿に近いのだろう、何故かそう思えた。

 

 

 「浩平が居ない間に確認しとくわね、瑞佳ちゃん、留美ちゃん?」

 

 「何ですか?」

 

 

いつまでも怯えていても仕方ない。

浩平のあの姿のことも、今まで隠していたということも……一切合財知ってやる。

覚悟を決めた瑞佳は堂々としていた。

 

その姿に微笑む由起子。

 

 

 (流石は幼馴染ってとこかしら? 確かに私も昔はこの子が

  浩平の彼女になるって思ってたしね〜。案外幸せ者じゃない? こ・う・へ・い♪)

 

 

 

 

 

 『ハァッツクションッッッ!……うえ〜、風邪か?』

 

 

とまあそんなお約束が風呂場から聞こえてきたところで。

 

 

 

 

 

 

 「試されてるんですね、あたしと瑞佳は」

 

 「うん?」

 

 

今度は留美だ、臆せずに由起子を見つめる。

 

 

 「こんな状況であたし達に確認したいことなんて大体予想できます。

  あたし達はどんな経緯があったにせよ、折原が……『神器』だって知ってしまった。

  だから……あたし達がそれを知る資格があるか、試してるんですね」

 

 「……大体当たってるかな? で、肝心な答えがないみたいだけど?」

 

 

見透かすような由起子の瞳、まるで心が掴まれているかのように。

留美は心を落ち着けるように大きく息を吸った。

真っ赤になりそうな顔を無理やり押さえ込む。

かといって大声を出しては浩平に聞こえる……流石にその覚悟はない。

 

 

 「あたしは……折原が好きです。

  誰にも負けたくないくらい、あたしはアイツが好きです。

  それだけは……瑞佳にも、負けたくないです。

  だから、あたしは折原のことを避けたりしません! アイツが一体どうして

  神器になったのかを知っても、アイツが何を隠していたとしても! 

  あたしは……ずっと折原の傍に居たいです……っ!」

 

 

一瞬瑞佳に視線をやって、それでも断固たる決意を崩そうとはせず、留美は言い切った。

その瞳の輝きは、瑞佳にも劣っていない。

 

 

 「わ、私も浩平のことが好きだよ! 

  ずっと小さい頃から浩平の傍にいたのは私だもんっ! 

  浩平にはしっかりした人が必要だから……私がずっと一緒に居ます!」

 

 

触発されるように瑞佳も真っ赤になっていた。

留美と視線を合わせ、まるで火花を散らせたかのように。

女の戦いというやつだろう。

 

明らかな告白なのだが本人は未だ風呂の中。

 

 

 (…………理想通りの答えね、正直ここまで言い切れるとは思わなかったわ。

  あの馬鹿息子、いくら死別したからってこんな良い子達に

  ここまで言わせちゃうくらいに鈍感になったわけ?)

 

 

嬉しいのだが頭を抱えたくなるのも仕方ないだろう。

つくづくいい男になっているらしい、我が家の息子様は。

 

 

 「合格、合格も合格。私の完敗、もうお手上げ〜♪ 

  母親として認めちゃいます、貴方達は浩平の彼女にさせるには勿体無いわよ」

 

 

両手を上に挙げ、降参のポーズを取る由起子、その顔は笑っていた。

 

 

 「ほんとですか!?」

 

 

同時にハモる瑞佳と留美、驚きと喜びを混ぜ合わせた顔を浮かべる。

すっかりさっきまでの恐怖を忘れている。

 

 

 「ええ……だけどね〜、認めてすぐに言うのもなんだけど他の男にしちゃったら? 

  うちの浩平じゃあまりにも不釣合いだわ。貴方達ならもっと良い男がいるわよ?」

 

 「嫌ですっ!」

 

 

またしてもハモる瑞佳と留美、しかも即答だ。

流石の由起子も苦笑せざるを得ない。

 

にしても……みさおはよく寝ていられるなぁ、と思う由起子であった。

昏倒の原因が何を言うか、といった感じなのだが。

 

 

 「なにやってんだ?」

 

 「ひゃう!?」

 

 「きゃっ!?」

 

 

瑞佳と留美の後ろから聞こえた声に慌てて跳び上がる二人。

当の本人はハテナ顔で、きょとんとしながら頭をタオルでガジガジと拭く。

 

 

 「長森、七瀬? どした?」

 

 「大したことじゃないわよ、みさおは眠らせたから二人に説明してあげなさい。

  いい、二人の知りたいことちゃんと話すのよ? 守秘義務を逸脱しろなんて言わないけど」

 

 「……元よりそのつもりだが、なんで命令形?」

 

 

由起子は息子の額を小突いてからみさおを抱きかかえる。

 

 

 「……ふぅ。ほんとあんたって馬鹿ね。やっぱり止めた方がよくない?」

 

 

我が息子のことながら、つくづく苦笑を禁じえない。

こんなことで誰かに幸せを授けてあげられるのかしら? 

そんな邪推が浮かばないと言ったらきっと嘘。

母として幾ばくかの心配もある。

だからこそ『耐えられるの?』という意味を含めて瑞佳と留美を見やる。

けれど答えは

 

 

 「大丈夫です」

 

 「もう慣れました」

 

 

わかりきった答えに幾度目かの苦笑と溜息を吐く。

少女達は、強い。

 

 

 「いい、浩平。私は寝るけど、絶対にその子達を襲うんじゃないわよ? 

  襲ったら……一生後悔させるからね」

 

 

やはり彼女はみさおの母親だ。

そう痛感した三人であった。

 

 

 

 

 

 

なお、彼が二人に明かした事実は極々差障りの無いことに限定されており

大したことがあったわけではないことを記す。

特に祐一が青龍であることなどおくびにも出していない。

もし出せば自分が後々痛い目に遭うことを心底理解しているから。

結果だけを見るならば、浩平がわざわざ気合を入れる必要すらなかった……と。

兎に角、由起子の存在感の強さが目立ったということで今回の話を終えたいと思う。

 

 

最後に一言。

母は強し。

 

 

 

 


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