Eternal Snow

63/七星学園事件簿 〜そのあと〜

 

 

危機は去った……とみていいだろう。

辺りの違和感は既にない、どうやら本当に消えてくれたようだ。

 

 

 「っ!……神衣――展開解除」

 

 

腹部に鋭い痛みを覚えながらも浩平は神衣を消した。

白い戦闘服は、いつもの馴染み深い黄色いバンダナに戻る。

ゆっくり地面に舞い落ちていくバンダナを掴んで右手首に巻きつけた。

けして向いているとは言えない炎の治癒を開始する。

幸い敵もいないわけだしこのまま放っておいても、ものの10分程度で癒えるだろう。

問題は、だ。

 

 

 「……えっと、その……怪我してないか?」

 

 

後ろを振り向くのが怖い。

瑞佳と留美が自分をどう見ているかを想像するのが怖い。

畏怖の視線を受けるのは慣れているけれど、護るべき少女に、

少女達にそれをされるのだけは嫌だった。

どれだけ欺瞞であろうとも。

 

だから顔を見ることができない。

一応後ろには気を遣っていたから危険は及んでいないはず、とはいっても

このままにしておくわけにもいかない。

浩平は無理やり自分を納得させて一息つき、目を閉じて後ろに振り向いた。

 

 

 「こ、へい」

 

 「あの……えっと」

 

 

二人はその場にへたり込んでいた。

瞳は怯えで震えているが、浩平に声をかけてくれた。

それだけで、嬉しかった。

報われた気がした。

 

 

 「無理して喋んな、大丈夫だ、もう、大丈夫だから」

 

 

しゃがみこんで二人と目線を合わせる。

ふと視界に転がったコンビニの袋が見えた。

歩いていって拾い上げてみると、中身は無事だったようだ。

 

 

 「ふぅ、中身は無事だぞ。

  長森のはともかく、飲み物は絶望的だと思ったんだけどなぁ。

  炭酸でなくて良かった良かった」

 

 

場をなごませるためにわざとおちゃらける浩平。

少しでも恐怖を癒さないとどうしようもない。

 

 

 「……………………」

 

 

沈黙が痛い、正直言って痛い。

 

 

 「……あ〜、えっと、な?」

 

 

浩平の呟きに素直に反応する瑞佳と留美。

瞳が彼に向いていた……そう、まるで捨てられることに怯える仔犬のように。

 

 

 (や、やりにくい……だが放っておいてもいいことはないし……。

  よし! 男は度胸っ、祐一とかのことさえ黙ってれば問題なし! 

  そう、ない!……………………多分、な。うん、きっと……そうさ)

 

 

こちらも祐一に怯える浩平犬だった。

 

 

 「とりあえず俺んち来い、多分冷や汗掻いて体中ベタベタしてるだろうし。

  シャワーくらいなら浴びれるから。ついでに俺のことも説明……する」

 

 

コンビニ袋を片手に持ち、二人を立ち上がらせる浩平。

その気丈っぷりには素直に感心した、普通なら腰が抜けきって動けないだろう。

 

 

 「ふむ、よかったなぁ二人とも。普通ならちびって下着汚してる状況だぞ? 

  乙女のプライドがズタズタにならなくて本当に良かったな♪ ななぴー」

 

 

いつもの怒りつっこみを期待した……のだが。

 

 

 「………………………………」

 

 

返答なし。

 

 

 (やりにくいーーーーっ!!)

 

 

浩平の心の絶叫が外に漏れるはずもなく。

終始そんな微妙な空気を纏いながら、三人は折原邸へとやってきたのだった。

 

 

 「ただいまー」

 

 「お、お邪魔します」

 

 「お邪魔します……」

 

 

割と脳天気っぽい振りをする浩平とは対照的に二人は暗い。

 

 

 「おそ〜いっ! コンビニにお菓子買ってくるだけなのに

  何でこんなに時間かかるの……ってあれ? 瑞佳姉に、留美先輩?」

 

 

玄関に顔を出したみさおが浩平の後ろにいる瑞佳と留美をみてハテナ顔を浮かべる。

 

 

 「悪い悪い、コンビニまで行った帰りにこいつらと会ってさ。

  ほら、通り魔ってあるだろ? 危ないから一回家に寄ってもらったんだよ。

  あとで送ってくるから」

 

 

“通り魔”の単語に瑞佳と留美がびくっとする、幸いみさおは気付かなかったらしい。

 

 

 「お兄ぃにしては珍しいことを……てっきり部屋に連れ込んで

  ……人には言えないことをしちゃうのかとばっかり……」

 

 「ってみさおっ! お前は兄貴を何だと思ってんだ」

 

 「馬鹿でどうしようもなくて恥の塊みたいな駄目兄」

 

 

浩平の抗議に即答するみさお。

神器などと呼ばれようが所詮家ではこんなものである。

どこぞの玄武も似たようなものであろうし、大蛇なぞ言わずもがな。

精々マシなのは白虎くらいか……ついでに青龍も。

 

……妹はなかなか肝が据わっていた。

 

 

 「あ〜、ったく……。兄を敬うということを知らないのかお前は。

  兄ちゃん悲しい! ってそんな目で睨むな……とりあえず二人とも上がれよ。

  みさお、風呂は沸いてるよな? こいつら汗掻いてるらしいから

  シャワー浴びたいんだと。確かお前の部屋に長森の服とかあるんだろ? 

  持ってきてやってくれ」

 

 

みさおに何か言うのは諦めたらしい。

さてこの場合、どちらが勝者なのだろうか? 

まぁあえて気にしないこととして。

何気にアフターケアっぽいことをのたまう浩平、そういうところだけはよく気がつく。

 

 

 「『お風呂』? 『汗』? 『瑞佳姉の服』? 

  まさか……いやうんでも……だけど、瑞佳姉達の様子もおかしいし。

  いつかお兄ぃならやると思ってたし……てことは!? 

  変態! とーへんぼく! サイッテー! エロォッッッ!

 

 

何かを激しく勘違いしたみさお。

何を考えたかはご想像にお任せするが

そこまで浩平は信用がないのかと思うと同情したくなる。

 

 

……神器なのだ、彼はこれでも。

 

 

 「は? お前なに言って」

 

 「うるっっっっっっっさぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃっっっっっ!」

 

 

ズドン!

 

 

 「るんだにゃむべっ!?」

 

 

浩平、謎の叫び。

そして畳み掛けられる妹の一撃。

 

 

 「女の子の敵ぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」

 

 

ドゴン!

 

 

 「こ、こ〜へ〜っ!」

 

 「折原っ!?」

 

 「瑞佳姉、留美先輩っ! そんなくされ兄なんてどうでもいいですから

  早く上がってください! お風呂は沸いてますからどうぞ!」

 

 

浩平に思いっきり体重を掛けた正拳突きをぶちかまし、ドアに激しく叩き付けたみさおは、

兄の毒牙に掛かってしまった(と勝手に思い込んでいる)瑞佳と留美の背中を

ぐいぐいと押しやり、風呂場へ直行させると自分は替えの服を

取りに部屋へと上がって行ったのだった。

 

 

 「覗いたら一生後悔させるからね、お兄ぃ?」

 

 

と凶悪な捨て台詞を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 (ナイスパンチ、みさお……じゃなくて! 俺が一体何をした? しくしく……)

 

 

妹の成長に不思議と感動しながらも現実に気が付き玄関に倒れ付したまま、

浩平はさめざめと泣いていた。

 

 

……あまりに気の毒である、合掌。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

で、一分後。

 

 

 「浩平、一体何があったの?」

 

 

みさおが階段を昇っていったことを確認し、家へと上がる浩平。

リビングには訳がわからないといった表情を浮かべる妙齢の女性がいた。

名前を『折原 由起子』。浩平とみさおの母親である。

 

 

 「みさおに聞いてくれ……っつ」

 

 

殴られた腹は先ほど茨迎に狙われた部分と丸っきり同じ箇所だった。

おかげで響く、響く。

 

由起子は自身の額に軽く手を当てた。

 

 

 「みさおが大声出したから瑞佳ちゃんと留美ちゃんが来てるのは判ったけど。

  あなたは“仕事”に行ったんでしょ?……何かあったのね?」

 

 

声を軽く潜めて言ってくる。

その様は息子を心配する母親そのものだった。

この由起子、浩平がDDに所属し、なおかつ……神器『朱雀』であることを知っている。

ちなみにその事実をこの家で知らないのはみさおだけ。

 

 

 「ああ、長森と七瀬が襲われた」

 

 「なんですって!?」

 

 「……落ち着いてくれ母さん、大丈夫、二人とも怪我はないよ。

  汗掻いてるからって風呂に行かせただけ、本当に心配ない。ただ……」

 

 「ただ?」

 

 

浩平は視線を天井に彷徨わせ、言葉を探すかのように口を噤む。

 

 

 「…………俺が二人を護った、だけど……」

 

 「ばれちゃった……のね?」

 

 

無言を貫く浩平を由起子は心苦しそうに同情しながら溜息をついた。

 

 

 「そう……とりあえず二人の家に電話するわね、今日は泊まらせてあげないと。

  アフターケアしないと……流石に一人じゃ眠れないでしょうしね。

  それに、ばれちゃったんなら説明するつもりだったんでしょ? 

  幸いみさおをダシにしてやれば大丈夫ね。母さんに任せなさい」

 

 「ありがとう……母さん」

 

 

そんな浩平に由起子は苦笑する。

普段見る自分の息子だというのに、放つ雰囲気が一変しているから。

変な言い方だが、実に可愛く見えてしまったのだ。

 

 

 「何しょげてんの、浩平がいなかったらあの子達は最悪の状況だったかもしれないのよ? 

  あなたは“ちゃんと護った”の。……自信持ちなさい。私の息子でしょっ」

 

 「いってぇ〜〜〜!!」

 

 

由起子は景気良く浩平の背中を叩き

カラカラ笑った後、二人の家に電話をかけてくれた。

浩平は母のありがたみに心底感謝していた。

 

それからしばらくして湯上りの瑞佳・留美と、

兄を睨みつけるみさおがリビングへとやってくる。

浩平はその視線に晒されて腹部の痛みを精神的に思い出してしまうのは致し方あるまい。

 

 

 「あ、瑞佳ちゃんに留美ちゃん。もうこんな時間だし、浩平も動けないみたいだから

  家まで送っていけないし、今日は泊まっていきなさい。

  明日早く出れば着替えの心配もないでしょ? お家の人には電話しておいたから」

 

 

由起子がとりあえず二人を一日留めておく手段を述べた。

家主の意見には逆らえない。

みさおの顔は嬉しそうでもあり、嫌そうでもあった。

 

 

 「お母さん、お兄ぃがいるのに危ないよっ。

  瑞佳姉と留美先輩にもしものことがあったらどうするの!」

 

 「そんなことになる前にみさおがどうにかしてくれるでしょ? 

  第一この子にそんな甲斐性ないわよ。

  そうじゃなかったらとっくに彼女連れてくるって、あはは」

 

 「……なにげにフォローする気ないだろ、母さん」

 

 

親子三人の会話は、唯一の男である浩平が全面的に弱いことが発覚した。

 

 

 「あの、それじゃあ……宜しくお願いしますおばさま」

 

 「あ、あたしも甘えます、由起子さん」

 

 「はいはい、遠慮なく。あ、そうだ! ついでだからどっちか浩平のことも

  貰ってくれない? この子、親ばかで言わせてもらうなら

  顔はそれなりにいいはずなんだけど。

  ちっとも浮いた話持ってこないんだもん、母親としては心配で心配で」

 

 

横目で息子をみて、意味ありげに溜息を大きく吐く。

明らかにワザとだ。

第一どうして泊める泊めないの話から縁談話に飛ぶのか。

謎だ。

 

 

 「あ、あぅ」

 「あ、あたしでよければ……

 「お母さん! 瑞佳姉と留美先輩にも選ぶ権利ってもんがあるでしょうが!」

 

 

そしてそれに乗る方も乗る方だと思う。

密かに真っ赤に頬を染める瑞佳と留美。

尤もみさおがあまりに目立っていて気付かれてはいないようだが。

 

 

 「……母さん、みさお。実は俺のこと嫌いだろ?」

 

 

密かに(でもないが)拗ねる浩平。

自称美男子星のプリンス、折原浩平。

折原家における彼のヒエラルキーが一番下であることを知っている人は……割と多い。

 

 

 (『神器』なんてただの飾りです、偉いさんにはそれがわからんのですよ!)

 

 

一人寂しく、心の中で豪語する浩平であった。

しかもその言葉が意外に的中しているところがまた悲しい。

 

 

 

 


inserted by FC2 system