Eternal Snow

62/ 七星学園事件簿 〜いきなりクライマックス!?〜

 

 

『白』……そのたった一つのイメージを残して、二人の未来は閉じる。

 

彼が、いなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキンッ!

 

 

鋼がぶつかり合う硬質音。

 

 

 「何ぃ?」

 

 

白い男は目の前に立つ少年にいぶかしむ。

少年の手には黒光りする何か……拳銃が握られていた。

男の掌からは鋭い棘……槍ほどの太さの棘が生えている。

 

男の持つ所有能力の名称は『茨の棘』、己の全身を凶器とする殺戮の業。

その棘は刃となり、鋼の槍となり、己がままに人を殺す。

 

それを受け止められる人間がいるはずがない、そう白い男――【茨迎(しげい)】は思っていた。

驕りともいえる、しかし彼の辿ってきた道がそれを是としてきたのだ。

 

 

 「つぅ……。やってくれんじゃねぇかよ? 通り魔さんっ。

  よりにもよって長森と七瀬に手を出しやがって!」

 

 

二人を守った少年――――言うまでもなく、彼。

その名は折原浩平、紅の修羅!

 

 

 「んだぁっ!? ガキかよっ! 俺様の棘を弾きやがってっ」

 

 

茨迎は現状を把握したのか、露骨に怒りを顕にする。

短慮といえばその通りかもしれない。

もっとも浩平には罵詈雑言を返す余裕はないが。

あまりに異質な気配、かつて一瞬だけ味わったものと同じ違和感。

あまりに強力な力。

明らかに自我持ちを超えた思考力。

嫌でも相手が何者かを理解した……人間でありながら帰還者足りうる者。

即ち……『永遠の使徒』。

 

 

 (こいつ……)

 

 

冷静に状況を整理すると、明らかに自分が不利。

瑞佳と留美という『お荷物』を背負い、なおかつ自分が全力を出せば正体がばれる。

だが、神衣もなしに勝てる相手でないことは本能で理解している。

しかも相手の狙いはこの二人、気絶させることも考えたが、

一瞬の隙をついて殺されては敵わない。

これほどの相手から逃げることも出来ないだろう。

 

 

なら、残された手は一つ――――

 

 

 

 

 

 「バーニングゥッ・ブリットォォォッッッ!!!」

 

 

 

 

 

――――俺が戦う!

 

 

その強靭な意志を見た者はきっと彼に陶酔したことだろう。

二人の少女はある意味で不幸だ、浩平の瞳を見ることが出来なかったのだから。

其が覚悟を、絶対の力を。

 

呪を基点とし、浩平がかざした手を中心となす無数の炎の弾丸が出現する。

炎の弾丸は使い手の意思に従い、至近距離で爆発を起こす。

 

煌々と燃える紅い火炎。

白いいで立ちの茨迎が見る間に赤色に変わる。

 

 

 「がああぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっ!」

 

 

響く茨迎の叫び声、流石に至近距離で浴びれば溜まったものではない。

だが本来の威力とは程遠い。

怯んだ隙に二人を後ろに下がらせる。

元よりこの程度で死ぬ相手だと思っていない。

 

 

 「長森、七瀬! 絶対にそこから動くなよっ!」

 

 

目線を茨迎に向けたまま、浩平は言う。

恐怖することだろう、きっともう今までのようにはいられないだろう。

いつかの過去で味わったあの悲しみのように、きっともう笑ってはくれないだろう。

けれどそれでも、守ると決めたのだ。

自分を受け入れてくれた人のため、同じ後悔だけはすまい、と。

なら、二人を守ることに何の躊躇いがある? あるはずがない。

 

そう……ないのだ。

元より覚悟はあったのだから。

いつかはその日が来るだろう、と。

 

 

 「帰還者……てめぇだけは殺す。……神衣――着装」

 

 

――今がその時だ。

 

 

紅蓮に包まれる茨迎を睨みつけながら、己の右手首に巻き付けられた

彼女の形見――黄色いバンダナをほどき、鎧を纏う言の葉を紡ぐ。

 

一瞬の光、愛しき『彼女』に――『佳乃』に抱かれているような心地よい錯覚。

 

 

 

 

――其は神の器

――最強を冠する者の名

――絶望を祓う希望の刃

――汝が名こそ『神器』なり

 

 

 

 

白に染められた戦闘服。

『朱雀』を示す紅のラインカラー。

深淵なる憎悪の炎……神器『朱雀』折原浩平。

 

 

 「てめぇ……神器とかいう奴か?」

 

 

白い男――茨迎は虚こそ浩平に取られたが、炎は既にその身から消えていた。

 

 

 「そういうお前は帰還者……しかも自我持ちでもなさそうじゃんか?」

 

 

左手を握り締める、右手に持った銃はいつでも奴の眉間を撃ち貫けるだろう。

 

 

 「『永遠の使徒』って言えば判かんだろ? 俺様の名前は茨迎、てめぇを殺す男だぁっ!」

 

 

茨迎はその赤い目を血走らせ、まるで楽しむかのように浩平に飛びかかる。

対する浩平は左手に炎を結集させて茨迎の突進をいなす。

右手にある拳銃を逆手に持ち替え、茨迎の腹部を殴る。

 

 

ズドムッ!

 

 

激しい打撃音。

間髪いれず左手に蓄えた炎を解き放つ。

 

 

 「燃えやがれぇぇっっっっっ!!!!」

 

 

意思を込めた紅の炎、技とも言えないただの炎……しかしそれは明確な殺意の塊。

 

 

 「甘ぇよ」

 

 

茨迎はマントをはためかせ、浩平の炎をいなしていく。

そのままの勢いで左腕をマントの外に出し、棘を生やす。

 

 

 「死になぁっ」

 

 

ドシュ!

 

 

咄嗟にその場に伏せてやり過ごす。

鋭い破砕音、地面が抉れる音そのものだった。

熱くなる心をそのままに、冷静に右手の拳銃を口元に運ぶ。

 

 

 「SET――MAGNUM(通常弾――装填)!」

 

 

ダダダダダンッッッ!

 

 

言葉と共に炸裂する五つの光の弾丸。

拳銃の機構が機構だけに、弾丸を撃ち出した反動はない。

彼が持つ銃はテクノロジーの塊。

音声認識型拳銃、そう例えるのが一番通じやすいか。

手応えを確認する余裕は皆無、油断なく追撃の弾丸を装填する。

 

 

 「SET――LASER(光線弾――装填)!」

 

 

続いて銃口から吐き出されたのは一条の光。

俗に言うレーザー光線。

命中力に関してはこの拳銃――『ラムダガンナー』の持つ各弾種の中で一番のはずだ。

無論のこと、熱量の固まりであるため破壊力は申し分ない。

当然この程度では死ぬはずもないが、茨迎のマントを貫ければ僥倖だ。

 

 

もっとも、その認識も甘いのだが。

 

 

ドシュ!

 

 

 「!?」

 

 

自分の脇腹を掠めていく白い棘。

マグナム弾によって出てしまった煙が茨迎を隠している。

こんな状況では勘で避けるしかない。

 

 

 「くそっ!」

 

 

なら――

 

 

 「まとめて吹き飛べぇっっっっっ!」

 

 

再び紅蓮に輝く浩平の腕(かいな)。

網膜すら灼きかねないほどの高熱、元素能力の名は伊達じゃない。

これなら勝てる、そう思ったのも束の間。

 

 

 「……やってくれるじゃねぇか。咄嗟に跳ばなかったら俺様でもやばかったぜ?」

 

 

 

真横から、聞こえた。

 

 

 「っ!?」

 

 

咄嗟に銃を向け、レーザーを浴びせかかるが、遅い。

 

 

ドシュ!

 

 

三度響いた棘の音。

腹に熱い何かを感じる。

喉が熱い。

込み上げてくる鉄の味……内臓をやってしまったか。

 

ソイツは、笑っていた。

その白いいでたちの中、唯一赤い瞳を血走らせ、より一層紅く輝かせて。

 

 

 「……久々だぜ、痛みってのを味わうのもよ」

 

 

肩をレーザーで貫かれていたが、嘲笑っていた。

浩平の攻撃は効いている、それは間違いなかった。

 

 

 「褒めてやんよ、俺様を焦らせたってことに関してはな。有り難く血も貰ったしよぉ。

  褒美は何がいい? 先に死ぬか、それとも……こいつらの死に顔見てからか? 

  ヒャーーーッハッハッハッハッハッァッ!」

 

 

けれど茨迎は笑う。

それは浩平の癇に障る嘲い声。

 

 

――――――今までこいつはこうして人を襲っていたのか。

 

人の絶望を喰らい、人の生き様を嘲笑い、その血を啜り、自らの欲望を満たす。

 

 

――――――許容できるわけが無い。

 

憎悪が俺を蝕んでいる、生きる人々を襲い……俺が護るべき者まで奪おうとする。

 

 

――――――ふざけるな。

 

フザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナ巫山戯るな!

 

 

 「ふざけるな! てめぇの思い通りになんてさせねぇ! 長森も七瀬も殺させねぇ! 

  俺がてめぇを全否定してやるっ、俺が……神器『朱雀』がなっ!」

 

 

風は悲しみに染まり。

雷は裁きを司り。

水は憤怒を生みてその心を癒す。

改変は知らぬが故に全てを識り。

炎は憎悪、紅蓮の怒りを宿す。

 

彼は怒りの化身――朱雀。

 

 

 「面白れぇっ、やれるもんならやってみろや!」

 

 「SET――BURST(爆炎弾――装填)!」

 

 

音声認識型拳銃、ラムダガンナーのグリップ部に怒鳴りつけるように叫ぶ。

弾種がレーザーからバーストへと変わる。銃口を茨迎へと向ける浩平。

 

 

スゥ――――。

 

 

 「!っ!?」

 

 

何かに怯える瑞佳と留美。

空気が――変わった。

 

 

 「そろそろ終わりですよ、茨迎さん」

 

 「……神器は私の獲物よ」

 

 

空に“何か”がいた。

二人の人間『らしき』もの……いや、間違い無く帰還者か。

 

一人は少女、どこかメイド服を思わせるような青色の服。

頭にはカチューシャらしき物をつけている。

クラスに一人は居そうな、大人しそうな女の子……浩平はそう思った。

 

もう一人は鎧姿の仮面戦士。

その全身は鋼の鎧そのものであり、顔は無貌の仮面で覆われていて表情は窺い知れない。

背中に背負われた大剣が禍々しく映る。

 

その二人を見上げ、茨迎はあからさまに舌打ちした。

 

 

 「頼子、キルス……てめぇら俺様の邪魔するのか?」

 

 

茨迎の言葉に戦慄したのは他の誰でもなく、浩平だった。

恐怖したのではない。帰還者が三人も居て恐怖したわけではないというのも凄いのだが。

それ以上に、その名に覚えがあった。

 

 

 (より、こ?……それって、純一が追っている奴、か?)

 

 

そんな浩平を余所に、頼子と呼ばれた少女が言う。

 

 

 「ええ、そう理解しても構いませんよ? 水を差すのも失礼ですけど、ね。

  ですが、キルスさんが勝手に動いてないだけありがたいと思って頂けますか?」

 

 「…………」

 

 

もう一人の仮面は黙している。

 

 

 「ふざけろ! 俺様に指図するつもりか、あぁん?」

 

 「いえいえ、そんな、勘違いなさらずに♪ 

  あくまでも私は伝言を仰せつかっただけです。

  “あの方”が見つかったそうです、しばらくは静観していろと、空名さんから」

 

 

茨迎は興を削がれたかのように嘆息する。

 

 

 「……糞が。あの野郎の命令だと? わあったよ、聞きゃあいいんだろ聞きゃあ」

 

 

茨迎は首を振って空に浮き上がる。

口を開いたのは頼子だった。

 

 

 「そこの方。とりあえずご安心ください。私達はこれにて退散します。

  ついでに言っておきますと、しばらくは私達も休養という扱いですので。

  もう通り魔が出ることもありませんよ」

 

 

誰が見ても受け入れてしまいそうな笑顔で、一方的にそれだけを言い残す。

 

 

 「それでは、失礼致します」

 

 

――――その言葉を最後に、帰還者達はそこから消え失せる。

 

 

 「……あいつが……純一の……」

 

 

新たな敵の存在が浩平の脳裏に灼き付く。

思うは唯一つ、親友が抱えた苦しみ。

 

 

 


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