Eternal Snow

61/七星学園事件簿 〜朱雀行動編〜

 

 

戦闘思考時における折原浩平の判断能力は一際目を見張るものがある。

普段は……一言で言って『ただの馬鹿』だが、資質としては神器として相応しいといえよう。

そんな彼が負うのもまた悲しみの記憶。

 

 

――――愛しき者を失い、絶望から全てを忘れるかのように、

我武者羅に、心を煉獄の怒りに染め上げて強くなった。

 

 

皮肉としかいえまい。

激情は紅蓮の鎧を纏い、彼に力を授けた。

朱雀という名の、浩平の怒りを反映させる炎の神獣を。

なんたる悲劇、なんたる喜劇。

そう、悲しみに彩られた皮肉なる喜劇。

 

当時の彼は己が永遠と対峙することになるとは微塵も思っていなかった。

この世から消えた恋人の残光を追いかけて、当てのない空虚な時間を過ごしていただけ。

そうして浩平はその身を休ませていた。

今から思えば僅かな休息でしかないのだが。

 

 

彼は恋人がその短い生涯を送る……送らねばならなかった理由を調べだした。

 

 

愕然とした。少女が死んだのは永遠の所為。

本人が帰還者だったわけではない、彼女の祖先が永遠に連なる者だった。

それだけだ、本人は何の責任もない。

永遠に属する者であるから、その存在に対する【記憶】なんて残っていない。

口伝によって噂されたわけでもない、『記録』に“そうだ”と書かれているだけ。

事実として存在しただけの『それ』。

流れる血が、少女を苦しめ、苦しめ……苦しみだけ残して苦しみのまま死なせた。

贖えぬ恐怖に、打ち震えたあの日々。

 

彼は悲しみによって力を、怒りによって鎧を纏った。

深淵なる怒りの業火にて己が身を焦がす、紅蓮の鳳凰の御子。

 

 

――――神器『朱雀』

 

 

それが、折原浩平という少年の修羅としての姿であった。

 

彼の傍にいる少女たちにそれを推し量ることはできまい。

一つだけ確かなのは、神器『朱雀』折原浩平にとって、その少女たちは

『守る』べき存在なのだということだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「通り魔、ね」

 

 

浩平は一人、自分の部屋にいた。

ベッドに机、テーブルにクローゼットと、MDコンポ。

男の部屋としては割と閑散としていて、ゴミが転がってるわけでもない。

浩平は昼の会話を思い出していた。

 

 

 『今をときめく女子高生の詩子さんからすれば怖くて怖くて夜一人で居られないの。

  眠っているときに襲われるかも知れないじゃない? 

  だから浩平くん、あたしを浩平くんちに泊めて欲しいなぁ〜なんて思ってるんだけど。

  そりゃあ勿論お礼の一つや二つ、あたしの身体で払わせて頂きます』

 

 

……当然のことながら泊まることに関しては却下した。

周囲の視線があまりに危険だったこともあるが、何より怖かったのは

茜と詩子がかなり本気だったということだ。

 

一応自分で調べたところ、確かに通り魔は存在することが判った。

決して諜報部を信頼していないわけではなく、自分で調べないと気が済まないだけだが。

やり口を考えると十中八九帰還者の仕業……自分が動く理由としては充分だ。

 

祐一や一弥と協力することも考慮したが、

今日水瀬家にてお泊まり会なるものがあるらしく、どうしても抜けられそうにない。

それに元々、ここ冬実の町は彼の守護地域だ。

 

適当に服を羽織って、外へと繰り出す浩平。

みさおにはコンビニに行くと告げてある。

母である由起子は、去り際に小さく「気をつけてね」と言ってくれた。

 

 

 「面倒なんだよな〜、一人ってのも……かったりぃ、ってこれじゃ純一ぢゃねぇか」

 

 

一人でつっこんで空を見上げる浩平。

月も見えない曇り空、雨の匂いはしないから心配はないだろうが。

 

 

 「フンフンッフフッフ〜ン♪ フンフッフッフッフフ〜♪」

 

 

特に意味もなく鼻歌を奏でる……意外に曲になっているから不思議だ。

まぁ、人通りの少ない夜道で鼻歌歌っている若者なんて今時珍しくもないか。

引かれてしまうこと請け合いだが。

 

 

 「気色悪いわよ、アンタ」

 

 「それじゃあ危ない人だよもん」

 

 「フンフッフッフッフフ〜♪……げほっ!?」

 

 

むせた。

 

 

 「な、長森に七瀬!? な、なんでこんな時間に出歩いてんだよっ」

 

 

自分のことは棚に上げてのたまう浩平。

確かに懸念も判らなくもない、女の子が外を出歩くような時刻はとうに過ぎている。

口は悪い彼だが、女の子に対しては案外優しいところがある。

 

……尤もその理由は悲しみに彩られているのだが。

 

 

 「消しゴムとかノートのストックが無くなっちゃったんだよ。

  だからコンビニまで買いに行ってたの、そこで七瀬さんとばったり」

 

 「あたしのとこは飲み物切らしちゃったからおつかいに」

 

 「……あのなぁ、お前ら今日柚木が言ってたこと忘れたのか? 

  通り魔が出てるんだぞ、と・お・り・ま! 危ないだろうがっ」

 

 

自覚は薄いが、守る対象である少女達が危険に晒されるわけにはいかない。

浩平は心の奥底でそう思っていた。

 

 

 「折原が人の心配するなんて……槍でも降るわけ!?」

 

 「た、大変なんだよもんっ」

 

 「失礼なこというなっ」

 

 

留美の言葉を受けて本気で焦る瑞佳。

二人揃って冗談を言っている瞳でないのが尚一層浩平を怒らせる。

 

 

 「あ〜もう! なんでもいいからとっとと帰れっ! 

  乙女がこんな時間に出歩いていいわけないだろうが」

 

 「んぐ! うう……わかったわよ」

 

 「ま、まぁ浩平の言う通りかもね。七瀬さん、帰ろうか。ほら、浩平も」

 

 

密かにほっと溜息を吐いていた浩平に瑞佳の声が重なる。

 

 

 「はぁ? なんで俺まで」

 

 「当たり前だよ! 私たちが危ないってことは浩平も一緒ってことだもんっ。

  それにこういう時は送ってくれるのが男の子でしょ?」

 

 

一般的常識論によって浩平を駆逐していく瑞佳。

流石は彼の思考を読みきっている、長い付き合いの幼馴染だけはある。

 

 

 「ちっ、しゃあねぇな。……長森、『どうか美男子星のプリンス様、

  か弱き私達を守ってくださいませ』と言うのであればその願いを聞いてやろう」

 

 

なんと俺様は寛大なのだろう、等と陶酔する浩平。

 

 

 「何様かぁっ!」

 

 

ドゴンッ!

 

 

間髪いれず小気味良い炸裂音が辺りに響く……。

留美が己の拳を浩平の脳天に極めた音だった。

その勢いのまま地べたに這いずり落ちる浩平。

 

 

 「な、七瀬さん!」

 

 「瑞佳っ、こんな阿呆ほっといて行くわよ!」

 

 

ズンズンとその場から離れていく大きな足音。

浩平は頭を押さえながら苦笑する。

 

 

 (七瀬め! いつか仕返ししちゃるっ)

 

 

色んな意味で情けないことを考えつつ、彼は密かに笑った。

正直な話、彼女達は邪魔でしかない。

もし危険に晒してしまっては意味が無いのだ。

 

 

 「んじゃ、そろそろ動きますかねぇ」

 

 

今夜出歩いている理由は唯一つ、通り魔と化している帰還者を探し出し、倒すこと。

DDの目的は帰還者の殲滅……そしてそれは人々を守ることに繋がるのだ。

音が聞こえなくなったのを確かめて起き上がる。

 

 

 

 

 

ザァッ――――。

 

 

 

 

 (……ん?)

 

 

パンパンと服を叩いた浩平の耳に微かな音が届いた。

そして感じる微かな違和感。

戦士として鍛えられた、戦闘本能とも云える。

 

 

 『い、嫌……っ

 

 『な、き……帰還者!?

 

 

それは静かな悲鳴。

 

 

それは遠くに聞こえた声。

 

 

それは……守るべき少女の声!

 

 

 

 

 「ざけんなっ……!」

 

 

舌打ちする浩平。

 

彼は焦っていたのかもしれない。

いや、実際焦っていた。

馬鹿なことを言わずに傍にいるべきだった。

 

考えても遅い。

声の方向に走る。

それしか頭に無かった。

それだけが今の浩平を良い意味でも悪い意味でも支えていた。

 

 

 


 

 

 

白い男がいた。

白髪に青白い貌、己を覆う白い外套。

この姿をして『白い』以外に形容詞なぞあるまい。

 

 

 「二人か? 俺様はレグロスみてぇにえり好みはしねぇけどよ。

  ま、美味そうではあるしなぁ。腹も減ってるし」

 

 

留美と瑞佳の目の前に突如現れたもの……帰還者。

初めによく声が出せた、と感嘆してしまうほど今の二人は震えていた。

座り込んでいないだけ立派かもしれない。

 

二人は決して弱くない、学年でもかなり腕がたつ存在として有名であり、

帰還者を倒してきた経験もある。

よちよち歩きの新兵でもないのに、だ。

 

だが無理もない、目の前の帰還者は明らかに違う存在。

その言葉も、その真っ赤な瞳も、その存在そのものが今までとは異なる。

白の存在によって生まれた絶対的な恐怖心が、楔となって二人を飲み込んでいた。

 

 

 「次生まれてくるときは幸せになぁ? んじゃ――死ねや」

 

 

白い存在が口を開く。

無機質であり、故に嘲笑う声は酷く人間味が溢れている。

生きるモノの魂を奪い取るのが楽しくて仕方が無い。

 

 

――――そんな、声。

 

 

白い帰還者は左の掌を瑞佳に向ける。

 

きっとなんらかの攻撃をしてくるのだろう……瑞佳はそれを頭では理解していたが

どこか遠くからそれを見つめているような感覚を味わっていた。

自分が死ぬかもしれないのに、他人事のような認識。

傍にいる留美も同じ……絶望という色の心の檻。

見えない鎖が自分を束縛し、精神に痛みを与えていく。

まかり間違えば発狂もありえるような、【永遠】の闇。

 

闇と対照するその色、白の存在。

邪念を織り交ぜた、悪なるモノ。

 

 

『白』……そのたった一つのイメージを残して、二人の未来は閉じる。

 

 

 

 


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