刀に秘められた想い。

彼女の誓い。

月が彼を照らし

彼は己の両手で少女の羽を優しく包んだ。

 

悲しみを乗り越え

悲痛な覚悟を決めて

 

彼は一人の修羅となる。

 

 

 

 

 

Eternal Snow

6/夜空

 

 

 

 

 「あ〜、疲れた〜」

 

 

 「ですね〜」

 

 

 

祐一は少女達が酔いつぶれたあと一弥と共に風呂に入った。

風呂場が広くて祐一が驚いたなどの出来事もあったのだが

 

 

 

 「ま、水瀬家だしな」

 

 

 

の一言で片付けてしまった。

何だかんだで祐一も慣れたのだろう。

順応性の高さが素晴らしい。

これであゆの未来予知は正解したわけだ。

 

 

 

風呂上がりに外で夕涼みをする祐一と一弥。

秋の風が火照った身体に心地よい。

 

 

空には月と星空。

辺りに聞こえる虫の声。

 

 

 

 「やぁ」

 

 

 

そんな二人に声がかかる。

 

 

 

 「賢悟……さん?」

 

 

 

薄い青の着流しを身に纏い、隙のない笑みを見せる男性。

秋子のように年若い。

真琴の髪の色に近い淡い亜麻色の髪。

彼こそ『水瀬 賢悟』。

秋子の夫にして、名雪・真琴の父親である。

 

 

 

 「久しぶりだね、祐一君」

 

 

 

祐一は秋子にしたように深く頭を下げた。

 

 

 

 「ご無沙汰しています。……あの時はどうもすみませんでした」

 

 

 

賢悟は軽く笑う。

 

 

 

 「気にしないで。僕は君のために何もできなかった。頭を下げる必要はないよ」

 

 

 「そんなことないです。賢悟さんや秋子さんのおかげで俺は……」

 

 

 「……そうか。不肖の叔父が役に立っていたのなら……良かったよ」

 

 

 

謙虚な姿勢を崩さない賢悟。

これが彼のスタンスであり、愛される所以だった。

 

 

 

 「ちょうど二人が揃っていて良かった」

 

 

 「どうかしましたか?」

 

 

 

一弥が問い、賢悟は頷く。

 

 

 

 「僕の守護していた宝珠の話さ」

 

 

 

祐一と一弥の顔が強張る。

水瀬賢悟――今は『賢者』と呼ばれているが、彼は神器『白虎』の前任者だった。

 

 

 

 「長官から聞いています。俺が派遣された理由ですね」

 

 

 「そう……だったね」

 

 

 

賢悟の言葉に違和感を抱く一弥。

 

 

 

 「“だった”……とは?」

 

 

 「僕がこの時間まで帰ってこれなかった理由はそこにあるんだ」

 

 

 「?……説明をお願いします」

 

 

 

賢悟の発言は抽象的だった。

そこから読み取れることは何も無い。

 

 

 

 「返還されたんだよ、月の宝珠が」

 

 

 『はぁ?』

 

 

 

意外すぎる結論に祐一と一弥は声を揃えた。

 

 

 

 「ただし、破壊された後でね」

 

 

 「どういうことです?」

 

 

 「僕にもよくわからないが……原石としての宝珠に興味はないということらしい」

 

 

 「そうですか……なら俺はもう」

 

 

 「いや、その必要はないよ」

 

 

 「何故です?」

 

 

 

賢悟は重く口を開く。

 

 

 

 「一緒に添えられていたんだ、翼人の羽らしきものが、ね」

 

 

 『な!?』

 

 

 

祐一と一弥の驚愕の声。

 

 

 

 「馬鹿な! 翼人の羽ですって!? 

  それを持っているのは僕と兄さんだけのはずです!!」

 

 

 

『翼人』――帰還者と戦う中で突然人間の中に生まれた超越主。

翼人はその背に翼を持ち、人を超える能力を発揮したという。

しかし、ある時を境にその存在は失われていった。

 

 

 

一弥の発言は確かにその通りだった。

この日本で、いや世界で、翼人の羽を所持しているのは祐一と一弥だけのはず。

それは賢悟や秋子も知っていること。

 

沈黙していた祐一が口を開く。

 

 

 

 「いや、可能性だけなら……もう一人いる」

 

 

 

祐一は服の下に隠していたペンダントを取り出す。

琥珀の結晶に包まれた純白の羽だった。

 

 

 

 「…………そうか」

 

 

 

予想していた、とその瞳が語っていた。

心の中で、祐一と同じ人物を想像する。

 

 

 

 「……はい、でも確証はありません」

 

 

 「それで構わないし、答える必要はないよ。それを聞く権利は僕にはない。

  勿論、一弥君にもね。ただ、一つだけ聞かせて欲しい。

  ……三人目の翼人の可能性はあるかい?」

 

 

 

判っていて、問う。

信じたくない、これ以上苦しみを味わう少年がいることを。

だが無情にも祐一は頷いた。

 

その瞬間の賢悟の表情は、どこか哀しげで。

 

 

 

 「そうか。ありがとう」

 

 

 

一弥も何も言わなかった。

 

賢悟は顔つきを変える。どこから斬りかかれそうな雰囲気は息を潜める。

優しい父親から、DDのトップクラスに位置するエージェント――『賢者』へと。

 

 

 

 「祐一君、一弥君。『賢者』として改めて命令させてもらうよ。

  神器『青龍』、及び『白虎』。二人に冬実市への着任を命ずる」

 

 

 『了解しました』

 

 

 

反論することもなく、二人は命令に従った。

 

 

 

 「話はお終いだよ。二人とも家に入ろう。晩酌に付き合ってくれるかな?」

 

 

 

賢悟はどこか憎めない表情を浮かべる。

祐一と一弥は笑顔を表に出して

 

 

 

 「はい、お付き合いしますよ」

 

 

 「明日は僕達、二日酔いですね」

 

 

 

三人は仲良く玄関の扉を開けた。

 

 

夜空に輝く星が煌めき、月が笑った気がした――――。

 

 

 


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