Eternal Snow

59/七星学園事件簿 〜久瀬陰謀編〜

 

 

七星学園生徒会。

七星学園にて唯一学園の自治を執り行なう団体にして故に最も発言力のある団体。

生徒会だけあってエリート揃い、通常ならば選挙で選ばれるのだろうが、

この学園では何においても実力が優先されるため、自然とそういった面子が揃っていた。

 

 

 「……相沢祐一か。全くもって下らない」

 

 

その七星学園生徒会長、久瀬篤史は馬鹿らしいという表情を浮かべていた。

ここは生徒会室、彼は自分の机の上に置かれた一枚の紙切れを見てそう言った。

言うまでもないだろうが、その中身は祐一の編入時のデータ。

保有ランクに使用武器、各種身体データと大したことは書かれていない。

 

 

 「保有ランクC2。武器、特になし。主に打撃戦を好む、と。

  編入時の成績は下の上。所有能力なし……よくもまぁこの程度の成績で

  うちの学園に来れたものだね。教師陣も何を考えていらっしゃるのか……。

  全く、とんだ悪運の持ち主だよ」

 

 

クィッと眼鏡を持ち上げ、侮蔑するような眼差しでその紙切れを見つめる。

その中身の大半が捏造されたものであることなど知る由もない。

彼が来てそろそろ一ヶ月経つ、話によるとあの折原浩平の親友らしい。

故に何かと話題にのぼりやすい男だった。

加えて倉田一弥の幼馴染であり、彼に兄と呼ばれる存在。

更に言うならば……

 

 

 「倉田さんの意中の相手、ね……。こんな男のどこがいいのだか」

 

 

七星学園四天王の一人、倉田佐祐理が密か?に想う男性という噂だ。

それが彼には面白くない。

 

『久瀬』――国内でもかなりの権力を持つ名家の一つ。

DDへの多額の出資、議会での発言力においても『倉田』に勝るとも劣らない。

彼はそこの一人息子。

当然それなりの野心を持っている、家が家だけに将来は約束されたも同然。

彼の『ランク絶対主義』はここから来ていると言っても過言ではない。

言い方は悪いかもしれないが、身分の差というものを本気で信じている。

 

そういった点で、彼にとって倉田佐祐理という女性は理想のタイプと言って差し支えない。

『久瀬』と同じく名門と謳われる『倉田』出身にして七星学園四天王に名前を連ねる才女。

学園ではその美貌と相まって一番の有名人でもある。

彼主観で言う所の『人生を共にするに相応しい相手』だということだ。

無論、この人生とやらには『家柄』などの単語が付随する。

 

相沢祐一という男は、学園長の甥というだけで肩書きはそれ以外に何もない。

それだけで彼にとっては侮蔑に足る相手だった。

……全くもって無知とは恐ろしい。

 

 

 「いい機会だ、少し彼には己の立場とやらを自覚してもらうとしようか。

  ついでにあの折原君も一緒にね……」

 

 

彼の視線の先には三週間後に行なわれる

『七星学園武術会開催のお知らせ』というポスターがあった。

一人生徒会室で昏く嘲う彼は悪役の素質に満ち溢れていることに本人は気付いていない。

 

 

 

 

と、そんな不穏な空気が流れていることなど知らないここ2−Aの教室。

 

 

 「もう! 浩平〜!」

 

 「いちいち耳元で喚くな! 鬱陶しいわ、このだよもん星人!」

 

 「浩平がいけないんだよ! 宿題忘れてくるんだもん」

 

 「成績があまり良くないのですから、宿題くらいしっかりやっておいてください」

 

 

浩平と瑞佳の怒鳴りあい、いつもの光景が繰り広げられていた。

今回は聞いての通り、浩平が宿題を忘れたことに起因するらしい。

瑞佳と茜が彼の机の傍でノートを引っ張り出し、教えようとしている。

あまり報われてはいないようだが。

 

 

 「ゆ、祐一君。少し瑞佳さん達のお手伝いした方がいいんじゃないかな?」

 

 「あゆ、何故俺がんなめんどくさいことをしなければならん」

 

 

自分の席に腰掛けながら浩平達の様子を見ていた祐一が憮然とする。

 

 

 「だって、そういうのは祐一のお仕事だよ?」

 

 「……んなこといつ決まった名雪」

 

 「前からだよ〜」

 

 「具体的に何時からなのか答えろ」

 

 「祐がうちのクラスに転入してからじゃない?」

 

 「相沢君、これはクラス全員満場一致の意見だからさ、諦めた方がいいよ?」

 

 「……正直相沢には同情するけどね」

 

 

にべもなく答えた香里、詩子、留美に対して一種の怒りを覚える祐一であった。

怒ったところで何も出来ないのだが。

 

 

 「俺が一体何をしたというんだ……」

 

 

そんな苦悩を抱える彼の肩をぽんと叩く金髪アンテナの少年……名前を北川潤という。

その隣には猫口が特徴的な男子生徒、住井護の姿もある。

二人は『すみきたコンビ』と呼ばれ、2−Aでは浩平に次いで色んな意味で悪名が高い。

判りやすく説明するなら、“七星学園版非公式新聞部構成員”と言ったところである。

 

 

 「諦めろ相沢、美坂の言う通りお前が転入してきたのが全ての始まりだ」

 

 「全くだな、“折原の親友”」

 

 

にこやか〜な笑みの二人、完全に他人事であるからこんなことが言えるのだ。

殺意の芽生えを自覚した祐一だった。

周囲のクラスメートも祐一に同種の視線を投げかける。

口に出さずとも一様に『頼んだ』『任せた』と言っているのが判る。

口にこそ出さないが、昔からこうだった。

 

折原浩平、ついでに桜井舞人。

その二人の手綱役は言うまでも無く祐一。

はじめて聞く言葉でないからこそ、余計に腹が立つ。

 

 

 (…………なんで俺がリーダーなのかなぁ……)

 

 

悲しい思考と共に、祐一は盛大に溜息を吐くと、席を立った。

周りが期待の眼差しで見つめる中、祐一は何もせずに浩平の席を通り過ぎる。

 

 

 「……は?」

 

 

誰かの口から思わず漏れる声。

祐一はそのままドアを開ける。

 

出る寸前に「トイレ行ってくる」とだけ残して。

 

 

ガラガラ、ピシャッ

 

 

無情にも閉じられたドア、そして同時に浩平は黙った。

誰も気がつかなかったらしい、祐一が教室を出て行く時に

浩平に背中を向けたまま殺気をぶつけたことを。

突然口を閉ざした浩平のこめかみに一筋の冷や汗が流れていたことを。

その殺気はあまりにも濃縮され、あまりにも一瞬に発生し消え去った。

 

 

 「ちっ……長森、茜。ここんとこの答え教えてくれ。どうにもよく判らん」

 

 「え、あ、うん」

 

 「そこの答えはですね……」

 

 

生徒たちは首を傾げたが、何の因果関係も判らないまま、とりあえず怒鳴るのをやめた

浩平達を無視して再び雑談に戻っていく。

 

 

 「ほんと……手間のかかる奴」

 

 

祐一はポケットに手を突っ込みながら、再び盛大な溜息を吐くのだった。

 

 

 (全く、あの馬鹿は……。俺達は目立たないようにしてなきゃならないっーのに

  別の意味で目立ってどうする気だ。無駄に注目を浴びると

  行動し辛くなるって判ってんのか? 何のためにランク落としてんだ、ったく……)

 

 

神器『青龍』相沢祐一の苦悩を理解してやれるのは本当に極一部の人間だけだろう。

主に公認弟兼相棒の少年とか。

何故なら同じ苦労をしているから。

 

祐一はトイレの個室に入って便座に腰掛けて思考する。

 

 

 (ただでさえ最近は奴らの動きが目立ち始めてる。賢悟さんの時といい、

  舞人も出くわしたとかいう『永遠の使徒』……いつまでも遊んでられそうもない、か。

  舞人の奴は幼馴染に神器だってバレたとか言ってたしなぁ……。

  あーあ、何かこのままじゃ終わりそうにない予感がする)

 

 

後手に回り始めた現状を自覚して頭を抑える。

空いた左手は首から下げられた琥珀色のペンダントを握り締めていた。

 

 

 (なぁ、神奈? 俺、お前に逢いたいよ……。

  お前に逢えたらこんな不安一瞬で吹き飛んじまうのに。

  いつになったら俺はお前を頼らなくて済むようになるんだ? 

  こんなんじゃいつまで経ってもお前を安心させてやれないのにな、ごめん)

 

 

泣き言、神器となった今でも……いや、神器となったからこそ彼は弱くなった。

自然と目元から涙が零れる。

 

 

 (往人のやつ……今ごろどうしてるんだろう? 

  あいつも俺と同じように観鈴を思い出しながら永遠と戦ってるんだろうな、きっと……。

  いや、往人は俺よりもずっと強いんだ。もしかしたらとっくに観鈴を

  思い出にして過去を乗り切ってるかもしれないな……。

  それも寂しい話だけど、あいつは、俺なんかよりもずっとずっと強いんだから。

  あの羽根は何かの間違いに決まってる――)

 

 

ふと親友にして兄弟子の目つきの悪い青年のことを思い出した。

 

 

彼は知らない、自分より強いと信じて疑わない親友が

自分と同じ様に全てに絶望したのだという事実を。

違和感を自覚はしている……だけど疑いたくないのだ。

そして考えたくないのだ。

修羅となり果て……己を永遠に染め上げたのだということを。

 

 

二人の道は未だ交わらず――――。

 

 

 

 


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