冬実市。

現在の日本で最もDDの人材に溢れる場所。

前代神器『白虎』――現『賢者』、紆余曲折を経て現神器『青龍』『白虎』を擁する。

まるで一種の要塞の如し。

 

しかしこの地域を正式に守護するのは、神器『朱雀』。

彼の名前は『折原 浩平』。

 

 

 

 

Eternal Snow

58/朝の恒例行事 〜折原家の場合〜

 

 

 

七星学園高等部2年生、折原浩平の一日の始まりはパターンが決まっている。

夜は0時前後に睡眠に入り、目が覚めるまで爆睡する。

毎朝毎朝、妹のみさおと近所に住む幼馴染の瑞佳に文字通り『叩き起こされる』のだ。

 

あまりに情けないランクC3の男、それが七星学園での彼に対する認識。

自称『美男子星一のナイスガイ』・『美男子星の王子様』。

……そう思うのも無理はないがそれはあまりにも浅慮である。

 

 

彼も神器の一人。

 

 

 『浩平……君。わ……たし、い…ま、で幸せだっ、よ?……ありが……とう……』

 

 

心に大きな傷を持ち、その身を永遠との闘いに投じた。

深淵なる怒りの業火に身を焦がす、神器『朱雀』――『折原 浩平』。

 

 

 

 

 「zzzzzzzz」

 

 「起きてよ〜! こーへー!!」

 

 「起きろぉっ! お兄ぃっ!!」

 

 

浩平がベッドで寝ている。

目元まで伸びた茶色い髪はどことなく祐一にも近いものがある。

あどけなく寝るその顔は母性本能を刺激するかもしれない。

 

そんな彼をせっぱ詰まった表情で起こす二人の少女。

長い赤茶色の髪が似合う少女の名前は『長森 瑞佳』

浩平ゆずりの茶色い髪をショートボブにし、活動的な印象を与える彼の妹『折原 みさお』

 

折原邸、浩平の部屋。

いつもと同じ光景。

現在時刻8時5分。

学園へ遅刻せずに行くにはあと10分程度しかない。

 

浩平が惰眠を貪り、瑞佳とみさおがそれを起こそうと躍起になる。

ありがたいことに、今朝の浩平は『普通に』ベッドで寝ていたので幾分か楽ではあるが。

『普通に』と注釈を付けるのには訳がある。

人をからかうことを生業とする彼は、起こしに来てくれる幼馴染と妹を

からかうためだけに変な場所で寝る癖がある。

ベッドと床下の間・クローゼットの中・机の下・天井裏・天井からハンモッグetc。

それに比べれば今日はまだマシだ。

そういった点で、名雪や舞人よりも遥かにタチが悪い。

 

今日も今日とて最終手段、みさおのボディプレスが炸裂し、瑞佳の大声が響き、

慌てて着替えを済まさせ、二人がかりで髪型を整えさせ、

その間に本人には朝食を食べさせ、彼らは家から全力疾走して学校へと向かうのだった。

現在時刻8時19分……正直言ってやばい。

やぼったく制服を着込んでいるのはご愛嬌。

 

そんな彼の右手首には必ず黄色いバンダナが巻きつけられている。

浩平は例え宿題を忘れても、どんなに時間がなくとも、どれだけ遅刻しそうになっても、

その黄色いバンダナだけは絶対に忘れたりしない。

それは彼が(自称)留学から帰ってきた一年前からの習慣。

浩平がそれを体から離すのは風呂に入るときと眠るときと着替える時だけ。

本当は眠るときにもつけていたいのだが、埃っぽくなるのが嫌だから。

 

 

 『浩平君を永久欠番の恋人さんに認定するよ!』

 

 

――彼が愛したあの笑顔の眩しい少女の形見だから。

 

 

 

 

 

 「長森、みさお! 何でもっと早く起こさないんだ!」

 

 「無茶苦茶言わないでよ! 浩平がちゃんと起きれば問題ないんだよ!」

 

 「瑞佳姉の言う通りだよお兄っ! みさお達の苦労も考えなさいよねっ!!」

 

 「なにをーー!」

 

 

全力で通学路を駆け抜けながら、彼ら三人は口喧嘩を始める。

なかなかの高等技術だ。

何度も言う様だが、こういった部分にDDの素質が見え隠れしているのだろう。

 

 

 「ん?」

 

 

激走していた浩平がふとペースを落とす。

普通なら息が上がってしまうところだが、流石に現役だけあって乱れはない。

何かを見ているらしい。

瑞佳とみさおもそれに倣う、視線の先には自分たちと同じ様に走ってくる男女二人の姿。

……まぁ言うまでもないと思うが、祐一と名雪である。

 

曲がり角で二人と合流する。

 

 

 「よっ、祐一! 水瀬もおはよう」

 

 「おはよう、名雪さん。相沢君も」

 

 「おはようございます、水瀬先輩、相沢先輩」

 

 「おはよう、浩平。長森さんにみさおちゃんも」

 

 「おはようございますだよ、瑞佳ちゃん、みさおちゃん、折原くん」

 

 

祐一と名雪、祐一が名雪を起こす様になってからというもの、名雪も祐一も

割と高い確率で遅刻を免れるようになったのだが、時折こうして走っている。

その日は祐一の健闘空しく……といった所だ。

 

 

 「長森、時間は?」

 

 

未だ走ったまま、瑞佳は時計を確認する。

辺りに生徒の数は少ない。

この五人が揃っている場合、高確率で遅刻が確定するため、遅刻を諦めていない者達は

己の全力をもって走っていくためだった。

 

 

 「8時26分……このペースならギリギリ間に合うよ」

 

 

そもそも学園までそれなりに距離があるというのに

8時19分に出て間に合うというのが理解出来ない。

祐一と名雪も似たようなものである。

彼らの基礎体力はここで鍛えられていると言っても過言ではないだろう。

特に祐一と浩平にとってはいいトレーニングかもしれない。

 

この中では最年少であるみさおが多少息を乱していることを除けば特に問題はない。

普通に間に合うだろう、浩平は何の気なしにそう思った。

その『普通』が既に『普通ではない』ということは全く自覚していないらしい。

 

閑話休題。

五人は先ほどの言葉を実証することとなる。

クラスメートの呆れ顔と失笑をかいながら。

 

今日も一日が始まる。

神器である彼が唯一日常を味わえる時間。

唯一幸せを実感できる時間。

 

帰還者と戦っているという非日常を少しだけ癒してくれる

『学園』という名の楽園がこれから始まる――。

 

 

 

 


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