Eternal Snow

55/安堵と恋敵

 

 

生徒や教師たちが二人の安否を気遣う中、当の本人達は森を脱出しなかった。

事が大きくなっているであろうことは理解していたし

傷付いているわけでもなく、方角がわからないわけでもない。

いざとなれば元素能力を所持する舞人が空を飛ぶという手段もある。

元素能力は特殊な力のため、元素を操るだけでなく、

所有者は苦労なく空を飛ぶという力も合わせ持っている。

 

だが二人はそうしなかった。

朝が来るまでの間、二人きりで居たかったから。

話したいことはたくさんある、あり過ぎて何から話したらいいのか。

言葉なんていらないことは舞人も小町も判っているけれど、それでも何か話していたい。

 

永い永い時間の渦に呑まれた恋がようやく実ったのだから。

 

 

 「あの……」

 

 「あのよ……」

 

 

同時に言う。思わず視線が重なってしまう。

二人の想いが一つだからこそ。

 

 

 「こ、小町から言えよ」

 

 「せ、せんぱいからどうぞ」

 

 

その言葉さえも重なる。

お互いが真っ赤になって俯く。

漂う甘ったるい雰囲気

 

 

一人身には辛そうなこの風を打ち破る救世主がいた。

覚えているだろうか? なすのが彼らを捜索に出ているということを。

彼女もDDEの端くれ、神器と帰還者が戦った気配くらいは察知出来る。

 

 

 「舞人さん! ご無事ですか!?……って、あれ?」

 

 

ひょっこり顔を出したなすのは舞人の気を辿ってここまで来たらしく、

心配そうな声持ちであったが、彼の横にいる小町を見て違和感に気付いた。

 

寄り添う小町と舞人。

真っ赤に頬を染める小町。

……嫌な予感がした。

 

 

 「な、なすのさん!? ああ、えとえと! は、はい! せんぱいも私も無事です! 

  何事もなくこうして元気です! …………ん? 『舞人さん』……?」

 

 

小町も気付いた。

そして重要なことに考えが及ぶ。

 

 

 

――なすのが憧れているのは神器『大蛇』。

――その大蛇の正体は……他ならぬ、舞人。

――即ち……恋敵!

 

 

 

……辺りに先ほどとは違った緊迫感が漂い始める。

そう、修羅場な雰囲気が漂いはじめている。

……なんかこの展開も飽きてきた、とか言わないで頂きたい。

舞人は気付かない、そして更に火に油を投じる発言をかます。

二人の間に疾る火花を察知していない辺り鈍いとしか言い様がない。

 

 

 「ええ、小町も俺も無事っすよ……神器だってバラしちゃいましたけどね。

  今までなすのさんにも無理言って秘密にしてもらってたのに、すみません」

 

 

なすのは気付いてしまった、舞人が『小町』と呼んでいることに。

仮にも生徒と教師という間柄だけでなく友人として接していたつもりだった分

その違和感にすぐ気が付いてしまう。

 

小町は気付いてしまった。

『今まで、無理言って』……つまりずっと前からなすのが神器のことを知っていたことに。

勿論なすのが大蛇の弟子であることは周知の事実。

即ち、なすのは『大蛇が舞人だと判っていて憧れている』ことになるのだ、と。

 

……何故だろう、背景に『修羅場モード』と浮かんでいる気がする。

作品も意味も違うのに……。

 

 

閑話休題。

 

 

なすのは冷静な対応をした。

はらわた煮えくり返っているのだが、まずは報告をする義務がある。

何より申し訳が立たない。

 

 

 「そのことなんですが……舞人さん、ごめんなさい!」

 

 

なすのは舞人に頭を下げた。

突然の行動に慌てる舞人。

 

 

 「は? え、えっと何かあったんすか?」

 

 「実は……舞人さんが神器だって兄さんにバレてしまいました……」

 

 『……………………………………』

 

 

今、確かに、三人の時間が停まった。

 

 

 「はぅ」

 

 

舞人は白目を剥いて気絶した。

あらゆる意味で精神的衝撃が大き過ぎた。

驚いて介抱する小町となすの。

 

 

 「せんぱい!」

 

 「舞人さん!」

 

 

小町がその場で膝枕をし、なすのがハンカチで扇いでやる。

 

 

 「もう! なんてこと言うんですか! せんぱい気絶しちゃいましたよぉ」

 

 「ううっ……すみません。それに関しては私の所為ですぅ〜」

 

 

ぴょこんと項垂れる猫耳。

まぁそんなことはどうでもいい。

二人の言いたいことは大まかな部分で一致していたのだから。

 

 

 「なすのさんが好きな人って……せんぱいってことですよね?」

 

 

舞人は気絶していて声が届くことは無い。

じっとなすのを見据える小町。

真っ向からその視線を受け止めるなすの。

 

 

 「……はい、そうです。神器としても尊敬しています。

  けど私が好きなのは『桜井舞人』さんです。それだけは勘違いしないで下さい」

 

 

わざわざ付け加える必要のない言葉の様だがその意味は大きい。

神器というだけで彼を思慕しているというならそれは本人に失礼だ。

その一線を理解している分、なすのには舞人を好きでいる資格がある。

 

 

 「……安心しました。それだけがわかれば充分です」

 

 

微笑む小町。

充分な答えを聞いたから。

 

 

 「小町さん、あなたは舞人さんの……?」

 

 

訊くのは怖い、だけど訊かなくては何も進めない。

尤も、例え小町がどう答えたところで彼を諦めるつもりは更々ないが。

女の戦いとはかくも恐ろしいものなのである。

 

 

 「はい、恋人……と言っても差し支えないと思います」

 

 

……判っていること、判っているけれど足元がぐらつく気がした。

なすのの変化に気がついたのだろう、小町はそれでも続ける。

これだけは伝えなければならないから。

 

 

 「でも……反則みたいなものなんです。詳しいことは、その……言えませんけど。

  私は確かにせんぱいのことが好きで、愛しています。

  多分せんぱいも私のことを好きでいてくれてます、だけど……」

 

 

口ごもる小町、前世?のことを言うわけにもいかない。

なすのは何かあるんだろうとは思ったが、それを問い詰める気にはならなかった。

 

 

 「私はせんぱいの傍に居られるなら一番じゃなくてもいいんです。

  お妾さんだって愛人だって構わないんです。

  そういう意味では私となすのさんの立場ってあんまり変わらないと思います。

  ……キスはしてもらいましたから

  少しだけ私の方がリードしてるかもしれないですけどね」

 

 

そう言ってどこか寂しげに笑う。

なすのは納得がいかなかった。

舞人に愛されていることを自覚しながら寂しげに笑うということが。

小町が舞人を好きなことくらいはとっくに知っている。

あれで気が付かないのは当の本人くらいだろう。

 

自分が小町と同じ立場なら喜んで自慢したかもしれない。

なのに何故彼女はそれをしない? 

性格の違いとも言い切れない。彼女のそれはそんな次元を超越している気がした。

 

 

 「だから、その……ライバル宣言しておきますね。

  私だってそれなりに独占欲くらいあるんですから。

  ただそれだけ言いたくて……変なこと言っちゃってごめんなさいです」

 

 

小町はペコっと頭を下げた。

 

 

 「えっ……あ、はい……」

 

 

どこか拍子抜けしたかのようになすのは呟いた。

 

 

 「あーあ、それにしても困っちゃいましたね〜」

 

 

空を見上げながら小町はおどけたように言う。

しんみりした空気をわざと変えようとしているのは明白だ。

 

 

 「?」

 

 「だって、なすのさんだけじゃなくて希望先輩もですよ? 

  お二人とも私なんかより魅力的ですし、自信なんて出るわけありませんよ〜」

 

 「そんなことないですよ、小町さんはスタイルもいいし……」

 

 

二人は揃って笑った。

この朴念仁は難攻不落の要塞と一緒。

好かれているのに気が付かない。

意地悪な癖に優しくて、さりげないところで支えてくれて。

そこが魅力的なのに自分ではちっとも気付いていない。

 

彼を振り向かせるにはそれこそ自分の全てを賭けなくてはならなくて。

勿論彼にはそれだけの価値がある。

 

なんとなく近い将来舞人は女泣かせになるのではないかと危惧した。

その中には自分達も当然の如く入っていて……。

実現しそうなその予感に二人は苦笑する。

 

 

 

――まもりたいひとのえがおがある。

――うしないたくないひとのすがたがある。

――てばなしたくないひとがここにいる。

 

 

 

それはきっと風の囁き。

それはきっと星の願い。

 

忘却の罪を抱えし彼ら9人に与えられる贖罪という名の祝福。

その恩恵を受けることの出来るこの場の二人はまだそれに気がついていないのだった。

 

 

 

 


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