Eternal Snow

54/守護者、その名は大蛇!

 

 

二人の間に流れる心地よい風。

優しすぎるぬくもり。

永い時間(とき)を経て、再び巡り合う。

忘却の罪は終わりを迎え、記憶を取り戻す。

 

 

 「せんぱい、約束守りましたよ」

 

 「約束?」

 

 「はい……七兆光年だって追いかけますって、あのとき言ったじゃないですか」

 

 

――欠けた記憶の中に眠る、一つの思い出。

 

 

微笑む小町。

舞人の心がドキンと鼓動を早める。

腕の中にすっぽり収まった彼女をギュッと抱き締める。

離したくない。

 

 

 「あぁ、そうだったな……小町、ありがとう」

 

 「え?」

 

 「この世界でも俺の傍に居てくれて……ありがとう」

 

 

――かつての俺はこんな素直に礼を言えただろうか? 

本当に伝えたいことを冗談で覆い隠し、誰にも何も教えない俺。

 

 

 

小町は舞人の胸に自身をより強く押し付け、彼女としては珍しい小狡い笑みを浮かべた。

 

 

 「雪村の辞書ではストーカーを恋する乙女と読みますからね」

 

 「ったく……お前もしつこい女だな。こんな俺を」

 

 「……私の幸せは、せんぱいの傍にいることです。それはこの世界でも変わりません。

  だから、お願いします。ずっとせんぱいのお傍に居させてください。

  一番でなくてもいいんです。愛人だってお妾さんだって構いません。私のこと……」

 

 

それが小町の願い。

多くを望まず、舞人のために尽くしたいと考える彼女だからこそ言える言葉。

寂しすぎるほどに健気な少女。

 

最後まで小町は言葉を発することは出来なかった。

愛する彼がその唇を、自らの唇に押さえつけたから。

 

しばしの沈黙。

神聖にして幸福な行為。

 

 

 「頼んだって一生離してやんねえよ。お前の居場所は俺の腕の中だ」

 

 「……はいっ!」

 

 

暗がりに流れる穏やかな雰囲気は、永遠のものとはならない。

何を思ったか舞人は小町を抱き締めながら、彼女の耳元で静かに呪を唱える。

 

 

 「アルティネイション……」

 

 

体の血液という血液が軋みをあげる。

筋肉が断裂するかのような苦痛を感じる。

既に今日一度使っている身では、その苦しみは倍増する。

 

 

はず、だった。

 

 

異変に気付く、不思議と痛みがない。

改変を使うことによって生じるデメリットを感じない。

傷を回復させるために余計な苦しみを味わうはずだったのに。

優しい光が彼らを包み、疲れという疲れを取り除いていく。

 

 

 (……そうか、こいつがいるから……つくづく俺は頭が上がらないな)

 

 

不思議と理解出来た、小町のことを思い出したおかげだと。

愛しい少女を、誰よりも護りたい誰かを。

 

 

 「さて、小町。お前は少し大人しくしてろよ?」

 

 「どういうことですか?」

 

 

突然の光を浴び、体が完全に回復しているのを疑問に思いながらも

それが舞人の仕業だと判るから安心していた。

舞人は小町をその場に座らせたまま一人立ち上がる。

 

 

 「お客さんだ」

 

 

異質が彼らの傍に来ていた。

 

ゆっくり近づいてくる気配に小町も気付く。

ある意味慣れ親しんだ、しかし慣れてはいけない気配。

 

 

 「へっへっへ……よお、追いかけっこは終いか?」

 

 

数刻前、彼らを襲った帰還者がそこにいた。

そのときと同じような言葉を述べて。

小町が悲鳴を噛み殺す。

舞人はその帰還者に目をやることはなく、ただ虚空を見ていた。

目の前にいる帰還者には見向きもしない。

その様子に苛立ったのか、舞人を睨みつける帰還者の目が一層鋭くなる。

 

 

 「おい、聞いてんのか!」

 

 「……うるせぇよ、雑魚」

 

 「ざ、雑魚だと……?」

 

 

舞人は視線を合わせないまま、喚く帰還者に吐き捨てた。

返答をすることさえいかにも億劫だとばかりに。

小町からも判るほど、帰還者の目は血走りはじめる。

その殺気だけで人を殺せそうな気がした。

 

 

 「いつまでそこで見てる気だ? 俺が気付かないとでも思ってるのか? 

  そもそも、俺達の貴重なデートを邪魔するだけで重罪だぞ? 

  俺様の機嫌を損ねるとは一体どういう了見かね?」

 

 

舞人はそんなことに構わず、未だ虚空を見続ける。

 

 

ゆらり。

ゆれる。

夏の陽炎のように空間がブレる。

猫がそこにいた。

そう、永遠に属する存在――『アルキメデス』

 

 

 「我輩に気が付いているとは……正直驚いたぞ? まぁ、それに関しては詫びよう」

 

 

頭の上に乗るほど小さな猫のソレは、あまりに違和感があった。

存在が永遠なるものに感じる異質。

 

 

 「ふん、さっきから俺に何かしてたな? 何してたか説明してもらおうか」

 

 

猫自身の表情の変化はない、だが驚いている様子だった。

 

 

 「ほお、まさかそこまで判っていて黙っていたというか。

  実に面白い……我輩の名はアルキメデス、厳密には違うが『永遠の使徒』だ。

  貴殿の記憶を覗かせてもらっていた……しかし、何故か途中で弾き返されてしまった。

  おかげで何も視えはしなかったぞ、こんなことは初めてなのだが。

  神器とは皆そうなのか? 大蛇よ」

 

 「知りませんっ。ま、俺様は特別だからな。猫如きに記憶を覗かれはしねぇよ」

 

 

小町は目の前の猫が『神器』という単語を舞人に使ったことに少なからず驚く。

そしてそれを否定しない彼自身に。

 

 

 「せ、せんぱい……一体どういう……?」

 

 

あまりに間抜けな声だった。笑うわけにもいかないのだが。

舞人は事も無げに彼女の方に振り向いた。

そうしながらも意識をメデスから離すことはしない。

 

 

 「簡単なことだ。やはり俺様はクールでニヒルなハードボイルドってことさ」

 

 

回答のようでそうではない返事をする。

黙って耳のピアスに触れる。

スペル、発動。

 

 

 「神衣――着装」

 

 

突然の光に目を閉じた小町が再び舞人を見る。

白と紫のラインカラーが施された戦闘服。

この世に5つしか存在しないうちの1つ。

 

 

 

 

――其は神の器

――最強を冠する者の名

――絶望を祓う希望の刃

――汝が名こそ『神器』なり

 

 

 

 

神衣を纏った神々しい姿。

それは彼女がよく見慣れた彼の姿であり、彼女が初めて見る彼の姿だった。

 

 

 「う、そ……」

 

 「はっはっは! 驚いただろ! 今まで隠していた甲斐があったってものだ!」

 

 

しかし中身は舞人に過ぎない。

神々しさは半減していた。

 

 

 「……我輩は戻るとしようか。ここにいても得るものはない」

 

 「逃げられると思ってんのか? この俺から」

 

 「うむ。我輩の実力が見切れぬわけではあるまい? その人間を抱えたまま

  我輩と戦うのはいささか辛かろう。大人しく引くと言っているのだ。

  素直に従ったほうがよいのではないか? いずれ相まみえることもあるだろう」

 

 

舞人は苦々しげに舌打ちする。

メデスの言い分は確かに的を得ていた。

 

 

 「……行けよ」

 

 「感謝する。神器『大蛇』……貴殿の名を聞いてもよろしいか?」

 

 「記憶見たってなら判ってんだろうに……。舞人、桜井舞人だ」

 

 

表情が変わらないはずのメデスが笑った気がした。

 

 

 「桜井舞人。次に会うときを楽しみにしている、そやつに殺されるでないぞ?」

 

 

メデスはそう言い残し、まるで何もなかったかのように其処から消えて行った。

舞人はせせら笑うと、ようやく帰還者の方に軽く視線を向ける。

 

 

 「ああ……いたなぁ。そういえば」

 

 

挑発混じりに、にやにやと帰還者を見下す視線を投げつける。

 

 

 「なん、だと?」

 

 「相手になってやるって言ってんだよ。ほれ、さっさとかかってきな」

 

 

小町は先ほどまで感じていた恐怖がいつの間にか消えていることに気付いた。

理由は間違い無く彼。

ましてや曲がりなりにも恋人であるわけで、尚且つ最強と噂される

神器となればなおさら。思わず応援したくなってくる。

 

 

 「せんぱい、頑張ってください!」

 

 

舞人はフッと笑うと、背中を向けたまま右手の親指を立てた。

 

 

 「終わったらキスしてくれよ? 桜井舞人私設法廷による決定事項だからな、

  俺の恋人である小町には逆らう権利なぞない。

  んじゃ……始めるとすっか――『雫』」

 

 

言霊と共に、右手には雪のように白く輝く槍が握られる。

忘却の悪夢の中で手に入れた幻の武具。

記憶の世界で舞人と小町が出会い過ごした町、雫内(しずない)の名を冠していたのは

偶然ではなかったのだと今なら判る。

 

 

 「さぁ……せいぜい暴れようぜ!」

 

 

その言葉を皮切りに、闘いが始まった。

 

 

 

 

 

 「死にやがれぇっ!!」

 

 

怒号と共に赤く煌く帰還者の目。

その音声は大地を揺らし、衝撃波となって舞人を射抜く。

舞人は腕をクロスさせてガードする。

神器が纏いし神衣はこの程度では傷すら付かない。

腕を解き、槍を構え直した舞人の眼前には帰還者がいた。

右腕の攻撃を警戒する。

帰還者がニィと笑う。

 

 

ズドムッ!!

 

 

膝蹴りがまともに舞人の腹部に炸裂、舞人は胃液が逆流していくのを強引に抑える。

その所為で呼吸は乱れ、明らかな隙を生んでしまう。

一閃する帰還者の右爪。

舞人はバックスウェーで回避するが、腕の長さを考慮に入れるのを忘れていた。

 

 

ズシュッ

 

 

鋭い肉の裂ける音。

 

左肩を裂かれ、肉が垣間見える。

舞人の顔に苦痛の色が窺える。

 

連撃は止まない。長すぎる腕は接近戦には向かないのか

左腕と足技のみで執拗に襲い掛かる。

接近戦が向かないのは槍を扱う舞人も同じ。

左腕は痛みで使えぬも同然、槍は捨てるしかなかった。

フック・膝蹴りから右腕へのトリプルブロー。

サンドバックのように一方的に攻撃されてしまう。

 

しかし舞人の瞳は死んでいない。

三連打の最後の一撃を無理やり耐え切り、勝機を得る。

 

 

 「っあらぁっっ!!」

 

 

一瞬腰を捻りこむように力を溜め、右拳を叩き込む。

その一撃は帰還者の脇腹に抉りこまれていく。

帰還者の右腕が動く前に素早く背中に回りこんだ。

使えぬ左腕を動かして背骨にエルボードロップ。

確かな手応えと音、そして左腕に走る痛み。

 

 

 「ぐ、が……。ちっ、こんな痛みがなんだ! 俺は! 神器『大蛇』は!! 

  大切な女を……小町を護るために闘う! 負けてられねぇんだよぉっ!!」

 

 

帰還者にではない、負けられないのは自分。

心が自身を鼓舞する。

己に負けては意味がない。神器の名は伊達ではない。

反撃は終わらない、終わらせるわけにはいかなかった。

左手の甲に宿る闇の宝珠が輝く。

ダメージを負っていたのが左肩で助かった。

宝珠の力は左半身を一瞬で癒す。

神秘なる宝石は彼を主と認めていた。

 

刃のように繰り出された彼の左手刀は帰還者の右腕を体から切り離す。

反動で二人の距離は大きく離れた。

 

 

 「ぐああああぁぁぁぁっっっ」

 

 

帰還者の悲鳴は木々を揺らし、色とりどりに染まる葉を降らし続ける。

吹き出た血の紅が辺りを染め上げる。

ギラついた瞳が瞬き、残った左腕をかざして光の塊を撃ち出す。

迫り来る光弾。

舞人は右手で左手首を支え、その手を帰還者に向ける。

 

 

 「闇に還れ……ダークネスブラスターァァァァッッッッ!!!!!!!」

 

 

解き放たれた呪の言霊に合わせ、全てを飲み込む闇の波動が一条の光と化す。

闇の宝珠を得た舞人が会得した新たな技。

帰還者の苦し紛れの光弾は舞人の闇に喰い殺される。

 

舞人の左手から撃たれた一条の光線。

混沌に彩られながらも、其は光に勝るとも劣らぬ輝きを残した。

胸を撃ち抜かれた帰還者は結局己の名を名乗ることもないままに

他の帰還者と同じく灰へと還る。

 

帰還者がこの世から消え去るとき、その跡に残るのは風に吹き飛ばされるほど儚げな灰。

辺りを染めた紅も灰色の結晶へと変わっていく。

舞人は大きく息をつくと

 

 

 「滅べ……それは舞い散る桜のように」

 

 

手向けの言葉は風と消え、

 

 

 「神衣展開――解除」

 

 

紡がれた呪によって神衣は擬態しピアスへと戻っていく。

雫を回収した舞人は、悠然と、雄々しく、小町の元へと歩み寄る。

小町は目の端に涙の粒を残しながらも、

 

 

 「おかえりなさい、せんぱい」

 

 

笑顔とキスで彼の帰還を祝福した。

 

 

 

 

月は夜空に煌き、漆黒に染まる宇宙(そら)。

けれど星々は輝く夜空のように優しく微笑んでいた。

二人の逢瀬を祝福していたのは宇宙も同じ――。

 

 

 

 


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