夢を見る。
それはいつもと同じ夢。
幼い頃から何度も見続けてきた夢。
いつの頃からかこの夢をこう呼ぶようになった。
忘却の罪。
追憶の罰。
償いに残された物語。
誰かが自分の傍にいる。
見たところで誰かなんて判らないのに、それでも目を背けるわけにはいかない。
雪。一面に広がる白銀の世界。
幼い自分。幼い誰か。
初めて見る光景。
ずっと昔から見続けてきた夢なのに、雪が積もっているのを初めて見た。
幼い自分の傍に誰かがいる。
『いれて……』
か細い少女の声。
赤い傘を差して、自分を見つめる女の子。
自分の周りには他にも同い年くらいの子供達がいる。
誰も少女に声を掛けない。
自分も含めて。
場面が急に移り変わる。
少女はいつも自分の隣にいた。
自分も少女も成長している……丁度今の自分と『○○○』のように。
微笑む少女。自分は彼女を邪険に扱って……彼女はいつも笑っていて……。
いくら邪魔だと言っても、彼女はいつも自分の傍にいてくれて……。
――いつもあいつに感謝していたのに、素直じゃない俺はいつもあいつを傷つけてばかり。
謝らないままに時が過ぎて。
優しさに甘え続けて。
その想いを踏み躙り続けて。
――『 』は俺を愛してくれて……俺は『 』を……愛していた……。
視えない名前。
聞こえてくる少女の声。
心が彼女の名前を叫ぶ。
顔の見えない少女の姿が、初めて、自分の前に現れて。
笑顔を絶やさない……俺の前では決して泣かず……隠れて涙を流すあの女の子……。
なぜ、いままで、おもいだせなかった?
なぜ、いままで、だきしめてやらなかった?
俺は、あいつを、こ……を、愛していなかったのか?
わすれてはいけなかった。
そう、
――――『雪村』は俺を愛してくれて……俺は、『小町』を……愛していた……。
『恋なんてするものじゃないですね……どうしてくれるんですか……』
俺達は忘却の罪にまみれていく。
『 』である俺は人を好きになってはいけなかったのに……。
俺は、あいつを、小町を……愛してしまったから。
――――ぼくは、さくらいまいとは、ゆきむらこまちを、かなしませてしまった。
「こ……ま……ち」
舞人は夢うつつにその名を呼んだ。
目の端に薄く涙を湛えて。
今このとき、舞人は初めて彼女の名前を呼んだ。
「せ、んぱい?」
彼の汗を拭っていた小町は思わず手を止める。
今、彼は自分の名前を呼んだ。
大きくなってからは一度も名前で呼んでくれなかったのに……『こまち』と。
舞人の瞳がゆっくりと開かれる。
最初に目に映ったのは小町の顔。
夢の続きかと思った。夢の登場人物が誰なのか初めて知った。
記憶が混濁する、左手の宝珠が何度も何度もざわめく。
彼は無意識のうちに力を使っていた。
“事象を改変し、万物を改変し、法則を改変する”力
彼だけに与えられた最強の能力――アルティネイション。
自分に何故この力が眠っているのか考えたことがある。
人に過ぎたる大きな力。
いくら考えても答えは出なかった。
だが、今なら理解出来る。
改変の力は『償いの証』。
まもりたいひとを、かけがえないひとを、うしないたくないひとを、
どうしようもなく、てばなしたくないひとを
愛するために与えられた
つぐないのちから。
「――アルティネイション」
夢が現実に変わる。
舞人が小町を愛していた記憶。
小町が舞人を愛していた記憶。
二人を結び付けていた記憶の欠片は、それが例え僅かなものであったとしても
今、二人の心の中に宿っていた。
「せんぱい……っ」
「……小町」
小町は舞人の腕に抱きしめられていた。
何度も夢に見たあの光景のように。
涙を流して、幸せを味わっている自分。
断片的に流れ込んでくる過去の記憶。
その全てを理解出来ているわけではないけれど、そんなことは関係ない。
必要なのはこの温もり。
唇に伝う、この優しさ。
ただ、それだけ。
空に昇る月が舞人と小町を優しく照らす。
月が輝き、映し出す二人の姿。
信じよう、遠き日のやすらぎの記憶は、ここにあると――。