Eternal Snow

51/Blood a Mark

 

 

異変が起きていた。

異質すぎる空気は全てを圧迫していく。

 

 

 「どういうことだ!? 今あそこにいる生徒はどうなってる!!」

 

 

浅間の檄が飛びかう。

その顔は怒鳴りながらも真っ青になっていてどこか危うい。

それもそのはず、今、この場では前代未聞の大事件が勃発していたのだ。

 

 

 

 

――数刻前に遡る。

 

 

 

 

その異変にいち早く気が付いたのは一人のDDEだった。

学園生を総動員して行われるサバイバー、広大なフィールドを使用するため、

何かあっては大変だと、何人ものDDEが監査役として各地に散らばっていた。

 

彼は何事も起きない……起きては困るが、とにかく退屈と戦っていた。

眼下を見れば生徒たちがそれぞれの力を駆使して戦う姿が見える。

しかしそれは自分から見れば実に荒削りで面白みに欠ける。

一介の学生に期待しても無駄なのだが、大したことのない戦いを

見ていても暇なだけで、何よりそう思うのも無理はなかった。

 

慢心だったといえばそうなのかもしれない。

彼は決定的な異質に気が付かなかった。

普段行うべき警戒をしていれば同じ結果にはならなかっただろう。

仮に彼がDDEのBクラス程度の実力を持っていたなら対処できたはずだった。

 

IFの話をしても仕方が無いが、結局彼は死んだ。

その死に方は芸術といえたかもしれない。

血を一滴も流さず、苦しみすら与えられず、彼は『首』を落とされていた。

スパッと切られた首の断面は剣というよりも鋼糸で切られたように綺麗だ。

その首は軽く組んでいた自身の腕にすっぽりと収まる。

表情を見る限り、彼は死んだことを理解していない。

欠伸を噛み殺して目尻に涙を抱えている。

滑稽過ぎる死に様は幸福だったのかもしれない。

何故なら苦しまなかったのだから……自身が死んだことなど気付かずに。

 

男が居た。

異質な気配は間違い無く帰還者のもの。

右腕が通常よりも長く、爪はライオンのように鋭い。

爪には薄く紅い液体が付着している。

その爪に触れば、紅い液体が生暖かい血だとわかったはずだ。

ギラギラと光る瞳は、殺戮に飢えた獣そのもの。

 

男は肩に黒猫を乗せていた。

首に鈴をつけたデフォルメ猫、『アルキメデス』を。

 

 

 「少しは満足したか?」

 

 

メデスは男に問う。

男は血走った目を己の肩にやり

 

 

 「……あぁん? 俺を馬鹿にしてんのかよっ。この程度で納得するわけないだろうが」

 

 

麻薬中毒者が陥るような声で唸った。

彼も帰還者の一人、俗にDDが『自我持ち』と呼ぶタイプの帰還者。

 

人を襲う帰還者に自我などほとんどない。

ただ獣のように殺戮をする……それが帰還者の行動理念であり、

そこに自我なぞ必要はないのだから。

しかしそんな中にも自我を持つものがいる。

彼らは人語を解し、己の意思を言の葉に載せ、自らの理に叶った殺戮を行う。

 

人の知恵を持ちながら人を遥かに凌駕する存在、

彼らを自我持ちの帰還者とDDでは呼んでいる。

 

 

 「我輩は戯れに現界しただけだ。意味のない殺戮は犯してくれるな」

 

 

メデスにはメデスなりの美徳というものがあるらしく、

目的外での無駄な殺生というものを好まない性質であった。

永遠にいる同胞達はその行動に首を傾げてばかりだ。

 

 

 「けっ、なんで俺様がてめぇの勝手な理屈につき合わされなきゃなんねえんだよ!」

 

 

男はメデスを振り払うと、勢い良く飛び去って行った。

振り落とされた彼は驚きつつも空中で体勢を立て直し、ゆっくりと地面に降り立つ。

 

 

 「我輩の力には到低及ばぬというに……痴れ者が」

 

 

メデスはぴょこぴょことどこかへと消えた。

 

 

 

 

――現在。

 

 

 

 

あれから各地に散らばっていたDDEが何人か死体で発見された。

その誰もが自身の死を理解せずに穏やかな顔をしていた。

事態を重く見た教師陣はサバイバーの中止を決定、生徒たちには速やかに帰投を命じる。

 

 

 「そうか、全てのチームが戻ったんだな? とにかく全員集合させてくれ!」

 

 「ヤタロー、まずいことになったぜ」

 

 「どうした?」

 

 

リーダーシップを発揮して周りに指示を与えていた浅間に谷河が言う。

彼としては珍しく、随分と苦い顔だ。

 

 

 「確かに残ってたチームは全部戻って来たんだが、

  二人ほどチームからはぐれたらしくて行方が判らねえ」

 

 「何っ!! 誰と誰だ!?」

 

 「桜井と、一年の女子……雪村とか言ったな、そいつらが戻ってない」

 

 

浅間の顔に絶望の色が灯る。

愛すべき生徒が二人も行方不明などとは信じたくなかった。

 

 

 「なすのに捜索するように言っといた。あいつに任せれば大丈夫だ。

  お前はガキどもを落ち着かせることだけ考えてろ」

 

 

幾分浅間よりも冷静に言う。

もしこれが舞人だけならば正体を看破している分、不安も薄れてくれただろうに。

もう一人は普通の生徒だ。

谷河が冷静に見えているのは、浅間が彼以上に焦っているからに過ぎなかった。

 

 

 

 

――再び数刻前。

 

 

 

 

belovedの四人は着実にフラッグを回収していた。

結果的につばさの下した判断は正しく、既に3チームが彼らの餌食になっていた。

休息が好を奏したらしく、出くわす面々が疲れを隠しきれていない中、

つばさたちは生き生きとした顔で戦いを繰り広げる。

いや、戦いにすらなっていない。完全なワンサイドゲーム。

 

総合的な点数をつけるのであれば、belovedは今回のサバイバーでMVPを獲得するだろう。

全てに無駄がなく、一人の脱落者も上げずにここまで生き残っているのは感嘆に値する。

 

まず、belovedの実質的なリーダー、八重樫つばさ。

学年でもトップに位置する実力者であり、完璧ともいえる状況判断能力と決断力。

彼らがここまで生き残ってきたのは彼女の存在が最も大きい。

 

次に相良山彦。

実力としては中堅、しかし彼のトラップを見抜く眼力は確かだ。

教師やエージェントが作っていた罠に殆ど掛からず掻い潜れたのは

間違いなく彼の功績だった。

 

続いて星崎希望。

実力自体は中の下、と山彦には劣るが、今回のサバイバーにおいて

常に客観的な意見を提示し続けたのは彼女だ。

おかげで彼らは慢心することなくここまで来た。

 

最後に桜井舞人。

彼の活躍はあえて語る必要もないだろう。

今回のサバイバーでの最功労者は間違いなく彼だ。神器の名は伊達ではない。

 

彼らは意気揚々と森林を歩き続ける。

それぞれが役目を果たしている今、belovedの優勝も夢ではなかった。

だが舞人の顔だけが優れておらず、彼はしきりに左手を押さえつけていた。

 

 

ガサッ

 

 

地面の葉っぱを踏みしめる音がする。

相手は近い。四人の顔から余裕が消える。

罠担当の山彦が前衛、サポートにつばさが付く。

舞人と希望は後衛。

 

仕掛けるならば先手!

 

山彦が懐から小太刀を抜き去り、敵の足元を狙う。

 

 

ガキン!

 

 

鋼と鋼がぶつかり合う甲高い音が響く。

 

 

 「うわあっ!」

 

 「ちっ!」

 

 

山彦の剣戟は相手の着けていたプロテクターに弾かれる。

咄嗟に反撃の前蹴りを打ちこんでくるが、山彦は弾かれると同時にバックステップで

相手と距離を取っていた。

 

 

 「相良君!」

 

 

希望の声を背に受け、山彦はそこで初めて相手の姿を確認する。

 

 

 「牧島!」

 

 「相良……先輩!?」

 

 

そう、彼が対峙した相手は、牧島麦兵衛であった。

例え知り合いであろうがなかろうが、今は実戦の最中、言葉なぞ要らない。

二人は同時にファイティングポーズを構える。

山彦は小太刀を右脇下に構え、牧島は自身の右腕を後ろに引き、気を溜める。

辺りの空気がスウっと冷え込む。しばしの沈黙。

 

 

 「疾っ!」

 

 

先に仕掛けたのは再び山彦。

逆手に構えた小太刀を一閃する。

 

 

 「つぁっ」

 

 

牧島はその一撃を僅かに後ろに下がって回避、伸び切った山彦の肘を掴む。

そのまま懐に潜り込んで背中から腹部目掛けて体当たり。

――所謂、鉄山靠(てつざんこう)という八極拳の技の一種だ。

ガードが完全に外れた状態でこの一撃を喰らっては堪らない。

 

一瞬の攻防。

たった一撃が勝負を分ける。

 

ドゴォォン! という派手な音を立てて、山彦は木に激突した。

 

 

 「ヤマ!」

 

 

つばさの叫びに山彦は薄く目を開けて軽く腕を上げる。

「これ以上は無理」という意思表示だ。

 

 

――――――本当ならここで気付かなければならなかった、ある異変に。

 

 

 「今度は八重樫先輩ですか……遠慮はしませんよ」

 

 

腰を低く落とし、右腕を後ろに引く牧島。

これはチーム戦、一人傷ついたところで終わるわけではないのだ。

相対するつばさも己の武器である鉄扇を右手に持つ。

 

つばさが動く。

女性ならではの軽やかなフットワークで牧島に接近し、扇を上段から振り下ろす。

牧島はそれを避けることなく自らの手甲で受け止めた。

鉄と鉄がぶつかる衝撃。

体格の差か、体ごと弾かれたつばさは

素早く扇を左手に持ち替え逆袈裟に振り上げる。

膂力を持って放たれる、鋼を帯びたその煌きは本物の刀に匹敵する。

 

 

ズシュ!

 

 

手応えあり! つばさは心の中で笑みを浮かべる。

だが……浅い。

 

牧島は自分の皮膚が薄く薙がれただけであることに安堵し、

しかし油断なく一撃を放つ。

 

 

 「しゃあっ!」

 

 

足の先を外に向けるようにして、つばさの脛を狙う蹴り。

これも八極拳の技の一つ、斧刃脚(ふじんきゃく)だ。

大柄な体格の牧島が繰り出すこの技の重みは喰らってみなければ判るまい。

つばさは冷静だった、瞬時に扇を開くと、その蹴りを扇で押さえ込み

体を丸めて牧島の一撃を耐え切る。

受ける的を小さくすればその分ダメージを蓄積させることになるが

普通に受けるよりも攻撃の反動が大きくなる、それを利用してつばさは距離をとると

 

 

 「ゾンミ!」

 

 「うん!」

 

 

合図に応えて彼女の真後ろに控えていた希望が槍を手に牧島の肩先を狙う。

 

 

 「なっ!?」

 

 

接近戦をメインとする彼にとって、槍のように一定間隔離れたところから

攻撃してくる武器というのは弱点以外の何物でもなかった。

 

 

 「がっ!」

 

 

今の今まで接近戦をしていた分、脳の対応が遅れる。

戦闘反射を制御出来るほど牧島は完成されてはいない。

まともに肩を貫かれた彼はその場に沈み込む。

致命傷にはならない、互いにそれを理解して攻撃しているのだから。

 

牧島は貫かれた右肩を庇うように左手で押さえつけると、大人しく

降参の意を示した。

 

ようやくの安堵がつばさと希望に生まれる。

どうにかこうにか体を動かした山彦も三人の傍に来る。

希望は救急キットを取り出すと、素早く牧島の応急手当をする。

勝敗さえ決すれば怪我人を放っておくわけにはいかないのだ。

 

 

 「はぁ……負けてしまいましたよ。すみません、小町さん」

 

 「やっぱり八重樫さんと星崎さんは凄げえよ。牧島相手に勝つんだもんな。

  なあ舞人……あれ?……舞人はどこ行った?」

 

 

牧島と山彦が何気なく言ったその言葉。

この場にいる四人は気がつかなかった。

そう、いつの間にか舞人は居なくなっていたことに。

牧島とペアを組んでいたはずの小町の姿もそこにはない。

 

慌てて四人が辺りを探す。

特に希望は気が気でない……もし舞人が小町を襲ってたりなんてしたら

既成事実達成によって完全に自分の負けではないか!

 

それから程なくして彼らはあるものを見つける。

舞人が持っていたナップザック。

ズタズタに切り裂かれた木。

そして……血の跡。

 

四人はそこで初めて、辺りを覆う異質な気配の存在に気が付いたのだった。

 

10分後、サバイバーが中止となったことを彼らは知る。

二人の行方不明者を残したまま――。

 

 

 

 


inserted by FC2 system