Eternal Snow

50/Abnormality.

 

 

――どこか『此処』ではない場所。

 

 

 

 

そこには青年がいた。

年の頃は20歳くらいか……スラっとした長身はなかなかに魅力的。

銀色に近い灰色の髪、黒一色の長袖シャツと青いジーンズ。

街中を歩いていればそれなりに声が掛けられそうな外見の青年だった。

 

その青年は何もせずにただ其処に佇んでいた。

其処には何もない。

辺りは時の感覚がないかのように静かで。

風がないかのように空虚で。

心が死んでいるかのように全てが冷たい。

 

前言を撤回しなければなるまい。

何もしていない彼は何かを見つめていた。

掌に何かが乗っている……それをじっと見つめていた。

 

それは一枚の羽。

草原にたった一輪だけ咲く花のように透き通った純白の羽。

穢れを知らない白い欠片。

 

 

スゥ……ッ

 

 

静かにその羽は消えた。

代わりに青年の手には刀が握られていた。

鮮血のように鮮やかな紅、星々のように輝き霞む黄金。

それらが合わさった朱金の刃。

愛する彼女の髪のように金に輝く刃は、持ち主である青年の心を

物理的に、精神的にズタズタにしていた。

 

 

 「泣いてるの?」

 

 

不意に誰かが青年に声を掛けた。

 

年幼い少女の声。

黒い外套に鈴付き帽子。

暗い色に反するかのようなシャンパンブルーの髪。

その姿はまるで幼い死神のようで……子供であるが故に恐怖を味わわせる。

 

 

 「……水夏か」

 

 

青年は冷たく言い放った。

手の平にて羽を見つめていたときの彼とは決定的に何かが違っている。

 

それはきっとこの冷たさ。

人が凍てついたかのような瞳と言葉と心。

人を捨てたならこんな顔をするのかもしれない、そう感じさせるほどに。

彼には何もない、何の感情もない、何の思い出もない。

それを実感せざるを得なかった。

 

彼の手に握られた刀はきっと泣いていた――。

 

 

 

 

――現実の世界にて。

 

 

 

 

そこにはぬいぐるみがあった。

冗談でもなんでもなく、猫のぬいぐるみがそこにはあった。

鈴をつけた黒猫のぬいぐるみ。

初音島に住む純一の従姉、さくらの飼う

うたまるを黒くさせればこのぬいぐるみになるだろう。

どこかのマスコットキャラクターをデフォルメさせたかのように愛らしい。

森に落ちているというのに何故か汚れていないのが不思議で仕方ない。

 

彼(?)には名前がある。

『アルキメデス』……それがこのぬいぐるみの名前だった。

 

ぬいぐるみは独りでに動き出す。

足もないようなぬいぐるみが勝手に地面を歩いている。

放っておけば怪談と化すであろう光景だった。

さしずめ、『怪奇! 歩く猫人形!』といったところだろう。

このぬいぐるみは幽霊ではない。

ある意味幽霊であるかもしれないが、彼は帰還者と同じ存在であった。

外見など色々と違和感があるのだが、彼は間違い無く『永遠』に属する存在。

 

再び確認しておこう、彼の名前は『アルキメデス』

今回、ほとんど気まぐれで現界したのだった。

 

 

 「現世に来たのは久しぶりだな」

 

 

猫(のぬいぐるみ)という不思議ないでたちの彼は、辺りを軽く見回す。

 

 

 「どれ、少し行動するとしようか……」

 

 

メデスはそう呟くと、その場を後にした。

 

 

 

 

日が傾き始めていた。

森の中は既に暗くなり始めている。

だがサバイバーは暗くなったからといって終わりではない。

むしろ暗くなり始めたこれからが本番だった。

 

舞人たちのbelovedはまだ生存していた。

昼前に他のチームと戦闘になったが、なんとか撃退に成功し、離脱後は

戦闘を回避し続けた。

 

これはつばさの提案である。

本格的に厳しくなり始めるのは日が暮れてから。

過度の戦闘は疲労を蓄積し、いざ本番にて腕を鈍らせかねない。

午前中の荒稼ぎが成功したこともあり、最後まで残ることが最大の目標となっていた。

 

彼らは知らないのだが、現時点で生き残っているチーム数は合計で13。

タイムアップは本日の午前0時。

勝負はまだ終わっていない。

 

 

 「さて、と。あと少しってとこかな?」

 

 

首をゴキゴキと回して山彦が言う。

彼の頬には汗が一筋流れていた。

 

 

 「残り時間から考えると1/3くらいだね、頑張ろ!」

 

 

希望が皆を鼓舞するように笑顔を浮かべる。

汗を流すためにかぶった水が髪の先から滴っている。

 

 

 「あれからずっと休憩してたしね〜、だいぶ体が軽いわ」

 

 

つばさはこの後のことを考えてストレッチをしていた。

 

 

 「前半で稼いだのが効いたな。これだけ休んでいれば不備はあるまいて。

  その分、ここまで残っているのは猛者ばかり。楽ではないだろう」

 

 

舞人は実戦を想定しているかのようだった。

 

 

 「しっかしさ、今回何が驚いたって舞人に尽きるよなぁ、

  そう思わない? 星崎さん、八重樫さん」

 

 「うんうん、ほんと驚きだよね〜。

  さくっちがこんなに活躍するなんて思ってもみなかったよ」

 

 「朝も言ったけどね、素直に褒めたげるよ。今日はよく頑張った」

 

 「…………遠回しに普段の俺様を馬鹿にしているように聞こえるが、まあいい。

  俺達が潰したチームはざっと12、3。他のチームも同じくらい消えていると

  するなら、現時点で大体20チームは残ってるだろう。

  ……いや、もう少し少ないかもしれんな。時間を考慮にいれるなら

  いい加減水の補給に来る連中もいるだろう。どうする八重樫? 

  もう一度給水可能な川岸に向かってみるのも一計だが」

 

 

舞人は自分への悪口をあえて聞き流して建設的な意見を提示した。

 

 

 「それもいいかもしれないけど、ここまで休憩したんなら

  他のチームを探して戦闘に入っても大丈夫だと私は思うよ。

  川岸に行って他のチームと必ず出くわすって訳じゃないでしょ?」

 

 「俺もそう思うな、ここから川岸まで移動するのは体力の浪費だぜ。

  せっかく休んだのに勿体無い」

 

 

希望と山彦の意見にも一理あった。

リーダーであるつばさが頭を捻る。

 

 

 「や、どっちも正しいんだよね、実際。だから迷うんだけど……このまま進もう。

  なんかすんなりいくとも思えないし、どっちにしろ川岸まで移動してる暇はないから」

 

 

つばさの言葉がきっかけだったのか、彼らの前に気配が広がった。

 

 

 「!?」

 

 

驚愕は四人に等しく訪れた。

しかし舞人と他の三人の感じたものは明らかに違う。

三人の感じた気配はおそらく人の戦意。

でなければもっと混乱し、恐怖しているはずだ。

舞人一人が異質に気付く。

左手が軋む。

それは何かを伝えているかのように断続的に襲ってくる。

 

彼の体に眠る宝珠が警告を鳴らしていたのだと気付くのはもう少し後のことだった――。

 

 

 

 


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