Eternal Snow

49/問題発生

 

 

サバイバー開始から三時間が経過。

舞人の好判断によって開始二時間で10チームがbelovedの餌食となる。

時刻は10時42分、入手したフラッグの数は間違い無く現時点ではNo.1だった。

彼らは既に川岸を去り、森林へと侵入していた。

 

 

 

 「ふう、少し疲れちゃったな」

 

 

 「そうだね、ほとんどノンストップで戦闘だったし、

  そろそろ休憩してもいいんじゃないかな。どう思う八重樫さん?」

 

 

 「そだね。ヤマとさくっちは男だからまだ動けるだろうけど

  あたしとゾンミはいい加減休みたい」

 

 

 「仕方あるまい。疲労を溜めても良いことはないからな」

 

 

 

誰からも否定の声が挙がらなかったために四人はここで休憩することにした。

山彦が周辺のトラップの有無を確認し、辺りに危険がないことを確認すると

その場に腰掛ける。

 

舞人は水筒から僅かに水を用意すると、口に含ませて目を閉じた。

自分の体が最低限動く程度の水分だけを取り込んで体力温存に務める。

サバイバルにおいて水は貴重、彼は自然とDDEとしての当たり前な行動を取っていた。

 

 

 

 「それにしても……舞人がここまで役に立つとはなぁ」

 

 

 

コップ一杯程度の水を飲んでしみじみと言う山彦。

彼の言葉は他の二人が思っていたことと全く同じだった。

開始直後の電撃作戦の提案、川岸から攻撃する上で最も効率の良い場所の確保。

陽動役に後方支援、belovedがここまでの成績を弾き出したのはそれぞれの腕が

良かったこともあるが、一番の功労者は間違い無く舞人であろう。

 

 

 

 「ほんと、相楽君の言う通りだよね。いつもはさぼってるくせに」

 

 

 「実戦向きなんでしょ、さくっちは」

 

 

 

舞人は腕を組んだまま片目を開き

 

 

 

 「ふっ。この俺の実力を思い知ったか。特Aクラスは伊達じゃない」

 

 

 「お前ってさ、筆記満点だったんだろ? やっぱりやれば出来るんじゃないか」

 

 

 「普段やらないから浅間ちゃんに文句言われるわけだ」

 

 

 「昔っからそうだもん。私や小町ちゃんが何を言っても馬鹿ばっかり。

  それなのにその気になったら意外に頑張るんだよ」

 

 

 

「全くもう」と頬を膨らませながらも微笑む希望。

それを見てチュシャ猫の様な笑みを浮かべる山彦だった。

 

 

 

 「何だよ」

 

 

 「うんにゃ。お前って幸せな奴だよな〜って実感しただけさ」

 

 

 「は?」

 

 

 「あたしもヤマと同意見。ゾンミとこまっちゃんが居てくれなかったら

  さくっちはとっくに駄目人間になってたと思うよ」

 

 

 「はっ、貴様ら何を馬鹿なことをほざく。星崎と雪村がいなければ俺が駄目人間だと? 

  こいつらこそ俺がいなければ駄目人間と化しておるわ」

 

 

 

と、おもむろに立ち上がり希望の頭をぐりぐりと撫でる舞人であった。

 

 

 

 「痛、痛いってば! よく言うよ。自分じゃ満足に料理も洗濯も出来ないくせに」

 

 

 「やかましい」

 

 

 「だって本当のことじゃない」

 

 

 「今言うことじゃないだろうが」

 

 

 「ふ〜んだ!」

 

 

 「おいおい二人とも、痴話喧嘩しなくてもいいじゃないか」

 

 

 「そ。家に帰ったらいくらやってもいいけどさ」

 

 

 

舞人と希望は二人して顔を真っ赤にして

 

 

 

 「「ち、痴話喧嘩ぁ〜!?」」

 

 

 

と、同時に叫んだ。

……辺りに居場所がバレるのも時間の問題だろう。

だが二人はそんなこと知ったことではない。

 

 

 

 「ばっ、馬鹿言うんじゃありません! 高貴なる俺様とこの下賎の娘が夫婦ですと!? 

  そんなこと天地がひっくり返ってこいつが神器になるほどありえない話ですよ!!」

 

 

 「ふ、夫婦!? わたしとさくっちが!? 

  そんなことありえないよ! ぜ〜ぇったいにありえない!!」

 

 

 

二人はお互いを指差して必死に否定する。

ちなみにつばさと山彦は『痴話喧嘩』と言ったのであって

一言も『夫婦』などとは言っていない。

勝手に勘違いしたのはこの二人である。

 

 

 

 「馬鹿舞人! 居場所がバレる!!」

 

 

 「ゾンミ! わかったから静かにして!!」

 

 

 

山彦は舞人を、つばさは希望を抑え付けて口に手を当てる。

じたばたする二人も間もなく静かになり始めた。

 

 

 

 「あ〜もう、ここから動かないと」

 

 

 「多分もう近くに来てるだろうな、罠を探してる暇はないか」

 

 

 「う、その……ごめんなさい」

 

 

 「貴様の所為だぞ星崎、全く」

 

 

 「元はといえばさくっちがゾンミに仕掛けたのが原因でしょうが。

  負けたくなかったら黙って従え」

 

 

 

最後の言葉に凄みを入れて舞人を睨みつけるつばさ。

舞人は声に出さず、『うい、むっしゅ』と口を動かした。

四人は黙ってその場を後にしていく。

 

それからしばらく歩くと、舞人はふと僅かに違和感を感じた。

慣れ親しんだ違和感とでも言おうか、そう……嗅ぎ慣れた匂い。

 

 

 

 (まさか帰還者?……だが弱すぎる。いくらなんでも帰還者の気配が

  こんなに弱いはずがない。ただの勘違いか? 仮に帰還者だとしても

  これくらいならうちの生徒が負けるはずないし

  いざとなればなすのさんもいるから問題はないと思うが……)

 

 

 

本来なら感じるはずの『世界に存在しない違和感』。

今舞人が感じたものはあまりに微弱過ぎた。

故に彼が下した判断はある意味最善とも言えた。

しかしそれは果たして正しい判断だったのか、それとも間違った判断だったのか。

 

結論だけを言えば失敗だった。

いや、一概に失敗とも言い切れないのだが。

とにかく、それはもう少しだけ先の話である。

 

それに、今はそんなことを言っている場合ではない。

 

 

 

 「おいでなすったか……」

 

 

 「ま、覚悟はしてたけどね」

 

 

 「う〜、ご、ごめん……」

 

 

 「面倒だな、全く」

 

 

 

四人の前には同じ人数のチームが立ちはだかっていた。

 

 

 

 

――同時刻、教師陣が待機する本部にて。

 

 

 

 

中継モニターを眺めている浅間。

 

 

 

 「おいヤタロー、少しは落ち着けや」

 

 

 「浩暉……谷河先生。これが冷静で居られる訳ないでしょうが! 

  あの桜井が10チームも潰したんですよ、俺の教育が実を結んだという証拠!」

 

 

 「ああなんでもいいから、その口調止めろって。気持ち悪りぃからよ」

 

 

 「兄さん、まぁいいじゃないですか。浅間先生も嬉しいんですから」

 

 

 「……ん、なすのがそう言うなら、まぁ、いいけどよ。

  だがあの桜井があそこまでやるたあな……見所があるとは思ってたが……」

 

 

 「何言ってるんですか兄さん。桜井君ならやる気になればあれぐらい当然ですよ?」

 

 

 「ああ……そういやお前が担当してんだもんな、当然か」

 

 

 

するとなすのは困ったような顔をした。

 

 

 

 「ええ……それについこの間も特別に稽古つけましたし」

 

 

 

実際には稽古を『つけてもらった』のだが、それを彼が知るはずもない。

 

 

 

 「なんと! このために特訓を!? ありがとうございます! なすの先生!」

 

 

 

感動のあまりなすのの手を握り締める浅間、それを見た浩暉はしかめ面をして

彼の頭をはたいた。

そこでふと気付く。

 

 

 

 「ん? ちょっと待て。最近お前ずっと学園いただろ? 暇があるわけない……。

  ついでに『この間』ってのは、確かお前が神器に

  稽古付けてもらった日じゃなかったか? 弁当まで作ってよぉ」

 

 

 

ここ一ヶ月はほとんど学園に居たため、最近はDDにも舞人に

稽古をつけてもらう日しか行っていなかった。

故に焦る。

兄の勘のよさを恨めしく思ったのは久しぶりだ。

自分が神器『大蛇』を思慕していると看破したときといい、何故かこの兄は

実に勘が鋭い、特に自分に関わることには。

 

 

 

 「え……き、気のせいですよ? 兄さん」

 

 

 

僅かに声が上擦った。

瞬間、拙いと脳が認識する。兄ならば今の違和感に気付く、と。

 

 

 

 「ま、まさか! そういうことなのですか!?」

 

 

 

意外にも返答は浅間から戻ってきた。

しかし状況は何も変わらない。

しかもどうやら気付いてしまったようだ、舞人になんと言って謝ればよいのか。

 

 

 

 「何言ってるんですか浅間先生!」

 

 

 

半分ヒステリック気味に言い返すなすの。

髪から猫耳がはみ出していることに本人は気付いていない。

興奮している浅間も何故か気付かなかった。

 

 

 

 「わざわざこの日のために桜井まで神器にご指導いただいたと! 

  ……そこまでしてくださるとは、この浅間弥太郎! 感無量です!!」

 

 

 

「うおーっ」と歓喜の涙まで流し始める浅間。

どうやら勘違いしてくれたらしい。

 

 

 

 「え、えーっと……」

 

 

 

逆に戸惑ってしまい、何を言うべきか判らなくなってしまった。

だが結果オーライ、なすのはゆっくり息を整えた。

 

 

 

 「なすの」

 

 

 「……………………」

 

 

 

前言撤回、危機は去っていなかった。

怖々と兄の顔色を窺う。

ドクターイエローの異名を持つ彼は、妹の肩に手を置いて

 

 

 

 「なすの、隠し事するときはせめて耳に気を配れや。嘘だってすぐばれるからよ」

 

 

 「…………はい? 兄さん、何か勘違いしてませんか? 私は嘘なんてついてませんよ」

 

 

 

背中から冷や汗がだくだくと流れるのを実感した。

目の前で感涙にむせび泣く浅間が妙に羨ましかった。

 

ドクターイエローは彼女の耳元で

 

 

 

 「なすのよぉ……俺が桜井を『弟』って呼ぶのはいつになるんだ?」

 

 

 

確かに、そう、言った。

『弟』という部分を強調して。

普段なら真っ赤になって否定するはずだが、それ以上に緊張して

頭の中が完全にパニックに陥っていた。

 

なすのは心の中で何度も何度も舞人に謝る。

それが舞人に伝わったのかは定かでない――。

 

 

 

 


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