Eternal Snow

48/生存試合

 

 

 

 「あ〜、お前らもわかってンだろうけどよ、明日はサバイバーだからな。

  一人で夜中悶々としてる暇があったらとっとと寝とけよ。

  でねえとぶっ倒れんゾ。せいぜい俺に苦労かけさすなよ? んじゃな」

 

 

 

眼鏡をかけたパールイエローの髪が眩しい若い兄ちゃん……もとい、

桜坂学園の保険医『谷河 浩暉』……通称『ドクターイエロー』は

そんな言葉を残して2−Aを去って行った。

今は帰りのHRの時間、担任である浅間は明日行われるサバイバーの支度のために出張中、

よって代わりに谷河が来たという訳である。

 

彼の言葉にあったサバイバーについて説明しよう。

桜坂学園高等部で行われる全校生徒による武術会のことを指すが、

風見学園で行われる武術会とは違い、生徒たちが3〜5名程度のチームを作り

サバイバル戦を行い、丸一日かけて優勝チームを決めるという大掛かりな大会である。

DDEともなれば帰還者との戦いが待っている、純粋な技術は授業でも教えられるが

戦場で得られる気概は授業では教えられない。

そのために行われるのが『サバイバー』なのだ。

当然ながら舞人もこれに参加する。

反則と思われるかもしれないが、彼の公式ランクはC3、即ち学園でも最低。

実力を偽る以上、全く問題が無い。

 

 

 

 「相変わらずだよな、ドクターイエローも。そう思わないか、舞人」

 

 

 「イエローも貴様にだけは言われたくないだろうがな、万年発情期男相良よ」

 

 

 「人に不当なあだ名をつけるな」

 

 

 「何を言うか。貴様が弄んだ女性の名など、空で10人は言えるわ」

 

 

 「……すいませんでした。何か奢りますのでご勘弁ください」

 

 

 「よかろう、俺様は寛大だからな。カッカッカッカッカ」

 

 

 

途端に卑屈になるところをみると幾分やましいところがあるのだろう。

まあそれはともかく、

 

 

 

 「そもそも脅す時点で寛大じゃないと思うけどね、あたしは」

 

 

 

つばさの言う通りである。

 

 

 

 「む、八重樫に星崎ではないか。

  男同士の猥談に立ち入るとは女の風上にもおけん奴らよのぉ」

 

 

 「さくっち、私たちはチームなんだから。

  少しくらい明日の打ち合わせしなきゃ駄目でしょ」

 

 

 

舞人は今回のサバイバーで彼ら三人とチームを組んでいるのだった。

チーム名は『beloved』。

アイディアを出したのは舞人……珍しくまともである。

いや勿論おかしな名前も挙がったが、三人の猛烈な抗議によって却下された。

ちなみにこの名前は舞人がお気に入りの曲名から拝借したものだ。

 

 

 

 「あのなぁ星崎。俺たちに作戦も何もないだろ。

  基本的に八重樫と山彦が先行して俺とお前がサポート役。

  つーかC3の俺が役に立つわけが無い」

 

 

 

やる気なしの発言をする舞人。

 

 

 

 「舞人、もう少し気合入れろって」

 

 

 「……めんどくさい。ま、明日は邪魔にならない程度にやっから心配すんな」

 

 

 

まるで親友たる玄武と同じようなことを呟く。

舞人はそれっきり口を開かず、三人の打ち合わせを黙って聞いていた。

始終三人は不満そうだったが、当の舞人は何処吹く風といった様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――時間はあっという間に夜。

 

 

 

 

 「兄様、明日は学校で何かあるんですよね?」

 

 

 「ああ。明日は朝から晩までサバイバーだ。実に面倒で仕方が無い」

 

 

 「何でもいいけどね、怪我だけはするんじゃないよ。入院でもされたら金がかかる」

 

 

 「母よ、それが息子へ言う言葉か?」

 

 

 「五月蝿い、とっとと寝な。明日はあたしも桜香も起こしてやらないよ」

 

 

 「……ちっ。なんと横暴な女よ。いいか桜香、これの真似だけはするなよ」

 

 

 

舞子の罵声を背に浴びながら、舞人は部屋へと消えて行った。

部屋の電気を消して、舞人は明日のことに思いを巡らせる。

 

 

 

 「……ま、生徒同士が鍛えあうだけだからな。

  まさか帰還者が来たりすることもあるまい、んじゃ寝るとすっか」

 

 

 

彼はなかなかに不吉なことを言いつつ、眠りについたのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

――――どこか『此処』ではない場所にて。

 

 

 

 「おやおや……宝珠が奪われるとは、不甲斐ないねぇ」

 

 

 「……俺の失態だ、言い訳をするつもりはない」

 

 

 

何者かの声が聞こえる。

姿は全くわからない。

 

 

 

 「終わっちまったことを騒いでたってしゃあねえだろ。

  別に慌てる必要なんてないんだからよ」

 

 

 「…………感謝する」

 

 

 「それでは我輩が動くとするか……久しぶりに現世に行くのも悪くはない」

 

 

 「アルキメデスが行くならボクも行くよ」

 

 

 「いや、我輩のはほんの戯れだ。わざわざお嬢を連れて行くまでもない」

 

 

 「む〜、つまんない」

 

 

 「皆の者、お嬢を頼む」

 

 

 

そして『其処』から一つの気配が消えた――。

 

 

 

 


 

 

 

 

サバイバー当日。

 

 

 

「それでは、これより桜坂学園恒例サバイバーを開始する!」

 

 

 

浅間の放送が訓練場に響く。

ここは桜坂市郊外にある大訓練場。

普段はハイキングやキャンプに使われているが、

この時のみ周囲の山や森林が訓練のフィールドとして利用されるのである。

広大な土地を使用した大掛かりなサバイバル戦。

一年生から三年生までの生徒が全員参加し、朝から晩までの長い時間をかけて

各チームが持つフラッグを一つでも多く獲得するのだ。

その数がそれぞれの得点となり、成績に関わってくる。

個人の腕も勿論、互いのチームワークを最大限に生かさねば

サバイバーに生き残ることは出来ない。

 

 

 

ピィィィィィィィィィィィィ!!!!!!

 

 

 

甲高い笛の音が辺りを包む。

この笛を合図に30分の猶予を経て、生徒たちは戦いを始める、のだが……。

 

 

 

 「待てい」

 

 

 

走り出そうとする希望、つばさ、山彦を尻目に、舞人は三人の動きを止めた。

周囲にあれだけいた生徒達は一斉にその場から消えていく。

 

 

 

 「何だよ舞人。あと30分で戦闘開始なんだぜ? 

  話なら後で聞いてやるからとにかく走れよ」

 

 

 

不満そうな三人に対して舞人は涼しげに

 

 

 

 「浮き足だってどうする。こいつは長丁場だ、焦ったって仕方あるまい? 

  八重樫よ。貴様今日の作戦はどうするのだ?」

 

 

 「それはさくっちが昨日寝始めた後に話し合ったんだけど、ま、いいや。

  とりあえず森に隠れて各個撃破」

 

 

 「……なら川の辺りに移動しよう」

 

 

 「どうして?」

 

 

 

希望の言葉を聞き、彼女の頭を軽くはたく。

「う〜」とムスっとし始める希望。

 

 

 

 「馬鹿者。今俺が言っただろう、こいつは長丁場になると。

  食事も全て自分達で行なうのだぞ。ある程度の簡易食なら荷物に出来るが

  水だけは重いからな、戦闘の邪魔になる。しかし水がなければ戦えない」

 

 

 「あ、そうか! 絶対に水の補給に来るんだ」

 

 

 

手をポンと打ち鳴らす山彦。

 

 

 

 「全く……貴様ら昨日何を話し合ったのだ。これぐらい実戦じゃ当たり前だ。

  ふっ、やはりこの俺様がいなければな! カッカッカッカッカッカ」

 

 

 

余りに当たり前過ぎる点を舞人に指摘されて悔しそうな三人。

 

 

 

 「この周辺で最も水を安全に確保出来るのは、ここと、ここと、ここだな。

  残りは地盤が弱っている所為で危険過ぎる。ま、物好きしか行かないだろ」

 

 

 

地図を取り出して川流を指差す。

そこで彼は真剣な顔になった。

 

 

 

 「30分で移動できるのはこの一点のみ。おあつらえ向きに森の出口だ。

  身を隠す場所はない。水があるのはこのブロックだけだからな。

  山にキャンプを張るにしろ森に隠れるにしろ、始まってから二時間以内に

  補給しておかないと後々辛くなる。てことはこの周辺にいる連中は

  必ずここに来る。攻め込むならその時でいい。

  水の重要性に気付かない馬鹿は勝手に自滅する。そいつらは放っておいて問題ない。

  一クラス30人として6クラスで180人。その三倍だから540人。

  チーム人数を5人と仮定して、チーム数は大体100前後てとこか? 

  少なくともその1/3はこのポイントに来るだろう。

  30分で罠が張れるとも思えないし、点数稼ぐなら行くべきだと思うが?」

 

 

 

舞人は日頃の馬鹿っぷりを面目躍如をするだけの案を出した。

このチームの頭脳であるつばさもこのアイディアには気付いていた。

しかしこの案を出した当人が心配だったために却下したのだった。

だがまさかこんな顔で言い切るとは……。

 

 

 

 「まさかさくっちがこの案を出すなんてね。やる気なんだ?」

 

 

 「愚問だな、言ったはずだぞ。邪魔にならない程度に努力してやると」

 

 

 

今の彼を馬鹿にする者はいなかっただろう、

今の舞人には自分の低い評価を覆すだけの風格と迫力がその瞳に宿っていたのだから。

 

 

 


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