Eternal Snow

47/雨降れば地固まり切らず

 

 

 

桜井舞人はDDにいた。

先日の一件……宝珠回収の時の諸問題に関して呼び出されたのだ。

回収し管理するべき宝珠を取り込んだという事実、それは一部に波紋を呼んだ。

 

 

 

 「全く、とんでもないことをしてくれて……」

 

 

 「んなこと言ったってあの場合は一番いい方法だったんだし仕方ないっしょ」

 

 

 

長官室にて舞人はお叱りを受けていた。

肉体からの摘出が無理だと判ってしまい、長官からすれば久々の大失態。

本日は神器を要する冬実支部・初音島支部の長官も通信にて一言申したいとのこと。

桜坂支部としては肩身が狭い。

 

 

 

 「ところで、体に異変はないのか?」

 

 

 「ん? ああ。取り込んでしばらくは左手が疼いてたけど唐突に治った。

  元素能力『闇』の制御に問題なしってとこ」

 

 

 「ならばいいが……にしても遂に元素能力まで会得するとはな。正直信じられんよ」

 

 

 「ふ、俺は天才だぞ? 俺に不可能はない」

 

 

 

無意味に歯を光らせる舞人。

長官も情けないと思いつつ、頼もしげにしているところが

この二人の信頼関係の表れなのだろう。

 

“ピピピピピッッ”という無機質な機械音が部屋に響く。

 

 

 

 「はああぁぁぁぁ〜〜〜……冬実が先に来たか」

 

 

 「長官長官、そんな溜息ついてるとすぐ禿げますよ、年なんだから」

 

 

 「馬鹿者! 大きなお世話だ!! 本日の呼び出し理由を忘れたか!!!」

 

 

 「へいへい……とりあえず出たらどうっすか」

 

 

 

桜坂支部長官は気を取り直してデスクの機器を操作し、壁一面にモニターを出現させた。

主に各支部の長官が会議をするときに使用される。

今日は主に舞人への厳重注意が目的らしいが。

これから現れるのが隣にいる長官ではないからか、一応佇まいを直す舞人。

本来直属上司である彼に対してもそうするべきなのは言うまでも無い。

 

 

ウィン……

 

 

TVが付くのと同じ様にモニターに光が一瞬走り、冬実支部長官が現れ……なかった。

映った部屋は真っ暗、まるで電源を消した後のTV。

デスクに何者かが座っているらしいのは分かる。

パッと音がして、その人物だけがライトアップされる。

 

 

その人物は

長官専用デスクに両肘を置き

口元を隠す様に手を当て

にやりと笑う

オレンジ色のサングラスと

黒スーツに身を包んだ男だった。

ご丁寧に白い手袋まで付けている。

誰かにそっくりですね〜、と突っ込まないでやって欲しい。

彼は狙っているのだから。

 

 

 

 『…………………………』

 

 

 

舞人、桜坂支部長官共に絶句。

謎の男が口を開く。

 

 

 

 「……神器『大蛇』よ、DDに臆病者はいらん! 乗る気がないのなら帰れ!!」

 

 

 

突然の罵倒。

 

 

 

 ((“何”にーー!?))

 

 

 

ハモる二人の心の声。

つっこむべきはそこではない。

画面に映る謎の男は満足そうだ。

ただ一言、馬鹿だ。

 

 

 

シュッ……

 

 

 

画面外から何者かが、謎の男に向かって突撃する姿が見えた。

デスクの両サイドから二人の人物が謎の男を殴り飛ばした。

 

 

 

ゴンゴン!!

 

 

 

 「ぎゃっ」

 

 

 

ドゴン!

 

 

 

頭を両サイドから殴られた謎の男はそのままデスクに頭を打ち付けた。

画面はそこで消え

 

 

ピーーーーーーーーーーーーー

 

 

機械音と共に現れる『しばらくお待ちください』のテロップ。

 

 

 

 『…………………………ハァ?』

 

 

 

ハァー? 

ハァーー? 

ハァーーー?

 

 

 

舞人、桜坂支部長官の間抜け声が長官室にエコー付きで虚しく響いた。

 

 

 

 

しばし後、画面が復帰。

何事もなかったかのようにデスクに座る冬美支部長官。

その横に立つ神器『青龍』こと相沢祐一と、神器『白虎』こと倉田一弥。

何の変哲も無い。

デスクの後ろの方で

ぶらーんぶらーんとミノムシの様にぶら下げられた物体がいなければ。

 

誰なのかはあえて言わない。

 

よく見てみればデスクに座る冬美支部長官の顔が暗い。

頭を抑えているのは頭痛のためか。

映像では見えていないがもう片方の手は胃の辺りに添えられていた。

どうやら胃炎も併発しているらしい……気の毒に。

祐一と一弥は明後日の方を眺めながら仲良く黄昏ていた。

 

笑えなかった。

さしもの舞人とはいえ、笑えなかった。

 

 

 

 「この度は色々とご迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。

  つきましてはご容赦頂けると感謝の言葉もございません」

 

 

 

だから思わず普段の彼なら“絶対に”言わないことを言いながら頭を下げた。

隣に立つ桜坂支部長官も頭を下げていた。

 

 

 

 (お前も苦労しているんだな……)

 

 

 

としみじみ同情しながら。

 

 

ウィィン……

 

 

再び機械音。

モニターの映像が二分割され、今度は初音島支部長官と神器『玄武』こと朝倉純一が映る。

 

 

 

 『………………………………』

 

 

 

新たに現れた二人の方も絶句していた。

それはそうだろう、画面を見てみれば何故かいきなり頭を下げている者二名、

平然としているがどこか達観している者三名とその後ろでミノムシと化している約一名。

 

 

 

 『……とりあえず落ち着こう(きましょう)』

 

 

 

次の瞬間、映像に映る全員が声を揃えて言った。

約一名は気を失っている。

閑話休題。

 

最初に切り出したのは冬実支部長官だった。

 

 

 

 「わかっていると思うが、今日解決すべき問題は大蛇、君の一件だ」

 

 

 

重々しい声がモニターから響く。

 

 

 

 「君の力ならば最も安全に宝珠を回収できると踏んで命令したのは事実だ。

  帰還者に奪われなかっただけ僥倖と考えるべきなのも判っている」

 

 

 「うい」

 

 

 「だがね。宝珠を取り込むとはどういうことだ? 

  あれが発するエネルギーは我々のテクノロジーでも未知の領域。

  帰還者が求めているものであることしか判っていない代物を」

 

 

 「確かに俺もそう思う。舞人の能力が改変だったからまだしも。

  俺たちだったらたぶん死んでたぞ? 回収じゃなくて吸収した理由を聞きたい。

  長官達はともかく、俺や一弥、浩平に純一はお前を責めるつもりはない。

  仲間のお前を失うかもしれなかったんだ、それくらい答える義務があるだろ?」

 

 

 

便乗して祐一が問う、他の皆も一様に頷く。

 

 

 

 「純一には“やってみたかった”って言ったが、正直な所を言うと俺にもよく判らない。

  そもそも俺が宝珠を手に入れたこと自体

  自分でもどうやって手にしてたのか判らないんだ。説明出来るほど理解してないし。

  いきなり周辺の音が聞こえなくなって、思考力が鈍って、頭痛がしたと思ったら

  勝手に神衣まで着ていて、気が付いたら宝珠を左手に握ってた。

  ……自分で判ってるのはそれだけ。

  あと、なんで吸収したかってことに関しては“俺”ならそれが出来るって

  確信があったから、かな。根拠がないって文句言われそうだが、要はそゆこと」

 

 

 

自分でも明確な理解はしていないのだろう、言葉を選びながら舞人は言う。

 

 

 

 「なるほどな……感覚的には俺も理解できるぜ、舞人の言い分。

  長官達は文句言うかもしれないけど、舞人の判断は結果的に正しい。

  直接DDとして宝珠の管理は出来なくても

  舞人が取り込んだのなら神器である以上、DDが管理してるのと変わりないだろ? 

  それにお前のことだ、死ぬなんて初めから考えてなかったはずだ」

 

 

 

復活していた浩平が意見を述べる。

信頼しきった眼差しを受け、舞人が軽く笑う。

 

 

 

 「愚問ですな。この俺が死ぬなど世界の損失よ」

 

 

 「相変わらずっすね、舞人さんは。ま、とにかくいいんじゃないですか? 

  舞人さんが宝珠を取り込む羽目になった原因は俺にもありますし……。

  元素能力まで使えるようになったなら歓迎すべきでしょう? 

  ますます舞人さんが図にのるって考え方もありますけど」

 

 

 

純一がジョークを交えながらも締めにかかる。

長官達は皆揃って渋面だ。

 

 

 

 「……君達神器がそれで問題ないと判断するのなら致し方あるまい」

 

 

 

初音島支部長官が口を開いた。

他の二人も溜息を吐きつつも納得したような顔だ。

 

 

 

 「第一の問題はそれで解決としましょう。

  次の問題は宝珠を回収しに現れた帰還者ですよ」

 

 

 

一弥の言葉に一同がシンとなる。

一弥は腕を組んで先を続ける。

 

 

 

 「帰還者の間に何らかの動きがあることは間違いありません。

  賢悟さんが此処にいらっしゃらないのが残念ですが、

  月の宝珠を奪っていった帰還者と、今回純一と舞人さんが遭遇した帰還者が名乗った

  『永遠の使徒』という単語。互いに口にしたという運び屋という言葉から考えて、

  帰還者には何らかの黒幕がいると見て間違いないでしょう」

 

 

 

祐一が重苦しそうに言う。

 

 

 

 「ああ……。少なくとも目的があって動いてる。

  常識があいつらに適用されるかどうかは知らないが、

  一つの組織が出来上がってる可能性はある」

 

 

 「その目的ってのが何なのかは判らないが、な」

 

 

 

拳を自分の前で打ち鳴らす浩平。

 

 

 

 「…………近いうちに何かが起こるかもしれんな」

 

 

 

最後に冬実支部長官が呟いたその言葉がモニターを通じて静まった部屋に

いつまでも響き渡っていた――――。

 

 

 


inserted by FC2 system