Eternal Snow

46/Darkness jewel

 

 

 

 「あの時こいつが俺を呼んだ。俺に闘えって伝える様に」

 

 

ほんの少し前までチリチリと痛みが

走っていた左手。

闇の輝きを放っていた左手の甲が静かに色を失っていく。

反面、舞人の体には力が満ちていく感触があった。

闇の宝珠が彼を認めた証拠なのだろう。

彼の弱点は消えたに等しい。

“事象を改変し、万物を改変し、法則を改変する”最強能力『改変』と元素能力『闇』。

名実ともに神器一の能力者となった瞬間でもあった――。

 

 

 

 

――――再び数日前。

 

 

 

 

 「ふーぅっ。とりあえず無事到着みたいだな」

 

 

 

舞人はカプセル型の転送装置から抜け出すと腕をぐりぐりと回した。

 

 

 

 「そういうことだ、大蛇。久しぶりだな」

 

 

 「あ、初音島の支部長さん、ごぶさたっす〜」

 

 

 

舞人を出迎えるために転送室にいたDD初音島支部長に向かって

軽く会釈した舞人。

彼の態度は誰に対しても変わらないらしい。

ちなみに支部長の階級はどこの支部でも全員等しく、神器よりも立場は上である。

 

 

 

 「相変わらずか。桜坂支部も大変だな」

 

 

 「お褒めの言葉感謝します。で、本題は?」

 

 

 「決して褒めてなどいない……これを」

 

 

 

初音島支部長は憮然と呟いた後、小型液晶パネルを彼に差し出した。

初音島を描いた地図のようだが、様々な地点が赤く点滅している。

どうやらその点滅地点が宝珠の反応を示しているらしい。

舞人はそれを睨みつけるように見る。

 

 

 

 「宝珠って移動するものなんですか? この反応見る限り……」

 

 

 「かもしれん。最初に反応が現れたのが2時間前、

  それから何度も位置を変えているらしい」

 

 

 「……こりゃめんどくさそうな仕事だな〜。純一にも手伝わせたいんすけど」

 

 

 

頭をボリボリとかいて質問する。

仕事すること自体に文句はないが、面倒なのは嫌だ。

 

 

 

 「そうしたいのはやまやまだが、君が行うのが一番安全だ。

  出来うるだけのサポートはする、諦めてくれ」

 

 

 「普通“諦めてくれ”って言葉だけは使わないっしょ。

  仮にも命に関わるかもしれないのに、横暴だ〜!! いやむしろあんたは鬼だ」

 

 

 「それだけの大口を叩けるなら心配はないだろう。任せたぞ、大蛇」

 

 

 

僅かにこめかみをピキリとさせて、長官は舞人を送り出した。

 

 

 

 


 

 

 

 

そんなこんなで初音島中を捜索する羽目になった舞人。

片手に液晶パネルを持ち、腰には拳銃を隠し持ち、それなのに服装はただの私服と、

いかにも怪しげな格好で歩き回ざるを得なくなった。

神衣を着ていればあまりに目立つという長官の配慮だった。

 

マップを見て、出現ポイントを探す。

マップを見て、出現ポイントを探す。

マップを見て、出現ポイントを探す。

ひたすらそれの繰り返し。

 

 

 

 「何故俺はたった一人でこんなことをせにゃならんのだ」

 

 

 

島中を歩くだけで何の収穫もない。

どうやら今日は風見学園の武術会決勝戦らしい。

決勝戦ともなればそれなりの腕を持つ生徒が出るに違いない。

なんだかんだで根っからの戦士である舞人は是非とも見学したかった。

 

 

 

 「そもそも埒が開かん。いっそアルティネイションで強引に見つけ出すか……?」

 

 

 

かなり危ない考えに及ぼうとしたとき、彼はふと違和感に襲われた。

 

言葉にするなら重くのしかかるような暗いイメージ。

例えるなら夜、黒、混沌……そんな闇のイメージを。

偶然にも同じ頃純一も同じ違和感を味わっていた。

 

 

 

 「何だ? この感じ……。夢で味わったことがあるような……」

 

 

 

『夢』――忘却の悪夢と呼ぶべき彼の夢。

舞人は何故かその夢と同じ感覚に落ちていた。

 

音が聞こえない。

声が聞こえない。

車の音も。

人々の喧騒も。

風の音も。

自分の息遣いさえも。

 

何もかも聞こえない。

自分がその場を歩いていることすら感じられなくなってきた。

まるで白昼夢を見ているような気分。

 

混沌の夢。

 

 

 

 (ハッ、ハッ、ハッ、ハッ)

 

 

 

息を吐き出す音が聞こえなくなっている。

 

 

 

 (ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン)

 

 

 

心臓の鼓動が聞こえなくなっている。

 

 

いや、違う。

何かが聴こえる。

音ではない音。

聴こえるはずのない『こえ』

聴こえることのない『うた』

 

 

 

 (…………『なに』かが俺を呼んでいる? 誰だ? 違う、『なん』だ?)

 

 

 

体が熱く軋む気がする。

血液が逆流して沸騰していく気がする。

脳の神経が灼きついていく気がする。

 

何度も味わった苦しみという代価。

人に過ぎたる改変の力を使った弊害と同じ痛み。

 

 

 

 (アルティネイションが暴走してる!? いや、俺は冷静だ! 

  音が聞こえないだけで俺は狂ってない……違う、そうじゃない。

  俺が冷静でない違う違う違う違う違う違う違う違う否定しろ!)

 

 

 

思考が狂い出す。

闇に飲まれる。

暗黒に心が侵食される。

混沌にこの身が喰われていく。

 

 

 

 (俺は桜井舞人、桜井家の長男、父親と母親は健在、妹も元気に暮らしてる。

  父親は単身赴任で北海道に行ってて、母親はうちにいる。

  妹は今ごろ学校で勉強の真っ最中……。そうだ、俺は桜井……『桜』? 

  そう、俺はさくら。ぼくはさくらだ。違う違う違うそうじゃない違う! 

  俺は舞人だ! 舞人以外の何者でもない! それでいい肯定しろ。

  希望……小町……つばさ……青葉……こだま……かぐら……ひかり……なすの? 

  言葉の羅列? 知ってる奴の名前? なんで今思い出す? 

  あさひおうかまいとあさひおうかまいとはぼく……落ち着け! 俺は俺だ!)

 

 

 

何かが自分に欠けている。

何かが自分を覚えている。

 

 

 

 (ぎっ――っ!!!!!!!

 

 

 

頭痛。

それしか判らない。

 

 

 

――――ぼくは、なにを?

 

 

 

 

 「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

 

 

 

 (ドクンドクンドクンドクンドクンドクン)

 

 

 

呼吸音と鼓動音が聞こえてきたとき、

 

 

彼の左手には

暗く霞み

鈍く移ろい

黒く沈みゆく

混沌に染まった宝石。

 

 

『それ』が握られていた。

 

 

紛れもなく宝珠――その光は輝石の輝きに相違ない。

 

 

 

 「……どういうことだ? 今のは一体?」

 

 

 

鮮明で不明瞭な『何か』。

それが自分を襲い、それが自分に宝珠をもたらした。

判らないのに何故かそれが判った。

 

いつの間にか液晶パネルを砕いていたらしい。

モニタが見事に壊れている。

気が付かないうちに神衣を纏っていた。

辺りに人の気配がないのが救いだ。

 

 

 

 「ちっ、まぁいい。とりあえず拾い物は手に入ったし、任務完了ってか?」

 

 

 

舞人はかぶりを振って一路、初音島支部に戻ることにした。

何故か心がモヤモヤするのに心地よい気分。

矛盾しているのに落ち着いている。

 

ふと、強烈な『気』をその身に受ける。

闘気と闘気のぶつかり合い。

正道なる気と邪道なる気。

方角を辿るとどうやら風見学園の様だ。

 

 

 

“【なにか】があった”

 

 

 

確信が胸をよぎる。

 

 

輝くひまわりの光。

破邪の奔流。

 

 

 

 (これってもしかして帰還者か?)

 

 

 

 


 

 

 

 

学園会場に向かう舞人の目に、地面に落ちていく女性の姿が見えた。

無心で結界を叩き割り、女性に追いつき、彼女を抱き上げる。

光の余波が消えた会場には一人の男が立っていた。

 

 

 

 「いい拾いもんをしたなぁ、と人が気持ちよくしているときに何ですかこれは!?」

 

 

 

 

腕の中には女性、完全に気を失っている様子。

思わず騒ぎたくもなる。

 

 

 

 「ん? ていうかこの人『戦乙女』さん? つーことは……お、いたいた」

 

 

 

冷静になって見てみると女性は実に見覚えのある顔だった。

そして彼女がいるならば彼がいるはず。

自分を睨む地味そうな男がリングに立っているのを把握しつつも

睨まれているのがむかついて無視する。

彼はすぐに見つかった。

 

 

 

 「ま……何で君がここに?」

 

 

 「いやー、ちょっと拾いものが」

 

 

 「……拾いもの? いや、訊かないほうがいいんだろうね」

 

 

 「どうもっす。用事も済んだし、んじゃさらば! 

  ……といきたかったが、そうも言ってられそうにないな」

 

 

 

首筋が殺気でピリピリしている。

リングに一人立つ男のものだった。

 

 

 

 「お前、何者だ?」

 

 

 「フッ……貴様なんぞに名乗る名なぞない! 

  呼びたければミスター・スネークとでも呼ぶがいい!」

 

 

 

こいつは敵だ、絶対そうだ、と脳が判断する。

 

 

 

 「馬鹿にしているのか?」

 

 

 「ふん。この高貴なるわたくしめが他者を馬鹿にするわけがありません! 

  ……………………侮辱しているだけですよっ」

 

 

 「――ふざけるなよ」

 

 

 

軽口を叩きながらも目の前の相手が一筋縄ではいかない相手だと本能で察知する。

帰還者の一種であるのは間違いなさそうだ。

会場のある一点から馴染みある視線を感じる。

 

 

 

 (純一の野郎……観戦と洒落込む気じゃないだろうな)

 

 

 

こちらも殺気を練りこむ。

果たしてそれが目の前の相手に向けられたものなのか、それとも純一に向けられた

ものなのかは見当がつかない。

 

 

 

 「なるほど、お前が神器か」

 

 

 「だぁから言ってるだろう、俺のことを呼びたければミスター・スネークだと! 

  物わかりの悪い奴だな」

 

 

 「埒があかんな。俺には仕事があるのだ、闇の輝石を回収するという仕事が。

  お前なぞに邪魔をされるわけにはいかない」

 

 

 

どことなくいらついている帰還者。

その発言で相手の狙いが自分の回収した宝珠であると理解した。

 

 

 

 「闇の輝石? ……ってこれのことか?」

 

 

 「な!? 何故お前がそれを持っている!?」

 

 

 「秘密だ。いい男には秘密が多いのさ」

 

 

 

人を喰ったようなその発言。

自分のペースに持ち込めたと内心笑みを浮かべる舞人。

 

 

 

 「……ここまで人をコケにするやつに出会ったのは初めてだ。

  貴様を殺し、闇の輝石は頂く」

 

 

 「せっかく拾ったもんをやるなんてそんな勿体無い。渡すくらいならこうしてやる」

 

 

 

いや、正確にいえば初めから自分はそうするつもりだったのだろう。

何故かそんな気がした。

力を引き出す呪を唱える。

 

 

 

 「アルティネイション――ッ!」

 

 

 

左手を掲げ、そこから生まれでた光が闇の輝石に注がれていく。

 

 

 

 「何をするつもりだ?」

 

 

 「オオオオォォォォッッッッッッ――!

 

 

 

相手の声は自分の雄叫びに隠れていてよく聞き取れない。

闇の輝石はまばゆく暗い光を放ち続けている。

光を吸い込んだ輝石はゆっくりと左手に降りてくる。

再び呪が奏でられる。

 

 

 

 「アルティネイション・アブソープ!」

 

 

 「アブソープ? ……『吸収』!! まさか人間が輝石を取り込むだと!?」

 

 

 「――ご明察」

 

 

 

なかなか良い勘をしていると珍しく褒めてやりたくなった。

宝珠の吸収、それこそ自分の狙い。

 

 

 

 「ば、馬鹿な……」

 

 

 「COOLで名の通った俺でも宝珠を取り込んだのは初めてだ。

  ふっ、これで俺は新たな力を得たぜ!」

 

 

 

それは確信だった、自分は闇を制御できるという確信が舞人の中にあった。

しかし代償は大きい、相手は気付いていないが体は無理を訴えていた。

そしてそれこそが決定的な隙を生むことになり、舞人は人知れずにやりと笑った。

 

 

 

 「ハイドロブレイザーァァァァッッッッッッ!!」

 

 

 

圧縮された高濃度の水は相手を捕らえ、悲鳴を上げさせた。

気付かないはずがない、白と灰の戦闘服に頭を覆う亀のような仮面。

 

 

 

 「な……に、もの……? ぐはっ」

 

 

 「DDE所属の神器が一人、『玄武』だ」

 

 

 

仲間の存在に、大切な仲間に気付かない訳がない。

 

 

 

 「ま……大蛇さん。宝珠を取り込むなんて何考えてるんですか?」

 

 

 「やってみたかった」

 

 

 「アホですかあんたは!? もしかしたら死んだかもしれないんすよ!」

 

 

 

呆れたと全身で突っ込んでくる玄武=純一に負けじと言い返す。

 

 

 

 「やかましい。いいからあいつを潰すぞ、話はその後で聞いてやる」

 

 

 

 


 

 

 

 

相手はそのまま逃げの一手をうち、自分はなんとか無事に初音島支部へと帰還した。

ろくに純一と話せなかったが余裕がなかった以上仕方が無い。

 

 

 

 「よくやってくれた大蛇。して、宝珠は?」

 

 

 「悪い、取り込んだ」

 

 

 「はっ?」

 

 

 「だあから〜、改変使って吸収したんだって! 俺疲れてるから詳しくは

  純一か蒼司さんに訊いてくれ、あの二人が目撃者だから」

 

 

 

そして舞人は逃げるようにして初音島を去ったのだった。

体に黒く輝く輝石を携え、疼くような痛みを抱えたまま――――。

 

 

 

 

 

 

―――――そして、今。

 

 

 

 

 「とにかく、よろしく頼むぜ、宝珠さんよ」

 

 

 

手の甲に軽くキスすると、舞人はいつもの皮肉気な笑みを零したのだった。

桜色のピアスが、キラリと光ったのを誰が気付いたか。

 

 

 


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