Eternal Snow

45/緊急指令

 

 

 

桜井舞人は神器である。

能力においては神器一を自負し、彼の繰り出す

苛烈な槍の連撃は何者にも捕らえきれないと云わしめるほど。

しかしそんな彼にも唯一の弱点がある。

最強の刃は諸刃の刃。

舞人の持つ能力――『改変』は最強の力。

 

自らの意思によって“事象を改変し、万物を改変し、法則を改変する”

故にデメリットは大きい。

回数は一日8回、一回使用するだけで体は軋み、血液は悲鳴を上げ、

脳の神経が侵かされていく。

そう……一日に三度も使えば肉体が持たないだろう。

それほどの力を持つがために、彼は力を使えない。

 

そんな彼が会得した新たな力――闘いの運命は彼を束縛し続ける。

 

 

 

 「ちっ……いまいち体に馴染んでない、か……」

 

 

 

舞人は一人、暗く輝きを放つ己が左手を見つめていた――。

 

 

 


 

 

 

――――――数日前。

 

 

 

 

ここは桜坂学園高等部2年A組――舞人のクラス。

現在の時刻は9時7分、一時間目が始まってほんの僅かしか経っていない。

授業は現代国語、教師が教鞭を取っている。

 

 

 

 「――つまり、作者がこの部分で述べていることとは……」

 

 

 

特Aクラスともあって、ほとんどの生徒が板書をしっかりノートに写している。

生徒が一日のうちで最もだらけやすいはずの一時間目という時間帯でこの様子、

クラスの質の良さが垣間見える……たった一人を除いて。

 

たった一人――桜井舞人は机に突っ伏していた。

彼が真面目に勉強に打ち込むわけがない。

それとなく教師が睨んでいる気もするが、彼は気にしていない。

 

 

 

その時だった、彼の左手首の腕時計が僅かに光ったのは。

 

 

 

 (スクランブル――!?)

 

 

 

彼が身につけている腕時計はDDのもの。

しかもG.Aにのみ与えられる特別製だ。

神器の彼らも勿論持っている。

その腕時計が発する赤い光、舞人にとって何よりも優先すべきことが起きている。

 

 

 

 「せんせ〜」

 

 

 

自分の世界に入るかのように教鞭を振るっていた教師は舞人の発言に顔をしかめる。

かといって無視するわけにもいかず、しぶしぶと続きを促した。

 

 

 「何だ桜井、先生の邪魔をしないでくれ、全く」

 

 

 「すんません。腹痛がして頭痛がして盲腸炎っぽくて

  寒気がしたりしなくもないんでちょっと早退します。んじゃ宜しく」

 

 

 

席から立ち上がり、ぺこりと頭を下げ、彼は教室を一瞬で出て行った。

誰もが唖然としてしまうほどに動きは速い。

教師の怒鳴り声はドップラー効果となって舞人の耳に届いていた。

 

 

 

 「やばいな〜。ったく、言い訳どうするか」

 

 

 

ぶつぶつと文句を言いながら誰もいない教室に飛び込み、

腕時計を操作し、携帯電話を取り出す。

 

 

 

 「こちら大蛇です。突然の緊急通信……いったい何があったんです?」

 

 

 『大蛇。至急初音島に向かってくれ』

 

 

 

携帯電話から聞こえてきたのはDD桜坂支部長の声だった。

普段は舞人の茶飲み友達兼遊ばれ相手に成り下がっている人物だが、今回はムードが違う。

 

 

 

 「簡潔過ぎますって! 俺が初音島に? 純一がいるじゃないですか!」

 

 

 

純一のことを玄武と呼ぶことも忘れて怒鳴りつける舞人。

 

 

 

 『すまん、落ち着いてくれ。先ほど初音島周域に宝珠の反応が出た』

 

 

 「『宝珠』?……遂に見つかった!?」

 

 

 『残念ながら原石とも輝石とも判別はつかないが反応があったのは確かだ。

  君に回収を命令する』

 

 

 

頭が熱くなっているのを強引に静めて問いただす。

スクランブルの理由は判った、しかし何故自分が?

 

 

 

 「訊いたばっかですが、何故俺が行かなきゃならないんです? 

  初音島は玄武の管理下でしょう。俺は桜坂の担当……わざわざ俺を指名した訳は?」

 

 

 

電話口から喉を鳴らす音がした。

 

 

 

 『現在、玄武は学園の行事に参加していて忙しいというのが建前。

  本音は単純だ、仮に宝珠が輝石だった場合、他の神器が担当したのでは危険だからな。

  君の能力ならば何かあった場合でもどうにか出来るだろう? 

  普段ならばちゃんとした回収部隊を編成するのだが……今回は急を要す』

 

 

 「ああ……賢者さんとこの宝珠が破壊された話っすか」

 

 

 『そういうことだ。彼を襲ったという正体不明の帰還者……。

  確か名前を『空名(からな)』と言ったか。奴が現れないとも限らん』

 

 

 「了解。そういうことなら俺が一番向いてる。しかし……移動手段は? 

  まさかアルティネイションで行け、なんて言わないで下さいよ」

 

 

 

行くことは了承してもこれから何が起きるか判らないのだ、確かに力を使えば一瞬だが

ここで能力を使うのは得策と言えない。多少時間が掛かっても出来るなら

乗り物に頼りたいのが本音、何より消耗が酷い。

 

 

 

 『判っている。とりあえずこちらに来てくれ。転送装置を使用する』

 

 

 

『転送装置』――読んで字の如くDDの各支部を繋ぐ特製の機器だ。

漫画の世界に存在するような代物だが、DDではそれが実用化されている。

しかしテクノロジーが完全に追いついていないため、一度に送るのは

一人が精一杯で、日本全てのDD支部に行けるという訳でもない。

更に問題なのは使用する電力が生半可でなく、一回の使用で支部の電気は

最低でも一時間使用できなくなる、あまりにデメリットが大きすぎるのだ。

予備に切り替わるとはいえ、不憫は拭えない。

 

 

 

 「ほ〜、随分な処置っすね……それだけ本気ってことか」

 

 

 『その通りだ』

 

 

 「んじゃ今すぐ向かうとしますか」

 

 

 

舞人はそう告げると電話を切り、即刻DDへと向かうことにする。

誰にも気付かれずに校舎の中を駆け抜け、気配を殺して学園を出発し、

ダッシュで家へと戻った。

 

学園からDDまで直行するよりも、家に戻ってバイクを使った方が何倍も早い。

舞人を含めた神器はほぼ全ての乗り物を運転できる免許を交付されている。

車にバイク、ヘリコプターや飛行機、果ては戦車や潜水艦まで。

無論腕も一級品である。

 

舞人は自分のバイクをしっかり所有している。

大蛇のパーソナルカラーである紫で塗装されたフルカウルタイプのバイク。

メンテナンスが必要なときは全てDDで作業することもあって

その存在を知っているのは舞人と舞子のみ、妹である桜香も知らない。

 

ランクC3の人間とは思えぬ速さで通学路を駆けて行く。

歩いている人々は気にも止めない……彼が気配を絶っているために。

こんな部分にも一流のDDEとしての技が光る。

学園を出てから僅か3〜4分で桜井家に到着。

普段なら悠に15分はかかる道のりだ。

 

バタンと大きな音を立てて家に入る舞人。

たまたま玄関付近の掃除をしていた舞子とばったり目が合う。

 

 

 

 「よ、おふくろ、ただいま」

 

 

 「おかえり、サボりか」

 

 

 

全く……と言わんばかりに溜息をつく。

 

 

 

 「何を仰いますやら! この品行方正を謳う桜井舞人がサボるなどとは愚の骨頂! 

  もうろくしたな母上よ、これがエスペランサの成れの果てとは情けない」

 

 

 

カバンを玄関に置き、こめかみを押さえて嘲り笑う。

そんなことをしている場合ではなかろうに。

 

 

 

 「あんた、今日の飯抜き」

 

 

 「殺生な! あんたは息子が可愛くないのか!?」

 

 

 「あたしには可愛い娘はいても可愛い息子はいない。……で、何があった?」

 

 

 「……至急初音島へ向かうことになった。転送装置の使用許可のおまけつき」

 

 

 

母と息子のじゃれあいから一転し、エージェントの会話をする二人。

いくら舞子とて、息子がそうそう学園をサボるはずがないと知っている。

殺伐としたDDの世界とは対照的な学園という世界、

息子がそれを大切に思っていることを母は理解していた。

 

 

 

 「清々するね。いっそのことそのまま次元の彼方まで飛ばされてきな。

  運が良けりゃ生きて帰ってくるだろうよ」

 

 

 「ほざけ! にしても17年か……思えば憎々しい人生だったな。

  あんたに遊ばれ続けたせいで俺のピュアハートは汚れちまった。

  桜香があんたの様にならんことを祈る」

 

 

 

二人は目を合わせてそんな毒を吐いた。

しかしその言葉に隠された本当の意味を理解できただろうか?

 

 

 

舞子訳 (随分危険ってことか……いっそ関係ないところに転送されたほうが

     命の心配しなくて済むのに。死ぬんじゃないよ、舞人)

 

 

舞人訳 (ああ。とりあえず17年も育ててくれてありがとう。

     俺、母さんの息子に生まれて楽しかったよ、桜香のこと頼む。

     もしもってことはないだろうけど、一応今生の別れにならないことを祈ってる)

 

 

 

という意味なのだ、この会話で。

素直に口にしないところがこの二人らしいというかなんと言うか。

舞人は母に一礼すると、玄関を後にして

車庫に隠されていたバイクに跨る。

 

舞人はその状態のままおもむろに右耳をいじった。

彼の右耳には桜色の小さなピアスが付いている。

パッと見はただの飾りだが、これの役割は純一が首に巻いているリボンと同じ。

即ち、神衣が擬態したものである。

 

 

 

 「神衣――着装」

 

 

 

光が彼を覆い、神器の証となる神衣が姿を表す。

神々しく雄々しいその姿は神器に相応しい。

同時に彼の頭部に蛇を模した仮面が装着される。

バイクに跨り仮面をつけたその姿は正に『仮面ラ○ダー』だ。

紫の蛇なんて……某シャンゼ○オンの中の人そっくり。

 

 

話が逸れた、閑話休題。

 

 

 

自慢のエンジンが唸る……ことはなかった。

ここは普通の道である、五月蝿い音を立てて正体がバレては目も当てられない。

神器とはかくも辛いものなのだ。

周囲に気を配り、人がいないことを確認して静かに家を出て行く。

 

家から充分に離れたところで気配を元に戻し、エンジンを唸らせる。

 

 

 

 「さて……お仕事に行きますか」

 

 

 

その言葉と共に、彼は風になった。

 

 

 


 

 

 

僅か数分でDD桜坂支部の前に到着、道行く人々が舞人に注目する。

それはそうだろう、今の彼は神衣に身を包み、仮面によって顔を隠しているが

その姿は神器『大蛇』に間違いない。

一種の英雄とすら思われている神器がいるとなれば人々が視線を向けるのも無理はない。

舞人はバイクを入り口前に停め、堂々とゲートをくぐる。

 

いつものようにコソコソ入る必要はなく、フロアにいた人々が一斉に舞人を見て驚く。

桜坂支部にて彼が姿を現わすのは稀なこと、集会があるわけでもないのに。

一般人を除く隊員達が舞人に一斉に敬礼した。

舞人は無言で頷き、敬礼を返すと隊員たちに向かって言った。

 

 

 

 「これから俺は至急の任務で転送機を使用する。

  しばらくの間不便をかけることになるが、許して欲しい」

 

 

 

転送装置を使った後のデメリットのことを言っているのだろう、

確かに割を食うのは他でもないDDの隊員達だ。

彼はフロアの皆に頭を下げる。

 

当惑する隊員達、手が届かないとすら言われる神器が自ら頭を下げるのが

信じられないといった風情だ。

彼らは異議を挟むことは出来ない。

だが挟むつもりもなかった。

むしろ自分達を気遣ってくれる彼を嬉しく思う程。

頭を上げた舞人に彼らは敬礼と笑顔で返した。

 

 

 

 「ありがとう」

 

 

 

舞人は皆にそれだけを残して通路を走っていった。

初音島へと向かうために。

 

 

余談だが、この一件後、DD桜坂支部にて

神器『大蛇』の株が更に急上昇したのは言うまでも無い。

主に割を食ったのは彼の唯一の弟子とされる谷河なすのであった。

 

 

 

 「はにゃ〜、舞人さん……お願いですからこれ以上人気上げないでくださいぃ〜。

  ライバルが増えてどうしようもなくなっちゃいますよ〜〜」

 

 

 

と嘆いたとかなんとか。

 

 

 


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