Eternal Snow

44/まいとちん、ぴんち!

 

 

 

DDE養成校桜坂学園は高等部と中等部と初等部の三つからなるマンモス校である。

七星学園が高等部のみ、風見学園が高等部と中等部の二つに分かれていることを

考慮すると、やはり桜坂学園は他よりも規模が大きいのが判って頂けると思う。

 

今回はそんな桜坂学園中等部のある生徒たちのお話である。

 

 

舞人はその日、DD支部から帰ってくるところであった。

用事というほどのことではなく、単なる定期報告だったのだが。

 

 

 

 「あのくそじじい。顔合わすたんびに雑用だの、義務だのうるさいのですよ」

 

 

 

最寄のバス停からトボトボと家目指し歩く舞人。

口に出るのは愚痴ばかり。

せっかくの休日に仕事が入り、やったことは単なる雑務、そりゃあ花の学生とも

あろう彼ならば、文句の一つも言いたくなるのはわからないでもない。

だが、仮にも上司に向かって“くそじじい”はないだろうに。

 

 

 

 「?」

 

 

 

ふと首に違和感。

針かなにかで後頭部を狙われているような一種の殺気。

殺意のない殺気とでも言おうか、そう、ストーカーの視線みたいな感じだ。

 

 

 

 (ふむ。敵ではないと……。雪村ではない。あのメスブタならば

  電波も一緒に飛ばしてくるはずだからな。となると……)

 

 

 

舞人は背後に神経を尖らせつつ思案する。

その様は修羅場を掻い潜り続けた猛者の如し。

今の彼の姿を見れば、友人たちの評価も上がるだろう。

 

 

 

 (あ、なーるほど)

 

 

 

舞人は視線の持ち主にだいたい予想がついた。

歩き続けたまま、その人物の名前を口に出す。

 

 

 

 「かぐらちゃん、そんなとこいないで出てきなって」

 

 

 「ふにゃ!? ま、舞人さん……お気づきでしたか……?」

 

 

 

物陰から現れたのは女の子だった。

亜麻色の髪、基本は短めに統一しているが、もみあげにあたりそうな

両サイドの部分だけは胸近くまで伸ばしている。

少女の名前は『芹沢 かぐら』、桜坂学園中等部三年生。

つまりは舞人の後輩である。

 

 

 

 「気付くもなにも、隠れるんだったらもう少し気配を消さないと。

  俺なんかに気付かれるようじゃまだまだかもね」

 

 

 

後ろを振り向き、苦笑する舞人。

その顔は希望や小町などの友人には見せないものだった。

どうやら彼は年下には基本的に優しいらしい(小町は別なようだが)。

 

 

 

 「そうですか……。まだまだ改良の余地あり、と。メモメモ」

 

 

 

少女――かぐらはシュンと項垂れると、ポケットから小さなメモ帳を取り出し、

なにやら書き込んでいた。

彼女の通称は『恋するデータバンク』。

舞人はそれを知らないが、彼女の持つメモ帳にはぎっしりと

ある人物についての情報が書き込まれている。

言うまでもなく桜井舞人の情報。

彼女もまた、舞人という少年に憧れる女の子の一人であった。

 

 

 

 「かぐらちゃんはどうしてここにいるの?」

 

 

 

湧いた疑問を訊ねることにする。

かぐらはピンと背筋を伸ばして、舞人の横に並びながら話し出す。

 

 

 

 「はい。今日は青葉ちゃんと遊ぶ約束をしていまして、

  只今青葉ちゃんの家に向かうところだったのですが、

  舞人さんを発見しましたので追跡を、と思いまして」

 

 

 「なるほど、青葉ちゃんのところにね」

 

 

 

かぐらが舞人のことを追跡するというのは今に始まったことではないので

何事もなかったかのようにスルーする。

 

 

 

 「ところで舞人さんは本日どのようなご用事だったのですか?」

 

 

 「ん、俺? 予定もないからぶらぶら〜としようと思って出かけてみたんだけど。

  大した収穫もなくて、昼も済んだしもうこのまんま家に帰ろうかな〜とか」

 

 

 「あ、ということはお暇なんですか?」

 

 

 「それは違うよかぐらちゃん。俺のように孤高なる存在ともなれば

  暇は暇にあらず。暇をいかに有意義なものにするかが重要なのだよ」

 

 

 

どこか芝居がかった口調。

噛み砕いて言えば、“この後一緒に遊ぶ人いなくて、暇で暇で仕方ないよ”と

言ってるに過ぎないのに……どうしてここまで尤もらしく言うのであろうか。

 

 

 「はぁ〜。やっぱり舞人さんの仰ることは一味違いますね、メモメモ」

 

 

 

そして騙される純朴な女の子がここに一人。

いい笑みで満足そうに頷く男が一人。

 

 

 

 「あれ? 結局舞人さんはこの後予定はないんですよね?」

 

 

 

はっと事実に辿り着くかぐら。

要するにそうなのだから誤魔化しようがない。

 

 

 

 「ないと言えばないのかもしれない、あると言えばあるかもしれなくも

  なかったりそうでもなかったり、そうだったりしなくもないやもしれない」

 

 

 「それでしたら一緒に青葉ちゃんの家に行きませんか? 

  きっと青葉ちゃんも舞人さんなら喜ぶでしょうから……その、私も嬉しいので」

 

 

 

舞人の回りくどすぎる発言を忠実に理解した『恋するデータバンクかぐら』は

自分が嬉しくて、親友も喜び、舞人も予定を作れるという画期的なアイディアを提示した。

変に義理堅く、年下には甘い舞人がこの提案を断れるはずもなく、

舞人とかぐらは一路青葉の家を目的地とし、向かう。

 

それから歩いて数分後、二人は無事に青葉の住む家に着いたのだった。

いやむしろこの程度の道のりで何かあるほうが不思議だ、例えば帰還者に出くわすとか。

縁起でもないことを言うのは止めておくとしよう。

というか舞人の家のご近所さんなので、歩いて数分で彼の家。

 

 

ピンポーン

 

 

どこの家庭にもよくある電子音が響く。

 

 

 

 「は〜い」

 

 

 

そう言って玄関に出てきたのが先ほどから

二人の話に出てきていた『森 青葉』。

桃色のショートヘアーに黒いリボンが似合う女の子っぽい女の子だ。

彼女も桜坂学園中等部の三年生で舞人の後輩にあたる。

 

 

 

 「あ、かぐらちゃん……と、おにいちゃん?」

 

 

 「うん、さっき会ったからお誘いしたんだけど……迷惑だった?」

 

 

 

かぐらの顔を見た後、隣の舞人を見て青葉が首を傾げる。

青葉の舞人への呼称は『おにいちゃん』なのであしからず。

ついでにこれは舞人が指示したわけではなく、

彼女の父親『森 繁幸』、通称『シゲさん』が舞人のことを……まぁ色々あったのだが

とにかく『にいちゃん、にいちゃん』呼ぶのでそれが移ったわけだ。

舞人は義妹属性ではない……と思う。

実妹がいるから多分大丈夫…………うん、きっと。

 

 

 

 「あ、邪魔だったら俺帰るよ? せっかく女の子しかいないのに野郎がいてもねえ」

 

 

 

つくづくその通りだ。

 

 

 

 「しゃらくさいこと言ってたら駄目なのよおにいちゃん! いいから上がるの!」

 

 

 「は、はひ」

 

 

 

とても舞人より2つ下とは思えない迫力の青葉。

それもそのはず、彼女の使う江戸っ子口調は父直伝。

迫力ないわけがない。

 

それからの舞人は悲惨だった。

女の子の部屋という男にとっての居空間にて肩身の狭い思いをし続け、

二人が何を話しているのか、今そもそも何時なのかすら判らず相槌を打つだけ。

だから人災といえばその通りで、彼がドジしても同情の余地はあったわけだが、

あえて言うならもう少し周囲に気を張っておくべきだったというか……。

 

 

 

 「舞人さん、どうしてなんですか?」

 

 

 「え、あ、うん何かな?」

 

 

 

こんな発言をしなくて済んだだろうし。

 

 

 

 「――ですから、なんで舞人さんはDDによく行かれてるんですか?」

 

 

 

恋するデータバンクは舞人の行動範囲などお見通しだった。

冷や汗が全身に行き渡る。

最近……というか以前から妙に視線を感じていたのは事実、

悪意も害意もなく、かなり遠くから感じるものだったので気にもとめず、

放置しまくっていたのだが、仇になった。

 

 

 

 (……あれってかぐらちゃん? やばいやばい、実にやばいですよ桜香!)

 

 

 

桜香は全く関係あるまいに、この男は珍しく錯乱していた。

 

 

 

 「え? お、俺がDDに? 嫌だなぁ〜そんなことあるわけないじゃないですか」

 

 

 

彼の敬語口調は嘘の証だということを理解していない。

そんな明らかな嘘が彼女を騙せるはずがない。

 

 

 

 「え、でも……先々週の日曜日にも行かれていたみたいですし、

  先月の頭もそうでしたよ?」

 

 

 

メモ帳を取り出して日付まで確認している。

 

 

 

 「えっと……ここ三ヶ月の間に私が知っているだけで8回ですね」

 

 

 

ここまで来るとストーカーの域だ。

むしろここまで放っておいた舞人の感性が謎だ。

 

 

 

 「かぐらちゃん、よく調べたね〜」

 

 

 

親友青葉も感心しきりである。

そこは親友として諌めるのが本当だと思うのだが……。

舞人は表面上顔色を変えずに黙考する、どう誤魔化すかを。

 

彼女の情報収集能力は折り紙つきだ、となるとこれから先もチェックされていくのは

ほぼ確実……何かいい方法はないだろうか…………。

 

 

 

 「いや、かぐらちゃん。よく調べたね〜、でもそんなに不思議なことじゃないんだよ。

  DDには、ほら。高等部の戦術顧問の先生……谷川なすのさんがいるだろ? 

  俺学園じゃ大したことないし、一応教え子だから自主トレのお願いにね」

 

 

 

多分に嘘と真実を交えてとってつけた説明をする。

そもそも彼が折角の休日に自分から習い事をするはずがない。

……だが、舞人を素直に尊敬している青葉とかぐらは信用した。

これが希望や小町、山彦やつばさならば嘘だとすぐに看破しただろうが。

 

 

 

 「実を言うと今日もDDに行ってきたんだよ。ほら、もうすぐ高等部で

  恒例のサバイバル戦があるでしょ? ちょっと卑怯だけど心構えとか聞きにね」

 

 

 「へぇ〜……そんなに頻繁になすのさんと二人っきりで訓練を……」

 

 

 

さりげなく青葉とかぐらの視線が痛かったりする。

 

 

 

 (オウ、ゴッド。なぜこんなにも恐ろしい気配を青葉ちゃんと

  かぐらちゃんが発しているのでしょう……俺、何か悪いことしましたか……?)

 

 

 

気付くだけマシとも言えるが、やはり彼はどこまでいっても鈍感らしい。

結局舞人はそのいたたまれない空間においてきぼりにされ続け、

終始居心地悪いまま森家に滞在していたのだった…………合掌。

 

 

 


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