Eternal Snow

43/Pure A Wish

 

 

 

CASE 1 星崎 希望

 

 

 

 

――――夜、希望の部屋にて

 

 

 

 

 

 

 

 「……さくっち、全部食べてくれたかなぁ?」

 

 

 

今日のお弁当。

流石にハートマークはやり過ぎかとも思ったのだが、あの朴念仁には

それくらいした方がいいと考えて作ってみた。

会心の出来であることは言うまでも無い。

 

体調が悪かったのか彼は今日学校を休んだ。

アレはたぶん仮病に違いない。

幼馴染やって十余年、それくらい見切れずして何が幼馴染か!

 

 

 

 「時々ああやって学校サボるんだから、もう」

 

 

 

昔から何も変わらない。

いっつもいっつも人をからかって、本気で冗談を言って困らせて、

一人で大笑いして、いつも自分を怒らせる。

でもどこか憎めない人。

本当はとても優しい人。

小さい頃からずっと一緒にいたんだから誰よりもよく知っている。

いや、誰よりもというのは少し違うかもしれない。

彼と自分ともう一人、自分たちは3人でいたのだから。

 

彼を幼馴染という視線だけで見られなくなったのはいつのことだろう? 

それが初恋なのだ、と気付いたのはいつの頃だろう。

そんなのもう覚えていない。

気がついたら好きになっていた。

前世があるのなら自分達は前の世界で恋人だったのか? と考えることがある。

そうだったらいいなと淡い願望を寄せながら。

そして同時に、あの子が彼の恋人だったのかも? と考えてしまう。

そうだったら悔しい。

 

いつか彼に「好きだ」って言ってもらいたい。

「希望」って名前で呼んでもらいたい。

意識するようになって、あんまりにも気恥ずかしくてあだ名で呼ぶようになってしまった。

けれど本当は自分も昔みたいに「舞人君」って呼んであげたい。

きっと彼は照れるだろう、それに負けないくらい自分も真っ赤だろう。

でもそうなるのが楽しみで仕方ない。

 

今日のお弁当がそのきっかけになることを祈って。

抜け駆けしてごめんね、ともう一人の幼馴染に心の中で詫びてから、

彼女は眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

CASE 2 谷河 なすの

 

 

 

 

――――夜、なすの私室にて

 

 

 

 

なすのは複雑な心境だった。

嬉しいのと悔しい気持ちが半々になりながらぐるぐる廻っている。

その理由はわかっている、あのお弁当だ。

 

今日は月に一度、彼が訓練に来てくれる日。

一週間前から楽しみにしていた。

いや、毎月毎月訓練の日が過ぎるたびに次の訓練日が楽しみで仕方ない。

 

DDでしか逢えないわけじゃない、伊達に学園の顧問じゃない。

週の半分は確実に学園に行くのだからそれなりに逢える。

けれどそれはあくまでも学生と教師として。

 

一個人として、ただの谷河なすのとして、桜井舞人に話し掛けることはできない。

勿論、話くらいは出来る。

彼を含めた友人たちとは仲がいいのだし。

でも、それはあくまでも学園の中だけ。

しょうがないことだとわかっているけど、それが悔しい。

 

彼には幼馴染がいる。

二人の女の子、どちらも可愛くて美人。

自分も変な顔だとは思わないけど、勝てるかと訊かれると自信はまるでなし。

二人の幼馴染は揃って彼のことが好きらしい。

傍から見ているとよく判る。

彼は気付いてないみたいだけれど……自分のこの想いも含めて。

 

だけど今日はそんなの関係ない。

二人きりで訓練できるのだ、デートじゃないのがちょっと残念だけれど。

でもその楽しみは取っておこう。

二人きりなんだから贅沢は言わない。

 

昨日の夜から仕込みをして、朝はいつもより30分だけ早く起きて

彼の分と自分の分、心を込めて作ったお弁当。

二人で仲良く摘んで食べられるようにと用意したベーグルサンド。

 

 

 

 「なのに……」

 

 

 

彼はお弁当を持って来ていた。

まぁそれはしょうがない、お母さんが作ってくれたのなら。

 

彼は言った。

「幼馴染が作った」と。

ショックだった、二人きりだというのに水を差された気分。

どちらの手製か知らないけれど、邪魔をされるのだけは気に食わなかった。

 

何とか言いくるめて中身を見てみればなんとでかでかとハートマークが。

冷静でいるのが辛かった。

今になって思えばよく猫耳を仕舞えたなぁとつくづく感じる。

しかも美味しかった。

まるで愛妻弁当を食べている気分だった。

 

 

 

 「なんか嫌だなぁ……」

 

 

 

思わず溜息をついてしまう。

彼に好意を持っている女の子がいるのも勿論だが、

自分が明らかに嫉妬しているのが嫌で仕方ない。

 

今日はいい日だった。

だけど少しだけ胸に棘が刺さったような気がする。

早く来月になって欲しい。

それが駄目なら早く学園に行って彼に逢いたい。

何かを話せなくてもいいから、ただ彼を見つめていたい。

 

いつか彼に「好きだよ」と言ってもらえる日が来ますように。

それだけを星に願いながら、彼女は夢の中で彼に逢えることを望んだ。

 

 

 

 

CASE 3 雪村 小町

 

 

 

 

――――夜、小町の部屋にて

 

 

 

 

今日、彼が学校を休んだ。

とても心配だったが、どうやらただのサボりらしい。

何かを隠しているような気がした。

 

昔から彼はそうだった。

どうでもいいようなことは話してくれるけれど、

本当に大事なことは話してくれない。

それは自分が信頼されていないからだと思っていた時がある。

ずっと一緒にいた幼馴染なのに――と。

 

『幼馴染』――その言葉が自分を縛り付ける。

 

自分は彼に恋をしている。

“恋に恋をする”というが、自分のこの想いは本物だと断言できる。

 

初めてそれを意識したのはいつのことだろう? 

覚えていない、だけどきっと一目惚れだったのだと思う。

人を好きになることに理由なんていらない。

陳腐な言葉だけど、『運命』だと自分の中にある『何か』が告げていた。

 

彼に嫌われるのが嫌だ。

どんな形でもいいから彼の傍に居たい。

彼の傍にいられるのなら何を犠牲にしても構わない。

それが自分の願い。

 

彼は自分をどう思っているだろうか? 

五月蝿い幼馴染としか思ってないかもしれない。

周りの人は自分を可愛いと言ってくれる。

まるっきり自信がないというわけじゃない。

 

彼の前では「可愛い」と連呼する。

それは彼に気付いて欲しいから。

“貴方の前で可愛ければそれでいいのだ”と気付いて欲しい。

 

自分は本気で桜井舞人という人を愛している。

子供の夢ではなく、一人の女の子として。

誰にも負けない、負けたくないその想い。

 

時々夢を見る。

 

彼が自分に謝る夢。

何を謝っているのかわからないけれど、自分はそれを許している。

彼が自分を抱きしめてくれる夢。

自分は涙を流しながら、彼の腕の中で幸せを感じている。

それはまるで本当にあった出来事のように不明瞭で鮮明。

けれど確かな幸せがそこにはあった。

 

自分は知っている。

 

自分の幸せは彼に「好きだ」と言ってもらうことなのだと。

いつか自分の想いが彼に伝わって欲しい。

あの夢が現実になって欲しい。

贅沢過ぎる夢なのはわかっている。

だけどどうかその願いが叶いますように。

 

 

 

 「せんぱい……おやすみなさい」

 

 

 

彼女は最後に願った。

せめて夢の中でだけでもいい、あの人の腕に抱かれていたい――と。

 

 

 

 

 

あまりに純粋な乙女達の願い。

その願い叶うか否か。

一人の果報者を巡る恋の多角関係の結末。

それは桜だけが知っていて。

 

 

 

 

――――まもりたいもの、かげかえのないもの。

――――うしないたくないもの。

――――どうしようもなく、てばなしたくないもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのこたえはきっとすぐそばにある――。

 

 

 


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