Eternal Snow

42/嫉妬心爆発……かも

 

 

 

舞人となすの、二人は訓練室にいた。

今日舞人がDDに来たのは彼女との訓練が目的なのだから。

 

長官に無理言って誰も寄り付かない最高クラスの部屋を用意した。

でないと訓練中に誰かが入ってきて舞人のことがバレかねない。

人の口に戸は立てられず、噂が広まるのは早い。

もし舞人が誰だと判らなくても、なすのが師事するのは大蛇だけというのは

既にDDに広まっている事実なので、逆算するだけで正体が判明してしまう。

それを考慮に入れた最善の策だった。

 

舞い手はたった二人のダンサー。

打ち鳴らされる金属音。

舞人の手には愛槍『雫』

なすのの手に握られた武器は鎖付きの短剣。

使い方は鎖鎌に近い。

 

短剣部分を持っての接近戦、鎖によって相手を束縛。

短剣を投擲するなど、応用範囲は大きい。

その分使い手の機動性が求められるが。

 

短剣である以上一撃の威力はどうしても他の武器に劣る。

ならばどうするか、要は当てまくればいいのである。

一撃で致命傷にならないなら、二撃、三撃。

攻撃の手数を増やすには機動力が重要。

 

故に今彼らの戦いは高速の世界に突入していた。

響き渡るのは鎖と槍がぶつかる音。

互いの呼気すら聞こえない極限状態。

認識すらさせないスピードとまではいかないが、充分過ぎる速さだ。

 

既に彼女の実力は速度に限って言えばAクラスに迫っているだろう。

というより舞人=大蛇の弟子ならばそれくらいやってのけるのが当然だ。

 

今のDDEで神器に教えを請うているのはなすのだけである。

他の神器たちは一人として弟子をとっていない。

その大蛇にしてもこれで果たして教えているかと言うと何とも言えない。

 

彼がやるのは単純、ただ打ち合い、限界を超えさせ、境地を見せること。

終われば悪いところを教えるが、こうした方がいいというアドバイスはほんの僅か。

 

舞人は言う。

 

 

 

 「下地が出来上がってるんだから今更技術は教えても仕方ない。

  必要なのは自分自身の殻を割り続けること」

 

 

 

それは一つの真理である。

彼女にとっての真理とは、スピードと確実な命中力、この二点のみ。

 

だから大きな技など必要ない。

確実にこなす、それだけで充分なのだ。

槍術の基本にも通じる。

『受け』・『突き』・『払い』の三原則。

単純であるが故に複雑、彼女に求めるものも同じ。

 

 

 

 「つぁ!」

 

 

 

鎖を自分の手から解き放つ、それは体内に蛇を飼っているかの如く。

血を求めて暴れる蛇が狙うもの――血液。

 

もっとも効率よく血が吸えるのはどこか? 

心臓・首・腹部。

この三点。

 

心臓は最も血が新鮮な場所。

首は最も隙が生まれやすい場所。

腹部は最もダメージが大きくなりやすい場所。

 

彼女が戦う時、常に思考することは自らを蛇に例えることだ。

 

必殺を生み出す牙は短剣。

敵を絡め取る体は鎖。

ならあと必要なのは、獲物を狙う目と思考。

これは何が果たす役目? 

考えるまでもない、なすの自身がそれを行えばいいのだ。

 

だから彼女は獲物を狙う目を意識する。

常に動き自身を撹乱させ、相手の隙を生む。

生まれた隙こそ『死』の証。

体内に眠る蛇を起こし、敵目掛けて這わせ、その生を絶つ牙を向ける。

 

 

 

 「そこです!」

 

 

 

隙が見えた、相手の動きが鈍る。

絶命の牙は舞人の首を狙って――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――血が吹き出ることはなかった。

 

 

 

 

絶命の牙は舞人の槍にいなされ、逆に動きを止めた彼女の腹部を狙いきっていた。

 

決してなすのが躊躇ったわけではない。

仮に死の間際になったとしても彼女の能力があれば回復させられるのだ。

だから手心を加える必要などないし、したつもりもない。

 

簡単な答え、蛇は動きを止めた時に無敵でなくなっただけのこと。

彼女の強みはその速度と確実な命中力。

命中力に関して言えば文句のつけようがない。

短剣という牙は寸分たがわず舞人の首筋を狙っていた。

 

しかし、獲物を狙う蛇が動きを止めた瞬間とは、蛇に一番の隙が生まれるということ。

声を上げたことにより、目測をつけるのは容易であったし、

短剣を投げ放ったその場所から動かないのなら、神器ともなればそれだけで敵を貫ける。

 

完全になすのの負けであった。

 

その場にへたり込むなすの。

舞人は身に纏った神衣を消し、己を包む闘気を打ち消す。

高めた力が暴走する前に、その意思を終息に向かわせる。

 

 

 

 「ふい〜、危なかった〜」

 

 

 

なすのに倣うようにして彼女の隣に座り込む舞人。

その言葉にちょっとだけカチンと来るなすの。

 

 

 

 「なに言ってるんですか。全然私の攻撃なんて当たらなかったのに……」

 

 

 

むつけたままにそっぽを向く。

慌ててしまうのは舞人の方。

 

 

 

 「ちょっと待ってくださいよ。いやいやいや、結構危なかった。

  嫌なところばっかり狙ってくるし、傷治せるからって手加減してこないし。

  最後に隙出来なかったら俺本気で一本取られたかもしんない」

 

 

 

むしろその方が悔しいのか、溜息混じりに天井を見上げる舞人。

 

 

 

 「でも結局負けちゃいました。やっぱり悔しいです」

 

 

 

いじけモードに入ってしまったのか、何故か猫耳がだらんと垂れていた。

どうやら彼女の猫耳は緊張状態だけでなく、他の場合でも出ることがあるらしい。

 

 

 

 「な、なすのさ〜ん」

 

 

 

情けない声を上げる舞人。

彼女はとっととその場を立ってシャワールームへと消えてしまった。

猫耳は消えていたけれど…………ああ、勿体無い。

 

 

 

 「俺も汗流すか……腹も減ったし」

 

 

 

彼女の後を追うようにして男性用のシャワールームに飛び込む舞人。

 

口ではああ言ったが、実のところ強敵というLVには達していなかった。

神衣だけつけた状態ならば負けていたかもしれない、が、それでは稽古にならない。

圧倒的な力を撥ね退けて得るものこそ代え難いのだと信じる舞人にとって

いい勝負など必要ではないのだから、少なくとも彼女を鍛える上では。

 

 

 

 (それでもいい感じになってきてる。近いうちにAクラスになれるだろうな)

 

 

 

シャワーの水流を全身に浴びながら微笑む舞人。

気恥ずかしいから面と向かっては賞賛する言葉も照れてしまうが、

それでも押さえるべきところは押さえている。

 

師匠として弟子が育つのは嬉しいことだった。

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして舞人がシャワールームから出てくる。

と、部屋中に紅茶の香りが漂ってきた。

見ると、なすのがテーブルに座って紅茶を淹れているところであった。

 

 

 

 「あ、舞人さん」

 

 

 「ういーす、今上がりました〜」

 

 

 

頭をガジガジとかきながら彼女の元へと歩いていく舞人。

 

 

 

 「紅茶ですね」

 

 

 「ええ。ハーブティーなんですけど、お口に合うかどうか……」

 

 

 

少し照れながらカップを差し出すなすの。

 

 

 

 「あはは、なすのさんが淹れてくれた紅茶ですよ? 不味いわけないですって」

 

 

 「そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 

 

二人で憩いの時を刻む。

香るハーブが心すら癒すかの様に、快い解放感を生んでくれる。

 

 

 

 「さて、と。飯にしますか」

 

 

 「あ、そうですね。運動したらお腹空いちゃいました」

 

 

 

はにかんでバスケットを取り出す。

少し大きめのバスケット。

 

 

 

 「そうっすね。えーと」

 

 

 

舞人もポーチから弁当箱を取り出す。

 

 

 

 「舞人さん、お弁当持ってきたんですか?」

 

 

 「え、ああ、まあ」

 

 

 「そうなんですか……実は舞人さんの分も余計に作ってきたんですけど……」

 

 

 

あるならいりませんね、と残念そうに呟くなすの。

 

 

 

 「ばっ、何言ってんですか。ありがたく頂戴しますよ」

 

 

 「でも、お母様が作ってくださったんでしょう? 私のは無理に食べなくても」

 

 

 「違うって。これは俺の幼馴染が作った弁当で、第一運動後だから少し足りないし」

 

 

 

その一言が余計だった。

 

 

 

 「…………なんて言いました?」

 

 

 「はい? いや、少し足りないから大丈夫って」

 

 

 

なすのの猫耳が生え、ピンと立っていた。

それはまるで威嚇する猫のように。

 

 

 

 「その前です」

 

 

 「ん? 俺の幼馴染が作った弁当?」

 

 

 「…………そうですか、そうなんですか、そうですよね、そうに決まってますよね」

 

 

 「な、なすのさん?」

 

 

 

彼女はただ俯き、何かを呟いていた。

舞人がわけもわからずおろおろしていると、突然

 

 

 

 「お弁当交換してください」

 

 

 「はぁ?」

 

 

 

なすのはそう切り出した、というよりも無理やりさせられた。

 

 

 

 「他の人の作ったお弁当って食べたことがないので、後学のために」

 

 

 「べ、別に構いませんけど……」

 

 

 「それじゃあ決まりです♪」

 

 

 

結局なすのの作ったベーグルサンドは全て舞人が一人で食べ、

希望(今日の担当)が作った弁当はなすのが食べきった。

 

余談だが、今日の希望の弁当は会心の出来だったらしく、

ごはんに桜でんぶでハートマークの細工までしてあった。

まんま新婚さんの愛妻弁当だったのである。

哀れなり星崎希望、君の愛情弁当は恋敵の胃の中へ。

 

 

ちゃんちゃん♪

 

 

 

 

好意に気がつかない舞人が一番タチ悪いのだけど。

クールでニヒルなハードボイルドを語る前に

女性の気持ちを考えるべきだと切に思う今日この頃。

 

 

 


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