Eternal Snow

41/慕う者

 

 

 

その日、舞人は学園を休んだ。

今日も今日とて半分迎えに来たに等しい幼馴染を口八丁手八丁で送り出す。

心配そうな顔をしていたが、大した事無いと突っぱねて、弁当だけ受け取る。

学園に向かう寸前まで休むと言い張る二人の幼馴染を宥めるのは至難の業だった。

 

ちなみに弁当は一日交代制で作ってくれることになっていた。

初日に二人がそれぞれ弁当を持ってきて、それを無下にするわけにもいかず

結構無理して完食を果たした舞人君……結構いい人だった。

翌日からは話し合ったのか一日交代で弁当を作ることにしたらしい。

理由は定かでないが山彦に妙にニヤニヤされたのが気になった。

 

 

 

閑話休題。

 

 

今日舞人が学園を休んだのにはそれなりの理由がある。

別にサボりではない……全くの健康体なのだからサボりというのを否定しきれないが。

今日はDDに行く用事があるのだ。

財布と弁当箱入りのポーチだけ手に持って家を出発する舞人。

登校時間帯も過ぎ、辺りに学生の姿はない。

 

 

 

 「考えてみれば……なすのさんと学園以外で会うのも久しぶりだよな〜」

 

 

 

そう、今日は彼女に稽古をつけてやる日なのだ。

『谷河 なすの』――DDBクラスエージェントにして桜坂学園戦術顧問を兼任。

神器『大蛇』=舞人の唯一の弟子でもある。

 

 

 

 

 

バスに揺らり揺られて20分、DD桜坂支部のビルへと到着した舞人。

計30階建て、見上げるほどの高層ビル。

全面を強化ガラス張り、太陽が反射すると眩しくて仕方が無かったり。

入り口ゲートには『デモンデトネイター桜坂支部』の大きな文字。

両サイドから青龍・白虎・朱雀・玄武・大蛇

という五神器のモニュメントが迎え入れる構造。

DDでは一般人への室内見学も行っているため、こうして舞人が

ビルの前に立っていてもさしたる違和感はない。

ついでに今日はどうやら見学会が予定されていたらしい。

ゲート横のパネルに『歓迎! 桜坂学園中等部三年生ご一行様』と書かれている。

 

 

 

 (……三年生? ということはもしかして青葉ちゃんやかぐらちゃんが来るってこと?)

 

 

 

青葉とかぐらというのは舞人の後輩の名前である。

今は関係ないので紹介は今度にしておこう。

 

 

 

 (ま、どうせ中で会うことはないな)

 

 

 

堂々と中央ゲートをくぐる舞人。

だが、このままではただの一般人。

そのためにまず向かうのは入り口横のトイレである。

トイレ? と思う方もいらっしゃるだろうが、あくまでも舞人がDDEだということを

知っているのは極僅かであるのだと思い出していただきたい。

 

神器はあまりに秘匿された存在故に

DDの各長官、前代神器兼司令部所属の『賢者』と『零牙』。

DDAクラスエージェントのトップに所属する極一部しかその正体を知らない。

 

だから堂々と中に入れるのは入り口までで、あとは隠し通路を通らなければならない。

これは他のDD支部にも共通している。

桜坂支部にある隠し通路は入り口に三箇所、そのうちの一つが男子トイレ個室の最奥、

便器の裏にある隠しパネルを操作してゲートオープン。

今日も無事に潜入成功! 

……当然ながら普通のトイレなので、使用中ならアウトだったりする。

冷静に考えてみれば、弁当箱を持ってトイレに行くというのはかなり悲しい。

 

暗がりの道を歩き続ける。

今から顔を出すのは知り合いのいる場所なので仮面をかぶる必要はない。

 

 

 

コンコン

 

 

 

突き当たった壁を叩く舞人。

壁の向こうから「入りたまえ」との声がする。

壁に手を当て、横にスライドさせる。

 

光とともに現れたのは書棚と立派なデスク、応接用のソファー。

ここはDD桜坂支部長官室、すなわちここで一番偉い人のお部屋だ。

 

 

 「ども、来ました」

 

 

デスクに座り、書類を吟味していた初老の男性が頷いて彼に向き直る。

 

 

 

 「大蛇、今日は何用かね?」

 

 

 「いや、なすのさんと会う予定だったんですよ、呼んで貰えます?」

 

 

 「ああ。なるほどな」

 

 

 

そう言って彼は手元のインターフォンに何かを言っていた。

そのうちなすのが来るだろう。

 

 

 

 「ところで訊くが、なぜ彼女だけなのだ? 

  大蛇に鍛えて欲しいという者は他にもたくさんいるというのに」

 

 

 

舞人は勝手にソファーへと腰掛けた。

ついでに勝手にコーヒーを注いで飲んでいる。

態度がでかい。

それでも今に始まったことではないので長官も容認……というか諦めている。

 

 

 

 「そうっすね、強いて言うなら気分というか……ほら、なすのさんには

  うちの学園でお世話になってますしね。それに、一度引き受けて

  その後ポイじゃ後味悪すぎるでしょ? 俺は元々何かを教えるってのに向かないし」

 

 

 

だから一人だけなんっす、と続ける舞人。

長官は視線を書類に走らせたまま笑った。

 

 

 

 「彼女は美人だからな〜。男としてはどうせ教えるなら美人の方がいいのだろう?」

 

 

 

舞人は口に含んでいたコーヒーをブッ!と噴き出して、手で顔を拭う。

 

 

 

 「じょ冗談じゃありません! こここのダンディ桜井がそんな破廉恥な真似

  するわけがあるわけないじゃないですか! 

  この好々爺がっ、自分と同じにしないで頂きたいですねっ!」

 

 

 

……仮にも長官に向かって好々爺はないだろう好々爺は。

長官の浮かべた笑みは確かにそのように見えたけれど。

 

 

こんな大口が叩けるのは彼しかいないだろう、後考えられるとすれば

人をからかうことに才能のすべてを費やした神器『朱雀』くらいのものか。

いや、5人しかいない神器が二人も大口叩ければ十分だとは思うが。

 

 

 

コンコン

 

 

 

扉を叩く音がする。

長官は手元のインターフォンに向かって「入りなさい」と告げる。

この部屋は完全防音されているため、マイクを通さないと中の音が外に聞こえないのだ。

徹底した防犯装備をしている。

 

 

 

 「失礼致します、Bクラスエスペランサ、谷河なすの参りました」

 

 

 

右手で敬礼し、室内に入る女性。

彼女こそ『谷河なすの』。

ブラウンカラーのロングヘアー、一部だけ三つ編みにしているのがチャームポイント。

動きやすそうな緑色のエージェントスーツを着ている。

 

 

 

 「ああ、わざわざご苦労様。楽にしてくれ、用事があるのは私じゃないからな」

 

 

 

書類を置いて、やはり好々爺らしい笑顔を見せる長官。

 

 

 

 「は? と言いますと……?」

 

 

 

そこで舞人は彼女の死角となっていたソファーから立ち上がり、どこか憎めない顔で

 

 

 

 「やっ、なすのさん。お呼ばれ致しました〜」

 

 

 

右手を上げて笑った。

きょとん、となすの。

次の瞬間、顔を真っ赤にして

 

 

 

 「ななな、ま、ままま舞人さん!? え、えっとあ、あの……

  お、おおお、おは、おはようごじゃいます!?」

 

 

 

自分でも何を言ってるのかわからないままに頭を下げた。

そこでぴょこんと『猫耳』が顕在化する。

 

 

 

 「なすのさん、なすのさん落ち着いて。頭、耳出てます」

 

 

 

自分の頭を叩きながらなすのに指示する舞人。

 

 

 

 「はにゃ!? うえ〜、は、はいっ」

 

 

 

すはーすはー、と深呼吸して精神を整えるなすの。

自然と頭の猫耳が引っ込んでゆく。

別段おかしなことを言っているわけではない。

彼女の頭には本当に猫耳が出来ていた。

 

 

『谷河なすの』――所有能力名『治癒』

自分の傷や他人のそれを治療することができるなんとも便利な能力である。

普通ではありえないのだが、彼女は特異体質中の特異体質だった。

能力を所持した弊害か、なすのは極度の緊張状態(主に照れたとき)において

猫耳が生えてしまうという何ともおかしな能力を持っているのだった。

生えている間は感覚が鋭敏になるらしいが、あまり役には立たない。

精々相手の戦闘意識を僅かばかり削ぐ程度だろう。

帰還者には通じないのだからなんとも意味がない。

こんな症例は今のところなすのだけである。

 

 

事実、舞人の妹である桜香も同様に『治癒』の能力を所持しているが

猫耳が生えたということはない……実に勿体無い等と考えてはいけない。

 

 

 

 「え、えっと、その……失礼しました、舞人さん」

 

 

 

恥ずかしがりながら舞人に微笑むなすの。

この笑みこそ桜坂学園中の男子生徒を虜にする通称『なすのんスマイル』だった。

何人の生徒がこの笑顔にやられて保健室送りになったことか……。

その度に彼女の兄にして桜坂学園の保険医『谷河 浩暉』の怒りが爆発したり

するのだが、ひとまず置いておくとしよう。

 

 

 

 「いえいえ。気にしないで下さい」

 

 

 

この男には通じていないのだから。

 

鋭いんだか鈍いんだかよくわからない舞人君。

後ろで長官が「こりゃ駄目だ」とばかりに首を振ったことにさえ気付いていない――。

 

 

 


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